宇治拾遺物語 13-7 ある唐人(もろこしびと)、女(むすめ)の羊に生れたるを知らずして殺す事

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原文

今は昔、唐(もろこし)に、何(なに)とかやいふ司(つかさ)になりて、下(くだ)らんとする者候りき。名をば慶植(けいそく)といふ。それが女一人(むすめひとり)ありけり。ならびなくをかしげなりし。十余歳にして失(う)せにけり。父母泣き悲しむ事限りなし。

さて二年ばかりありて、田舎(ゐなか)に下(くだ)りて、親しき一家の一類はらから集めて、国へ下(くだ)るべき由(よし)を言ひ侍らんとするに、市(いち)より羊を買ひ取りてこの人々に食はせんとするに、その母が夢に見るやう、失(う)せにし女(むすめ)、青き衣を着て、白きさいでして頭(かしら)を包みて、髪に玉の簪(かんざし)一よそひをさして来たり。生きたりし折に変らず。母にいふやう、「我生きて侍りし時に、父母(ちちはは)我を悲しうし給ひて万(よろづ)を任せ給へりしかば、親に申さで、物を取り使ひ、また人にも取らせ侍りき。盗みにはあらねど、申さでせし罪によりて、いま羊の身を受けたり。来たりてその報(ほう)を尽し侍らんとす。明日(あす)まさに首白き羊になりて殺されんとす。願はくは、我が命を許し給へ」といふと見つ。

おどろきて、つとめて食物(くひもの)する所を見れば、まことに青き羊の首白きあり。脛(はぎ)、背中白くて、頭に二つの斑(まだら)あり。常の人の簪(かんざし)さす所なり。母これを見て、「しばし、この羊な殺しそ。殿帰りおはしての後に、案内申して許さんずるぞ」といふに、守殿(かうのとの)、物より帰りて、「など人々参物(まゐりもの)は遅き」とてむつかる。「されば、この羊を調じ侍りてよそはんとするに、うへの御前、『しばし、な殺しそ。殿に申して許さん』とて、とどめ給へば」などいへば、腹立ちて、「僻事(ひがごと)なせそ」とて、殺さんとてつりつけたるに、この客人(まらうど)ども来て見れば、いとをかしげにて顔よき女子(にょし)の十歳ばかりなるを、髪に縄つけてつりつけたり。この女子のいふやう、「童(わらは)はこの守(かみ)の女(むすめ)にて侍りしが、羊になりて侍るなり。今日(けふ)の命を御前たち助け給へ」といふに、この人々、「あなかしこ、あなかしこ。ゆめゆめ殺すな。申して来ん」とて行く程に、この食物(くひもの)する人は例の羊と見ゆ。「定めて遅しと腹立ちなん」とて、うち殺しつ。その羊のなく声、この殺す者の耳には、ただ常の羊のなく声なり。

さて羊を殺して、炒(い)り、焼(や)き、さまざまにしたりけれど、この客人(まらうど)どもは物も食はで帰りにけり。あやしがりて人々に問へば、しかじかなりと初めより語りければ、悲しみて惑ひける程に、病(やまひ)になりて死にければ、田舎にも下(くだ)り侍らずなりにけり。

現代語訳

今は昔、唐に何とかという役人になって、任地へ下ろうとする者がいた。その名を慶植(けいそく)と言う。その慶植には娘が一人あり、二人といないような可愛らしい娘であったが、十歳余りで死んでしまい、両親は限りなく嘆き悲しんだ。

それから二年ほど経って、田舎へ赴任することになり、親しい親戚の人々や同腹の兄弟姉妹を集めて、任地へ赴く事を披露しようと、市場から羊を買い求め、この人たちに食わせようとしたが、その母が前の夜に次のような夢を見た。夢の中で、死んだはずの娘が青い服を着て、白い小さな布で頭を覆い、髪には玉の簪一揃えをさしてやって来た。生きていた時と変わらない。その娘が母に言う。「私が生きていた時に、父上・母上が私を可愛がってくださり、万事好きにさせて下さいましたので、親にも言わずにいろんな物を勝手に使い、人にも与えました。盗みとまではいきませんが、親に無断で気ままに家の物を使った罪によって、いまは羊の身に落ちております。羊としてこの家に戻って来てその罪を償わせられようとしております。明日になればまさしく首の白い羊になって殺されようとしております。願わくば、私の命をお助け下さい」と言った。

