発端

原文

道中膝栗毛発端(だうちうひざくりげのはじまり)                                                    

東都十返舎一九編

武蔵野(むさしの)の尾花(おばな)がすゑに、かかる白雲(しらくも)と詠(よみ)しは、むかしむかし浦(うら)の苫屋(とまや)、鴫(しぎ)立つ沢(さは)の夕暮(ゆふぐれ)に愛(めで)て、仲(なか)の町の夕景色(げしき)を、知らざる時のことなりし。今は井の内に鮎(あゆ)を汲(く)む、水道(すいだう)の水長(とこしなへ)にして、土蔵造(どぞうづくり)の白壁建(しらかべたち)つづき、香(かう)の物桶(ものおけ)、明俵破(あきだはらやぶ)れ傘(がさ)の置所(おきどころ)まで、地主唯(ぢぬしただ)は通(とを)さぬ大江戸の繁昌(はんじやう)、他国(たこく)の目よりは、大道(だいだう)に金銀(きんぎん)も蒔(まき)ちらしあるやうにおもはれ、何(なん)でもひと稼(かせぎ)と、心ざして出かけ来るもの、幾千万の数限りなき其中に、生国(しやうこく)は駿州府中(すんしうふちう)、栃面屋弥次郎兵衛(とちめんややじろべい)といふもの、親(おや)の代(だい)より相応(そうおう)の商人(あきんど)にして、百二百の小判(こばん)には、何時でも困(こま)らぬほどの身代(しんだい)なりしが、安部川(あべかは)町の色酒(いろざけ)にはまり、其上(そのうへ)、旅役者華水多羅四郎(たびやくしやはなみずたらしろう)が抱(かかへ)の、鼻(はな)之助といへるに打込(うちこみ)、この道に孝行(かうかう)ものとて、黄金(こがね)の釜(かま)を掘(ほり)いだせし心地(ここち)して

悦(よろこ)び、戯気(たはけ)のありたけを尽(つく)し、はては身代(しんだい)にまで、途方(とほう)もなき穴(あな)を掘明(ほりあけ)て留度(とめど)なく、尻

(しり)の仕舞(しまひ)は、若集(わかしゆ)とふたり、尻(しり)に帆(ほ)かけて、府中(ふちう)の町を欠落(かけおち)するとて

借金(しやくきん)は富士(ふじ)の山ほどあるゆへにそこで夜逃(よにげ)を駿河(するが)ものかな

現代語訳

弥次北コンビの成り立ちから伊勢参りへ出立まで

武蔵野の尾花が末にかかる白雲と詠んだのは、むかしむかし浦の苫屋、鴫立つ沢の夕暮れを愛で、仲の町の夕暮れのすばらしさを知らなかった時のことである。今は井の中に鮎を汲む程、清らかな上水道が長く施され、土蔵造りの白壁が続き、漬物桶や、空の俵、破れ傘の置き場所まで、地価が上昇し、大江戸は繁昌し、他国から来た人の目で見ると、大道に金銀を撒き散らしたようにも思われ、地方人が何でもここでひと稼ぎしようと志して出かけて来る者が数限りなくいるその中に、生まれは駿州府中の栃面屋弥次郎兵衛という者がおり、親の代より相応の商人で、百二百の小判には、何時でも困らぬほどの身代であったが、安部川町の色と酒にのめり込み、そのうえ、旅役者華水多羅四郎が抱えの、鼻之助という者にいれあげ、大切にされると思い、よい若者を得た心地がして喜び、戯けのありったけを尽し、はては身代が傾く程の、途方もない大損を作ったが、それでもまだ遊びが止まず、その大穴を生める方法として、この若者と二人、大急ぎで逃げ出し、府中の町から駆け落ちするといって

借金は富士の山ほどあるゆえにそこで夜逃げを駿河ものかな

語句

■武蔵野の云々-『続古今集』秋上に「むさし野は月の入るべき嶺もなし尾花が末にかかる白雲」(通方)。武蔵野の広さを詠じた歌。■苫屋-「新古今集」秋上にのる三夕(さんせき)の歌のひとつ。「見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」(藤原定家)■鴫立つ沢の-「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」(西行)。今一つは「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮」(寂蓮)。■仲の町-新吉原遊郭の中央の大通り。夕方は客も多く、賑わしく華やいだ。■井の内に鮎を汲む-『柳多留』に「有難さ稀に井戸より鮎を汲み」。玉川上水のきれいさをいう句。■水道の水-江戸自慢の上水道。幕府は神田川・玉川・千川その他の上水をもって。江戸市民の飲料とした。(東京市史稿・上水編)。また『唐詩選』の「洛陽道」の「大道直クシテ髪ノ如ク」の詩句をもじって、徳川氏の代を寿ぐ措辞。■香(かう)の物桶(ものおけ)-漬物桶。■地主唯は通さぬ大江戸の繁昌-土地の持主が文句を言う。いわゆる土千両砂千両で、地価の高いこと。都会の繁栄を物語る。■ひと稼ぎ- 地方人が江戸での金儲けを志すこと。■駿州府中-駿府(静岡市)。幕府の直轄地。一九一族の住地。■小判-一枚一両の金貨幣。■安部川町-駿府安部川町の遊郭。■色酒-遊里で飲む酒。色と酒に沈湎して。■鼻之助-後の北八のこと。■打込-すっかり執心して。■孝行(かうかう)もの-鼻之助は、男色道で客を大切にすると思い。「孝行」は下の「黄金の釜」の縁。■黄金の釜を云々-若衆を弄(ろう)するを「お釜を掘る」という。良い若衆を得たと悦び。■穴を掘り明け-欠損を作ること。 大欠損をこしらえてもまだ遊びが止まず。■尻の仕舞-その欠損や借金を片付ける方法として。■尻に帆かけて-大急ぎで逃げる形容。■借金-「富士の山」と「駿河」は縁で、山は山でも富士山ほどの意。夜逃げを「する」を「駿河」にかける。

原文

斯足久保(かくあしくぼ)の茶(ちや)なることを吐(はき)ちらし、頓(やが)て江戸にきたり、神田(かんだ)の八丁堀(ぼり)に、新道(しんみち)の小借家(こじやくや)住居(すまゐ)し、すこしの貯(たくはへ)あるに任(まか)せ、江戸前の魚(うを)の美味(うまみ)に 、豊嶋(としま)屋の剣菱(けんびし)、明樽(あきだる)はいくつとなく、長屋(ながや)の手水桶(てうずおけ)に配(くば)り、終(つゐ)に有金(ありがね)を呑(のみ)なくし、是ではすまぬと、鼻(はな)之助に元服(げんぷく)させ、喜多(きた)八と名乗(なのら)せ、相応(そうおう)の商人(あきんど)かたへ奉公(ほうこう)にやりしが、元来(もとより)さいはじけものにて主人(しゆじん)の気(き)にいり、忽(たちまち)小銭(こぜに)の立まはる身分(みぶん)となり、弥次郎は又国元(くにもと)にて、習覚(ならひおぼへ)たりしあぶら絵(ゑ)などをかきて、其日ぐらしに舂米(つきごめ)の当座買(とうざかひ)、たたき納豆(なつとう)あさりのむきみ、居(ゐ)ながら呼込(よびこん)で喰(くつ)てしまへば、びた銭(ぜに)壱文も残(のこ)らぬ身代(しんだい)、田舎(いなか)より着(き)つづけの布子(ぬのこ)の袖(そで)、綿(わた)が出ても洗濯(せんたく)の気をつけるものもなく、是はあまりなるくらしと、近所(きんじよ)の削(けづ)り友達が打寄(うちより)て、さるお屋舖(やしき)におすゑ奉公(ぼうこう)勤(つとめ)し女、年かさなるを媒(なかだち)して、弥次郎兵衛にあてがへば、破鍋(われなべ)に綴蓋(とじぶた)が出来てより、狼(おほかみ)の口あいたやうなふくろびもふさぎてやり、諸事手健(しよじてまめ)に人仕事(ひとしごと)などして、弥次郎を大事にかくる様子(やうす)、此女房(にようぼう)の奇特(きとく)なる心ざしに、弥次郎夜(よる)もはやく寝(ね)て、随分機嫌(ずいぶんきげん)をとりくらしけるが、うかうかとしてはや十年(ととせ)ばかりの星霜(せいそう)をふりけれども、薯蕷鰻(やまのいもうなぎ)にならず、相替(あひかは)らぬ貧報(びんぼう)、されども屈託(くつたく)せぬ気性(きしやう)にて、壳洒落(からじやれ)にしやれちらし、近辺(きんぺん)のなまけどもの遊(あそ)び所となりて、五合徳利(ごがうとくり)の寝姿(ねすがた)ながしもとに絶(たへ)ず、ぺこぺこ三味線(さみせん)の音(をと)不断味噌桶(ふだんみそおけ)のふたを、あくる間(ま)とてなかりける。あるじ弥次郎兵衛はるすと見へ女ぼうおふつ、ながしもとにあすのしかけしてゐると、うらだなの女ぼうおちよま、ほそおびまへだれにて、たなつちりをふつて、うらぐちよりさしのぞき、

おちよま「モシおかみさんへ、御無心(むしん)ながら、醤油(したぢ)がすこしあらば、どふぞかしておくんなせへ。ホンニ夕部(ゆふべ)はでへぶ、お賑(にぎや)やかでござりやした。わつちらが所の、生酔(なまゑひ)どのを御覧(ごらん)じやれ。まだけへりやせんわな。此間(このあいだ)の晩夜更(ばんよふけ)て、路次(ろじ)の戸をわれるやうにたたいたとつて、大屋(おほや)さんのおかみさんがあのくちで、ごてへそうに小言(こごと)をいひなすつたが、わつちらが所の野呂馬(のろま)どのものろまなりやア、あの又おかみさんも、あんまりじやアござりやせんかへ。ナント店賃(たなちん)の一ねんや二年(ねん)、溜(たま)つたとつて、一生(いつせう)やらずにおきやアしめへし、それをやかましくいふくらへなら、溝板(どぶいた)の腐(くさ)つた所もどふぞするがいいじやアねへかへ。そして犬(いぬ)の糞(くそ)も、てんでんの内の前(まへ)ばかり浚(さら)つて長屋(ながや)のものは、なんだとおもつてゐるやら、ノウおくんさん

現代語訳

と、このような戯言を吐き散らし、やがて江戸に来て神田の八丁堀で、大通りから入り込んだ路地の奥で小さな借家住まいをし、少しばかり貯えがあったのを頼りに、江戸前の魚の美味を食し、豊嶋屋の剣菱を飲んで、その空き樽はいくつとなく、長屋の手水桶として配り、終には有金を飲み倒し、是では済まぬと、鼻之助を元服させ、北八と名のらせ、相応の商人方に奉公に出したが、もとより小才がきく者だったので奉公先の主人に気に入られ、忽ち小銭が自由になる身分となり、又弥二郎は国元にて、習い覚えた油絵などを描いて、其の日暮らしに春米の当座買い、たたき納豆・あさりのむき身などを居ながら呼び込んで食ってしまうと、一文の鉄銭も残らぬ身代で、田舎から着続けの綿入りの袖の綿が出ても洗濯しようと気を遣う者もなく、是はあまりな暮らしと、近所の飲み仲間が来て、さるお屋敷で女中働きをしていた、年上の女を取り持って、弥次郎兵衛にあてがうと、似た者夫婦が出来上がり、狼の口が開いたようなほころびもふさいでやり、色々、まめに縫物などをして賃稼ぎをし、弥次郎を大事にしている様子で、この女房の奇特な志に、弥次郎は夜も早く寝て、随分と機嫌をとりながら暮らしていたが、うかうかしていると早くも十年が過ぎ、生活の変化も無く、相変わらずの貧乏暮らし。それでもくよくよしない性格で、、無駄な洒落を喋り散らし、近所の怠け者どもの遊び場所となって、五合徳利の寝姿は炊事場に絶えず、下手な三味線の音で、いつも飲み仲間が下手な歌声をあげていた。主の弥次郎兵衛は留守と見えて、女房おふつが炊事場で翌日の食事の支度をしていると、裏店の女房おちよまが細帯前垂れの格好で、出尻を振りながら、裏口から覗いて

おちよま「もし、おかみさんへ、頼みですが、醤油が少しあれば、貸しておくんなせえ。ほんに昨夜はだいぶお賑やかでござりやした。わっちらがとこの酔っ払いどのを御覧なされ。まだ帰りやせんわな。此の間の晩、夜更けて、路地の戸を割れるように叩いたと言って、大屋のおかみさんがあの口で、ごてえそうに小言を言いなすったが、わっちらが所の野呂間どのものろまなことで、あの又おかみさんも、あんまりじゃあござりやせんか。なんと店賃の一年や二年、溜ったからとて、一生やらずにおきゃあしめえし、それをやかましく言うくれえなら、溝板の腐った所も何とか手入れするがいいじゃねえかえ。そして犬の糞も、自分の家の前ばかり浚って長屋の者は何だと思っているやら。のうおくさん。」

