宇治拾遺物語 13-9 念仏の僧、魔往生の事 

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原文

昔、美濃国伊吹(みののくにいぶき)山に久しく行ひける聖(ひじり)ありけり。阿弥陀仏(あみだぶつ)より外(ほか)の事知らず、他事(たじ)なく念仏申してぞ年経にける。夜深く、仏の御前に念仏申してゐたるに、空に声ありて告げて曰(いは)く、「汝(なんじ)、ねんごろに我を頼めり。今は念仏の数多く積りたれば、明日(あす)の未(ひつじ)の時に、必ず必ず来たりて迎ふべし。ゆめゆめ念仏怠るべからず」といふ。その声を聞きて、限りなくねんごろに念仏申して、水を浴(あ)み、香をたき、花を散らして、弟子どもに念仏もろともに申させて、西に向ひてゐたり。やうやうひらめくやうにする物あり。手を摺(す)りて、念仏申して見れば、仏の御身より金色(こんじき)の光を放ちてさし入りたり。秋の月の雲間より現れ出でたるがごとし。さまざまの花を降らし、白毫(びやくがう)の光、聖の身を照(てら)す。この時、聖、尻(しり)をさかさまになして拝み入る。数珠(ずず)の緒も切れぬべし。観音、蓮台(れんだい)をさし上げて、聖の前に寄り給ふに、紫雲あつくたなびき、聖這(は)ひ寄りて、蓮台に乗りぬ。さて西の方(かた)へ去り給ひぬ。坊に残れる弟子ども、泣く泣く貴(たふと)がりて聖(ひじり)の後世をとぶらひけり。

かくて七八日過ぎて後(のち)、坊の下種(げす)法師ばら、「念仏の僧に湯沸(わ)かして浴(あむ)せ奉らん」とて、木こりに奥山に入りたりけるに、遥(はる)かなる滝にさし掩(おほ)ひたる杉の木あり。その木の梢(こずゑ)に叫ぶ声したり。あやしくて見上げたれば、法師を裸になして梢に縛りつけたり。木登(きのぼり)よくする法師、登りて見れば、極楽(ごくらく)へ迎へられ給ひし我が師の聖を、葛(かづら)にて縛りつけて置きたり。この法師、「いかに我が師は、かかる目をば御覧ずるぞ」とて、寄りて縄を解きければ、「『今迎へんずるぞ。その程しばしかくてゐたれ』とて、仏のおはしましをば、何(なに)しにかく解きゆするぞ」といひけれども、寄りて解きければ、「阿弥陀仏(あみだぶつ)、我を殺す人あり。をうをう」とぞ叫びける。されども法師ばらあまた登りて、解きおろして、坊へ具(ぐ)して行きたれば、弟子ども、「心憂(こころう)き事なり」と嘆(なげ)き惑ひけり。聖は人心もなくて、二日三日ばかりありて死にけり。智恵なき聖は、かく天狗(てんぐ)に欺(あざむ)かれけるなり。

現代語訳

昔、美濃国伊吹山に長年修行をしている聖がいた。南無阿弥陀仏を唱える外は何も知らなかった。雑念なく念仏を唱えて年を送っていた。深夜に仏の御前で念仏を唱えていると、空から声がして、告げて言う。「お前は、熱心に私を頼りにしている。今は長年の念仏が積もったゆえ、明日の午後二時に必ず必ずやって来てお前を迎えよう。ゆめゆめ念仏を怠るまいぞ」と。聖は、その声を聞いて、限りなく一心不乱に念仏を唱え、水を浴びて体を清め、香をたき、花を散らして、弟子どもにも同じく念仏を唱えさせ、西に向って座っていた。そうしていると、しだいにきらめくような物が見えて来た。手を摺り、念仏を唱えながら見ると、仏の身体から金色の光が放たれ、こちらへ射しこんで来る。秋の月が雲間から出現したようである。いろんな花を降らせ、仏の眉間の白毫(びゃくごう)の光が聖の身体を照らす。この時、聖は、尻をさらに高くして礼拝した。数珠の緒も切れてしまいそうだ。観音菩薩が蓮華の台座をさし上げて、聖の前にお寄りになると、紫雲が厚くたなびき、聖は這い寄って蓮台に乗った。それから西の方へ去って行かれた。坊舎に残った弟子たちは、泣く泣く尊く思い聖の後世を弔った。

