宇治拾遺物語 12-12 高忠(たかただ)の侍(さぶらひ)、歌詠(よ)む事

【無料配信中】足利義満
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル

今は昔、高忠(たかただ)といひける越前守(ゑちぜんのかみ)の時に、いみじく不孝なりける侍(さぶらひ)の、夜昼まめなるが、冬なれど、帷(かたびら)をなん着たりける。雪のいみじく降る日、この侍、清めすとて、物の憑(つ)きたるやうに震(ふる)ふを見て、守、「歌詠め。をかしう降る雪かな」といへば、この侍、「何を題にて仕(つかま)るべき」と申せば、「裸(はだか)なる由(よし)を詠め」といふに、程もなく震ふ声をささげて詠みあぐ。

はだかなる我が身にかかる白雪はうちふるへども消えせざりけり

と誦(よ)みければ、守いみじくほめて、着たりける衣(きぬ)を脱ぎて取らす。北の方(かた)も哀れがりて、薄色(うすいろ)の衣のいみじう香(かう)ばしきを取らせたりければ、二つながら取りて、かいわぐみて、腋に挟(はさ)みて立ち去りぬ。侍(さぶらひ)に行きたれば、居並(ゐな)みたる侍ども見て、驚きあやしがりて問ひけるに、かくと聞きてあさましがりけり。

さてこの侍、その後(のち)見えざりければ、あやしがりて、守尋ねさせければ、北山に貴(たふと)き聖ありけり、そこへ行きて、この得たる衣を二つながら取らせて、いひけるやう、「年まかり老いぬ。身の不孝、年を追ひてまさる。この生の事は益(やく)もなき身に候(さぶら)ふめり。後世をだにいかでと覚えて、法師にまかりならんと思ひ侍れど、戒師に奉るべき物の候はねば、今に過(すぐ)し候ひつるに、かく思ひかけぬ物を賜(たまは)りたれば、限りなくうれしく思ひ給へて、これを布施(ふせ)に参らするなり」とて、「法師になさせ給へ」と涙にむせかへりて泣く泣くいひければ、聖いみじう貴みて、法師になしてけり。さてそこより行方(ゆくかた)もなくて失(う)せにけり。在所(ありどころ)知らずなりにけり。

現代語訳

今は昔、高忠という者が越前守であった時に、きわめて不遇で貧しかった侍がおり、夜となく昼となく、まじめに働いていたが、冬の事であったが、裏地なしの一重の着物を着ていた。雪が激しく降ったある日、この侍が、外を掃除しようとして、物に憑かれたようにぶるぶる震えているのを見て、守が、「歌を詠め。見事に降る雪よ」と言うと、侍が、「何を題にして詠みましょうか」と問う。「裸でいることを詠め」と言うと、間もなく、震える声を懸命に張り上げて詠み出した。

はだかなる我が身にかかる白雪はうちふるへども消えざりけり
(裸の我が身に降りかかる白雪―白髪―は、いくら振り払っても消えてなくならないのです)

と詠んだので、守はたいそうお褒めになり、褒美に、着ていた着物をを脱いで与えられた。奥方も気の毒がって、薄色のたいそう香をたきしめた着物を与えた。すると、侍は、この二つとも受け取ってくるくると丸めるように畳み込むと、腋に挟んで立ち去った。侍所に行くと、居並んでいた侍たちが見て驚き、不思議に思っていろいろ尋ねたが、これこれとわけを聞いて、みな感心した。

それから、この侍はその後行方がわからなくなったので、どうしたのかと守が尋ねさせたところ、北山に尊い聖が住んでいるという。侍は、そこへ行ってこの手に入れた衣服を二つとも布施に進上して、「私もかなり老いました。我が身の不幸は年ごとに重なってまいります。今生の私はどうしようもない身に生れておるようです。せめて後生だけでも何とかして助かりたいと思って、法師になろうと思うのですが、戒師に差し上げる物も持ち合わせがなく、今まで出家できずにおりましたが、このたび、このように思いがけない物を戴きましたので、とても嬉しく、これを布施として差し上げるのです」。そして、「法師にして下さい」と涙にむせて泣く泣く言ったので、聖は、たいそう尊んで法師にしたのであった。老侍は、そこからまた行方も知れず、いなくなってしまった。在所はわからなくなってしまったという。                                               

語句  

■高忠(たかただ)-伝未詳。『今昔』巻一九-一三話では、越前守藤原孝忠。「国司補任」には、越前守としては、高忠の名も孝忠の名も見えない。藤原斯生の子の孝忠は従五位上・因幡守、藤原永頼の子の孝忠は従四位下・伊勢守。前者は十一世紀前期、後者は十世紀後期の人。ともに越前守の経歴はなく、決め手に欠く。■帷(かたびら)-裏なしの一重もの。袷(あわせ)や綿入れなどの冬物を持たない貧しさ。■清めすとて-外の掃除をしようとして。■ささげて-懸命に張り上げて。

■かいわぐむ-くるくると丸めるように畳む事。■侍-国の館の侍所。侍の詰所。■あさましがりけり-即興で歌を詠んだという事に驚いて、感心した。

■北山に-『今昔』は「館ノ北山ニ」とある。■二つながら取らせて-二つとも布施に進上して。■益もなき身に候ふめり-どうしようもなく救いのない身であるようです。■戒師-出家の戒を授けてくれる師僧。■今に過し候ひつるに-今まで出家できずに過ごしておりましたが。

朗読・解説:左大臣光永

【無料配信中】足利義満