語句

■足久保-駿河国安倍郡(静岡市)の銘茶の産地(駿河小志)。茶の枕詞とする。■茶なることを-でたらめなこと。■新道-大通りから入り込んだ道で、地主の私道(横丁は公道)。■江戸前-江戸の近海、芝品川辺りの海でとれた新鮮な魚。■豊嶋屋-神田鎌倉河岸の豊嶋屋は白酒、銘酒剣菱は神田昌平橋の内田屋と決まっていた。伊丹屋の剣菱を売った豊嶋屋が別にあったか。以下の文は、酒食の贅沢で財をはたいたこと。■手水桶-手水の水を入れる桶。■さいはじけもの-小才のはたらくもの。■立まはる-自由になる。■あぶら絵-漆器の上に、顔料に油・密陀僧を混ぜて絵柄を描いたもの。■春米の当座買-すぐ炊げるついた米を、その場の必要だけ買うこと。■たたき納豆-「たたき納豆とて、三角に切り、豆腐菜まで細に切りて、直に煮立てるばかりに作り、薬味まで取揃へ、壱人前八文づつに売りしが」(世のすがた)。手数のかからぬ 副食物を求めたさま。■びた銭-一文の寛永鉄銭。■布子-木綿の綿入れ。■削り友達-飲み友達。「けづる」は、大工の隠語で、酒を飲むこと(教訓不弁舌・五の一)■おすゑ奉公-将軍・大名の奥向きで雑役に従った女中。■年かさ-年配・年上。■破鍋に綴蓋-似た者夫婦の意の諺。■人仕事-縫物などの賃仕事。■薯蕷鰻-諺にいう、山芋が鰻になるような生活の変化も無く。■から洒落-むだな洒落。■寝姿-中身を飲んで倒した姿。■ながしもと-炊事の水を流す所。■ぺこぺこ三味線(さみせん)の音(をと)-下手な三味線の音。■味噌桶のふた-下手に歌をうたうを、味噌がくさると評する。これで、いつも下手な歌声を飲み仲間があげていた意を示す。■しかけ-食事の準備。■うらだな-町通りの裏路地にある長屋の借家。■ほそおびまへだれ-帯を結ばず細帯の上に前垂をした略式の身なり。■たなつちり-出っ尻。醜女の一特色。■醤油(したぢ)-「したぢ 醤油にても酒にても少しばかりしたたらす汁を云ふ」(俚言集覧)。後には専ら醤油をいう。■夕部(ゆふべ)-夕と部のつくりを合せて、「ゆふべ」を示すのが、当時の習慣。今「部」に改めた。以下同。■路次(ろじ)-裏店は町通りから入る行どまりとなった路地の両側にあったので、その町通りに出る所に木戸が作ってあって、夜は用心のために、これを閉じた。■大屋-ここは家守のこと。離れた所に住む地主・家持の代理で、町の公用も務め、土地・借家を管理する人。地代・店賃なども集めた(幸田成友『江戸の市政』)。■ごてへそうに-ひどく大げさに。■野呂間-間抜けな自分の亭主をさす。■溝板(どぶいた)-裏店の有る路地の下水の溝を覆う板。■どふぞする-何とか手入れをする。■犬の糞-「伊勢屋稲荷に犬の糞」で、これも江戸の名物の一つ。■てんでんの云々-自分の家の前だけ取り除いて、長屋の者をば、それこそ糞とも思わぬかの意。

原文

ト、むかふのうちのかかしゆへ水をむけかけると、あがりぐちにかたあしおろして子どもにちちをのませてゐる女ぼう やがておりて出かけ

おくん「モシナあんまり大きな声(こへ)をして、そんなことをいひなさるな。奥(おく)のおけんつうが今手水(てうず)にいつたよ。アノおしやべりも又大屋(おほや)さんのおかみさんへ、いつそ追従(ついしやう)ばかりいつて、長屋(ながや)のことをどふめへつたかうめへつたと、いい苦労性(くらうせう)じやアねへかへ。それに聞(きき)なせへ、此間からあそこの内へ来てゐた居候(ゐそうろう)は、アノかみさんの妹(いもふと)だといふこつたが、ナニあれがお屋しきに奉公してゐたもすさまじゐ、ちよつと見てもしれてありやす。ありやアおへねへ、ばんくるわせものだとよ。一昨日(おつとゐ)もどこか下谷(しもや)のおやしきへ、目見(めみへ)にいくとつて、つくりたつて出ていつたが、ナアニよその隠居(ゐんきよ)さまへ、妾(めかけ)にいくので支度金(したくきん)が七両来たとさ。いやじやアねへかへ。あの頬(つら)で妾(めかけ)も気(き)がつよい。わつちらもこの額(ひたい)のはげつてうがなくて、耳(みみ)の際(きは)の痰瘤(たんこぶ)が、もふちつとちいさいと、妾にでも出て、支度金(したくきん)をとろふものを、ハハハハハおかみさん、弥次さんはまだかへ、ヲヤヲヤ噂(うわさ)をいへば影(かげ)がさすと、ソレ旦那(だんな)がおけへりだ」

トふたりはおのがうちへひつこむと 弥次郎立かへりて

弥次「エエこの畜生(ちくせう)めは、願(ぐわん)にかけておらが所の裏口(うらぐち)に寝てゐらあ。おふつ茶(ちや)はわいてあるか

ふつ「ヲヤおめへ酒斗(さけばかり)で、おまんまはまだかへ

弥次「しれてあることさ。居酒屋(ゐざかや)へはよつたが、居飯屋(ゐめしや)へはよらなんだ

ふつ「そして北八さんの所から、なんでたびたび呼(よび)にくるのだへ

弥次「おれにかねをかしてくれろとつて

現代語訳

と向いの家のかか衆へ水をむけかけると、上り口に片足降して子供に乳を飲ませている女房がやがて降りて出かけ

おくん「もしなあんまり大きな声を出して、そんなことを言いなさんな。奥の(おけんつう)が今手水に行ったよ。あのおしゃべりも又大屋さんのおかみさんへ、ひどうおべっかを使って追従ばかり言って、長屋のことをどうしたこうしたと、いい苦労性じゃねえかえ。それに聞きなせえ、此の間からあそこの家に来ていた居候は、あのかみさんの妹だというこったが、なにあれがお屋敷に奉公していたというのもあきれたこった。ちょっと見てもしれておりやす。ありゃあ手におえねえ、番狂わせ者だとよ。一昨日もどこか下谷のお屋敷へ、面接に行くと言って、化粧して出て行ったが、なあによその隠居様へ、妾に行くので支度金が七両来たとさ。いやじゃねえかえ。あの面(つら)で妾も厚かましい。わっちらもこの額の禿が無くて、耳の際のたん瘤が、もうちょっと小さいと、妾にでも出て、支度金を取ろうものをハハハハハ。おかみさん、弥次さんはまだかえ。おやおや噂をすれば影が射すと、それ旦那がお帰りだ」

と二人が自分の家に引っ込むと、弥次郎立ち帰って

弥次「ええこの畜生めは、きまっておらが所の裏口に寝ていらあ。おふつ、茶はわいているか」

ふつ「おや、おめえ酒ばかりで、おまんまはまだかえ」

弥次「しれたことよ。居酒屋へは寄ったが居飯屋へは寄らなんだ」

ふつ「そして北八さんの所から、なんでたびたび呼びに来るのだえ」

弥次「俺に金を貸してくれろって」

語句

■水をむけかける-もちかける。話の相手に誘い込む。口寄せの巫女に、笹の葉で水をそそぎ、のりうつった霊の口うつしを聞く「水むけ」から出た語。■おけんつう-「おけんつう 髪の毛の末のすくなくすがれたるをいふ」(俚言集覧)。長屋の奥に入る女を罵っていった語。■いつそ-ひどくおべっかを使って。■どふめへつたかうめへつた-どうしたこうしたと、ちょっとしたことを大そうらしくいって。■苦労性-不要なことまでも気にする性質。■すさまじゐ-興ざめな。あきれかえったこと。■おへねへ-手におえない、手の施しようもない程ひどい。■ばんくるわせもの-想像を超えたしたたか者。■下谷-江戸の上野や湯島の高台の下にある一帯の地。「おやしき」は武家屋敷をいう。■目見(めみへ)-奉公希望者が、雇主と初対面したり、試しにしばらくそこで勤めてみることをいう。■つくりたつ-化粧や着付けを美々しくして。■支度金-奉公人が、勤めのために、雇主から前もって支給される準備の金。■気がつよい-あつかましい。■はげつてう-毛の抜けた跡の「はげ」を下卑ていったもの。腫物や傷でなったもの。■痰瘤(たんこぶ)-「瘤」を下卑ていった語。共に醜女の相である。■噂(うわさ)をすれば影がさす-諺。話をすれば、その噂の主が現れるものだとの意。■畜生-ここでは、裏口でいつも寝ている犬をさす。かかる言い方も一種の愛情の表れと知るべし■願(ぐわん)-願かけをするように、たえず。■居飯屋-居酒屋に対して、冗談を言ったもの。もちろん居飯屋などというものはない。

原文

ふつ「ヲヤばからしいゐ、どふしたのだへ

弥次「あいつめが仮宅(かりたく)へでもはまつたそふで、親方(をやかた)の金(かね)をちつとばかり、つかひこんだといふことだ。其尻(しり)がわれると、しくじるはあたりまへだが、ここでしくじつては、理屈(りくつ)のわりいことがあるといふ。なぜだときいたら、あそこの番頭(ばんとう)めが、此間疝気(せんき)が天窓(あたま)へさしこんで、それなりにあたまが、しやつきりとなつて死(しん)だといふことだ。それに親方(をやかた)は、年寄(としより)の癖(くせ)に美(うつく)しゐ若(わか)いかみさまをもつて、腎虚(じんきよ)してもふ、けふかあすかといふくらゐ、これも今にめでたくなるは必定(ひつでう)、そふすると北八めが、その後家(ごけ)を請合(うけやつ)て、手にいれる仕様(しやう)があるといつたが、なるほどそふいけばあいつめは、おかまをおこすはなしだが、そこではおいらもわりい事はなし。どふぞここで、しくじらさねへやうに、してへものだがしかたがねへ。時に飯(めし)にしよう。なんぞ采(さい)はねへか

おふつ「さつきのむき身壳汁(からじる)さ

弥次「ナニ抜身がくはれるものか。しかしこいつも、きらずとあればきづけえなしだ

ト此内日もくれたるにあんどうをともし、弥次郎ちやづけをくひかかる時、としの頃五十あまりの侍、たびしやうぞくにて

侍「イヤ卒爾(そつじ)ながら、駿河(するが)の府中(ふちう)からおざつた、弥次郎兵衛殿は、爰元(ここもと)でおざるかヤア

おふつ「ハイこつちでござりますが、どつちからお出なさいました

侍「イヤハイ気遣(きづか)ひなものではおざんないヤア

ト三十ちかき女をつれてはいり、こしをかくるを見て、弥次郎きもをつぶし

弥次「コレハ兵太左衛門(ひやうたざへもん)さま、妹御(いもふとご)をつれて、何として御出府(しゆつぷ)でござります

兵五「あんとしてたア曲(きよく)がない。このいんもふとめをきさまの所へ、嫁入(よめいり)につれてまいつたのでおざるヤア、斯(こう)ばかし申ては、合点(がつてん)がまいるまい。きさま国元(くにもと)にて、これなる身どもが、いんもふとのお蛸(たこ)と、密通をせられたといふこと、跡(あと)にて聞て腹立(ふくりう)はいたしたれども、たんだひとりのいんもふとがこと、どふした縁(ゑん)でがな、貴様(きさま)でなくては添(そは)ぬと申すゆへ、不便(ふびん)におもつて、堪忍(かんにん)の胸(むね)を撫(なで)て、すいた男に添はせずとおもひきはめ、わざわざめしつれて参っておざるヤア。此うへからは、随分(ずいぶん)と、いんもふとめを不便(ふびん)がってやってください。まづ祝(いわ)つて冷酒(れいしゆ)でなりと盃(さかづき)をさせずにサアサアはやくはやく

現代語訳

ふつ「おや馬鹿らしい。どうしたのだえ」

弥次「あいつめが仮宅へでもはまったそうで、親方の金をちっとばかり使い込んだということだ。其の事がばれると、主家を放り出されるのは当たり前だが、ここでしくじっては、理屈に悪い事があると言う。何故だと聞いたら、あそこの番頭めが、此の間疝気が頭へ差し込んで、それなりに頭が硬直して死んだということだ。それに親方は、年寄のくせに美しい若いかみさんを持って、房時過多で、腎水が枯れ、今日か明日かというくらい、これも今に死ぬのは必定、そうすると、北八めが、その後家を確実に手に入れる方法があると言ったが、なるほどそういけばあいつめは、一家を起して繁栄する話だが、そこではおいらも悪い事はなし。どうぞここで、しくじらさねように、してえものだが仕方がねえ。時に飯にしよう。なんぞおかずはねえか」

おふつ「さっきのむき身から汁さ」

弥次「なに、抜身が食われるものか。しかしこいつも、「切らず」とあれば氣づけえなしだ」

と、そのうち日も暮れたので行灯(あんどん)を灯(とも)し、弥次郎茶漬けを食いかける時、年のころ五十あまりの侍が旅装束にて

侍「いや突然のことながら駿河の府中からお出でになった弥次郎兵衛殿はここもとでござるか」

おふつ「はいこっちでござりますが、どっちからお出でなさいました」

侍「いや、いや。気遣いなさいますな」

と三十近い女を連れて入り、腰を掛けるのを見て、弥次郎肝を潰し

弥次「これは兵田左衛門様、妹御を連れて、どうして御出府でござりますか」

兵五「ぽかんとしてたら無愛想だ。この妹めを貴様の所へ、嫁入りに連れて参ったのでござるよ。こうばかり申しては合点がまいるまい。貴様は国元にて、ここにいる私の、妹のお蛸と関係を持ったということ、後で聞いて、腹を立てたが、たった一人の妹のこと、どうした縁でか、貴様でなくては添わぬと言うので、不便に思って、堪忍の胸を撫でて、好いた男と添わせようと決心し、わざわざ連れて参ったのでござる。このうえは、随分と妹を不便に思ってやってください。まずは祝って冷酒でなりと盃をさそうとサアサア早く早く」

語句

■ゐ-口語の形容詞の語尾で「しい」と終る場合の「い」を7「ゐ」とした例は、この編でも「くるしゐ」など見えるが、一九の筆癖であろう。原本通りに残しておく。■仮宅-新吉原の廓(くるわ)焼失のため、新築竣成までの間、郊外で仮宅営業を許されることをいう。またその仮宅。この書に最も近いのは、文化九年(1812)十一月二十一日の焼失で、田町・聖天町・瓦町・山の宿・ 三谷・深川の六カ所にでき、文化十年八月吉原へ帰った時(武江年表)。■はまつた-深遊びした。■尻がわれる-悪事が露顕する。■しくじる-主家を失敗して放り出される。■番頭-商家の店員の中で、中心となり、または主人の代理も務める者。■疝気(せんき)-「腰痛及び臍下より胸下に疼痛あり拘攣ある」病気を広くいう(洋漢病名一覧)。普通は寒さで疝気が睾丸へ差し込むを、ここは天窓と逆にいった滑稽。■しやつきり-硬くなる。■腎虚-房事過多で、腎水が枯れ、精力が消耗すると考えられていた病気。 ■めでたくなる-死ぬことを逆に洒落て言う語。■請合て-確実に。■おかまをおこす-一家をなして繁栄するをいう。■菜-副食物。■むき身%E5%A3%B3汁(みからじる)-むき身の貝を実にした、おからの汁。■抜身-刀をぬいたのをいう「抜身」を、「むき身」と語呂合わせで洒落た。■きらず-おからの一種。「抜身」の縁で「きらず」と洒落て、切られないから大丈夫。■卒示ながら-突然のことながら。■きもをつぶし-大に驚いて。■兵太左衛門-この人物、以下は「兵五」、「兵五左衛門」と改めてある。ここだけ埋木改めに漏れ残ったもの。『芝居万人鬘』は「長五左衛門」。

