宇治拾遺物語 12-5 持経者叡実効験(ぢきやうしやえいじつかうげん)の事

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原文

昔、閑院大臣殿、三位中将におはしける時、わらはやみを重くわづらひ給ひけるが、「神名といふ所に、叡実(えいじつ)といふ持経者(ぢきやうしや)なん、わらはやみはよく祈り落し給ふ」と申す人ありければ、「この持経者に祈らせん」とて、行き給ふに、荒見川の程にて早う起り給ひぬ。寺は近くなりければ、これより帰るべきやうなしとて、念じて神名におはして、坊の簷(のき)に車を寄せて、案内を言ひ入れ給ふに、「近比蒜(ちかごろひる)を食ひ侍り」と申す。しかれども、「ただ上人を見奉らん。只今まかり帰る事かなひ候らじ」とありければ、「さらばはや入り給へ」とて、坊の蔀(しとみ)おろし立てたるを取りて、新しき筵(むしろ)敷きて、「入り給へ」と申しければ、入り給ひぬ。

持経者沐浴(もくよく)して、とばかりありて出であひぬ。長(たけ)高き僧の、痩(や)せさらぼひて、見るに貴(たふと)げなり。僧申すやう、「風重く侍るに、医師(くすし)の申すに随(したが)ひて、蒜(ひる)を食ひて候(さぶら)ふなり。それにかやうに御座(おはしまし)候へば、いかでかはとて参りて候ふなり。法華経は浄不浄をきらはぬ経にてましませば、読み奉らん。何条事か候はん」とて、念珠(ねんず)を押し摺(す)りてそばへ寄り来たる程、もともたのもし。御頸(くび)に手を入れて、我が膝(ひざ)を枕にせさせ申して、寿量品(じゆりやうほん)を打ち出(いだ)して読む声はいと貴し。さばかり貴き事もありけりと覚ゆ。少しはがれて高声(かうしやう)に誦(よ)む声、まことにあはれなり。持経者、目より大(おほ)きなる涙をはらはらと落して泣く事限りなし。その時覚(さ)めて、御心地いとさはやかに、残りなくよくなり給ひぬ。かへすがへす後世まで契(ちぎ)りて帰り給ひぬ。それよりぞ右験(うげん)の名は高く広まりけるとか。

現代語訳

昔、閑院大臣殿が三位の中将でいらっしゃった時に、重いおこりを患われたが、「神名という所に、叡実と言う持経者がいて、おこりは実によく祈祷をして治(なお)して下さる」と申し上げる人がいたので、「この持経者に祈祷してもらおう」と言って、お出かけになられたが、荒見川のあたりまで来ると早々と発作が起こった。寺は近くなったので、ここから帰る法はないと、こらえて神名までお出でになり、坊舎の軒に車を寄せて、案内を請うと、叡実は、「近頃、蒜を食べておりまして口が臭(にお)います」と言う。しかし「何としても上人にお目にかかって加持していただきたい。このまま帰る事は無理のようです」と言わせたので、叡実は、「それでは、早くお入りください」と、僧房の蔀が下され立てかけてあったのを取り外し、新しい筵(むしろ)を敷いて、「さあ、どうぞ」と言ったので、お入りになった。

持経者は湯浴みをしてから、しばらくして出て来て対面した。背の高い僧で、ひどくやせこけていて、見るからに尊い様子である。僧は、「風邪がひどいので医師の申す事に随って、蒜(ひる)を食べております。そんなところに、このようにお出でになられましたので、やむを得ずまかり出ました。法華経は、浄不浄を嫌わないありがたい経ですので、お読みいたしましょう。蒜を食べた不浄の身だとしても何も差しさわりはありますまい」と、数珠を押し摺って、傍へ寄って来た様子は何とも頼もしい。御首に手を当て、我が膝を枕におさせになって、寿量品を高らかに読む声はとても尊い。これほどまでに尊く聞える事があったのかと思われる。少ししわがれて、高らかに読む声はしみじみと身につまされる。持経者は目から大きな涙をぼろぼろと流し、いつまでも泣く。その時、閑院大臣殿は熱が冷めて、気分はとても爽(さわ)やかで、すっかり良くおなりになられた。そこで、繰り返し繰り返し、後世の事までかたく約束してお帰りになられた。その事があってから、叡実は効験があるという評判がますます広まったということである。

語句  

■持経者-常に法華経を読誦する僧。■閑院大臣-藤原公季(きんすえ)(956~1029)。師輔の子。貞元元年(976)左近中将、天元四年(981)従三位に昇り、三位中将となる。後、内大臣、左大臣、太政大臣に至る。諡号(しごう)は仁義公、閑院流の祖。■わらはやみ(わらは病み)-おこり、えやみ、とも。間欠的に高熱の出るマラリヤの類。■神名-神明寺か。『今昔』巻一二-三五話は「京ノ西二神明ト云フ山寺有リ」とする。■叡実(えいじつ)-愛宕山で修行、晩年は九州に住む。天禄年間(970~973)、円融天皇のための祈祷に参加。■荒見川-紙屋川をいう。鷹峰(たかがみね)の山中から発して南流し、鳥羽にいたって桂川に入る。西堀川とも。■起り給ひぬ-ご発病になった。■念じて-こらえて。■おはして-おいでになって。■言ひ入れ給ふに-お申し入れになると。■蒜(ひる)を食ひ侍り-蒜を食べておりまして。それによる口臭のために人には会えないという返事。蒜はノビル、ニラなどの匂いの強い野草の類。■ただ上人を見奉らん-どうあっても聖人にお目にかかって加持していただきたい。■只今まかり帰る事-このまま帰る事。■かなひ侍らじ-できますまい。■取りて-取り外して。

■沐浴して-湯浴みをして体を清めて。経文を読み唱える際には、精進潔斎するのが決まった作法であった。■とばかりありて-少したってから。なるべく待たせまいと急いで出て来た様子。■痩(や)せさらぼひて-ひどくやせこけていて。■見るに-見るからに。■風重く侍るに-風邪がひどいので。■それに-それなのに。■おはしまし候へば-おいでになりましたので。■いかでかはとて-どうあってもと思って。■浄不浄をきらはぬ-葱(ねぎ)や蒜(ひる)の類は「葷(くん)(臭いの強い草)であり、それを食べると不浄の身になるとして、酒とともに、僧侶にとっては近づけてはならないものとされていた。■何条事か候はん-何も差しさわりはありますまい。■もとも頼もし-何とも頼もしい事だ。■寿量品(じゆりやうほん)-『法華経』巻六「如来寿量品」。延命息災のために読まれる。■打ち出して-高い声をあげて。■さばかり-これほどまでに。■はがれて-「しはがれて」とあるべきか。しわがれた声で。■残りなく-すっかり。■かへすがへす-繰り返し繰り返し。■右験(うげん)の名-効験があらたかだとの評判。

備考・補足

■叡実(えいじつ)は『法華験記』によれば、後年、鎮西(九州)に住み、国司からは破戒無慚の法師と誹謗(ひぼう)されたが、一般には「慈悲・看病・抜苦ハ更二凡夫ノ所作ニ非ズ」とたたえられたという。そうした有験者でありながら、自分の風邪はどうにもならず、医者の処方に従って治療しているという点は何とも皮肉な話。

朗読・解説:左大臣光永