平家物語 三十五 足摺(あしずり)

本日は『平家物語』巻第三より「足摺(あしずり)」です。

歌舞伎や能で有名な俊寛の話です。島流しになった三人のうち、俊寛だけが赦免に漏れ、一人残されます。

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前回「赦文」からのつづきです。
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あらすじ

中宮徳子の安産祈願に伴う赦免の使者が鬼界ヶ島に到着する。

俊寛は、大喜びするが、赦免状に俊寛の名はなかった。

自分ひとりが赦免に漏れたことを知った俊寛は、丹波少将につかみかかり、 「俊寛がこうなったのも、そなたの父、大納言入道殿が企てた謀反のせいだ」と訴える。

丹波少将は、都についたら俊寛を赦してもらうよう工作すると約束するが、俊寛はグッタリと落ち込んだままだった。

俊寛が「乗せてゆけ」と叫ぶ中、船は出て行った。

残された俊寛は、少将が赦免の工作をしてくれることに微かな期待をかけつつ、 一人うなだれる。

原文

御使(おつかひ)は丹左衛門尉基康(たんざゑもんのじようもとやす)といふ者なり。舟よりあがツて、「是(これ)に都よりながされ給ひし、丹波少将殿(たんばのせうしやうどの)、法勝寺執行御坊(ほつしようじのしゆぎやうごぼう)、平判官入道殿(へいはんぐわんにふだうどの)やおはする」と、声々にぞ尋ねける。二人(ににん)の人々は、例の熊野(くまの)まうでしてなかりけり。俊寛僧都一人(しゆんかんそうづいちにん)のこツたりけるが、是を開き、「あまりに思へば夢やらん。又天魔波旬(てんまはじゆん)の、我心(わがこころ)をたぶらかさんとていふやらん。うつつとも覚(おぼ)えぬ物かな」とて、あわてふためき、はしるともなく、倒(たふ)るるともなく、いそぎ御使のまへに走りむかひ、「何事ぞ。是こそ京よりながされたる俊寛よ」と名乗り給へば、雑式(ざつしき)が頸(くび)にかけさせたる文袋(ふぶくろ)より、入道相国のゆるし文取出(ぶみとりいだ)いて奉る。ひらいてみれば、「重科(ぢゆうくわ)は遠流(をんる)に免(めん)ず。はやく帰洛(きらく)の思(おもひ)をなすべし。中宮御産(ごさん)の御祈(おんいのり)によツて、非常の赦(しや)おこなはる。然(しか)る間(あひだ)鬼界が島の流人(るにん)、少将成経(せうしやうなりつね)、康頼法師(やすよりほふし)、赦免(しやめん)」とばかり書かれて、俊寛と云ふ文字(もじ)はなし。礼紙(れいし)にぞあるらんとて、礼紙をみるにも見えず。奥より端(はし)へよみ、端より奥へ読みけれども、二人(ににん)とばかり書かれて、三人とは書かれず。

さる程に、少将や判官入道も出できたり。少将のとツてよむにも、康頼入道が読みけるにも、二人とばかり書かれて、三人とは書かざりけり。夢にこそかかる事はあれ、夢かと思ひなさんとすればうつつなり。うつつかと思へば又夢のごとし。そのうへ二人の人々のもとへは、都よりことづけ文(ぶん)共いくらもありけれども、俊寛僧都のもとへは、事問ふ文(ふみ)一つもなし。さればわがゆかりの者どもは、都のうちにあとをとどめずなりにけりと、思ひやるにもしのびがたし。「抑(そもそも)われら三人は、罪も同じ罪、配所(はいしよ)も一所(ひとつところ)なり。いかなれば赦免(しやめん)の時、二人は召しかへされて、一人ここに残るべき。平家の思ひ忘れかや、執筆(しゆひつ)のあやまりか。こはいかにしつる事共ぞや」と、天にあふぎ地に臥(ふ)して、泣きかなしめどもかひぞなき。

