宇治拾遺物語 12-16 八歳の童(わらは)、孔子問答の事

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原文

今は昔、唐(もろこし)に、孔子、道を行き給ふに、八つばかりなる童(わらは)あひぬ。孔子に問ひ申すやう、「日の入る所と洛陽(らくやう)と、いづれか遠き」と。孔子いらへ給うやう、「日の入る所は遠し。洛陽は近し」。童の申すやう、「日の出で入る所は見ゆ。洛陽はまだ見ず。されば日の出づる所は近し。洛陽は遠しと思ふ」と申しければ、孔子、かしこき童(わらは)なりと感じ給ひける。「孔子にはかく物問ひかくる人もなきに、かく問ひけるは、ただ者にはあらぬなりけり」とぞ人いひける。

現代語訳

今は昔、唐で孔子が道を歩いて行かれると、八歳ぐらいの子供と出会になられた。その子が孔子に「日の入る所と洛陽はどちらが遠いですか」と尋ねた。それに対して孔子は「日の入る所は遠い。洛陽は近い」と答えられた。すると子どもが、「日の出るところは見たことがありますが、洛陽はまだ見たことがありません。だから日の出る所は近く、洛陽は遠いと思います」と言うので、孔子は賢い子だとお感じになった。「孔子にこうしてものを聞いかける人はいないが、このように尋ねたのはその子が只者ではなかったのだ」と人々は言い合ったという。

語句  

■孔子-中国、春秋時代の思想家。魯国の人、儒家の祖。名は丘(きゅう)、字は仲尼(ちゅうじ)(前551~前479)。■洛陽-中国・周時代の首都洛邑(らくゆう)。阿南省にあり、後漢・晋・北魏・随・後梁・後唐などの首都となった。■日の出で入る所は見ゆ。洛陽はまだ見ず。されば日の出づる所は近し。洛陽は遠しと思ふ-『世説新語』夙慧(しゅっけい)篇に、晋の明帝がまだ幼い時分に「目ヲ挙グレバ、日ヲ見レドモ、長安ヲ見ズ」と、太陽と長安の遠近を判じて見せて父の元帝を感心させた話が載る。

備考・補足

■自分たちのいる場所から遠いのは、日の出る所か洛陽か、孔子にとっては経験的にも答えは自明のことであったはずだが、少年の論理的な推理の態度、既成観念にとらわれない自由な発想のしかたに、一応は「賢い童だ」と感心して見せた。ここには、自分の賢人ぶりをひけらかそうとしない懐の深い孔子がいる。

朗読・解説:左大臣光永