平家物語 百七十四 文之沙汰(ふみのさた)

平家物語巻第十一より「文之沙汰(ふみのさた)」。生け捕りとなった平時忠は、不利な証拠となる文書を義経に取られていることを心配していた。そこで娘の一人を義経に差し出し、それとなく手紙を取り戻そうとするが…

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あらすじ

大納言時忠は、義経の宿所の近くに捕らえられていた。時忠は不利な証拠となる文書を義経に取られていることを心配していた。

そこで子息讃岐中将の提案で、娘の一人を義経に差し出し、義経を懐柔することした。

義経には河越太郎重頼の娘を妻としていたが、時忠の娘をとても大切に扱った。女房から文のことを言われると、何も聞かずに時忠に返した。時忠は喜んでその文を焼き捨てた。

平家が滅んで平和が訪れた。人々の中に「義経は大したものだ、頼朝が何をしたというんだ」という声が上がってきた。頼朝はこれを伝えきき、将来義経が驕り昂ぶって自分に背くのではないかと、危惧するのだった。

原文

平大納言時忠卿父子(へいだいなごんときただのきやうふし)も九郎判官(くらうはうぐわん)の宿所ちかうぞおはしける。 世の中のかくなりぬるうへは、とてもかうてもとこそ思はるべきに、大納言猶(なほ)いのち惜しうや思はれけん、子息讃岐中将(さぬきのちゆうじやう)をまねいて、「ちらすまじきふみどもを一合(いちがふ)、判官にとられてあるぞとよ。是を鎌倉の源二位(げんにゐ)に見えなば、人もおほく損じ、我身もいのちいけらるまじ。いかがせんずる」と宣(のたま)へば、中将申されけるは、「判官はおほ方(かた)もなさけある者にて候(さうらふ)なるうへ、女房(にようぼう)なンどのうちたえなげく事をば、いかなる大事をももてはなれぬと承り候。なにか苦しう候べき。姫君達(ひめぎみたち)あまたましまし候へば、一人(いちにん)見せさせ給ひ、したしうならせおはしまして後、仰せらるべうや候らん」。大納言涙をはらはらとながいて、「我世(われよ)にありし時は、娘(むすめ)どもをば女御后(にようごきさき)とこそ思ひしか。なみなみの人に見せんとは、かけても思はざりし物を」とて泣かれければ、中将、「今はその事ゆめゆめおぼしめしよらせ給ふべからず」とて、「当腹(たうぶく)の姫君の十八になり給ふを」と申されけれども、大納言それをば猶かなしき事におぼして、さきの腹の姫君の廿三になり給ふをぞ、判官には見せられける。是も年こそすこしおとなしうおはしけれども、みめかたちうつくしう、心ざま優(いう)におはしければ、判官さりがたう思ひ奉(たてま)ッて、もとのうへ、河越太郎重頼(かはごえたらうしげより)が娘もありしかども、これをば別(べち)の方(かた)尋常(じんじやう)にしつらうてもてなしけり。さて女房件(くだん)のふみの事を宣(のたま)ひいだされたりければ、判官あまッさへ封(ふう)をもとかず、いそぎ時忠卿のもとへおくられけり。大納言なのめならず悦びて、やがて焼きぞすてられける。いかなるふみどもにてかありけん、おぼつかなうぞきこえし。

平家ほろびて、いつしか国々しづまり、人のかよふも煩(わづらひ)なし。都もおだしかりければ、「ただ九郎判官ほどの人はなし。 鎌倉の源二位は何事をかしいだしたる。世は一向(いつかう)判官のままにてあらばや」なンどいふ事を、源二位もれ聞いて、「こはいかに、頼朝(よりとも)がよくはからひてつはものをさしのぼすればこそ、平家はたやすうほろびたれ。九郎ばかりしては争(いか)でか世をしづむべき。人のかくいふにおごッて、いつしか世を我(わが)ままにしたるにこそ。人こそおほけれ、平大納言(へいだいなごん)の聟(むこ)になッて、 大納言もてあつかふなるもうけられず。又世にもはばからず、大納言の聟どりいはれなし。くだッても定(さだ)めて過分(くわぶん)のふるまひせんずらん」とぞ宣ひける。