少将の袂(たもと)にすがツて、「俊寛がかくなるといふも、御へんの父、故大納言殿、よしなき謀反(むほん)ゆゑなり。さればよその事とおぼすべからず。ゆるされなければ、都までこそかなはず共(とも)、此舟(このふね)に乗せて、九国(くこく)の地へつけて給(た)べ。おのおのの是(これ)におはしつる程(ほど)にこそ、春はつばくらめ、秋は田のもの鴈(かり)の音づるる様(やう)に、おのづから古郷(こきやう)の事をも伝へ聞いつれ。今より後、何としてかは聞くべき」とて、もだえこがれ給ひけり。少将(せうしやう)、「まことにさこそはおぼしめされ候(さう)らめ、我等が召しかへさるるうれしさはさる事なれども、御有様(ありさま)を見おき奉るに、さらに行くべき空も覚えず。うち乗せたてまツても、上(のぼ)りたう候が、都の御使(おつかひ)も、かなふまじき由(よし)申すうへ、ゆるされもないに、三人ながら島を出でたりなンど聞え(きこ)えば、なかなかあしう候ひなん。成経まづ罷りのぼツて、人々にも申しあはせ、入道相国の気色(けしよく)をもうかがうて、むかへに人奉らん。其(その)間は此日ごろおはしつる様(やう)に思ひなして待ち給へ。何としても、命は大切(たいせつ)の事なれば、今度こそもれさせ給ふとも、つひにはなどか赦免(しやめん)なうて候べき」と、なぐさめ給へども、人目も知らず泣きもだえけり。

現代語訳

御使は丹左衛門尉基康という者である。舟から上がって、「ここに都よりお流されになった、丹波少将成親、法勝寺執行の御房、平判官康頼殿はいらっしゃるか」と、声々に尋ねた。

ニ人の人々は、いつもの熊野詣をしていなかった。俊寛一人残っていたが、これを聞いて、

「あまりに思っていたので夢にあらわれたのだろうか、または天魔=波旬が、わが心をたぶらかそうということで言うのだろうか。現実とも思えない物であるよ」と、あわてふためき、走るともなく、倒れるともなく、急いで御使の前に走り向かって、

「何事だ。これこそ京から流された俊寛であるぞ」と名乗られると、雑色の首にかけさせた文袋から、入道相国の赦免状を取り出してお渡しした。

開いてみれば、「重い罪は遠流になったことにより赦す。はやく帰郷の準備をせよ。中宮御産の御祈によって、非常の恩赦が行われる。であるので、鬼界ヶ島の流人、少将成経、康頼法師、赦免」とだけ書かれて、俊寛という文字はない。

礼紙にあるのだろうかと、礼紙を見るが見えない。奥から端へ読み、端から奥へ読んだが、二人とだけ書かれて、三人とは書かれていない。

そのうちに、少将や判官入道(康頼)も出てきた。少将がとって見るにも、康頼入道が読んだ時も、ニ人とだけ書かれて、三人とは書かれていなかった。

夢にこのようなことがあるものだ。夢かと考えようとすれば現実である。現実かと思えばまた夢のような心地がする。

その上二人の人々のもとへは、都からの託された手紙がたくさんあったが、俊寛僧都のもとへは消息をたずねる手紙は一通もない。

であれば、自分に縁のある人たちは、都のうちに跡をとどめずなってしまったと、思いやるにつけても、耐えられない。

「だいたい我ら三人は、罪も同じ罪、配所も同じ所である。どうして赦免の時、二人は召返されて、一人ここに残らなくてならないのだろう。平家の思い忘れか、執筆(書記)の書き間違いか。これはどうした事であるのか」

と、天に仰ぎ地に伏して、泣き悲しんだがどうしようもない。

少将の袂にすがって、

「俊寛がこうなるのも、あなたの父、故大納言殿がつまらない謀反を計画したせいだ。であれば無関係なことと思われてはいけない。赦免がないので、都まではかなわないとしても、この舟に乗せて、九州の地までつけてくだされ。お二人がここにいらっしゃる間は、春はつばくらめ、秋は田のもの雁の音を聞くように、自然と故郷のことをも伝え聞きました。今から後は、どうやって聞けばよいのか」