目が覚めて、翌朝、調理場を見ると、確かに青い羊で首が白いのがいる。脛(すね)と背中が白くて、頭に二つの斑(まだら)がある。普通の人が簪(かんざし)をさす所である。母親はこれを見て、「しばらく、その羊を殺してはなりませんよ。殿様がお帰りになられたら、事情を説明して助けようと思いますから」と言って止めた。ところが、国守の殿が出先から帰って、「どうして客人に出す料理は遅いのか」と腹を立てた。料理人は、「しかし、この羊を調理してお出ししようとするのですが、奥方様が『しばらく待ちなさい。殺してはなりませぬ。殿に申し上げてから許そうとおっしゃいますので』とおっしゃって、止められましたので」などと言うので、怒って「でたらめを言うな」と言う。羊を殺そうとして吊り上げてあるのを、この客人たちが来て見ると、とても可愛い十歳ぐらいの女の子が、髪に縄をつけられて吊り下げられている。この女の子が言う、「私はここの殿さまの娘でしたが、羊になってしまいました。今日の命を皆様方どうかお助け下さい」と言うので、この人たちが、「ああ恐ろしい。恐ろしい。決して殺してはなりません。事情を説明して来ましょう」と言って、出て行ったが、この料理人には羊が普通の羊に見え、「きっと遅いとお怒りであろう」と、この羊を打ち殺してしまった。その羊の泣き声もこの料理人の耳には、ただ普通の羊の泣く声にしか聞こえなかったのである。

それから、この料理人は、羊を殺して、炒ったり、焼いたりして、さまざまの羊料理を作って出したがたが、客人たちはせっかくの料理も食べずに帰ってしまった。殿さまが不思議に思って人々に聞くと、「これこれといった事情があったのです」と初めからの経緯(いきさつ)を説明する。殿さまはそれを聞いて、悲しみに嘆くうちに病気になって死んでしまったので、田舎にも下らずじまいになってしまったという。

語句  

■唐(もろこし)-『今昔』巻九-一八話に「震旦ノ貞観ノ中ニ、魏王府ノ長史トシテ京兆ノ人、韋ノ慶植ト云フ人有ケリ」とある。貞観は唐の太宗の年号で627~649年。魏王府は山東省済南府の済東県か。長史は府の役人。京兆は主都長安。■慶植-底本「けいそく」。『今昔』により漢字をあてる。■十余歳にして失(う)せにけり-『今昔』は「幼クシテ死ニヌ」。

■田舎に下りて-『今昔』の「遠キ所へ行カムト為ルニ」によれば、田舎への下向を控えて、の意。■親しき一家の一類はらから集めて-親戚の人々や同腹の兄弟姉妹たちを呼び集めて。■白きさいで-白い布の小切れ。羊である事を暗示する。■一よそひ-一揃い。一対。「よそひ」は「装い」で、一揃いの衣服・服飾品・調度類などを数える接尾語。■かなしうし給ひて-かわいがってくださって。慈しんでくださって。■万(よろづ)を任せ給へりしかば-万事好き勝手にさせてくださいましたので。■申さでせし罪-親に無断で気ままに家の者を使った罪。■来たりて-羊としてこの家に戻って来て。■その報を尽し侍らんとす-その罪を償わせられようとしております。

■おどろきて-目が覚めて。■食物する所-台所。調理場。■案内申して-事情を説明申し上げて。■守殿(かみのとの)-国守の殿。中国文献からの和訳による日本風の言い方。厳密にいえば「魏王府の長史」であるから「国守」にはあたらない。■参物(まゐりもの)-客人に出す料理。召しあがり物。■うへの御前-奥方様。■僻事なせそ-つまらぬことをするな。■十歳-諸本「十余歳」。■あなかしこ-ああ恐ろしい。「あなかしこ」を「殺すな」に対応する副詞とみて、「決して」の意に解することもできるが、そうすると、「ゆめゆめ」との重複がうるさい感じになる。■食物する人-食べ物を作る人。料理人。■例の羊-普通の羊。■ただ常の羊の声なり-『今昔』では、この後に「諸ノ人ノ耳ニハ幼女ノ泣ク音ニテ有リ」と続く。そうあるほうが以下の結末の伏線として効果的。■あやしがりて人々に云々-以下の主語は「殿」。                                                                                                                       

備考・補足

■現世での悪行による畜生への転生の夢告、殺されることによっての贖罪(しょくざい)という展開は、『日本霊異記』以来の悪因悪果譚のパターン。羊の姿や鳴き声が、母親や客人たちには娘のものと見え、聞えたのに、父親にはそれが分らなかったという設定は類型的だが、母親への夢告にもかかわらず、父親の命令によって殺されてしまうという行き違いの悲劇的構成は、次話と共通する筋立て。まったく誰もが事情を知らないままに進行した悲劇的結末ではなく、それを食い止められるきっかけが与えられていたにもかかわらず、そうはできなかったという展開が、読者の心にいつまでも悔しさを残す。

朗読・解説:左大臣光永