菊花の約 十二

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左門座をすすみて、「伯(あ)氏(に)宗右衛門、塩谷(えんや)が旧交(よしみ)を思ひて尼子(あまこ)に仕へざるは義士なり。士(し)は旧主(きうしゆ)の塩谷を捨てて  尼子に降(くだ)りしは士たる義なし。伯(あ)氏(に)は菊花の約(ちかひ)を重(おも)んじ、命を捨てて百里を来(こ)しは信(まこと)ある極(かぎり)なり。士は今尼子  に媚(こび)て骨肉(こつにく)の人をくるしめ、此の横死(わうし)をなさしむるは友とする信(まこと)なし。

経久強(しひ)てとどめ給ふとも、旧(ひさ)しき交(まじ)はりを思はば、私(ひそか)に商鞅(しやうあう)・叔座(しゆくざ)が信(まこと)をつくすべきに、只栄(えい)利(り)にのみ走(はし)りて士家(しか)の風(ふう)なきは、即(すなはち)尼子の家風(かふう)なるべし。 

さるから兄(この)長(かみ)何故(なにゆえ)此の国に足をとどむべき。吾(われ)今信義を重(おも)んじて態々(わざわざ)ここに来(きた)る。汝は又不義のために汚名(をめい)をのこせ」とて、いひもをはらず抜打(ぬきうち)に斬(きり)つくれば、一刀(ひとかたな)にてそこに倒(たふ)る。家眷(いへのこ)ども立ち騒(さわ)ぐ間にはやく逃(のが)れ出(いで)て跡なし。尼子経久此のよしを伝(つた)え聞きて、兄弟信義(しんぎ)の篤(あつ)きをあはれみ、左門が後をも強(しひ)て逐(おは)せざるとなり。咨(ああ)、軽(けい)薄(はく)の人と交はりは結(むす)ぶべからずとなん。
        

現代語訳

左門は丹治ににじり寄って、「義兄宗右衛門が塩谷氏の旧恩を思って尼子に仕えなかったのは、義士である。貴殿が旧主の塩谷氏を捨て尼子に降り仕えた上は、武士としての義はあり得ない。義兄が菊花の再会の約を重んじ、一命を捨てて百里の道をやって来たのは、信義の極致である。貴殿は今尼子に媚び仕えて、血縁である赤穴を苦しめ、こうして横死をなさしめた。朋友としての信義いづこにありや。

経久が無理に赤穴を止めたとしても、長い間の交わりを思えば、ひそかにあの商鞅と交叔座のように信義を尽すべきであったのに、ただ利欲のみに走って武士としての風格のないのは、すなはち尼子氏の家風なのであろう。

そうであれば義兄がどうしてこの国に足を止めようか。私は今、信義を重んじて、わざわざここまでやって来た。貴殿はまたここで不義のために汚名を残すがいい」と、言いも終わらず抜打ちに斬りつけると、丹治は一刀のもとにその場に倒れた。家来どもが立ち騒ぐ間に、左門はいち早く逃れて行方をくらました。尼子経久はこの事を伝え聞いて、義兄弟の信義の篤さに感動して、左門の跡をしいては追わせなかったということである。ああ軽薄な人間と交わりを結ぶなというが、まことにそのとおりである。

語句

■旧交-旧恩。古いよしみ。■義士-信義に厚い武士。■骨肉の人-血つづき。ここでは親族。■横死-非業の死。■栄利にのみ走りて-栄達と利益にだけ心をとらわれ。「走り」は心がそのことばかりにとらわれている状態を言う。■士家の風-武士の風格。■さるから-「さあるから」の略。そのために。■足をとどむべき-足を止めていようか。反語表現。疑問のお副詞「何故」をうけて「べき」と連体形で結ぶ。■いひもをはらず-言い終わらないうちに。■抜打- 抜きざまに斬ること。■家眷(いへのこ)-家来。■跡なし-「跡」は逃げた跡。行方不明になったことをいう。■咨(ああ)-感動を表す語■軽(けい)薄(はく)の人と云々-冒頭の「交りは軽薄の人と結ぶことなかれ」と首尾呼応した結尾の文。「軽薄の人」が赤穴丹治と言いきっているわけではない。「軽薄の人」は、はたして誰か。読者に深く考えさせる終わり方である。

備考・補足

    

朗読・解説:左大臣光永


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