といって、悶えこがれなさった。

少将、

「ほんとうに、そのようにお思いになることでございましょう。我らが召かえされるうれしさはもちろんの事ですが、御ありさまをお見おきしますに、まったくどこに行くべきとも思われません。舟にお乗せ申し上げても、都に上りたく思いますが、都の御使も、かなわない事を申す上、赦免もないのに、三人そろって島を出たなどと聞こえれば、かえって悪いこともなりましょう。成経がまず上京して、人々にも相談して、入道相国の機嫌をもうかがって、迎えに人をお寄越ししましょう。その間は、ここで毎日そうしてていらしたように思いをなしてお待ちください。何としても、命は大切の事なので、今度はもれなさったといっても、最終的にはどうして赦免がないことがございましょう」

と、なぐさめなさったが、人目も気にせず泣きもだえた。

語句

■丹左衛門尉基康 「丹」は丹波もしくは丹治比。清盛に仕える侍。 ■例の熊野詣 「康頼祝詞」にくわしい。 ■天魔波旬 「天魔」は天の魔王。欲界の頂上、他化自在天にいる。「波旬」は魔王の別名。 ■雑色 小使い。 ■礼紙 書状の上にもう一枚巻いた紙。 ■ことづけ文 託された手紙。 ■事問ふ文 消息をたずねる手紙。 ■執筆 しゆひつ。書記。 ■よその事 無関係のこと。 ■ゆるされなければ 赦免がないので。 ■音づるる 音がする。訪れる。 ■おのづから 自然と。 ■空 方向。場所。気持ち。 ■三人ながら 三人とも。 

原文

既に舟出(いだ)すべしとて、ひしめきあへば、僧都乗ツてはおりつ、おりては乗ツつ、あらまし事をぞし給ひける。少将の形見(かたみ)には、よるの衾(ふすま)、康頼入道が形見には、一部の法花経(ほけきやう)をぞとどめける。ともづなといておし出(いだ)せば、僧都綱に取りつき、腰になり脇になり、たけの立つまではひかれて出づ。たけも及ばずなりければ、舟に取りつき、「さていかにおのおの、俊寛をば遂に捨てはて給ふか。是程とこそ思はざりつれ。日比(ひごろ)の情(なさけ)も今は何ならず。ただ理(り)をまげて乗せ給へ。せめては九国(くこく)の地まで」とくどかれけれども、都の御使(おつかひ)、「いかにもかなひ候まじ」とて、取りつき給へる手を引きのけて、舟をばつひに漕(こ)ぎ出(いだ)す。僧都せん方なさに、渚(なぎさ)にあがり倒(たふ)れふし、をさなき者の、めのとや母なンどをしたふやうに、足づりをして、「是(これ)乗せてゆけ、具(ぐ)してゆけ」と、をめきさけべども、漕ぎ行く舟の習(ならひ)にて、跡は白浪(しらなみ)ばかりなり。いまだ遠からぬ舟なれども、涙に暮れて見えざりければ、僧都たかき所に走りあがり、沖(おき)の方をぞまねきける。彼松浦(かのまつら)さよ姫(ひめ)が、もろこし舟をしたひつつ、ひれふりけんも、是には過ぎじとぞみえし。舟も漕ぎかくれ、日も暮るれども、あやしのふしどへも帰らず、浪(なみ)に足うちあらはせて、露にしをれて其夜はそこにぞあかされける。さりとも少将は、情(なさけ)ふかき人なれば、よき様(やう)に申す事もあらんずらんと、憑(たのみ)をかけ、その瀬に身をも投げざりける、心の程こそはかなけれ。昔壮理(さうり)、息理(そくり)が海岳山(かいがくざん)へはなたれけんかなしみも、今こそ思ひ知られけれ。