※以下、弥次が女房を去り、替りの女房が喜多八の女である一条は、『芝居万人鬘』四の「孀住の職敵打おふせた嫁入の夜の磔」に、筋と文章の多くを借りたもの。この転用を指摘した、長谷川元寛の『かくやいかにの記』「因みにいふ、この初編発兌せざるさきの年、柳亭翁(種彦)この万人かつらの冊子を見られて、此一段膝栗毛の初編のたねに用ひて妙なりといはれし事ありしが、果してその翌年十返舎これを仮用して初編出版せり、才子の思ひよるところ、いづれも違はずと、古人豊芥老人が、をのれにある時語れり」と。■出府-幕府のある江戸へ出ること。■曲-無愛想だ。以下一九の故郷の駿河方言を若干混ぜて使用してある。■蛸-「たこつび」などの語があって、みだらな女の名に使用。■腹立-腹を立てる。■添せず-「添わせよう」の駿河方言。以下「させず」も、「させよう」の意。■盃-祝言の固めの盃は冷酒でする。

原文

おふつ「ヲヤヲヤおめへさんは、どなたかはしらねへが、どこのくににかめつそふな。惣体(そうてへ)男といふものは、女にあつて二世の三世のと、真実(しんじつ)らしくいひかけて、欺(だま)して見るは、女をおとすおさだまりの口上、それをまんまことにして、駿河(するが)からわざわざ、其男に添(そは)そふとつて、つれておこしなさるといふは、馬鹿気(ばかげ)きつてゐるじやアござりませんか。又妹御(いもふとご)も妹御、満足な男でもあることか、わたしは仕方(しかた)なしに、添(そつ)てはゐますけれど、色(いろ)が黒(くろ)くて目が三かくで、口が大きくて鬚(ひげ)だらけで、胸先(むなさき)から腹(はら)ぢうに、癬(たむし)がべつたりで、足は年中鴈瘡(がんがさ)でざらざらして、イヤまた寝(ね)た時寝息(ねいき)の嗅(くさ)い男

弥次「ヤイヤイヤイこいつめが、亭主を羅利骨灰(らりこつぱい)にしやアがる

おふつ「ヲホヲホヲホヲホそれでも男といふものは、すたらねへもんで、女とさへいやア眼一(がんち)でも鼻欠(はなつかけ)でも、ただは通(とを)さぬ気性(きしやう)、さだめし念比(ねんごろ)しられた人も、邂逅(たまさか)にはありましたろうが、あんまりこのもしいい男でもござりませんから、おまへさんがたのやうに、跡(あと)を追(を)て来た人はひつとりもござりません。この狭(せま)いうちに、女房がふたり三人あったら、大屋から根太(ねだ)がたまらねへ店(たな)を明(あけ)ろと追出(おひださ)れるでござりませう。人のしらねへうちに、はやくつれてお帰(かへり)なされませ

兵五「エレハイ最前(さいぜん)からつべらこべらと、此女中よくしやべるが、其方は先(まづ)なにものだい

おふつ「アイわたしかへ、弥次郎兵衛の女房でござります。

兵五「アニ女房だい見たくでもないヤア。これ弥次郎兵衛、お身女房をもつたか。エレエレ是非(ぜひ)に及(およ)ばない。縄(なは)をかかれ。国元(くにもと)へひいていかずに

トくわいちうより、はやなわを取りいだし立かかれば、弥次郎やつきとして

弥次「ナニ縄をかかれたアどふいふ理屈(りくつ) わつちが女房をもちやア、縄をかからにやアなりやせんかへ。とほふもねへ。モシエ鰺切(あぢきり)を二本さしなさつたとつて、それが恐(おそろ)しゐものでもござりやせんはな

現代語訳

おふつ「おやおやおめえさんは、どなたかは知らねえが、どこのくににかとんでもないことだ。大体男という者は、女に逢ったら長く連れ添うなどと真実らしく言いかけて、騙してみるのは、女を落すときのお定まりの口上、それを真に受けて、駿河からわざわざ、其の男に添わそうと、連れておこしなさるというのは、馬鹿気きっているじゃあござりませんか。又妹御も妹御、弥次郎が満足できる男であるものか、私は仕方なしに、添ってはいますけど、色が黒くて目が三角で、口が大きくて鬚(ひげ)だらけで、胸先から腹じゅうに、癬(たむし)がべったりで、足は年中皮膚病でざらざらして、いや又寝た時の寝息の臭い男」

弥次「ヤイヤイヤイこいつめが、亭主を滅茶苦茶に言いやがる」

おふつ「オホッホホホそれでも男という者は、懲(こ)りねえもんで、女とさえ言やアつぶれ目でも鼻欠けでも一応は相手にして見たいと思うのが女好きの気性、さだめし長い間に知り合いになった人との廻りあいでもありましたろうが、あんまり好ましい男でもございませんから、お前さんがたのように、後を追ってきた人は一人もござりません。この狭い家に、女房が二人三人あったなら、大屋から根太(ねだ)がたまらねえ家を開けろと追出されるでござりましょう。人に知られねえうちに早く連れてお帰りなさいませ」

兵五「やれやれ最前からつべこべと、此の女中よく喋るが、其の方はまず何者だい」

おふつ「アイ私かえ、弥次郎兵衛の女房でござります」

兵五「ナニ女房だい。見たくもないわい。これ弥次郎兵衛、お身女房を持ったか。やれやれ仕方がない。縄で縛るから覚悟せよ。国元へ引いていかずにおられようか」

と懐中よりはや縄を取り出しかかると、弥次郎はやっきになって

弥次「なに縄をかけるとはどういう料簡だい。わっちが女房を持ちゃあお縄をいただかねばなりませんかえ。とほうもねえ。もし鰺(あじ)切りを二本差していなすったとしても、それが恐ろしいもんでもござりませんわな」

語句

■めつそふな-とんでもないことだ。■二世の三世のと-諺に「夫婦は二世、師は三世、親子は一世」。この諺を用いて、長く連れ添おうなどと、女を口説くをいったもの。■おとす-口説き落とす。なびかせる。■まんまこと-「誠」を強めた語。■癬-「癬(せん)」、俗にいうふたむし」(病名彙解)。皮膚病の一つ。■べったり-いっぱいである。■鴈瘡(がんがさ)-皮膚病の一つ。秋に発するのでこの名がある。諸事不潔によって生ずる。■寝息の臭い-食事をつつしまず身だしなみが悪い例。

※弥次郎兵衛の醜さを下品にいうところ、『芝居万人鬘』になし。諸事、品をおとして滑稽を出すのが一九の方法。

■羅利骨灰(らりこつぱい)-めちゃめちゃになるさまの形容。■眼一-つぶれ、または一眼の視力の欠けるもの。■鼻欠-悪瘡で鼻の形のくずれたもの。共に醜女の相。■ただは通さぬ-一応は相手にしてみる女ずき。■念比しられた人-親しい仲となった人。■根太-床板や畳を載せる床下の横木。房事が多くなって、床下が抜けるとの意。■店(たな)を明(あけ)ろと-借家を出て行けと。■エレハイ-「エレ」は「ヤレ」の駿河弁として使用。以下も同じ。「やれ」を強めた語。■つべらこべら-よくしゃべるさまを、悪しざまに形容する語。■見たくでもないヤア-見るのも嫌なことだ。■縄をかかれ-縄で縛るから承知せよ。■はやなわ-罪人を捕らえて縛るための麻縄。「とりなわ」とも。縛り方に種々の方法がある。■とほふもねへ-とんでもない。もってのほかだ。■鰺切(あぢきり)-武士の刀剣を罵っていう語。鰺でも切るようななまくら刀の意。

原文

兵五「イヤお身、がゐにかさ高(だか)にお出やるな。コリヤよくきけ。今度(こんど)いんもふとをめしつれたれは、家老中(からうぢう)の指図(さしづ)に依(よつ)て罷越(まかりこし)たぞ。其訳(そのわけ)といふは、相役(あいやく)の横須賀利金太(よこすかりきんだ)かたより、此いんもふとを、婦妻(ふさい)に貰(もら)ひたきよし媒(なかだち)をもつて申こした。身によつては過分(くはぶん)の聟(むこ)ゆへ、早速(さつそく)に同心(どうしん)して結納(ゆいのふ)まで受(うけ)おさめた所に、いんもふとめは一筋(ひとすじ)に、こなたと夫婦(ふうふ)の契約(けいやく)をした上は、たとへ親兄弟(をやけうだい)の差図(さしず)でも、ほかへ縁につかずこたアいやだといふ。身ども魂消(たまげ)まいものか。アアせず事がないと、それから其利金太(りきんだ)かたへ使(つかひ)をつかはし、弥次郎兵衛と申すものと妹(いんもふと)めが密通(みつつう)をいたせしこと、神(しん)もつて存ぜず。それゆへ結納(たのみ)も受納(じゆのう)いたせし所に、いんもふとめは密通(みつつう)の男ならでは、添(そ)はないと申。しかれば妹(いんもふと)が首をきつて、こなたへ持参(ぢさん)仕らふ。それにて御一分をたてられ、御了簡(ごりやうけん)頼入(たのみいる)と申遣(つかは)せしに、先方(せんぽう)も諸親類はじめ傍輩(ほうばい)どもへ、兼(かね)てこなた妹御(いんもふとご)を、妻(さい)に申受る筈(はづ)と吹聴(ふいちやう)せし上は、世間体(せけんてい)へ対(たい)し申訳(わけ)のない仕合、女の首(くび)ひとつ受(うけ)たとて、何の役(やく)にもたたぬこと、此上は其元とうち果(はた)すより外分別(ふんべつ)なし。明晩安倍川原(めうばんあべかはら)におゐて、勝負(しやうぶ)を決せずとの返事(へんじ)、元来(もとより)身供(みども)も覚悟(かくご)のまへいかにもと挨拶(あいさつ)せし所に、家老中(からうぢう)より双方(そうほう)をめされ年来(ねんらい)御主人(しゆじん)の御知行(ちぎやう)を頂戴(てうだい)いたし居ながら私(わたくし)の宿意(しゆくゐ)をもつて、討果(うちはた)さんとは、殿(との)へ対(たい)して第(だい)一不忠(ふちう)、妹が兄(あに)にかくして夫(おつと)を持(もち)しをしらずして、利金太に契約(けいやく)せしを、不届(ふとどき)とはいひがたし。いまだ婚礼(こんれい)もせないうちのこと、互(たがい)に一分(いちぶ)のすたることはないはづ、自分以後(じこんいご)両人遺恨(ゐこん)を棄(すて)て、御奉公(ごほうこう)を大切(たいせつ)に勤(つとめ)られよ。また妹(いもふと)おたこことは仮初(かりそめ)にいひ約束(やくそく)せし男の外、他(た)へ縁(えん)さつくまじとは寔(まこと)に貞節(ていせつ)のいたりと、殿(との)にも不便に思召(めさ)れ、下地(したぢ)より馴染(なじみ)たる男に添(そは)せよとの御意(ぎよゐ)、有難(ありがた)くお受(うけ)申てそれより是まで罷越(まかりこし)たる所、さきの男今女房(にようぼう)を持(もち)おるゆへ、すごすごと妹をめしつれ帰(かへ)りましたと、アニハイ兵五左衛門ともいわるる侍(さふらひ)が、生頬(なまづら)さげてかへられずかヤア。サア妹(いんもふと)めを妻(さい)にいたせばそのとをり、いやだといへば是非(ぜひ)とも縄(なわ)をかけて国元(くにもと)へひきつれ、家老(からう)中へ此段(だん)を披露(ひろう)し、一旦約(いつたんやく)せし利金太かたへ、おのれをわたさねば、兵五左衛門武士(ぶし)がたたない。サアせずことがないと諦(あきら)めて、縄をかかれ。但(ただ)しは踏みつけてめしとらずかヤア

弥次「ハア成程(なるほど)、そふおつしやればきこへましたが、しかしそれはおめへさまのほうの得手勝手(えてかつて)、たとひ此身は、三枚(まい)におろされ、切割(きりきざま)れて塩辛(しほから)にせらるるとも、我(われ)を大切(たいせつ)にして、艱難辛抱(かんなんしんぼう)する此女房(にようぼう)を捨(すて)て、妹御(いもふとご)を女房にもたれるものか。しかたがねへ。どふとも御勝手(かつて)になせへまし

現代語訳

兵五「イヤおん身、たいそう偉そうに出られるな。コリャ良く聞け。今度(こんど)妹を召し連れたのは、家老たちの指図(さしず)によってまかり越したのだぞ。その訳というのは、相方の横須賀利金太(よこすかりきんだ)かたより此の妹を妻にもらいたいと仲立ちをもって申し込まれたのだ。我が身にとっては申し分の無い婿ゆえ、早速承諾して結納まで受け納めたのに、妹は一途に、こなたと夫婦の約束をした上は、たとえ親兄弟の指図でも、ほかへ縁づくこたあ嫌だと言う。私は魂げたのなんのって。アアしようがないと、それから其の利金太方へ使いを遣わし、弥次郎兵衛と申す者と妹めが関係を持っていたこと、それからそのことを神かけて誓って知らなかったこと、それ故、結納もすでに受領したところではありますが、妹が関係した男以外の男とは添わないと申します。それで妹の首を切って、こなたに持参いたしましょう。それにて面目を立てられ、ご了解賜りたいと申し遣わせたが、先方の親類がたはじめ仕事仲間の方たちへ、兼ねてこちらの妹を妻に申受ける筈と吹聴した上は、世間へ対し申訳ない始末、女の首一つ申受けたとて、何の役にも立たぬこと、此の上はそこもとを討ち果たすより外に方法はない。明晩安部河原において、勝負を決しようとの返事、もとより身どもも覚悟の上、いかにもと挨拶したところに、家老衆から双方呼び出され、長年御主人の御知行を頂戴いたしながら私の遺恨をもって、討果さんとは、殿へ対して第一不忠、妹が兄に隠して夫を持ったのを知らずして、利金太と契約したのを、不届きとは言い難い。まだ婚礼もしないうちのこと、互に一分のすたることはないはず、今後両人遺恨を捨て御奉公を大切に勤められよ。また妹お蛸のことは、かりそめにも言い約束した男の外に他へは縁づくまいとは誠に貞節の至りと、殿にも不便に思われ、もとから馴染んだ男に添わせよとの御意、有難くお受け申してそれより是まで罷り越したるところ、もと約束した男が今女房を持っておるゆえ、すごすごと妹を召し連れ帰りましたと、なんで兵五左衛門とも言われる侍が、どの面(つら)下げて帰られようか。さあ、妹を妻にすれば今のままでよいけれども、いやだと言えば是非とも縄を掛けて国元へ引き連れ、家老衆へこのことを披露し、一旦約束をした利金太方へお前を渡さねば、兵五左衛門武士がたたない。さぁあ仕方がないと諦めて、お縄に掛かれ。抵抗すれば足で踏んで痛い目にあわせて、捕えようか。

