宇治拾遺物語 11-12 出家功徳(くどく)の事

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原文

これも今は昔、筑紫(つくし)にたうさかの塞(さへ)と申す斎(さへ)の神まします。その祠(ほこら)に、修行しける僧の宿りて寝たりける夜、夜中ばかりにはなりぬらんと思ふ程に、馬の足音あまたして、人の過ぐると聞く程に、「斎はましますか」と問ふ声す。この宿りたる僧、あやしと聞く程に、この祠の内より、「侍り」と答ふなり。またあさましと聞けば、「明日武蔵寺にや参り給ふ」と問ふなれば、「さも侍らず。何事の侍るぞ」と答ふ。「明日武蔵寺に新仏出で給ふべしとて、梵天(ぼんてん)、帝釈(たいしゃく)、諸天、竜神集り給ふとは知り給はぬか」といふなれば、「さる事もえ承らざりけり。うれしく告げ給へるかな。いかでか参らでは侍らん。必ず参らんずる」といへば、「さらば、明日の巳(み)の時ばかりの事なり。必ず参り給へ。待ち申さん」とて過ぎぬ。

この僧これを聞きて、「稀有(けう)の事をも聞きつるかな。明日(あす)は物へ行かんと思ひつれども、この事見てこそいづちも行かめ」と思ひて、明くるや遅きと、武蔵寺に参りて見れども、さる気色(けしき)もなし。例よりはなかなか静かに、人も見えず。「あるやうあらん」と思ひて、仏の御前に候(さぶら)ひて、巳の時を待ちゐたる程に、「今しばしあらば午の時になりなんず、いかなる事にか」と思ひゐたる程に、年七十余りばかりなる翁(おきな)の、髪も禿(は)げて、白きとてもおろおろある頭に、袋の烏帽子(えぼし)をひき入れて、もとも小さきが、いとど腰かがみたるが、杖にすがりて歩む。尻に尼立てり。小さく黒き桶(をけ)に、何(なに)にかあるらん、物入れてひき提(さ)げたり。御堂に参りて、男は仏の御前にて額(ぬか)ニ三度ばかりつきて、木欒子(もくれんず)の念珠(ねんず)の大きに長き、押しもみて候へば、尼その持(も)たる小桶を翁の傍(かたは)らに置きて、「御坊呼び奉らん」とて往ぬ。

しばしばかりあれば、六十ばかりなる僧参りて、仏拝み奉りて、「何(なに)せんに呼び給ふぞ」と問へば、「今日明日とも知らぬ身にまかりなりにたれば、この白髪(しらが)の少し残りたるを剃(そ)りて、御弟子にならんと思ふなり」といへば、僧、目を押しすりて、「いと貴(たふと)き事かな。さらばとくとく」とて、小桶なりつるは湯なりけり。その湯にて頭洗ひて、剃りて、戒(かひ)受けつれば、また仏拝み奉りて、まかり出でぬ。その後(のち)また異事(ことごと)なし。

さは、この翁の法師になるを随喜して、天衆も集り給ひて、新仏の出でさせ給ふとはあるにこそありけれ。出家随分(ずいぶん)の功徳(くどく)とは、今に始まりたる事にはあらねども、まして若く盛りならん人の、よく道心おこして、随分にせん者の功徳、これにていよいよ推し量られたり。
                              

現代語訳

これも今は昔、筑紫の国に「たうさかの塞」という道祖神がおいでになった。その祠に修業をしていた僧が泊まって寝た夜、夜中にはまだという時間に、沢山の馬の足音がして人が通り過ぎる音を聞いているうちに、「斎はおられますか」と聞く声がする。この寝ていた僧が不思議そうに聞いていると、この祠の中から、「おります」と答える。また驚いて聞いていると、「明日は武蔵寺にお出でになられますか」と聞くので、「そのつもりはありません。何があるのですか」と答える。「明日武蔵寺に新仏がお出になられるかもしれないと、梵天、帝釈、諸天、竜神様たちがお集まりになるということをご存知ないのですか」というので、「そんな事は、受け賜ってはおらぬ。教えてくれてありがたい。どうして参らずにおられましょうや。必ず参ります」と言うと、「では、明日の午前十時ごろになります。必ずおいで下さい。待っております」と言って通り過ぎた。

この僧は、この話を聞いて、「珍しい話しを聞いたぞ。明日はある所へ行こうと思っていたが、どこへ行くにしてもこれを見てからにしよう」と思って、夜が明けるやいなや、武蔵寺に行って見たが、話しのような気配もない。いつもよりもかえって静かで人も見当たらない。「何かわけがあるのだろう」と思って、仏の前に行って、午前十時を待っていたが、「もう少しで正午になってしまう。どうしたことだろう」と思っていると、年七十ばかりの老人で、頭も禿げて、白髪がまばらにある頭に、袋状の烏帽子をかぶり、もともと小柄であった者で、すっかり腰のかがまった者が杖にすがって歩いて来る。その後には尼が立っている。小さな黒い桶に何であろうか、物を入れてひき提げている。御堂に参って、男は仏の御前で額を三度ほど下げ、木欒子(もくれんず)の数珠(じゅず)の大きくて長い物を揉み合わせていると、尼はその持っている小桶を老人の側に置いて、「お坊さんをお呼びいたしましょう」と言って立ち去った。

