世阿弥『風姿花伝』 現代語訳つき朗読

風姿花伝。作者は室町時代に活躍した能役者世阿弥。本書は世阿弥による探求の成果を記した、能楽の研究書です。

研究書とはいっても、今日言う学術目的の研究書ではありません。能をいかに興行的に成功させるかという工夫の数々を、実演者としての立場から説いた、秘伝書です。

執筆当初は「花伝書」というタイトルで作られましたが、その後、加筆修正が加えられ、「風姿花伝」として生まれ変わり現在に至ります。

本来、世阿弥の父、観阿弥が口述で嫡男の世阿弥に伝えた秘伝であり、世阿弥がこれを筆記しました。

また、この風姿花伝は父観阿弥が無くなって後、17年後に刊行されており、父親から口述で伝えられた秘伝を身を以て経験を積み、その成果を付け加え、修正しながら風姿花伝として出版したものと考えられています。

また、本書は極めて体系的に構成された能楽論であり、次のように構成されています。

第一 年来稽古条々(年齢に適応した稽古の注意)

(七歳)数え歳七歳から稽古を始め、子供の良さを生かし自由にすすめてやらせる。
(十二三より)少年の声と姿の良さを生かし、基礎的な技を正確に学ばせる。
(十七八より)少年から青年へと生理的に変化する条件の悪い時期に、身体の無理をせず、精神力で耐える。
(二十四伍)若盛りの良さを発揮するが、一時的な花だから、気をつけてしっかり稽古に励む。
(三十四伍)盛りの絶頂で、過去を知り将来の進路をも自覚できる。一生の成功の分かれ目である。
(四十四五)肉体的には衰えるから、真の花を極めた役者でも、良い脇の花形役者の助けを必要とする。
(五十有余)無用なことはしないようにして、老木の花を見せる。

第二 物学条々(稽古すべき各種の芸に対する注意)

(総説)歌舞の二曲で物まねを統制する立場から、物まねを幽玄的に演じなければならない場合があり、そのため写実的表現の度合いに工夫がいる。
(女) 若い役者がやるにふさわしいが、扮装を第一に、すべてやわらかに女らしく振舞う。
(老人)老人のみにくい外形にとらわれず、心持をまねる。物まねの奥義(最もむつかしいもの)だ。
(直面)自分の顔を面にする気持ちで、顔色の表情を繕わず、身体の表情でやる。
(物狂い)最も面白い見もので、狂乱の原因を自覚して舞い分ける。
(法師)法師の為手は少ないが地位ある僧や修行僧などにより演じ分ける。
(修羅)剣劇は一種の見ものであるが、幽玄の要素が無いから、源平の名将に風雅な要素を加えて演じ、武術を正しくやってみせる。
(神) 舞いによって神を表現し、神体を尊くまねてやる
(鬼) 冠り物の長い毛を振り回して面白く見せられるが、幽玄の要素に欠けるから、たまにやって効果をあげるがよい。
(唐事)外国人と感ぜられる程度に工夫してわかりやすく表現する。

第三 問答条々(芸の実力を発揮する工夫)

(一) 見物の注意を舞台に引き付ける工夫。また陰陽の原理に基づく夜と昼の区別に対する心づかい。
(二) 序・破・急の法則によって演ずる申楽には、それぞれに適応した能の脚本を作るがよい。
(三) 申楽の競演に勝つには、役者が能を作る才能、少なくとも能を演出替えする工夫が必要。
(四) 若い役者が、一時的な若さの良さで年功者に勝つ事があっても、真の花を会得した名人には到底及ばない。
(五) 誰にでも生まれつきいい所があるから、それを発揮した長所は、上手な役者も学び取って芸域を広め、真の花を咲かせる基とするがよい。
(六) 芸の位には、生まれつきのものと、後天的に学んで得たものがあり、これを分けて考えるがよい。生まれつきのものは他人が真似るわけにはいかない。
(七) 謡の文句に適応した所作を心がけ、謡と所作とが融合した境地に達するべきだ。
(八) 盛りの花を心がけて、しおれた花の風情になることがあるが、それは意識的に表現できないものだ。
(九) 花を悟る事がこの道の奥義であるが、それは日々まともに芸を演じている間に自然にわかっていくものだ。

第四 神儀(申楽の歴史を延べる)

外来の要素、日本古来の要素、その両者の結合による古代から中世(鎌倉末期)までの発達と南北朝における近畿地方における有力な申楽座。

第五 奥義(最も究極の大切な教えを解く)

本書著作の目的、当時の芸能界全般の芸風を述べ、あらゆる芸能を演じ得る名手になることを理想とし、申楽芸(芸能)の本質を解明し、芸能人の心がけを解く。

第六 花修(能作の問題を説く)

能を作る上の注意、脚本を役者が改正して演出の効果を挙げる工夫、表現すべき内容と表現力との関係などを説く。

第七 別紙口伝(「花」の解明、主として珍しさの要素を説く)

(一)申楽能の舞台効果を自然に咲く花にゐたとえ、また鬼の能の場合の花の種(珍しさの要素)をあかす。
(二)細部にわたる表現上の花(徹底的な変化)を説く。
(三)役の人物になりきる(似せぬ位)を説き、老人の物まねの花を明らかにする。
(四)物まね芸の種類の変化(十体の花)を説く。
(五)年齢の変化(年々去来の花)を説く。
(六)万事に用心する気持ちを持ち、相反する心の働きにより、芸の内容を豊かにして変化を与える。
(七)秘する花の効果を説く。
(八)仏教の因果の律を花に応用し、因果の花を説く。
(九)因果の花は結局は「珍しさ」の要素の効果である。
(十)別紙口伝の相伝。

「花伝書(風姿花伝)世阿弥編 川瀬一馬氏校注より」

目次

朗読・解説:左大臣光永