平家物語 九十一 慈心房(じしんぼう)

原文

ふるい人の申されけるは、清盛公(きよもりこう)は悪人(あくにん)とこそ思へども、まことは慈恵僧正(じゑそうじやう)の再誕(さいたん)なり。其故(そのゆゑ)は津国清澄寺(つのくにせいちようじ)といふ山寺あり。彼寺(かのてら)の住僧(ぢゆうそう)、慈心房尊恵(じしんばうそんゑ)と申しけるは、本(もと)は叡山(えいざん)の学侶(がくりよ)、多年法花(たねんほつけ)の持(ぢ)者(しや)なり。しかるに道心(だうしん)をおこし離山(りさん )して、此寺に年月をおくりければ、みな人是を帰依(きえ)しけり。去(さんぬ)る承安(しようあん)二年十二月廿二日の夜(よ)、脇息(けふそく)によりかかり、法花経(ほけきやう)よみ奉りけるに、丑剋(うしのこく)ばかり夢ともなくうつつともなく、年五十ばかりなる男の、浄衣(じやうえ)に立烏帽子(たてえぼし)着て、わらンづはばきしたるが、立文(たてぶみ)をもッて来(きた)れり。尊恵(そんゑ)、「あれはいづくよりの人ぞ」と問ひければ、「閻魔王宮(えんまわうぐう)よりの御使(おんつかひ)なり。宣旨(せんじ)候」とて立文を尊恵にわたす。尊恵是(これ)をひらいてみれば、

屈請(くつしやう)、閻浮提大日本国(えんぶだいだいにつぽんこく)、摂津国清澄寺(せつつのくにせいちようじ)の滋心房尊恵(じしんぼうそんゑ)、来(らい)廿六日、閻魔羅城大極殿(えんまらじやうだいこくでん)にして、十万人の持経者(ぢきやうじや)をもって、十万部(ぶ)の法花経(ほけきやう)を転読(てんどく)せらるべきなり。仍(よつ)て参勤(さんぎん)せらるべし。閻王宣(えんわうせん)よッて、屈請如件(くつしやくだんのごとし)。
承安(しようあん)二年十二月廿二日            閻魔(えんま)の庁(ちやう)

とぞ書かれたる。尊恵いなみ申すべき事ならねば、左右(さう)なう領状(りやうじやう)の請文(うけぶみ)を書いて奉るとおぼえてさめにけり。ひとへに死去(しきよ)の思(おもひ)をなして、院主(ゐんじゆ)の光影房(くわうやうぼう)に此事(このこと)をかたる。みな人奇特(きどく)の思(おもひ)をなす。尊恵口には弥陀(みだ)の名号(みやうがう)をとなへ、心には引接(いんぜふ)の悲願(ひぐわん)を念ず。やうやう廿五日の夜陰(やいん)に及ンで、常住(じやうぢゆう)の仏前(ぶつぜん)にいたり、例(れい)のごとく脇息(けふそく)によりかかッて、念仏読経(どくきやう)す。子剋(ねのこく)に及ンで眠切(ねぶりせつ)なるが故に、住房(ぢゆうばう)にかヘッて、うちふす。丑剋(うしのこく)ばかりに、又先のごとくに浄衣装束(じやうえしやうぞく)なる男 二人来(ににんきた)ッて、「はやはや参らるべし」とすすむるあひだ、閻王宣(えんわうせん)を辞(じ)せんとすれば、甚(はなは)だ其恐(そのおそれ)あり、参詣(さんけい)せんとすれば、更(さら)に衣鉢(えはつ)なし。此思(おもひ)をなす時、法衣自然(ほふえじねん)に身にまとッて肩(かた)にかかり、天より金(こがね)の鉢(はち)くだる。二人(ににん)の童子(どうじ)、二人(ににん)の従僧(じゆぞう)、十人の下僧(げそう)、七宝(しつぽう)の大車(だいしや)、寺坊(じぼう)の前に現(げん)ずる。尊恵なのめならず悦(よろこ)ンで、即時(そくじ)に車に乗る。従僧等西北(じゆぞうらさいほく)の方にむかッて、空をかけッて程なく閻魔王宮(えんまわうぐう)にいたりぬ。

現代語訳

古老の人が申されるのは、清盛公は乱暴者とは思うが、ほんとうは慈恵僧正の生まれ変わりであると。

そのわけは、摂津国清澄寺という山寺がある。その寺に住む僧、慈心房尊恵と申す僧は、もとは比叡山の学僧で、多年にわたって法華経を肌身はなさず読誦している者である。

しかし道心をおこして山を離れ、この寺に年月を送ったところ、みな人はこの僧に帰依した。

去る承安ニ年十ニ月二十ニ日の夜、脇息によりかかり、法華経を拝読していたところ、丑の刻ぐらいに夢ともなくうつつともなく、年五十ぐらいの男で、浄衣に立鳥帽子着て、藁沓、脚絆をした人が、立文をもって来た。