弥次「はあ成程、そうおっしゃる道理はわかりましたが、しかしそれはおめえさまのほうの得手勝手、たとえこの身は、三枚に下ろされ、切り刻まれて塩辛にせらるるとも、我を大切にして、艱難辛抱する此の女房を捨て、妹御を女房にもたれるものか。しかたがねえ。どうとも御勝手になせえまし」

語句

■がゐに-ひどく。■かさ高-気張って。えらそうに。■家老中-武家で、主家の政務・家務をとりしきって管理する上級の家臣の総称。多く世襲であって、複数であることが多く、合議で事を決するのが普通。よって「家老中」など称した。■相役-武家の家臣で同じ役目にある者。■横須賀利金太(よこすかりきんだ)-変にりきんだの意で命名。■婦妻(ふさい)-「妻」に同じ。■過分-身分に過ぎた結構な。■結納(ゆいのふ)-江戸時代の法令(『徳川禁令考後聚三帙』など)によれば、婚姻は結納の授受をもって成立する。未だ式を挙げなくとも、その後の密通は姦通罪となり、男死亡の時は、夫婦間におけると同じ服忌に従うこととなっていた。■縁につかずこたア-縁に付くようなことは。■魂消(たまげ)まいものか-驚いたの驚かないのといって。■せず事がない-しようがない。■神(しん)もつて存ぜず-神かけて誓って、全く知らないで。■結納(たのみ)-「中国辺にて納采をタノミと云ふ」(俚言集覧)。『貞丈雑記』などに詳しい。■御一分-武士としての面目。■安倍川原-駿府の西、藁科(わらしな)川と安部川を合せて、東海道で一つになり、海に入る。河原広く、徒(かち)渡りの大河。■勝負を決せず-勝負を決しましょう。

※西鶴の武家物にもありそうに、二人が律儀に片意地なところが滑稽。                          

■知行-土地を与えられその上納米による俸禄。「凡士以上は、田禄ある者也、田禄とは君より田畑を賜る也、今の世に知行といふ是也、知行とは、其田地を己が物となして、其事を知行する故の名目也。されば知行といふは、必ず地方(じかた)也」(経済録・五)。■私(わたくし)の宿意(しゆくゐ)-私怨(しえん)。■討果さん-果し合いをする。■一分のすたること-武士の面目がつぶれる。■仮初(かりそめ)-ついちょっとの縁で。■縁さつくまじ-「さ」は間投助詞で、ちょっと念を押す働きを持つ。「縁づく」は嫁にゆく意。■下地より-以前から。もとから。■さきの男-相手の男。または先に約束した男とも解される。■アニ-「アニ」は「なに」。なんで。■生頬さげて云々-「生(なま)」は軽んじたり、卑しんだりする意をもって、面を悪しざまに言う語。ばかげた顔をしたままで、国元へ帰ることができようか。■そのとをり-今のままでよいけれども。■踏みつけてめしとらずかヤア-足で踏んで痛い目を見せて、捕えようか。■きこへました-道理がよくわかりました。■三枚-魚を料理する時に、骨とその両面の肉とを別々にすき分ける方法。「おろす」の語を使用する。ここは、そのごとく生身を割かれてもの意。■塩辛-魚貝類などを塩漬けにして発酵させた食物。酒の肴や副食物とする。

原文

トかくごして両手をうしろへまはせば、兵五左衛門たちかかり、すでに弥次郎をいましめんとするを、女ぼうおふつすがり付

おふつ「モシモシ段々(だんだん)の様子(やうす)を承(うけたまはり)ますれば、御尤(ごもつとも)もな事、去ながら、現在夫(げんざいおつと)が縄(なは)めにかかり、永(なが)の道中(だうちう)に恥(はぢ)をさらし、お国でもしも命(いのち)に拘(かかは)ることやなどあっては、わたしの悲(かな)しさ。モシ今おまへのいひなさるには、たとへ此身はどふなつても、艱難辛抱(かんなんしんぼう)した女房はすてられぬと、いひなさったが私には千倍(せんばい)。もふなんにもいひませぬ。わたしには隙(ひま)をくださりませ。あの妹御(いもふとご)は駿河(するが)からの馴染(なじみ)とあれば、わたしよりはさきの事、添(そを)ふとおつしやるのも無理ではない。サア斯(こう)わけていふうえに、暇(いとま)もくれず、お侍(さふらひ)さまの手にかかる了簡(りやうけん)なら、まづわたしからさきへ死にます。

トなくなくながしもとのほうてうをとつて、ひねくりまはすを弥次郎おさへて

弥次「コリヤコリヤ何をする馬鹿(ばか)ものめが

おふつ「イエイエそれでも

弥次「ハテさて、それほどに思(おも)ひ詰(つめ)た事なら、しかたがねへ。ちつとの間暇(まいとま)をとつて、親分(をやぶん)の所へでもいつてゐてくれ。大事(でへじ)の女房(にようぼう)を今さらふなどとは、夢(ゆめ)にもおもはねへ。はかねへ別(わか)れをするも、みんなおれがわりいからだ

トさすがの弥次郎も、女ぼうの手まへきのどくさに、かたかげへまねきて、いろいろにだましつすかしついひふくめ、すずりばことりいだし、三くだり半をかきてやれば、びんぼう人のきさんじさ、きの身きたまま、くしばこにふろしきづつみひとつ、ひつかかへてなみだながら、しほしほとして出てゆくと、兵五ざへもん、大小をとつてほうり出し

「ヤレヤレ重荷(おもに)をおろした。ナント弥次さん、わしが仕打(しうち)は妙(みやう)でありませう

現代語訳

と覚悟して両手を後ろへ回せば、兵五左衛門たちかかり、すぐにでも弥次郎を縛ろうとするので、女房のおふつがすがり付き

おふつ「もしもし段々と様子を承りますれば、御尤(ごもっと)もな事、さりながら、現在夫が縄目にかかかり、長の道中に恥を晒し、お国でもしも命にかかわることなどあっては、私は悲しくてなりません。もし今お前の言いなさるには、たとえこの身はどうなっても、艱難辛抱(かんなんしんぼう)した女房は捨てられぬと、言いなさったのが、私には大変ありがたい。もう何にも言いませぬ。私には隙(ひま)を下さりませ。あの妹御(いもうとご)は駿河(するが)からの馴染(なじみ)とあれば、私よりは前のこと、添うとおっしゃるも無理ではない。さあ こう心情を、義理を詰めて明らかにする以上は、暇もくれず、お侍さまの手にかかる料簡なら先ず私から死にます」

と泣く泣く調理場の包丁を取ってひねくり回すのを弥次郎おさえて

弥次「こりゃこりゃ何をする馬鹿者めが」

おふつ「いえ、いえ。それでも」

弥次「はてさて、それほどに思い詰めた事なら、しかたがねえ。ちょっとの間暇(あいだいとま)を取って、親分の所へでも行っていてくれ。大事な女房を今さら離縁するなどとは、夢にも思わねえ。空しい生き別れをするのも、皆俺が悪(わり)いからだ」

と、さすがの弥次郎も、女房の手前、気の毒さに、片角(かたすみ)へ招いて、色々に騙しつすかしつ言い含め、硯箱を取り出し、三下り半を書いてやると、貧乏人の気軽さで、着の身着のまま、櫛箱に風呂敷包一つ、ひっ抱えて涙ながら、しおしおとして出て行くと、兵五左衛門、大小を取って放り出し

「やれやれ重荷を下ろしたわい。なんと弥治さん、わしが仕打ちは上手でありましょう」

語句

■両手をうしろへまはせば-いさぎよく縄に縛られようとするさま。■永(なが)の道中(だうちう)に恥をさらし-江戸から駿府まで、罪人の体で道中して、諸人に見られ恥をかく。■命に拘(かかは)ることやあつては-一命を失うようなことがあったなら。■千倍-精神的にしごく満足するとか、大変ありがたいと思う時などに用いる語。■隙(ひま)をくださりませ-離縁してくれ。当時の法令では、離縁は、夫より妻に対して、三下り半と称された離縁状を渡す事で成立した(徳川時代の文学と私法)■わけていふうえに-心情を、義理を詰めて明らかにする以上は。

※ここも女房の貞操ぶりとみてはいけない。弥次郎兵衛の芝居がかったせりふに、ふとのせられて、この女房も芝居がかった切口上をいっているところが滑稽。

■ほうてう-包丁。■親分-地方出身の者が、奉公をしたり、また結婚したりする時に、その土地で依頼し、世話をしてもらう仮親。■さらふ-去る。離縁する。■はかねへ別れ-空しい生き別れ。■きさんじ- 気苦労ノナイサマ。気軽。■きの身きたまま-着物を改めて替えることもなく、その身なりで。■くしばこ-櫛その他、化粧道具を入れる箱。■重荷(おもに)をおろした-3重い責任のある仕事を、これで済ませたの意。■仕打-ここでは、演技。役者の仕なり。■妙-上手。

原文

弥次「駿河(するが)ものの詞(ことば)おそれ入た。田舎侍(いなかさふらひ)の出立、、いかな後家(ごけ)の質屋(しちや)へ見せても、百石(ひやくこく)どりとは直打(ねうち)する男を、棒手振(ぼてふり)の芋(いも)七にしておくは惜(おし)いもの。それにこのまた矢場(やば)のお蛸(たこ)が、田舎娘(いなかむすめ)の身振(みぶり)、妙(みやう)であつた。皆(みな)おれが自作(じさく)の狂言(けうげん)で、ふたりを頼(たの)んで女房(にようぼう)にいつぱいくわせ、追出(おひだ)したも、あの陰気(ゐんき)なものに飽果(あきはて)たからの事、ひとつには急(けう)に拾五両といふ、金(かね)がなければならねへことで、芋(いも)七きさまへふつと咄(はな)したら、きさまのいふには、ソリヤさいわゐの事がある。さる所の隠居(ゐんきよ)が、内の腰元(こしもと)に手をつけ、孕(はらま)したゆへ。聟(むこ)や娘(むすめ)の手前、しれぬさきにとて、表向(おもてむき)いとまを出して、請(うけ)人の所へ内証(ないしやう)で、預(あづ)けておかれたが、どふぞ腹(はら)の子(こ)ぐるめに金拾五両つけて、片付(かたづけ)たいと、わしがたのまれて居(ゐ)るから、調度(てうど)よいが、しかし女房のある上へは、どふもと、はなしにつゐて、おれもその拾五両ほしい最中(さいちう)、たとへ腹(はら)には鬼(おに)の子がやどつてゐよふが、金(かね)さへもつてくれば、年増(としま)女房にあきた所、こいつは妙(みやう)だと此狂言(このけうげん)をかいて、きさまたちふたりを頼(たの)んで、まんまと上首尾(じやうしゆび)にやりはやつたが、彼持参金(かのじさんきん)のしろものは、いよいよ急(けう)に来る筈(はづ)か。どふだどふだ

いも七「イヤくるはづともくるはづとも。おめへも金(かね)が急(いそ)ぐといふ、さきでも腹(はら)が落(おち)そふだから、一刻(いつこく)もはやいがいいと、せきこんでゐられるから、そこで今夜更(こんやふけ)てから、そつと駕(かご)でここへむけてくるはづにしておゐた。ちよつぴり酒(さけ)でも出さにやアなるめへが、内にとつたのがありやすか

弥次「ヤアヤア今夜来るのか。エエそれは又早急(さつきう)な。それとしつたら、けふ髪月代(かみさかやき)でもしておこうものを。ドレちよつと、鬚(ひげ)ばかりでも剃(そつ)て来(こ)やう

いも七「アアコレコレ今頃(いまごろ)どこに髪結床(かみゆひどこ)があるものだ。そんなことよりか、酒(さけ)の仕度(したく)でもするがいい。コレサおめへなにをまごまごする。

弥次「イヤ何もしねへが、ちよつと爪(つめ)でもとつておこう

いも七「ナニ埒(らち)もねへ、そんなことはしねへでもいいじやアねへか

弥次「イヤそれでも、捨本みんなとらずとも、せめて弐本の爪(つめ)ばかりは

いも七「ハハハハハおきやアがれ。大わらひだ

ト此内にはかにそこらとりかたづけるやら、火ばちにけしずみをおこしかけ、ねづみいらずから、五合とくりをとりいだし、まづまちうけにしらふではおかしいと、三人はなつきあわせ、のみかけてゐる折から、おもてぐちに、いきづえのをと、カツチカツチ