しばらくして、六十ばかりの僧が来て、仏を拝み、「なんの御用でお呼びでしょうか」と聞くので、「今日、明日も知れぬ老いの身になってしまいましたので、このわずかに残った白髪を剃って、仏の御弟子になろうと思います」と言うと、僧は、あふれる感涙を押えぬぐって、「とても尊い事ですな。それでは急いで、急いで」と言って、小桶に入っていたのはお湯であったが、その湯で老人の頭を洗い、残った白髪を剃って、戒を授けた。その後、その僧は、また仏を拝み奉って出て行ったが、その後、また変わった事は起らなかった。

さては、この老人が法師になるのをありがたいことと大いに喜び、諸天の神々も集られて、新仏がお出になられるのだと話していたのであった。出家には分に相応した功徳があるということは今に始まった事ではないが、ましてや若くて血気盛んな人が、よく信心の心を起こして、分相応の出家をする功徳は、これをもってますます確かなものと推量されたのであった。

語句  

■筑紫-九州の古称。筑前・筑後を総称していう。■たうさか-未詳。ただし、新釈は「たかさか」の誤写とみて、「豊後国大分郡高坂」と想定する。後出の武蔵寺が筑前国内のものとすれば、「たかさか」も筑前のある場所とみるのが穏当か。■斎(さへ)の神-道祖神。■侍り-おります。丁寧な返答ぶり。■武蔵寺-筑前国御笠郡(福岡県筑紫野市)の武蔵温泉にある武蔵寺。■さも侍らず-そのつもりはありません。参りません。■梵天・帝釈-共に古代インドの神で仏法の守護神。■諸天-四天王など、仏法を守護する天上界の諸善神。■竜神-雨をつかさどる仏法の守護神。■いかでか参らでは侍らん-どうして参らずにおられましょうや。この新情報に斎の神は飛びつく。■巳の時-午前十時ごろ。

■稀有(けう)の事をも聞きつるかな-珍しい事(鬼神たちのやりとり)を聞いたものよ。■いづちも行かめ-どこへなりと赴くことにしよう。■例よりはなかなか静かに-いつもよりはかえって人出もなく、ひっそりとした感じで。■あるやうあらん-何かわけがあるのであろう。予想外の静けさだが、それでも新仏の出現は間違いのないはずだ。と自分を納得させている気持。■午の時になりなんず-正午にもなってしまう。■白きとてもおろおろある頭に-白髪といってもしるしばかりの頭に。■袋の烏帽子-袋状、つまり頭巾形に見える烏帽子のことか。■もとも小さきが-前から小柄であった者で、すっかり腰のかがまった者が。「もとも」はもともと。もとから。本来。■木欒子(もくれんず)-ムクロジ科の落葉高木。花は目薬や黄色塗料とし、その種子を数珠の玉とした。■御坊呼び奉らん-お坊様をお呼びして参りましょう。

■今日明日とも知らぬ身にまかりなりにたれば-今日死ぬか明日死ぬか知れないような、つまりいつ死んでも不思議のないような老いの身になってしまいましたので。■御弟子にならんと-仏の御弟子になろうと。仏の道に入ろうと。■目押しすりて-老人の自発的な出家の決意に対して、あふれる感涙を押えぬぐって。■さらばとくとく-それでは急いで、急いで。■小桶なりつるは湯なりけり-尼の持っていた小桶に入っていたのは、お湯であった。■戒-師の僧が仏道に入る者に守るべき戒律・法度を授けること。在家の信者には五戒(殺生・偸盗(ちゆうとう)、邪淫(じやいん)、妄語、飲酒(おんじゅ)の諸戒律)、出家者は十戒・具足戒などを受ける。

■天衆-天上界に住むという仏教の守護神たち。■とはあるにこそありけれ-と話していたのであった。■出家随分(ずいぶん)の功徳(くどく)とは-出家には分に応じた功徳があるということは。

備考・補足

■道祖神の祠に泊まった回国の修行僧が、偶然にも道祖神と鬼神との問答を聞くところから始まる本話は、昔話「産神問答」の型にのっとって語られた出家奇端話である。同文の『今昔』巻一九-一二話では、この話を聞いた者は万事を捨てて出家すべしと語り伝えていると結んで、あからさまに功徳無量の出家を勧めている。それに対して本話は、仲睦まじい尼夫人を伴った夫の老人の、このうえなく自然で無理のない出家ぶりを礼讃することに終始していて、「仏教」を押しつけようとはしない。仏経宣伝とは一定の距離をおく『宇治拾遺』の態度がここにも明らかである。

朗読・解説:左大臣光永