尊恵は、「あなたはどこから来た方か」と質問すると、「閻魔王宮からの御使である。宣旨でございます」といって立文を尊恵にわたす。

尊恵がこれをひらいてみれば、

お招きする。人間世界日本国、摂津国清澄寺の慈心房尊恵、きたる二十六日、閻魔城大極殿で、十万人の持経者をもって、十万部の法華経を転読されるはずである。よって参っておつとめされよ。閻魔大王の宣旨によって、このようにお招きする。

承安ニ年十ニ月二十一日 閻魔の庁

と書かれていた。尊恵ことわり申しあげる事もならないので、右も左もなく承知の書状を書いて差し上げると思って目がさめた。

まったく死んでしまったような思いがして、住職の光影房にこのことを語る。人はみな不思議に思った。尊恵は口に阿弥陀仏の名号をとなえ、心には阿弥陀仏が衆生をお救いくださる悲願を念じる。

ようやく二十五日の夜になって、いつも念仏を唱える仏前にいって、いつものように脇息によりかかって、念仏読誦する。

午前0時頃になって、眠気がきついので、住房にかえって、横になる。

午前2時頃に、また先日のように浄衣装束を着た男が二人来て、「はやくはやく参られるがよい」とすすめるので、閻魔王の宣旨を辞退しようとすれば、たいそうそれは恐ろしい。参詣しようとすれば、まったく衣も鉢もない。

こう思った時、法会が自然に身にまとわりついて肩にかかり、天から金の鉢がくだる。

ニ人の童子、ニ人のお伴の僧、十人の下級の僧、七宝で飾り立てた車が、僧坊の前にあらわれる。

尊恵はなみなみならず喜んで、すぐに車に乗る。お伴の僧たちは西北の方へむかって、空を走って程なく閻魔王宮にいたった。

語句

■ふるい人 古老の人。 ■悪人 乱暴者。 ■慈恵僧正 元三大師良源。十八代天台座主。比叡山中興の祖。 ■摂津国清澄寺 清荒神清澄寺。兵庫県宝塚市米谷。 ■慈心房尊恵 「釈慈心、字尊慧、少くして叡山に上り台教を習カクし法華三昧を修す。後、摂の清澄寺に住す」(本朝高僧伝)。 ■法花の持者 法華経を肌見放たず持ち常に読誦する者。 ■承安ニ年 1172。 ■浄衣 白い狩衣。 わらンづ 藁沓(わらぐつ)の転。 ■はばき 脛巾。脚絆。 ■立文 包紙で縦に包んだ文。 ■屈請 まげて請う。貴人を招くこと。 ■閻浮提 南閻浮提。人間世界。 ■来廿六日 来る二十六日。 ■閻魔羅城 閻魔城。閻魔羅は閻魔羅闍(=閻魔王)の略。 ■持経者 法華経を常に持ち読誦する者。 ■転読 通読せず要所要所を読んで通読したことにすること。 ■参勤 参って法事をつとめる。 ■院主 住職。 ■尊恵口には… 以下『冥土蘇生記』とほぼ同文。 ■引接の悲願 仏が衆生を引き取って極楽往生させてやるという悲願。 ■夜陰 夜中。夜の暗い時。 ■衣鉢 えはつ。三種の袈裟と鉢。 ■従僧 身分の高い僧に従う下級の僧。