現代語訳

弥次「駿河ものの詞(ことば)おそれいった。田舎侍の出立、いかな後家の質屋に見せても、百石どりと同じ値打ちがする男を、棒手振りの芋七にしておくのは惜しいもの。それにこのまた矢場のお蛸が、田舎娘の身振り妙であった。皆、俺が自作の狂言で、ふたりを頼んで女房にいっぱい食わせ、追出したのも、あの陰気者に飽き果てたからの事、ひとつには急に十五両と言う金がなければならねえことで、芋七貴様へふっと話したら、貴様の言うには、ソリャうまい事がある。さる所の隠居が、家の腰元に手をつけ、胎ました故、婿や娘の手前、知られぬ先にと、表向き暇(いとま)を出して、請人(うけにん)の所へ内証で預けておかれたが、どうぞ腹の子ぐるみで金十五両つけて片付けたいとわしが頼まれているから丁度よいが、しかし女房のある上へは、どうかと、話について俺もその十五両はほしい最中、たとえ腹には鬼の子が宿っていようが、金さえ持って来れば、年増女房に飽きたところ、こいつはいいと此の狂言を書いて、貴様たち二人を頼んで、まんまと上首尾にやりはやったが、かの持参金付きのしろものは、いよいよすぐに来る事になっているのか。どうだどうだ」

いも七「イヤ来るはずとも来るはずとも、お前も金が急ぐと言う、先でも、すぐにも出産しそうな腹だから一刻も早いがいいと、せき込んでおられるから、そこで今夜更けてから、そっと駕でここへ向けて来る手はずにしておいた。ちょっぴり酒でも出さにゃなるめえが、家にとったのがありやすか」

弥次「ヤア今夜来るのか。エエ又それは早急な。それと知ったら、今日髪でも切っておこうものを。どれちょっと鬚ばかりでも剃って来よう」

いも七「ああこれこれ今頃どこに髪結床があるものか。そんなことよりか、酒の仕度でもするがいい。コレサおめえなにをまごまごする」

弥次「いや何もしねえが、ちょっと爪(つめ)でもとっておこう」

いも七「なに埒(らち)もねえ、そんなことしねえでもいいじゃねえか」

弥次「いやそれでも、十本皆とらずとも、せめて二本の爪ばかりは」

いも七「ハハハハハおきやアがれ。大笑いだ」

とこの家は急にそこらを取り片付けるやら、火鉢に消し炭を熾(おこ)しかけ、鼠(ねずみ)いらずから、五合徳利を取り出だし、先ず待ち受けるのに素面(しらふ)ではおかしいと、三人は鼻を突き合わせ、飲みかけているところだったので、表口に行杖(いきづえ)の音、カッチカッチ。

語句

■出立-風姿。身なり、身こなし。■後家の質屋-どれ程、こまかく見積もってもとか、どれ程安くみてもの意の成語。後家が質屋がすると、手堅く用心深くするので、質物を安く安くと見積るから出た語。■直打-値をつける。■棒手振-天秤棒で売り物をにない、売り声を出して売り歩く商人。『守貞漫稿』では、江戸は、専ら魚を売る者をいうと、「芋蛸汁」などの称で、女の名に配して、芋七と名づけたか。■矢場-揚弓場。土弓場。小さい遊戯用の揚弓で、両国や参詣の多い社寺の境内で、料金をとってこの遊びをさせる所。売笑をもする矢場女があり、連中もできて、この頃から明治初めの江戸で流行した。(岡山鳥『揚弓一面大当利』、三田村鳶魚『芝と上野浅草』)。■自作の狂言-自分で仕組んだ筋の謀(はかりごと)の意。芝居の脚本である狂言にたとえていう。■いつぱいくわせ-うまくだまして。■陰気なもの-前に見たごとく、律儀で夫大事家庭大事にする性質をさしたもの。■腰元-主人の側近で雑用を務める年若い召使女。■手をつけ-主人が召使女などと関係すること。■表向(おもてむき)-世間に対しては。■請人-金銭貸借の連帯保証人、奉公の時の身元引受人など広く保証人をいう。■片付(かたづけ)たい-縁づけたい。嫁にやりたい。■調度-丁度の当て字。■此狂言をかいて-このたくらみを計画して。■まんまと-うまうまと良い結果になるように。■彼持参金(かのじさんきん)のしろもの-持参金付きの女。嫁や養子が、縁家へ入る時に、約束して持ってくる金。■腹(はら)が落(おち)そふだから-すぐにでも出産しそうな腹だから。■一刻(いつこく)も-一刻は今の二時間前後に当るが、ここは少しも早くの意。■せきこんでゐられるから-甚だ急いでいるから。■籠-ここは江戸民間に使用の四手駕篭。胴柱竹製で、前後左右に垂を加えたもの。■酒(さけ)-三々九度の盃用の酒。■髪月代(かみさかやき)-髪を結いなおし、月代(額より頭部の中央部を剃る、成人の頭つき)を剃っておけばよかった。■鬚ばかりでも-前に「口が大きくて鬚だらけ」とあった。■髪結床(かみゆひどこ)-いわゆる床屋。夜は店を開いていない。■埒もねへ-たわいもない。■弐本の爪(つめ)-俗に「指人形」と称して、房時中、女性の性器を指でいじろうという魂胆。■おきやアがれ-よせやい。相手の言動を、嘲弄する時に用いる。■けしずみ-木の燃える前に水をかけて消して作った炭。普通の炭より早くおこる。急の用に当ててよい。ここも早手回しに酒食の準備をする。■ねづみいらず-鼠の入らぬごとく作った、食器や食料を入れる小戸棚。■まちうけ-ここは嫁の来るを婿方で待っていることをいう。■しらふ-酒が入っていないこと。■はなつきあわせ-車座になって。相寄って。■いきづえ-駕籠かきや荷を運ぶ者が、補助用にする杖。駕篭によって違うが、木または竹で作った。四手駕篭では竹。

原文

いも七「ヲヤもふ来たそふな

トかどの戸をそつとあけてとんで出

「ヲツトここだここだ。駕(かご)の衆(しゆ)御大儀(ごたいぎ)御大儀。コレいつぱいのんでござれ

トあり合のはした銭をやつて、かごのものをさつそく追かへし、のつて来た女の手をとつて、ともなひはいり

いも七「サア嫁御(よめご)のお出だ。お盃(さかづき)お盃

弥次「コレハいかいおせわ

いも七「サアお壷(つぼ)さん、そけへすはりなせへ。そこでおめへからひとつのんで、御亭主(ごていしゆ)へさしなせへ。お蛸(たこ)お酌(しやく)お酌。コリヤア四海浪(しかいなみ)しづかにといひてへが、謡(うたひ)はしらず、あした来て潮来(いたこ)でもやらかしませう

ト此内だんだんさかづきもすみ夜もふけたるに

おたこ「いも七さん、わつちらアもふ、おひらきにいたしやせう

いも七「ソレソレ此せまいうちに長居(ながゐ)はおそれだ。コレおつぼさん、今夜(こんや)はゆるりと休(やすみ)なせへ。又あしたお目にかかろう

トいとまごひし おたこもろ共立出れば、弥次郎おくるふりして、おもてにたちいで

弥次「コレいも七、持参金(ぢさんきん)のさたがないがどふする。

いも七「そこはぬからねへの。今のさき駕(かご)から出た時そつときいたらあしたの昼時分(ひるじぶん)、隠居(ゐんきよ)のほうから、くるはづに間違(まちがゐ)はないといふことだ。ソリヤア請合(うけあい)きづけへなしに、今夜(こんや)はしつかり楽(たのし)みなせへ

ト弥次郎がせなかをひとつくらわせて出てゆく。弥次郎かどぐちをしめて

弥次「コリヤア寒(さむ)くなった。時に茶漬(ちやづけ)でもくはねへか

おつぼ「イイエよろしうござります

弥次「そんならもふねよふか

おつぼ「おとこをとりませう

弥次「ヲイヲイおれが出してやろう

ト戸だなより、やぶれぶとんにかいまきなどとりいだす所に、おもての戸をトントントン

弥次「エエ今頃(いまごろ)にだれだだれだ

トいひつつも、さては今おひ出した女ぼう、このことをかぎつけてや、ふりこんできたるならんか、ただしはおやぶん、いさくさをいひに来たる、何にもせよ、見つけられてはめんどうなりと、今の女ぼうにむかひ小ごへにて

弥次「コレコレひよんなことがある。此町内(てうない)の作法(さほう)で、店借(たながり)のものが娵(よめ)をとると、家主(いへぬし)五人組(ぐみ)が来て、其娵の尻(しり)をさすつて見るが定法(ぢやうほう)。今そなたの来たことを、どふしてしつてやら、それでさすりに来おつたに違(ちが)ひはない。そなたは懐妊(くわいにん)のよし。おなじくは、まだ今宵は来ませぬといつて、見せたくねへが、どふであろう

現代語訳

いも七「おや。もう来たそうな」

と角の戸をそっと開けて飛んで出て、

「おっと、ここだここだ。駕の衆御大儀(ごたいぎ)御大儀。これ、一杯飲んでござれ」

と有り合せのはした金をやって、駕の者を早速追い返し、乗って来た女の手を取って、伴い入り

いも七「さあ嫁御(よめご)のお出でだ。お盃(さかずき)お盃」

弥次「これは大変なお世話」

いも七「さあお壷(つぼ)さん、そけえ座りなせえ。そこでおめえから一杯飲んで、御亭主(ごていしゅ)へさしなせえ。お蛸(たこ)お酌(しゃく)お酌。こりゃあ四海波静(しかいなみしず)かにと言いてえが、謡(うたい)は知らず、明日来て潮来(いたこ)でもやらかしましょう」

とこの家ではだんだん盃も進み夜も更けたので

お蛸「いも七さん、わっちらアもう、お開きにいたしましょう」

いも七「それそれ此の狭い家に長居は無用だ。これお壷さん、今夜はゆるりと休みなせえ。又明日お目にかかろう」

と、暇乞いし、お蛸諸共出れば、弥次郎は送る振りをして表に立ち出で

弥次「これいも七、持参金の話が無いがどうする」

いも七「そこにぬかりはねえよ。今さっき駕から出た時、そっと聞いたら、明日の昼時分隠居(ひるじぶんいんきょ)の方から、来る筈に間違いはないということだ。そりゃあ請け合い気使い無しに、今夜はしっかり楽しみなせえ」

と、弥次郎の背中を一つ叩いて出て行く。弥次郎は門口を閉めて

弥次「こりゃあ寒くなった。時に茶漬けでも食わねえか」

お壷「いいえ、よろしゅうござります」

弥次「そんならもう寝ようか」

お壷「お床を取りましょう」

弥次「おいおい、俺が出してやろう」

と、戸棚より、破れ布団にかいまきなど取り出だす所に、表の戸をトントントン

弥次「ええ今頃に誰だ誰だ」

と、言いつつもさては今追出した女房、此の事を嗅ぎつけ、怒鳴り込んで来たのだろうか、それとも親分が苦情文句を言いに来たのか、何(いずれ)にもせよ、見つけられては面倒なりと、今の女房に向い小声にて

弥次「これこれ困ったことがある。此の町内の作法で。借家住まいの者が嫁を取ると、家主五人組が来て、その嫁の尻を擦ってみるのがきまり。今そなたが来たことを、どうして知ったやら、それで擦りに来おったに違いはない。そなたは懐妊しているとのこと、どうせ仕方のないことだが、まだ今宵は来ませんと言って、見せたくねえがどうだろう。

語句

■籠(かご)の衆(しゆ)-駕籠かきを、丁寧に称した語。■御大儀(ごたいぎ)-普通は「大儀」。ここは苦労を謝する言葉。■かごのものを云々-婚礼の時には、駕籠かきを優遇するしきたりであるが、ここは酒手だけで、そのことを省略したのである。■いかい-大変。甚だしく。■お壷さん-お蛸の縁で「蛸壷」からつけたか。■おめへから-婚礼の式三献は嫁から先に飲む(『婚礼罌栗袋』など)。■四海浪(しかいなみ)しづかに-婚礼に仲人が、「高砂」の小謡で祝するのが習慣。「四海波静かにて、国も治まる時津風・・・きみの恵みぞありがたき」などのところ。■潮来-常陸国(茨城県)潮来に起って、安永年間(1772~80)江戸に入り、文政ごろまで江戸を中心に流行した歌謡。七七七五の近世調で、本調子のものであるが、調はいろいろのものがある。この頃最も普通の宴会歌(忍頂寺務『潮来船』)。■おひらきにいたしやせう-婚礼の席の忌み言葉で、帰るの意。■長居(ながゐ)はおそれだ-諺。人の家での長座は恐縮の意。■さた-沙汰。話。■ぬからねへの-落度がない。■せなかをひとつくらわせて-ひやかした所作。■かいまき-「かひまきは夜具より小に、どてらより大に、又綿を多くす。縫裁夜具に似て小なるのみ」(守貞漫稿)。 ■かぎつけてや-様子をうかがい知って。■ふりこんできたる-ここでは、怒鳴り込んで来たの意。■いさくさ-苦情文句。■ひよんな-変なこと。困ったこと。「凶」の中国音に出るとは荒井白石の説。■店借(たながり)-借家住い。■家主-ここは「大屋」と同義か。ただし独立した家の持ち主で、「町人」と称され店借りや家守より法的には上に遇された人々をさす時もある。■五人組-江戸時代の民間の自治的な組合。町では家持(地主)・家主との間で、五家を一組とし、諸々の法政的な相互共同の義務を持った(穂積陳重『五人組制度論』など)。■定法-きまり。

※このところ、『芝居万人鬘』の原話は「店がりのものがよめをよぶと、名主が来て新婦の肌をさすつてみるが町の作法じや」とある。『膝栗毛』の後刷のものでは、「此長屋の作法で長屋のものが娵(よめ)をとると、長屋中の者が来て、其娵の尻をさすつて見るが定法」と改めてある。書物取締の側から、異議が出て改めたものであろう。

■おなじくは-どうせ仕方のないことだが。

原文

おつぼ「ヲヤヲヤ、わたしはいやだのふ。殊(こと)にただの身ではなし、しらないお人に、このおゐどを撫(なで)させる事はいやだねへ

弥次「そんならどこぞへかくしてへものだが、此通二階(にかい)はなし。ヲツトあるぞあるぞ。窮屈(きうくつ)ながら、ちつとの間、ここへここへ

ト売のこしのあき半櫃(はんびつ)あるをさいわい、ふたをあけて、かのおつぼをいれ、もとのごとくふたしておき、やがておもてのかけがねをはづし、戸をあくればあんにさうゐして、北八せきこんでとびこめば