現代語訳

平大納言時忠卿親子も九郎判官の宿所近くにおられた。世の中がこうなった以上、どうなってもしかたがないとお思いになるべきなのに、大納言はなおも命が惜しいと思われたのか、子息の讃岐中将を招いて、「人に見られてはいけない機密の手紙や文書を一箱分判官にとられている。これを鎌倉の源二位頼朝に見られたなら、多くの人が危害を受け、我身も生かしてはおかれないだろう。どうしようか」とおっしゃると、中将が申されるには、「判官はだいたいのところ情け深い人であるうえ、女房などがひたすらいちずに嘆願することを、どんな大変な事であっても突き放したりはしないと聞いております。何を苦しまれているのですか。姫君たちも大勢おられるので、中の一人を義経の妻になさって、親しくなられた後、手紙の事等を仰せられたらよろしいでしょう」。これを聞いた大納言は、涙をはらはらと流して、「私が勢いづいていた時は、娘どもを女御・后にしようと思っていた。平凡な人に嫁がせようとは全く思わなかったものを」と言って泣かれたので、中将は、「今はその事をゆめゆめお思いになってはなりません」と言って、「北の方がお産みになった十八になられる姫君を判官に見せては」と申されたけれども、大納言はそれを猶も哀しい事だとお思いになり、前の北の方が産んだ二十三歳になる姫君を、判官に見せられた。この方も少し年をとっておられたが、顔形が美しく、心根の優しい人だったので、判官は離れがたくお思いになって、本妻の河越太郎重頼(しげより)の娘があったが、別の所を立派に整備して時忠の娘を女房になさった。さて女房が件の文の事を言い出されたところ、判官はあろう事か手元にあった文箱の封も解かず、急いで時忠の所へ送られた。大納言はひとかたならず喜んで、すぐにその文箱を焼き捨てられた。どのような文であったのか、中身が気になると世間では噂した。

平家が滅んで、いつしか国々も鎮まり、人の往来にも心配はない。都は平穏だったので、「まったく九郎判官ほどの人はいない。鎌倉の源二位頼朝は何をしでかしたというのか。世はひたすら判官殿の思い通りにはなってほしい」などと言う事を、源二位頼朝は漏れ聞いて、「これはどうしたことか。頼朝がうまく取り計らって兵をさし遣わしたからこそ、平家は簡単に滅びたのだ。九郎一人でどうして世を鎮められよう。人がこのように言っているのを聞いて得意になって、もう世を自分の意のままにしたのだな。人は多いというのによりによって平大納言の婿になって、大納言を優遇しているのも承服できない。又世間への遠慮もなしに大納言が婿取りの話をする理由もない。義経が鎌倉へ下って来てもきっと分不相応な振る舞いをすることだろう」と言われた。

語句

■宿所 六条堀川にあった。 ■とてもかうても どうなっても仕方ない。死罪になる覚悟を決めること。 ■ちらすまじきふみども 散らすべきではない。人に見せるべきではない機密文書のこと。 ■一合 一箱。 ■うちたへなげく ひたすら嘆願する。 ■もてはなれぬ 捨て置かない。見捨てない。 ■見せさせ給ひ 娘を義経の妻にする意。 ■当腹の姫君 時忠の現在の北の方、帥典侍の生んだ姫君。帥典侍は葉室顕時の娘。安徳天皇の乳母。 ■さきの腹の姫君 前の北の方の生んだ姫君。 ■廿三 どちらも年齢は不審。 ■もとのうへ 元からの妻。 ■河越重頼 武蔵国入間郡川越(埼玉県川越市)の人。 ■これ 時忠の娘。次の「女房」も同じ。 ■別の方 別の御殿。 ■あまっさへ そればかりか。深く追求しないばかりか。 ■おだしかりければ 穏やかになったので。 ■人こそおほけれ 他に人は多いのに。よりによって。 ■もてあつかふ 庇護すること。 ■うけられず 認められない。

……

結局何が書かれた機密文書だったのか、わからずじまいです。

平家一門の中にあって時忠が特別汚く立ち回った証拠?てことでしょうか。例えば朝廷と裏取引して「平家の内部からつき崩しますから、私の一族だけは助けてください」とか?

どうもそういう、朝廷がらみのスキャンダルな気が。想像力を刺激される章です。

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朗読・解説:左大臣光永