原文

王宮の体(てい)をみるに、外槨渺々(がいくわくべうべう)として、其内曠々(そのうちくわうくわう)たり。其内に七宝所成(しつぽうしよじやう)の大極殿(だいごくでん)あり。高広金色(かうくわうこんじき)にして、凡夫(ぼんぷ)のほむるところにあらず。其日の法会(ほふゑ)をはッて後(のち)、請僧(しやうぞう)みなかへる時、尊恵南方(そんゑなんばう)の中門(ちゆうもん)に立ッて、はるかに大極殿を見わたせば、冥官冥衆(みやうくわんみやうしゆ)みな、閻魔法王(えんまほふわう)の御前(おんまへ)にかしこまる。尊恵、「ありがたき参詣(さんけい)なり。此次(このついで)に後生(ごしやう)の事尋ね申さん」とて、大極殿へ 参る。其間(そのあひだ)に二人の童子(どうじ)、蓋(かい)をさし、二人の従僧(じゆぞう)、箱をもち、 十人の下僧(げそう)列をひいて、やうやうあゆみちかづく時、閻魔法王、冥官冥衆みなことごとくおりむかふ。多聞(たもん)、持国(ぢこく)二人 の童子(どうじ)に現(げん)じ、薬王菩薩(やくわうぼさつ)、勇施菩薩(ゆぜぼさつ)二人の従僧(じゆぞう)に変(へん)ず。十羅刹女(じふらせつによ)、十人の下僧に現(げん)じて、随逐給仕(ずいちくきふじ)し給へり。閻王(えんわう)問うて宣(のたま)はく、「余(よ)僧(そう)みな帰りさんぬ。御房来(ごぼうきた)る事いかん」。「後生(ごしやう)の在所(ざいしよ)承らん為なり」。「ただし往生不往生は人の信不信(しんぶしん)にあり」と云々(うんぬん)。閻王又冥官(みやうくわん)に勅(ちよく)して宣はく、「此御房の作善(さぜん)の文箱(ふばこ)、南方(なんばう)の宝蔵(ほうざう)にあり。とり出(いだ)して一生の行(ぎやう)、化他(けた)の碑文(ひのもん)みせ奉れ」。冥官承ッて、南方の宝蔵にゆいて、一つの文箱(ふばこ)をとッて参りたり。良蓋(やうやくふた)をひらいて是(これ)をことごとくよみきかす。尊恵悲歎啼泣(ひたんていきふ)して、「ただ願はくは我を哀愍(あいみん)して、出離生死(しゆつりしやうじ)の方法(ほうほふ)ををしへ、証大菩提(しようだいぼだい)の直道(ぢきだう)をしめし給へ」。其時閻王哀愍教化(あいみんけうけ)して、種々(しゆじゆ)の偈(げ)を誦(じゆ)す。冥官(みやうくわん)筆を染めて一々(いちいち)に是を書く 。

妻(さい)子(し)王(わう)位(ゐ)財(ざい)眷(けん)属(ぞく) 死(し)去(こ)無(む)一(いち)来(らい)相(そう)親(しん)
常(じやう)随(ずい)業(ごふ)鬼(き)繋(け)縛(ばく)我(が) 受(じゆ)苦(く)叫(けう)喚(くわん)無(む)辺(へん)際(ざい)

閻王此偈(げ)を誦(じゆ)し終ッて、すなはち彼文(かのもん)を尊恵に付(ふ)属(ぞく)す。尊恵 なのめならず悦(よろこ)ンで、「日本の平大相国(へいだいしやうこく)と申す人、摂津国和多(つのくにわだ)の御崎(みさき)を点(てん)じて、四面十余町に屋をつくり、今日(けふ)の十万僧会(ぞうゑ)のごとく、持経者(ぢきやうじや)をおほく屈請(くつしやう)じて、坊(ぼう)ごとに一面(いちめん)に座(ざ)につき、説法読経丁寧(せつぽふどくきやうていねい)に勤行(ごんぎやう)をいたされ候(そうらふ)」と申しければ、閻王随喜感嘆(えんわうずいきかんたん)して、「件(くだん)の入道はただ人(ひと)にあらず。慈恵僧正(じゑそうじやう)の化身(けしん)なり。天台(てんだい)の仏法護持(ぶつぽふごじ)のために、日本に再誕(さいたん)す。かるがゆゑにわれ毎日に三度(ど)、彼人(かのひと)を礼(らい)する文(もん)あり。すなはち此文をもッて、彼人に奉るべし」とて、

敬礼(きやうらい)滋恵(じゑ)大僧正  天台仏法擁護者(おうごしゃ)
示現(じげん)最初(さいしよ)将軍身(しやうぐんじん)  惡業(あくごふ)衆生(しゆじやう)同(どう)利益(りやく)

尊恵是(そんゑこれ)を給はッて、大極殿の南方の中門をいづる時、官士等(くわんじら)十人門外に立ッて、車に乗せ前後にしたがふ。又空をかけッて帰り来(きた)る。夢の心地(ここち)していき出(い)でにけり。尊恵是をもッて、西八条(にしはちでう)へ参り、入道相国に参らせたりければ、なのめならず悦(よろこ)ンで、やうやうにもてなし、さまざまの引出物共たうで、その勧賞(けんじやう)に律師(りつし)になされけるとぞきこえし。さてこそ、 清盛公をば慈恵(じゑ)僧正の再誕(さいたん)なりと、人知りてンげれ。

現代語訳

王宮のさまをみると、外囲いがはるか遠くまでつづき、その内部は広々している。その中に七宝でできた大極殿がある。高く広く金色で、凡夫がほめようとてほめられるものではない。

その日の法会が終わった後、招かれた僧たちがみな帰る時、尊恵は南方の中門に立って、はるかに大極殿をみわたせば、冥界の役人やその他の者たちがみな、閻魔法王の御前にかしこまる。