弥次「ヤア北八か。エエ今時分(じぶん)にどふして来た

北八「イヤもふもふ、内に落着(をちつ)ひてゐられやせぬ。此間からおめへに頼(たの)んだ十五両の金(かね)の事、翌日(あす)は店(たな)おろしにかかるゆへ、ぜひぜひあすの朝(あさ)まで、わつちが遣(つか)ひ込んだ穴(あな)を埋(うめ)ておかねばなりやせぬ。それが出来(でき)ねへと、忽(たちまち)百日の説法屁(せぽうへ)ひとつ。おめへのいふには、随分心当(ずいぶんこころあた)りがあるから、讃談(さんだん)してやろうと、いひなさつたによつて、じつと待(まつ)てゐたが、今もってさたがないから、あんまり気(き)づけへさに、寝所(ねどころ)からそつとぬけて来やしたが、いよいよそのかねは、出来(でき)やせうかね

弥次「しれた事よ。あしたの昼までには、きつと出かしてやる。そこへいつちやア男(をとこ)だ。なんぼこんなに、しみつたれなくらしで居(ゐ)ても、さあといへば、拾両や十五両の目くさりがね、工面(くめん)せうといつたがせうがにやア、ちげへはねへから、落着(をちつい)て居(ゐ)さつし

北八「そいつはありがてへ。其かわり百倍(ひやくばい)にして此恩(おん)を返(けへ)しやす。此間からいふとをり、番頭(ばんとう)はなくなる、親(おや)かたも今にめでたくなりやすから、跡(あと)で後家御(ごけご)を手にいれさへすりゃア、すぐにわつちが旦那(だんな)さま、どふか芝ゐの敵役(かたきやく)がいふやうなこつたが、是ばかりは違(ちげへ)なし。極々内々(ごくごくないない)の所は、もふ出来(でき)かかつてゐやすから、今が大事(でへじ)の所、爰で十五両のかねがねへと、しくぢつて虻(あぶ)もとらず、蜂(はち)とらずだから、どふぞおたのみ申やす

弥次「おれも手めへをおもふは、身をおもふだから、其咄(そのはなし)のとをりにいきさへすると、互(たがひ)の為だ。あすの昼時分(ひるじぶん)には、耳(みみ)を揃(そろ)へて十五両、きつと間(ま)にあはせてやるぞ

ト此はなしのうち、はんびつのふたをうちよりおしあけて

おつぼ「モシモシどふぞして下さりませ。腹が痛くてどふやら産(うみ)そふになりました。アアくるしゐくるしゐ

トむせうにうめき出せば、弥次郎大きにうろたへ

弥次「エエそいつはこまつたものだ。コレコレきた八、手めへ子を産(うむ)女の手伝(てつだひ)をした事はねへか

現代語訳

お壷「おやおや、私は嫌だのう。特にただの身でなし、知らないお人に、このお尻を撫でさせる事は嫌だねえ」

弥次「そんならどこぞへ隠してえもんだが、このとおり二階は無し。おっとあるぞあるぞ。窮屈ながら、ちょっとの間ここへここへ」

と、売り残しのあき半櫃があるのを幸いに、蓋を開けて、かのお壷を入れ、元の如く蓋をしておき、やがて表の掛金を外し、戸を開けると案に相違して、北八がせきこんで飛び込むと

弥次「ヤア北八か。ええ今時分にどうして来た。

北八「いやもうもう、家に落ち着いて居られやせぬ。此の間からおめえに頼んだ十五両の金の事、明日は店卸(たなおろし)にかかるので、ぜひぜひ明日の朝までに、わっちが使い込んだ穴を埋めておかねばなりやせぬ。それが出来ねえと、長い間苦労した結果が一度に無駄になる。おめえの言うには、随分心当たりがあるから工面してやろうと言いなさったによって、じっと待っていたが、今もって話が無いからあんまり心配で寝床からそっと抜けて来やしたが、いよいよその金はできそうかね。

弥次「しれた事よ。明日の昼までには、きっと出してやる。その点では俺も男だ。なんぼこんなに、しみったれな暮しでいても、さあと言えば、十両や十五両の高が知れた金、工面しようと言ったからには、違いは無えから、落ち着いていなせえ」

北八「そいつはありがてえ。その代わり百倍にしてこの恩を返しやす。此の間から言うとおり、番頭は亡くなる、親方も今におだぶつ、後で後家御を手に入れさえすりゃあ、すぐにわっちが旦那さま、どうか芝居の敵役(かたきやく)が言うようなこったが、是ばかりは違えなし。ごくごく内々のところは、もう出来かかっていやすから、今が大事(でえじ)なところ、ここで十五両の金が無(ね)えと、しくじって虻蜂取らずになりやすから、どうぞお頼み申しやす」

弥次「俺も手前を思うは、身を思うだから、其の話の通りにいきさえすると、互いの為だ。明日の昼時分には、耳を揃えて十五両、きっと間に合わせてやるぞ」

と、此の話をしているうちに、半櫃の蓋を中から押し開けて

お壷「もしもしどうにかしてくださりませ。腹が痛くてどうやら産まれそうになりました。あぁ苦しい苦しい」

と、無性に呻(うめ)きだしたので、弥次郎兵衛はたいそううろたえて

弥次「えぇそいつは困ったもんだ。これこれ北八、手前(てめえ)子を産む女の手伝いをしたことはねえか」

語句

■ただの身ではなし-子供を身ごもっているこの身体だし。■半櫃(はんびつ)-小型の櫃。櫃は大きく箱形で、かぶせ蓋のついたもの。衣類・家具類などを収める。■かけがね-掛金。戸その他の器具を開かぬようにする金具。鐶状のものと、それにかける鉤状態のものからなり、念を入れる時にはそれに鍵をかける。■今時分(じぶん)にどふして来た-来るにしても、これからの時で、時が悪い意。■店おろし-商人が、商品の在庫数と、帳簿とを突き合わせて、売り上げその他を計算整理する事。正月初めその他時々に用いた。■穴を埋める-欠損を補っておく。■百日の説法屁(せぽうへ)ひとつ-長い間苦心した結果が、一度に無駄になることをいう諺。■随分-十分。■讃談(さんだん)-算段。「俗に巧思を算段と云ふ」(俚言集覧)。■さたがない-知らせがない。■そこへいつちやア男(をとこ)だ-その点では(約束を守る)、おれも男だ。■しみつたれなくらし-みぼらしい生活。■目くさりがね-高の知れた金。額にかかわらず、少ないと軽んじていう語。■工面せうといつたがせうがにやア-算段してみようといった上からは、「せうが」の意不明ながら、「それとしつていひかけられたしゃうがにやア、たてひきだ(夜半の茶漬)などと用いられる。■ちげへはねへから-間違いはない。違約はしない。■後家御-後家に若干敬意を含む語「御」をつけたもの。■旦那(だんな)さま-一家の亭主をいう「旦那さま」と呼ばれることとなるの意。■敵役-歌舞伎の役柄の一つで、悪人を演じる。後世では細分して、実悪とか半道敵とか色々に区別して使用される。主家滅亡の後を狙う、悪家老・悪番頭の言い分に似ているからの意。■極々内々の所は-しごく内々ではもう、後家との仲はうまくできかかっている。こんな言い方で、本当であるためしはない。■虻(あぶ)もとらず、蜂(はち)とらず-ここでは、色と欲を両道かけたのだが、その両方の一つも得られない異を、諺を使用して言った。■手めへをおもふは、身をおもふ-諺「人を思ふは身を思ふ」を使用。元来「情けは人の為ならず」と同義の諺だが、ここは、お前がよくなれば、おれも自然に良くなるの意。■耳-「耳」は小判などの端をいう。ここは小判を揃えての意から更に転じて、金額を間違えなくの意。

※ここ、両人の金をめぐっての対談のところは、『芝居万人鬘』にはない。欲と色に、小悪人的なことを始終考えているのが、この二人の近世的で庶民的な滑稽さを出すこととなっている。

                                 

原文

北八「ナニとんだことを。イヤ、かみさんが、いつのまに孕(はら)んだのだ。さつぱりしらなんだ。隣(となり)のかみさんでもおこして来て、たのむがいい

弥次「イヤイヤちつと訳(わけ)があつて、隣(となり)へもさたなしに、こつそりとやりてへ。マアそこへ湯(ゆ)でもわかしてくれ

北八「それは承知(せうち)だが、なせまたあんな窮屈(きうくつ)な所へ、かみさんを入れておゐたのだ。サアサア出なせへ出なせへ

トはんびつの中から、女の手をひつぱりて、ひき出さんとしけるに、おつぼきた八を見て

おつぼ「ヤアおまへか、嬉(うれ)しや嬉しや。わしが産月(うみづき)を心元(こころもと)なさに、ここまで尋(たづ)ねて来て下さりましたか

トしがみつくに、きた八はびつくりしたかほ、弥次郎ふしんはれず

弥次「コリヤ北八、手めへこの女とちかづきか

つぼ「ハイわたしは、此きた八さまのござる内に、おまんまたきをいたしておりましたもの。いやだといふを無理無体(むりむたい)、きた八さまに口説(くどか)れまして、ツイ逢(あひ)ましてかうした身になりましたゆへ、お暇(ひま)をもらひ親(をや)もとへかへりましても、物堅(ものがた)い親(をや)うちには入れず、北八さまのもらひ分にて、親の手前を引とられ、余所(よそ)の内に預(あづけ)られておりましたが、此事親かたさまの耳(みみ)に入らぬうちわたしに十五両の金をつけて、外へ片付(かたづけ)たいとの相談(そうだん)、わたしは迚(とて)も斯(かう)なるからは、いつまでもはなれぬ気(き)でゐましたけれど、それではあなたのお為になるまいと、得心(とくしん)づくでおもひきり、こころにそまぬここへ、嫁入(よめいり)して来ましたのでござります。

トくるしい中になみだ半分いさいのはなし弥次郎きもをつぶし

弥次「ヤアヤアそんなら親方(をやかた)のうちの引負(ひきおひ)、十五両なくては、償(つぐなは)れぬといつたは、引負ではなくて、この女を片付代(からづけしろ)の十五両か

現代語訳

北八「なにとんだことを。いや、かみさんが、いつの間に孕(はら)んだのだ。さっぱり知らなんだ。隣のかみさんでも起して来て、頼むがいい」

弥次「いやいや、ちっと訳があって、隣へも話をせずに、こっそりやりてぇ。まあ、そこへ湯でも沸かしてくれ」

北八「それは承知だが、なぜまたあんな窮屈な所へ、かみさんを入れておいたのだ。さあさあ出なせえ出なせえ」

と、半櫃の中から、女の手を引っ張って、引きだそうとしたが、お壷は北八を見て

お壷「やあぁ、お前か、嬉(うれし)や嬉や。わしの産月が心配で、ここまで訪ねて来て下さりましたか」

と、しがみつくので北八はびっくりした顔をしており、弥次郎は不審が晴れず

弥次「こりゃ北八、手めえこの女と近づきか」

お壷「はい私は、北八さまがおられる家で飯炊きをいたしておりました者。いやだと言うのを無理無体に、北八さまに口説かれまして、つい関係を結んでこうした身になりました故、お暇をもらい親元へ帰りましても、頑固な親なので、家へは入れず、北八さまの内縁の妻となって、親の手元から引き取られ、余所の家に預けられておりましたが、此の事が親方さまの耳に入らぬうちに私に十五両の金をつけて、他へ片づけたいとの相談、私はとても、こうなるからには、いつまでも離れぬ気でいましたけれど 、それでは貴方のお為になるまいと、双方納得したうえで思い切り、心に染まぬここへ、嫁入りして来ましたのでございます」

と、苦しい中に、涙半分の詳しい話で、弥次郎は肝を潰し

弥次「やあやあそんなら親方の家の使い込み、十五両無くては、償われぬと言ったのは、使い込みではなくて、この女の片づけ代としての十五両か」

語句

■とんだことを-途方もないことを言う。■産月(うみづき)-出産に当る月。妊娠以降10か月目。■心元(こころもと)なさに-心配なので。■おまんまたき-飯炊きの下女。■逢(あひ)まして-関係を結んで。■かうした身になりましたゆへ-妊娠したゆえに。■親(をや)もと-この女の本当の親の手元。■もらひ分云々-妻にもらうことで、親と約束して、北八の方へ引取った、いわば内縁関係である。■此事-奉公人同士が通じて、妊娠して、無断で夫婦気取りでいること。■親かたさま-ここは二人が勤めた家の主人。これが聞えては、北八が主家を出されることとなる。■片付(かたづけ)たい-嫁入りさせたい。■あなた-他称の代名詞。北八をさす。■得心(とくしん)づくで-双方納得したうえで。

※このところ、『芝居万人鬘』では、「わしに三十両付けて、ひそかに外へやりたいと、門弥(主人公と関係ある若集)さまのおっしゃる、いつまでもわしはなれぬ心なれど、さふしてはあなたのお為にならぬと思ひ切り、心にそまぬここへよめ入りして参りましたと、泪をながしてかたれば」。大体このごとくに似ているが、『万人鬘』によったのはここまでで、以下の「ドタバタ喜劇」は、一九特有のものとなる。

■引負-ここは主人の家の収入を着服して、自分用に使った、使いこみのこと。■片付代-嫁にやるために必要な金。ただし結婚費用ではなくて、いわゆる持参金に当るもの。

原文

北八「さやうさやう

弥次「エエおきやアがれ、このべらぼうやろうめ。よくおれをとんだめに、あはせやアがつた

北八「ナニとんだめにあふものか。かねさへからねへけりやアいいじやアねへかへ

弥次「いいとはなんのことだコレ基金ゆへに、おらア女房(にようぼう)をさらけ出してしまつて、今夜(こんや)からひとりで寝(ね)にやアならねへは

北八「そのかはりはまた、若(わか)い女房をゆづつたから、申分はあるめへ

弥次「たはごとつくしやアがれ。あの女のつらが、ふた目とも見られるつらか。いめへましゐやろうめだ

トまつくろになつてはらをたて、ひとつふたついひつのりて、弥次郎こらへずきた八にぶつてかかる。きた八もやつきとなつて、からかつてゐるうち、おつぼはしきりにむしがかぶると見へ ウンウンうなつてくるしがるをもかまわず、こなたにはやみくもと つかみあふてゐるうち、夜あけてなかう人のいも七、しやうばいもののかひ出しにゆくとて、ここのうちへをとづれたるが、何やらうちには、ばつたくさをとして、女のうめくこへもきこゆるにぞ、いも七これはと、そとより戸をあけんとするにあかず、たたいてもあけざれば、やにはに、そとよりひつぱづしてはいると、弥次郎見るより