こうして七八日が過ぎてから、坊の下種の法師たちが、「念仏の僧に湯を沸かして浴びてもらおう」と、木を伐りに奥山に入ると、遥か向こうに滝口に覆いかぶさるように繁っている杉の木がある。その木の梢で叫ぶ声がした。不思議に思って見上げると、法師が裸にむかれて梢に縛りつけられている。木登りを得意とする法師が登って見ると、極楽へ迎えられたはずの我が師の聖がつる草で縛りつけられている。それを見て、この法師は、「どうして我が師はこのような目に遭っておられるのか」と言って、傍に寄って縄をほどくと、聖は、「『今から迎えに行くぞ。それまでしばらくそのようにしておれ』と、仏が言い残して行かれたのに、どうしてこう解き放とうとするのだ」と言った。それを無視して近寄って縄をほどいたので、「南無阿弥陀仏。わしを殺そうとする者がいる。おう、おう」と叫んだ。それでも法師たちは大勢登って、解き降ろして、坊へ連れて帰った。弟子たちは、「情ない事だ」と嘆き合った。聖は正気もないままに二三日してから死んでしまった。智恵のない聖はこのようにして天狗に騙されたのである。 

語句  

■美濃国-現在の岐阜県の南部。■伊吹山-滋賀・岐阜両県の境にまたがる山、標高1377メートル。■聖ありけり-『今昔』巻二〇-一二話、『真言伝』七によれば、三修禅師。菅野氏。東大寺の僧。少年(十三歳)のころに出家、仁寿年間(851~854)に伊吹山に登り、千手陀羅尼を唱えて苦行の後、護国寺を創建、元慶二年(878)二月、それを奏請して定額寺に昇格させた。権律師として昌泰三年(900)五月没(三代実録・僧綱補任)。あるいは、この『真言伝』中の人物と本話の聖とは別人かとも思われる。■阿弥陀仏-「南無阿弥陀仏」と念仏すること。■花を散らして-仏への供養のために花をまくこと。散華。■仏の御身より金色の光を-仏の身体からは常に一丈四方に黄金色の光が発せられているという。仏の三十二相の一つ。■白毫-仏の眉間にあるという白いつむじ状の毛。これも三十二相の一つ。これらによって 聖は、眼前に本物の仏が出現したことを確信し、感激した。■尻をさかさまになして-平伏しつつ礼拝している格好。尻をさらに高くしているのと対照的に頭を特に低くしているように見える異様な姿勢。■蓮台-蓮華をかたどった台座。仏菩薩や極楽に往生したものの座る座。■紫雲あつくたなびき-極楽に往生する者を來迎する際に阿弥陀仏などの聖衆が乗っているとされる端雲。妙音、霊香とともに示現するいう。先ほどは阿弥陀仏の脇侍である観音が蓮台を聖に差し出しており、この紫の雲には、阿弥陀仏とともに観音菩薩や勢至菩薩も乗っていたと推測されるわけである。

■坊の下種法師ばら-聖の僧坊の雑役に従事している身分の低い僧侶たち。■念仏の僧-紫雲に乗って去った聖の後世を供養するために念仏を唱えている弟子の僧たち。■滝にさし掩ひたる-諸本みな「滝」。ただし『今昔』は「滝」ではなく、「谷」となっている。「さし掩ひたる」への続き具合から考えて、ここは「谷」とあるべき所か。■木登りよくする法師-たいへんな巨木であって、多少の木登りの心得があるぐらいでは無理な状況かと思われる。『十訓抄』の類話では「鷹の巣おろすものを雇ひて」と、高木に登る専門家に頼むという納得のいく展開になっている。■葛(かづら)-つる草。■仏のおはしましをば-仏が言い残してお出かけになられたものを。■をうをう-おうい、おうい。「やよ、やよ」などと同じく助けを求める呼びかけの語。■智恵なき聖は-『十訓抄』七-二、『真言伝』七-四の類話によれば、前者では清行の兄の美濃介と元興寺の賢応が、それぞれ三修に会っていて、清行と賢応とがともに、「この聖は行徳はあろうとも無智なるが故に、遂には魔のためにあざむかれよう」と予言し、そのとおりになったという。

備考・補足

■一行目「聖ありけり」の注で紹介したように、実際の三修は東大寺で法相・真言を兼修した学僧でもあって、無智の僧とは見られない。その彼が魔往生(魔にたぶらかされて、仏土でない所へ往生すること)の主人公とされているのは、誤伝か創作によるものと考えられるが、どちらとも決めがたい。ただ、この話の出所として、『善家秘記』『善家異説』というような三善家の所伝を想定してみることは許されるであろう。

朗読・解説:左大臣光永