現代語訳

もう舟を出さなくてはならいということで、人々が騒ぎあっていると、俊寛は舟に乗っては降り、降りては乗りして、希望することをなさっている。

少将の形見には夜具、康頼入道の形見には、一揃いの法華経を残していった。艫綱を解いて舟を押し出すと、僧都綱に取り付き、腰になり脇になり、たけの立つまではひかれて海に出ていった。

たけも及ばなくなると、舟に取り付き、

「さあいったいあなた方は、俊寛を遂にお見捨てなさるのか。これほど不人情とは思わなかった。日頃の情けも今は何もならない。ただ道理を曲げてお乗せください。せめては九州の地まで」

と、懇願されたけれど、都の御使、

「どうしてもそれはできません」

といって、取り付きなさっている手を引き退けて、舟をついに漕ぎ出した。

僧都どうしようもなくて、渚にあがり倒れ伏して、幼い者が乳母や母などを慕うように、足ずりをして、

「これ乗せてゆけ。連れてゆけ」

と、わめき叫んだが、漕ぎ行く舟の常のことで、跡には白浪だけが残った。いまだ遠くはない舟であるが、涙にくれて見えないので、僧都は高い所に走りあがり、沖の方を手招きした。

あの松浦さよ姫が、もろこし舟をしたいしたいして、領巾を振ったという悲しみも、これほどであるまいと見えた。

舟も遠く漕ぎ出していって水平線に隠れ、日も暮れたけれど、みすぼらしい寝床にも帰らず、浪に足を洗わせて、露にしおれてその夜はそこに明かされた。

そうはいっても少将は情け深い人であるので、よい様に申す事もあるのではないかと、頼みをかけ、その瀬に身投げをもしなかった、心の内のはかなかったことよ。

昔、早離・速離兄弟が継母によって海岳山に捨てられた悲しみも、今こそ思いやられるのだった。

語句

■ひしめきあへば 人々が騒ぎ合うと。 ■あらまし事 自分がやってみたいと希望すること。 ■夜のふすま 夜のふとん。夜具。 ■一部の法花経 一揃い(八巻)の法華経。 ■ともづな 艫(とも)=船尾からつないでいる綱。 ■くどく 懇願する。 ■いかにもかなひ候まじ どうしても叶いません。 ■足摺り 足をジタバタさせること。 ■是 呼びかけの語。もしくは「私」。 ■漕ぎ行く舟の習にて… 「世の中を何にたとへむ朝ぼらけ漕ぎ行く船のあとのしら波」(拾遺集・哀傷・沙弥満誓)。 ■習にて …には常のことで。 ■松浦さよ姫… さよ姫は夫が任那に遣わされるのを見送って領巾(ひれ。肩からかける布)を振った。(万葉集・871、古今著聞集・5、十訓抄・6)。 ■領巾 ひれ。女性用の飾り布。首や肩などにかける。 ■あやしのふしど みすぼらしい寝床。 ■壮理、息理 『観世音菩薩浄土本縁経』にみえる早離、速離の当て字。 南インドのマネバダ国の梵士長那の子である兄弟で、父のいない間に継母によって無人島に捨てられた。 ■海岳山 早離、速離兄弟が捨てられた南海の孤島。

補足

なんとも哀れをさそう話ではあります。法勝寺執行というたいへんな高い位にある俊寛僧都が、たくさんの部下をしたがえてね、ビシッと仕事していたことでしょう。

そういう人が、砂浜の上に足を投げ出して、ジタバタと足摺する…

島に一人残される。その圧倒的な孤独の前では、どんなに社会的地位があっても、身分高くても、人間はこんなにももろく弱いものなのかと、

人の性がかいま見れる章です。

平家物語は俊寛僧都のことを、信仰心のない、傲慢な人だったと批判しますが、この話では、俊寛の風流人でロマンチストなところが出ており、同時に、傲慢でガンコ者なところも描かれ、欠点の多い、立体的な人物としての俊寛の描かれ方が冴える話です。

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次回「御産」は6/13(日)の配信です。

朗読・解説:左大臣光永