弥次「ヤアいも七か、よくもよくもこのやろうめと馴合(なれあつ)ておれをはめたなはめたな。合点(がつてん)しねへぞ。すまねへぞすまねへぞ

いも七「ナニはめたとは何のことだ

弥次「なんの事だもすさまじゐ。ふてへやつらだ

ト又いも七にとつてかかると、いも七はらをたて、小ぢからのあるにまかせ、弥次郎をねぢふせる。きた八とりさへてもきかず、ごつたがへして、たばこぼんをふみくだくやら、どびんのちやをぶちまけるやら、三人やみらみつちやに、さわぎたつるものをとに、きんじよとなりの人々、おひおひかけつけ、かれこれととりさへるうち、おつぼはそこらをのた打まはり、くるしみたるが、つひに血をあげて目をまわしたをれる

北八「ヤアヤアおつぼ、どふしたどふした。コレ芋(いも)来てくれ、可愛(かわへ)そふにどふかしたそふな

いも七「コリヤ目をまはしたのだ。コレコレ水だ水だ

現代語訳

北八「さようさよう」

弥次「えぇおきやアがれ、この馬鹿野郎めが。よくも俺をとんだ目に、合わせやあがった」

北八「なにとんだ目に遭うものか。金さえ借らねけりゃいいじゃあねえかえ」

弥次「いいとは何のことだ。この基金のために、女房を離縁しちまって、今夜から一人で寝にゃあならねえは」

北八「その代わり又若い女房を譲ったから、申し分はあるめえ」

弥次「冗談もいい加減にしろ。あの女の面が二目とも見られる面か。いまいましい野郎めだ」

と、真っ黒になって腹を立て、一言(こと)二言(こと)言い募って、弥次郎はこらえきれずに北八になぐりかかる。北八もやっきになって、からかっているうち、お壷はしきりに腹痛を感じるとみえ、ウンウンうなって苦しがるのをも構わず、こちらではむやみやたらに掴みあっているうちに、夜が明け、仲人の芋七は商売物の買い出しに行くと言って、ここの家を訪ねたが、何やら騒がしい音がして、女のうめく声も聞こえるので、芋七はこれはと、外から戸を開けようとするが開かず、叩いても開かないので、急に外から戸をひっ外して入ると、弥次郎はそれを見たとたん

弥次「やあ芋七か、よくもよくもこの野郎めと馴れ合って俺を騙したな騙したな。承知しねえぞ。すまねえぞ、すまねえぞ」

芋七「なに騙したとは何のことだ」

弥次「何の事だも聞いて呆れる。ふてぇ奴らだ」

と、又芋七に食ってかかると、芋七は腹を立て、小力(こぢから)のあるのにまかせて、弥次郎をねじ伏せる。北八は仲裁に入っても聞き入れず、ごったがえして、煙草盆を踏み砕くやら、土瓶の茶をぶちまけるやら、三人が無茶苦茶に騒ぎ立てる物音に、近所隣の人々がおいおい駈けつけ、あれこれと仲裁するうちに、お壷はそこらをのた打ち回り、苦しんでいたが、ついに血がのぼり、目を回し倒れる。

北八「やあぁやあぁお壷、どうした、どうした。これ芋来てくれ、可愛そうにどうかしたそうな」

芋七「こりゃ目をまわしたのだ。これこれ水だ、水だ」

語句

■べらぼうやろう-馬鹿野郎という意の江戸語。転じて「べらぼうに」として、「甚だしく」の意などとなる。語源に諸説ある。(『本朝世事談綺』『牛馬問』『嬉遊笑覧』など)。『談綺』は「これより、かしこからぬ者を、罵りはづかしむることばとなれり」と。■とんだめに云々-手痛い目に合せた。■さらけ出して-「俗にさらけだすと云ふは、さらへ出すの転語也」(和訓栞)。ぱっと離婚してしまって。■たはごとつくしやアがれ-冗談もいいかげんにしろ。■まつくろになって-初めは、勢い猛しくとか、りきんで事をする形容に用いられたが、後には甚だしく腹を立てる形容にも用いられた。「此舟めあての一もんじ、まつくろに成つてこぎ付けたり」(博多小女郎波枕上)■やつきとなつて-かっかとして。■からかつてゐるうち-相手になっているうち。■むしがかぶる-ここでは産気で、腹痛を感じる。■やみくもと-むやみに。むやみやたらに。■しやうばいもの-ぼて振り商が、その商品を買出しに、市場へ行くのである。芋七は以下の記事によると、名の如く青物屋である。■ばつたくさをとして-物音の騒がしくする形容。■やにはに-即座に。■馴合て-ぐるになって。■はめたな-計略にはめた。一杯食わしたな。■すまねへぞ-承知しないぞ。■さまじゐ-聞いてあきれる。■ふてへやつらだ-甚だしくけしからぬやつらだ。■とつてかかる-打ちかかる。くってかかる。■とりさへる-仲裁する。中に入ってとめる。■ごつたがへす-ひどく乱雑にして。■やみらみつちやに-無茶苦茶に。「やみくも」と同類の語で、「やみら」に、「みつちや」(関西では疱瘡の跡をいう語)がついたもの。■血をあげて-「産するやいなや、頭痛眩運甚く、或は、鬱冒(きがうつとりとなり)昏沉、呼べども応ぜず、そのままに息絶ゆるものあり、後世これを血運と名づく、俗家(しろうと)には血がのぼりたりといふ」(病家須知)。■目をまわしたをれる-気絶する。

原文

北八「おつぼヤアイヤアイ

となりのていしゆ「おつぼさまとは誰(だれ)の事だ。モシ爰のかみさまはへ

いも七「コレこの目をまはしたがかみさま

となり「ハア弥次さん、おめへのかみさまか

弥次「アイわつちが女房のやうでもあり、又ないやうでもあり

となり「ハアきこへた。北八さまのかみさまか

北八「アイわつちのかかあのやうでもあり、又ないやうでもあり

となり「マアなんにしろ、どつちのだかしれない、おかみさまヤアイヤアイ

いも七「コリヤつめたくなつた。もふいけねへ

北八「エエいぢらしいことをした。弥次さん医者(ゐしや)をよびにやつてくんなせへな

となりのていしゆ「わたしが元宅(げんたく)さんでも呼(よん)で来てあげませうか

弥次「その序(ついで)にお寺(てら)へもいつてもらひてへな

ト此内ゐしやがくるやら、灸をすへるやら、よつたかつてさまざまにして見れども、むざんやおつぼはかほのいろかわり、さつぱりいきはたへたるやうすに、きた八おもわずなきいだし

「かわいや只(ただ)の身ではなし、今のさはぎに血(ち)があがつたのだろう。しかたがねへ、時に弥次さん、おめへも腹(はら)がたつたろうが、どふぞ了簡(りやうけん)して、この取始末(とりしまつ)をしてくんなせへな

現代語訳

北八「お壷やぁいやぁい」

隣の亭主「お壷さまとは誰のことだ。もしやこのかみさんかえ」

芋七「これこの目をまわしたがかみさま」

隣「はぁ弥治さん、おめえのかみさんか」

弥次「はいわっちが女房のようでもあり、又ないようでもあり」

隣「まぁ何にしろ、どっちのだか知れないおかみさまやぁいやぁい」

芋七「こりゃ冷たくなった。もういけねえ」

北八「ええ、可哀想な事をした。弥次さん、医者を呼びにやってくんなせえな」

隣の亭主「私が元宅(げんたく)さんでも呼んできてあげましょうか」

弥次「そのついでにお寺へも行ってもらいてえな」

と、そのうちに医者が来るやら、灸をすえるやら、寄ってたかっていろいろしてみるが、無残にもお壷は顔の色が変り、全く息は絶えたような様子に、北八は思わず泣きだして

北八「可哀想に只の身ではなし。今の騒ぎで血が上ったのだろう。しかたがねえ、時に弥治さん、おめえも腹が立ったろうが、どうぞ、わかってやって、この後片付けをしてくんなせえな」

語句

■かみさまはへ-ここのお内儀はどうしたのだろう。

※とぼけた面白味の場面であるが、弥次郎兵衛の女房については、すでに享和二年(1802)刊の『膝栗毛初編』に「死んだ女房がことを思ひだして」とある。その点を頭に浮べて、この一条を書いたとしても、この死んだ女とは、ぴったりしない。『膝栗毛』は、一見長編とみえて、編の間の緊密さなど、あまり願慮していないこと、ここにもうかがえる。

■いぢらしいこと-かわいそうなこと。■元宅(げんたく)-医者の名前。■取始末-あと片付け。

原文

弥次「おれをばいろいろな目にあはせる

北八「なんぼ勘当同然(かんどうどうぜん)にした女でも、斯(かう)なつては親(をや)の所へもしらせずばなるめへ。誰(だれ)をやつたものだろう

いも七「ソリヤアわしでもいつてやろうが、ぜんてへ是はどふいふ訳(わけ)か、さつぱりわからねへ。おらが新道(しんみち)の肴(さかな)やに、預(あづか)つてゐた女、余所(よそ)の隠居(ゐんきよ)の妾(めかけ)だが、片付(かたづけ)たい、世話してくれろと頼(たのま)れたから、ここの内へ仲人(なかうど)したが、今きけばおめへの女房とは、どふした理屈(りくつ)だ

北八「マアマアあとでわかる。其肴(さかな)屋といふは、おいらが親(をや)かたの所の出入、預(あづ)けておゐたはやつぱりおいら。マアそれよりか、はやく親の所へしらせてへ。それもその肴屋までしらせると、親の内へあそこからしらせてくれる

いも七「そんならいつて来やせう

トいも七は出てゆく。きんじよの人々手つだひて、そこらとりかたづけ、めいめいくやみをのべ、あいさつして、みなみなひとまづかへると

北八「何にしろ、わつちはちよつといつて来(こ)やう。ゆふべそつと出た儘(まま)だから、あとはいいやうにたのみます

トかみいれから金二歩出して弥二郎にわたし、出かけんとする所へ、ほうばいの与九八きたり

「ヲヤヲヤきた八どの爰にか。親(をや)かたがとうどう今朝(けさ)がた、御臨終(りんじう)なされた

北八「そふだろうとも

与九「それにつゐて、おかみさまがおつしやるには、きた八に暇(いとま)をくれる。あれは平生(へいぜい)心ざしのみだらなもの。旦那殿(だんなどの)が死なれたら猶の事、女の主(しゆ)と侮(あなど)つて、どのやうな不埒(ふらち)をせまいものでもないから、そうそう請人(うけにん)の所へ引きわたしてやれとの事。それはと傍から、さまざま取成をいつて見たが、どふでもきさまはかみさまへ、なんぞいやらしい事でもいつたと見へる。そふかして日頃(ひごろ)からいけすかねへ、頬(つら)の皮(かは)の厚い男、顔(かほ)を見るのもいやだと、きさまの事をわるくいつて、七里潔敗(しちりけつぱい)、いやだいやだといつてござるから、しかたがねへ。モシ弥二郎兵衛さまはあなたか。只今(ただいま)お聞のとをりでござりますから、きた八どのは是でおわたし申ます

現代語訳

弥次「俺をばいろんな目にあわせやがる」

北八「なんぼ勘当同然にした女でも、こうなっては親の所へも知らせずばなるめえ。誰をやったものだろう」

芋七「そりゃあ、わしでも行ってやろうが、だいたいこれはどういう訳か、さっぱりわからねえ。おらが新道(しんみち)の魚屋(さかなや)に、預(あず)かってた女、余所(よそ)の隠居(いんきょ)の妾(めかけ)だが、片付(かたず)けたい、世話(せわ)してくれろと頼(たの)まれたから、ここの家へ仲人(なこうど)したが、今聞けばおめえの女房とは、どうした理屈(りくつ)だ」

北八「まぁまぁ後でわかる。其の魚屋というのは、おいらが親かたの所の出入り、預けておいたのはやっぱりおいら。まあそれよりか、早く親の所へ知らせてえ。それもその魚屋まで走ると、親の家へはそこから知らせてくれる。」

芋七「そんなら行ってきやしょう」

と、芋七は出て行く。近所の人々が手伝って、そこらを片付け、それぞれ悔みを述べ、挨拶をして、皆々ひとまず帰ると

北八「なにしろ、わっちはちょっと行ってこよう。昨夜(ゆうべ)そっと出たままだから、後はいいように頼みます」

と、かみいれから金二歩出して弥二郎に渡し、出かけようとする所へ、同僚の与九八が来て

「おやおや北八どの、ここにか。親方がとうとう今朝(けさ)がた、御臨終(ごりんじゅう)なされた」

北八「そうだろうとも」

与九「それについて、おかみさまがおっしゃるには、北八に暇(いとま)をくれる。あれは平生(へいぜい)志の良くない者。旦那殿(だんなどの)が死なれたら猶の事、女の主(あるじ)と侮(あなど)って、どのような不埒(ふらち)をしないものでもないから、早速に請け人の所へ引き渡してやれとの事。それはと傍から、さまざまに取りなしの口を挟んだが、どうでも貴様はかみさまへ、なんぞいやらしい事でも言ったと見える。そうかして日頃からいけすかねえ、面(つら)の皮の厚い男、顔を見るのも嫌だと、貴様の事を悪く言って、忌み嫌い、嫌だ嫌だと言ってござるから、しかたがねえ。もし、弥次郎兵衛様は貴方か。只今お聞きの通りでございますから、北八殿はこれでお渡し申します」

語句

■勘当-江戸時代の法で、親が、子を懲戒の意もあって、法的に親子関係を絶つこと。親が一方的にでき、五人組に届けて、勘当帳に登録する。ただし宥免することもできた(徳川時代の文学と私法)。ここは北八が、「もらひ分」にした時の、女の親の態度をいう。■出入-大きな商家や武家屋敷では、魚屋その他諸商人も、一定した者となっていた。それが「出入」。■かみいれ-今でいう「財布」のこと。■二分-一分は一両の四分の一。当時は貨幣に、二枚で二分となる一分金や、四枚で二分となる二朱銀(南鐐と呼ばれる)が通用していた。■臨終-元来僧家の語で、転じて死ぬこと。■おかみさま-富家の商人の妻、または相手の妻をやや敬って呼ぶ称。■暇(いとま)をくれる-主家が、勤め人を解雇するをいう。■みだらなもの-不行儀な者。■不埒-けしからぬこと。■そうそう-早速。■請人-保証人。ここは勤め人の身元保証人。以下の文章によると、弥次郎兵衛が北八の保証人であった。

