宇治拾遺物語 12-11 木こり小童隠題歌(こわらはかくしだい)の事

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原文

今は昔、隠題(かくしだい)をいみじく興ざせ給ひける御門(みかど)の、篳篥(ひちりき)を詠ませられけるに、人々わろく詠みたりけるに、木こる童(わらは)の、暁山へ行くとていひける。「この比(ごろ)篳篥を詠ませさせ給ふなるを、人のえ詠み給はざる、童こそ詠みたれ」といひければ、具(ぐ)して行く童部(わらはべ)、「あな、おほけな。かかることないひそ。さまにも似ず。いまいまし」といひければ、「などか必ずさまに似る事か」とて、

めぐりくる春々ごとに桜花いくたびちりき人に問はばや

といひたりける。さまにも似ず、思ひかけずぞ。

現代語訳

今は昔、物の名を歌の中に隠して詠むことを、たいそうおもしろがっておられた帝が、「篳篥(ひとりき)」というのを詠ませられたのに、上手に詠む人がいなかった折の事、一人の樵の少年が、夜明けに山へ行くと言って、こういう事を言った。「この頃、篳篥を詠ませさせられたのに、誰一人お詠みになれないそうな。この自分はうまく詠んだのだが」と。すると一緒に連れ立って行く子が、「ああ、身の程知らずな、そんなことを言うな。木こりの柄にも合わない。思いあがり奴(め)」と言ったので、「よい歌が詠めるかどうかということは、どうして詠む人の仕事柄などによるというのか。必ずしもそうとばかりは言えないぞ」と言って、

めぐりくる春々ごとに桜花いくたびちりき人に問はばや
(毎年、めぐって来る春に咲く桜は、何度、咲いて、散った事だろうか。誰かに聞いてみたいものだ)

と歌を詠んだのである。柄にもなく、思いがけない事であった。

語句  

■隠題-「物名(もののな)」に同じ。事物の名を歌の中に隠し詠む作歌法。早く『万葉集』に先例が見え、『古今集』などには、その部立てがある。■篳篥-雅楽の管楽器。長さ約20センチの竹製の堅笛。音色は甲高く、哀調を帯びる。■具して行く童部-一緒に連れだって行く子が。■おほけな-いい気で慎みのない。身の程知らずな。■さまにも似ず-木こりの柄にも合わない。■いまいまし-こしゃくだ。小憎らしい。■などか必ずさまに似る事か-よい歌が詠めるかどうかということは、どうして詠む人の仕事柄などによるというのか。必ずしもそうとばかりは言えないぞ。■いくたびちりき人に問はばや-この中に「ひちりき」を巧みに詠みこんでいる。

備考・補足

■『藤六集』に「ひちりき/めぐりくるはるはるごとにさく花はいくたびちりきふく風やしる」とあり、これをもとにして、聞き手の意表をつくために、詠み手を隠題の名人から樵夫の、しかも少年に改めて作られた話かもしれない。

朗読・解説:左大臣光永