平家物語 五十九 山門牒状(さんもんへのてふじやう)

原文

三井寺には貝鐘(かひかね)ならいて、大衆僉議(だいしゆせんぎ)す。「近日世上(きんじつせじやう)の体(てい)を案ずるに、仏法の衰微、王法(わうぽふ)の牢籠(らうろう)、まさに此時(このとき)にあたれり。

今度清盛入道が暴悪(ぼうあく)をいましめずは、何(いづ)れの日(ひ)をか期(ご)すべき。宮ここに入御(じゆぎよ)の御事、正八幡宮の衛護(ゑご)、新羅大明神(しんらだいみやうじん)の冥助(みやうじよ)にあらずや。天衆地類(てんじゆぢるい)も影向(やうがう)をたれ、仏力神力(ぶつりきじんりき)も降伏(がうぷく)をくはへまします事、などかなかるべき。抑北嶺(そもそもほくれい)は円宗(ゑんじゆう)一味の学地(がくぢ)、南都(なんと)は夏﨟得度(げらふとくど)の戒場(かいぢやう)なり。牒奏(てつそう)のところに、などかくみせざるべき」と、一味同心に僉議(せんぎ)して、山へも奈良へも牒状(てふじやう)をこそおくりけれ。山門への状に云(いはく)、
園城寺牒(をんじやうじてつ)す。延暦寺(えんりやくじ)の衙(が)。

殊(こと)に合力(かふりよく)をいたして、当寺の破滅を助けられむと思ふ状。

右(みぎ)入道浄海、ほしいままに王法をうしなひ、仏法をほろぼさんとす。愁嘆(しうたん)極まり無きところに、去(さんぬ)る十五日の夜(よ)、一院第二の皇子、ひそかに入寺(にふじ)せしめ給ふ。爰(ここ)に院宣と号(かう)して、いだし奉るべきよし、責(せめ)ありといへども、出(いだ)し奉るにあたはず。仍(よつ)て官軍をはなちつかはすべきむね、聞(きこ)えあり。当寺の破滅まさに此時にあたれり。諸衆何(しよしゆなん)ぞ愁嘆せざらんや。就中(なかんづく)に延暦、園城両寺は、門跡(もんぜき)二つに相分(あひわか)るといへども、学(がく)するところは、是円頓(これゑんどん)一味の教門(けうもん)に同じ。たとへば鳥の左右の翅(つばさ)のごとし。又車(くるま)の二つの輪に似たり。一方闕(か)けんにおいては、いかでかその歎(なげき)なからんや。者(ていれば)ことに合力(かふりよく)をいたして、当寺の破滅をたすけられば、早く年来(ねんらい)の遺恨を忘れて、住山(ぢゆうせん)の昔に復(ふく)せん。衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)かくの如し。仍(よつ)て牒奏件(てつそうくだん)の如し。

治承四年五月十八日 大衆等(だいしゆら)

とぞ書いたりける。

現代語訳

三井寺ではほら貝と鐘をならして、大衆が話し合った。

「近ごろ、世の中のありさまを考えるに、仏法が衰退していること、王法が押し込められていることは、まさにこの時に当たる。今度清盛入道の暴虐悪行をこらしめないでは、いつの日を期待できるだろう。高倉宮がここに三井寺入りされた御事は、正八幡宮のご加護、新羅大明神のお助けでなくて何であろう。

天地の神々もお姿をあらわし、仏や神の力が働いて敵を降伏させなさることが、どうしてないであろう。

いったい北嶺は天台宗の学びの地であり、南都は夏の間修行して得度して授戒する資格を得る地である。(北嶺と南都に)書状を送れば、どうして(三井寺に)味方しないということがあろうか」

と、皆おなじ心で話し合って、山門(比叡山延暦寺)へも奈良へも書状を送った。山門への書状にいわく、

園城寺が延暦寺の寺務所に送る。

特に力を合わせて、わが寺の破滅を助けてほしいと思う次第である。

右入道浄海は、好き勝手に王法をうしない、仏法をほろぼそうとしている。愁い嘆きのつきないところに、去る十五日の夜、後白河院第ニの皇子(高倉宮=以仁王)が、ひそかに三井寺にお入りになった。

そこで院宣と称して、高倉宮を三井寺からお出し申し上げよと命令してきたけれど、お出し申し上げることはできない。

なので官軍をわが寺に差し向けるという噂だ。

わが寺は今まさに破滅に瀕している。

すべての衆徒はどうして愁い嘆かないことがあろう。中にも、延暦、園城両寺は、門流が二つに分かれているとはいっても、学ぶところは、天台宗唯一の教門である。

たとえるなら、鳥の左右の翼のようなもの。また車の二つの輪に似ている。一方が欠ければどうしてその嘆きがないだろうか。

であるので、特に力を合わせて、わが寺の破滅をお助けになれば、早く年来の遺恨を忘れて、同じ比叡山に住んでいた昔にもどるだろう。衆徒が話し合ったのは以上のようなことである。

よってこのような書状を送るのである。

治承四年五月十八日 大衆ら

と書いてあった。

語句

■貝鐘 ほら貝と鐘。 ■王法の牢籠 王法がおしこめられて行われないこと。後白河法皇が鳥羽殿に幽閉され院政が停止していることをさす。 ■暴悪 乱暴悪行。 ■新羅大明神 三井寺の守護神。素戔嗚命とも。開祖伝教大師最澄から渡航したとき、嵐にあったのを神羅明神が守ったという。 ■冥助 みやうじょ。神仏の助け。 ■天衆地類 てんじゆぢるい。天と地の神々。 ■影向 神仏が衆生救済のためあらわれること。 ■降伏 がうぶく。敵を降伏させること。 ■北嶺 比叡山。 ■円宗 天台宗のこと。 ■一味 教理が唯一無二であること。 ■学地 がくぢ。学問をする場。 ■南都 奈良。興福寺・東大寺など奈良の寺寺。 ■夏﨟得度 一夏九十日間こもって得度すること。 ■戒場 仏教者になるための戒をさずけるための場。 ■牒奏 てつそう。牒状を送ること。牒送の当て字か。■牒状 書状。 ■牒す 送る。 ■衙 が。役所。ここでは延暦寺の寺務所。 ■合力 こうりよく。力を合わせること。 ■せしめ給ふ 「しめ」は敬語。 ■諸衆 すべての衆徒。 ■門跡二つに相分るといへども 延暦寺の智証大師円珍が園城寺を修造して後、山門(比叡山)、寺門(園城寺)に分かれた。門跡は門流。主義をひとつにする寺。 ■円頓一味の教門 天台宗唯一の教えの教門。 ■者 ていれば 「といへれば」の転。であれば。 ■住山 ぢゆうせん。同じ比叡山に住んでいたこと。 ■件 くだん。「くだり」の音便。ここまでの文章全体をふまえて。

次の章「平家物語 六十 南都牒状(なんとてふじやう)
平家物語|原文・現代語訳・解説・朗読

朗読・解説:左大臣光永