尊恵、「めったにない参詣である。このついでに後生の事尋ね申そう」といって、大極殿へ参る。

その間に二人の童子が傘をさし、二人のお伴の僧が箱をもち、十人の下級の僧が列をひいて、しだいに歩み近づく時、閻魔法王は、冥界の役人やその他の者は皆ことごとく御殿から下りて迎えた。

多聞天、持国天が二人の童子の姿であらわれ、薬王菩薩、勇施菩薩が二人のお伴の僧の姿に変わっていた。十羅刹女は十人の下級の僧の姿であらわれて、従いついて世話をなさった。

閻王が質問しておっしゃることに、

「他の僧はみな帰り去った。御坊はなぜ来た」

「後生で私が行く所をうかがいたいからです」

「ただし往生不往生は人の信仰心のあるなしによる」

などと色々話をした。

閻王はまた冥界の役人に勅を下しておっしゃった。

「この御坊がどれだけ善行を積んだかを記した文箱が、南方の宝蔵にある。取り出して一生の行、他人をどれだけ教化したかを記した碑文を見せ申し上げよ」。

冥界の役人が承って、南方の宝蔵に行って、一つの文箱をとって参った。少しずつ蓋をひらいてこれをすべて読み聞かせる。

尊恵は悲しみ嘆き泣いて、「ただ願います。私を哀れんで、迷いに満ちた娑婆世界を逃れる方法を教え、悟りを得られる最短の道をお示しください」。

その時、閻王は哀れみを下して、さまざまな偈を口ずさんだ。冥界の役人は筆を染めて一々にこれを書いた。

妻子王位財眷属 死去無一来相親
常随業鬼繋縛我 受苦叫喚無辺際

(妻子・王位・財産・一族…

死んでしまえばそんなものは一切無に帰し、相親しむことはない。

常につきまとう罪業の鬼が、我を縛り付けて束縛する。

苦しみを受け、無限に叫びわめくのだ)

閻王はこの偈を口ずさみ終わって、すぐにその文を尊恵に授与する。尊恵はなみなみならず喜んで、

「日本の平大相国と申す人が、摂津国和多の岬を選び定めて、四面十町に家屋をつくり、今日の盛大な法会のように、持経者を多く招いて、僧坊ごとに一面に座について、説法読経など、丁寧にお勤めをいたされてございます」

と申したところ、閻王は大いに喜び感心して、

「あの入道はただ人ではない。慈恵僧正の化身である。天台の仏法護持のために、日本に生まれ変わったのだ。だから私は毎日三度、その人を礼賛する文言がある。そこでこの文言をその人に差し上げるがよい」といって、

敬礼(きやうらい)滋恵(じゑ)大僧正  天台仏法擁護者(おうごしゃ)
示現(じげん)最初(さいしよ)将軍身(しやうぐんじん)  惡業(あくごふ)衆生(しゆじやう)同(どう)利益(りやく)

(慈恵大僧正に敬礼する。かの僧は天台の仏法を守護する者である。最初は将軍の姿でこの世にあらわれ、悪行を積み重ねることによって、かえって衆生に悪行の悪さを理解させ、救いに導く、結果として善行を説くと同じ利益を衆生にもたらすのである)

尊恵がこれを授けられて、大極殿の南方の中門を出る時、冥界の兵士十人が門外に立って、車に乗せ前後にしたがう。

また空を飛んで帰って来た。夢のような心地がして生き返った。尊恵はこれをもって西八条に参り、入道相国に差し上げたところ、なみなみならず喜んで、その勧賞に律師になされたときこえた。

こうして、清盛公を慈恵僧正の生まれ変わりであると、人は知ったのであった。

語句

■外槨渺々 外囲いがはるか遠くまで続いている。 ■七宝所成 七宝でできている。 ■凡夫のほむるところにあらず 凡夫にはほめようとしてもほめられないほど素晴らしい。 ■請僧 招待された僧。 ■冥官冥衆 冥途の役人とその他の者ども。 ■蓋 傘。 ■多聞(毘沙門天)、持国 多聞天と持国天。それぞれ四天王の一。 ■十羅刹女 十名の鬼女。 ■随逐給仕 付き従って世話をすること。 ■作善の文箱 生前どれだけの善行をつんだかを記した文箱。 ■化他の碑文 けたのひのもん。どれだけ他人を教化したかを記した碑文。 ■良 ようやく。少しずつ。 ■出離生死 迷いの多い娑婆世界を脱すること。 ■証大菩提 悟りを保証すること。 ■直道 まわり道しないまっすぐな道。最短距離の道。 ■偈 仏教の教理を韻文で記したもの。 ■誦す 口ずさむ。 ■付属す 授与する。与える。 ■和田の御崎 輪田の岬。神戸市兵庫区。 ■点じて 選び定めて。 ■十万僧会 多数の僧をあつめて法会を開くこと。 ■官士 閻魔庁の兵士。

朗読・解説:左大臣光永

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