※これでみると、喜多八の方のみが、主人の妻に働きかけていたのである。

■それはと-「それは」の下に、思い入れあって、「あまりかわいそうだ」とか「急な話だ」とかの意を補って解す。■取成-とりつくろい。中に立って、困った話をよいように処置するをいう。■いけすかねへ-「いけ」は罵る意の接頭語。いやらしく嫌いな。■頬(つら)の皮(かは)の厚い-厚顔無恥な。■七里潔敗(しちりけつぱい)-『三養雑記』二に「仏説安宅神呪経に、七里結界といふことあり。弘法大師の行状記に、高野の山のことを云ひて、悪神等は、みな我結界七里の外に出去り、また結界七里の間、地主山王ちかひて守護したまふとあり。俗にいみきらふことのあれば、七里けつぱいよせつけぬなどいふは、この七里結界といふことの、転訛せし詞なるべし」。■おわたし申ます-請人へ、暇だ出た北八を渡すこと。

原文

弥次「承知いたしました。コレきた八あのとをりだが、それでいいか

北八「イヤもふよくてもわるくてもしかたがねへ。しかし其筈(そのはづ)ではねへつもりだに

弥次「くれぐれもいめへましゐ、業(ごう)さらしな野郎めだ。いつその事何も角もぶちまけやうか。

北八「アアコレコレ誤つた。おがむおがむ

与九「また折を見て、折衝のしかたもあらう。なんにしろ、けふは内が取込(とりこみ)でゐるから、又そのうちに

トあいさつそこそこにして与九八は出てゆくと引ちがへていも七立かへり

「サアサア親元(をやもと)へはしらせて来たが、是から買(かひ)ものをせずはなるめへ

北八「御苦労(くろう)御苦労。迚(とて)ものことに、わつちといつしよに来てくんねへ

ト弥次郎へわたした二歩をとつて、いも七をひきつれ はやおけその外の入用のしなをととのへてくると

弥次「ヲヤ手めへ気きかねへ、序に酒もかつてくればいい

北八「それをぬかるものか

トはやおけの中から 一升とくりにまぐろのさしみをとりいだし まづのみかけてゐる所へ   あひながやのものもだんだん大さかもりとなり  酒もあとからかひたして のこらずなまゑひとなりまきじたにて

いも七「サアサアこの元気(げんき)で仏(ほとけ)を桶(おけ)へさらけおんでしまをふ。時に寺(てら)はどこだ

弥次「馬鹿(ばか)アいへ。おいらが内に寺(てら)があつてたまるものか

北八「そいつはつまらねへ

弥次「かまうこたアねへ。なんでも持出(もちだ)しさへすりやア、どこかしら寺があるだろう

北八「それだとつて葬礼(そうれい)をかついで、寺町(てらまち)を呼(よば)はつてあるひたとつて、かいてはあるめへ

いも七「イヤそれもおもしろかろう。わしは寺町へばかりあきなひにゆくが、呼(よび)よふが町(まち)とはちがいやす。マア今頃のしろものなら、死んでいこ(新大根)死んでいこ(新大根)、ゆうれんさう(菠薐草)やばけぎや(分葱)ばけぎや、卒塔婆(そとば)の干物(ひもの)に、石塔(せきとう)のたちうりなぞは、よく売(うれ)るから、葬礼(そうれい)も買人(かいて)がありませうハハハハハ

現代語訳

弥次「承知いたしました。これ北八あのとおりだが、それでいいか」

北八「いやもう良くても悪くてもしかたがねえ、しかし其の筈ではねえつもりだに」

弥次「くれぐれもいまいましい、恥さらしな野郎(やろう)めだ。いっその事何もかもぶちまけようか」

北八「ああこれこれそれは勘弁してくれ。拝む拝む」

与九「また折を見て言い訳をするというやり方もあろう。なにしろ、今日は家が取り混んでいるから、又そのうちに」

と、挨拶そこそこにして与九八は出て行くと、行き違いに芋七が立ち帰り

「さぁさぁ親元へは知らせて来たが、是から買い物をせずばなるめえ」

北八「御苦労御苦労、事のついでに、わっちと一緒に来てくんねえ」

と、弥次郎へ渡した二歩金を取って、芋七を引き連れ、早桶その他の入用の品を揃えていると

弥次「おや手めえも気のきかねえ。ついでに酒も買ってくればいい」

北八「それをぬかるものか」

と、早桶の中から、一升徳利にまぐろの刺身を取り出して、先ず飲みかけているところへ、同じ長屋の者もだんだん大酒盛りとなり、酒も後から買い足して、残らず出来上がり、巻き舌になって

芋七「さあさあこの元気で仏を桶へ入れてしまおう。時に寺はどこだ」

弥次「馬鹿ぁ言え。おいらの家に寺があってたまるものか」

北八「そいつは困ったもんだ」

弥次「かまうこたあねえ。何でも持出しさえすりゃあ、どこかしらに寺はあるだろう」

北八「だからといって葬礼をかついで、寺町を呼ばわって歩いても、買い手はあるめえ」

芋七「いやそれも面白かろう。わしは寺町へばかり商いに行くが、呼びようが町とは違いやす。まあ今頃の代物(しろもの)なら、死んでいこ(新大根)死んでいこ(新大根)、ゆうれんそう(菠薐草)やばけぎゃ(分葱)ばけぎゃ、卒塔婆(そとば)の干物(ひもの)に、石塔(せきとう)の立ち売りなぞは、よく売れるから、葬礼も買人(かいて)がありましょうハハハハハハ」

語句

■業(ごう)さらし-元来は前世の悪行のため、この世で恥ずかしい目に遭う意であるが、転じて人を罵る語となった。恥さらし。形容動詞になっては、恥知らずなことをしでかすの意。■ぶちまけやうか-全部暴露しようか。北八の魂胆と不行跡。■誤つた-それは勘弁してくれ。■訴訟-元来は裁判沙汰をいうが、ここは転じて、願い事をすること。■内が取込(とりこみ)でゐるから-混雑している。■買(かひ)もの-葬式用の諸品を買い求めること。■迚(とて)ものことに-ことのついでに。■はやおけ-死人埋葬用の出来合いの桶。庶民間で行われ、粗末な桶で座棺である。「はや」はすぐに間に合うの意。■ぬかるものか-うっかりしてはいない。■まぐろのさしみ-鮪の刺身。当時は下品な食べ物であった。■あひながやのもの-一つ長屋の住人たち。■なまゑひ-今日の言い方をすると、「よい加減に出来上がった酒飲み」のこと。■まきじた-元来は、改まった場所で、改まった物の言いようをする、即ち「切口上」の意。転じては、酒飲みや江戸の職人達のごとく、一種変にからんだり訛ったりする物言いをする語となった。■さらけこむ-すっかり入れる。■寺-ここは旦那寺のこと。■つまらねへ-困った。■寺町-普通名詞。寺の多く集っている町。ここは葬礼の棺桶をかついで、ぼて売りのごとくに、引き取り先の寺はないかと、呼び声をあげて歩いてもの意。

※ぼて売りの呼声は地口の滑稽である。早い頃の戯作では、ここにあるごとく、左側にその注のごときものを加えずに、全部読者の理解にまかせた。かかる注をつけるのが、後期戯作の一特色で、一九の作品をふくめて、その大衆性を示している。

■ゆうれんさうやばけぎや-「幽霊」と「ほうれん草」をかけた。化けて出て「ぎや」と驚くに、「わけぎや」をかけた。■卒塔婆(そとば)の干物-ここでは上部を五輪または宝形に刻んで、戒名などを書いた細長い板。戒名の主の追善供養のために、墓域に立てるものをいう。上面に差してある形を、干物を串にさしてあるに見立てた。■石塔(せきとう)-ここでは墓石のこと。■たちうり-切り売り。『俚言集覧』に「断売冬瓜のタチウリ西瓜のタチウリなど也」。石塔は切り売りできないのにというところが滑稽。

原文

北八「かわへそふに晒落(しやれ)所じやねへ。サアサアはやく片付(かたづけ)てくんなせへ

トなまゑひ大ぜいよつてたかつて、むだやらしやれやら出ほうだいな事、しやべりながら、ほとけをおけの中へおさめて、香花を手向ける所へ、おつぼのてておや、なみだをふきふきたづねきたりて

「アイゆるさつしやりまし。わしやハア、おつぼの親(をや)でござらア

北八「是はよふこそ。先(まづ)こちらへ

親「ヤレヤレ憂(うゐ)ことをしおりました。わしやハア田舎(いなか)もんでござるから、義者(ぎしや)ばつてむけちなくぼゐ出しましたが、こんなになるべいたアおもひおりませなんだ。ドレドレむすめはどこにゐおります。ちよつくり頬(つら)サア、見せてくれさつしやりまし

弥次「エエおめへもふちつとはやく来なさればいいに、もふ桶の中へさらけこんでしまつたものを、のふ芋(いも)七

いも七「イヤしかし、とつさんの身では、見たいは道理(どふり)道理、どをりよ狐の子じやものとけつかる。ハハハハハさらばお開帳(かいてう)いたそふか

ト棺桶のなはをとき、ふたをあけて見すれば、をやじめがねをかけつくづくと見て

親「コリヤハアちがつたアもし

弥次「ナニちがつたア何がちがひやした

親「仏(ほとけ)がちがひ申た。此仏にやア首(くび)がござらない。そしてわしの娘(むすめ)は女でござるに、「コリヤハア男(をとこ)の死(しにん)と見へ申て、胸鬚(むねひげ)がはへてござらア

いも七「ナニ首(くび)がないとは、ドレドレほんにコリヤア首(くび)がねへ。弥次さんおめへどふした

弥次「ナニおいらがしるものか。そこらにやおちてはねへかへ

現代語訳

北八「可哀想に洒落どころじゃねえ。サアサア早く片付けてくんなせえ」

と、酔っ払いが大勢寄ってたかって、無駄やら洒落やら出放題な事、喋りながら、仏を桶の中へ納めて、香花を手向けるところへ、お壷の父親(てておや)、涙を拭き拭き訪ねてきて

「アイ許さっしゃりまし。わしやハア、お壷の親でござらア」

北八「是はようこそ。先ずこちらへ」

親「やれやれ悲しい事をしおりました。わしやハア田舎もんでござるから、律儀ぶって情なく追出しましたが、こんなになるべいたア思いもおりませなんだ。どれどれ娘はどこにおります。ちょっくり 面(つら)さア、見せてくれさっしゃりまし」

弥次「ええおめえもうちっと早く来なさればいいに、もう桶の中へ入れこんでしまったものを、のう芋七」

芋七「いやしかし、とつさんの身では、見たいは道理道理、道理よ。狐の子じゃものをとけつかる。ハハハハハさらばお開帳いたそうか」

と、棺桶の縄を解き、蓋を開けて見すれば、親父眼鏡をかけつくづくと見て親「コリャハア違ったアもし」

弥次「ナニ違ったあ何が違いやした」

親「仏が違い申した。この仏にやあ首がござらない。そしてわしの娘は女でござるに、コリャハア男の死人と見え申して、胸鬚が生えてござらア」

芋七「なに首がないとは、どれどれほんにコリャア首がねえ。弥治さんおめえどうした」

弥次「ナニおいらが知るものか。そこらにゃア落ちてはねえかえ」

語句

■むだ-むだ口。■出ほうだい-和歌の傍題(題にそわない詠)から出た語という(和訓栞)。でたらめ。■香花-仏に供養する香と花。■憂(うゐ)ことをしおりました-悲しいことをしでかした。■義者(ぎしや)ばつて-律儀に振舞って。「ぎしむ」と同語といわれるが、早くから「義者」の字を当てて、道理を立ててりきむ場合に使用する。『物類称呼』に「ぎしむ・・・上総にてぎしやばると云ふ。ぎしやばるは義者振の転にや、又義者張といふ事なりや」。■むけちなき-「情けなきといふ詩のかはりに・・・東国にてむげちなきといひ」 (物類称呼)■ぼゐ出しました-追出しました。■ちよつくり-ちょっと。この親は関東の田舎言葉を使用する。■どをりよ-道理よ。■けつかる-居る・在る・するなどを、卑しくいう語。■開帳-神仏の本体を、特別の日を限って、本陣の張を開いて、参詣者に拝させること。また三都などでは、出開帳とて、春秋の好季に遠方の神仏の開帳することが多かった。ここは開いて見せるを洒落ていっただけ。■棺桶-死者を葬るに用いる棺または桶。そのいずれをも称する。棺桶は死者を入れると荒縄で縛ることになっている。

※仏を逆に入れて首がないといった話は、咄本『氷嚢』に『弔ひ』として見えるものの応用(木村捨三小咄と東海道中膝栗毛の趣向」『小はなし研究』九号)。一九は自編の咄本『落咄唐湊機嫌』に「まちがひ」として、この趣向を見せ、「弥次郎兵へ」の内儀を大屋が見つけたこととして、この一条のままに掲げている。

■胸鬚(むねひげ)-たくましい男の胸にはえている毛。逆さにした女性の陰毛の見たて。

原文

親「ヤレハア此衆(このしゆ)はとんだ人達(ひとたち)だ。サアうらが娘(むすめ)はどふさつさへた。しんだのなんのと啌(うそ)ばつかしつかつしやる。サア娘を爰(ここ)へ出しなさろ

弥次「出せとつて外にやアねへ。とほうもねへおやぢめだ。

親「コリヤアすまないすまない

北八「なる程とつさんのいふのは尤(もつとも)だ 何しろ首がなくちやアつまらねへ

親「インネインネ田舎(いなか)もんでこそあれ、うら頭(かしら)百姓(びやくしやう)もしたもんだ。お家主(いへぬし)どのへことわつて、ゑずい目にあわせてくれぺい

トだんだんこはだかになり、やかましくいふゆへ、そばにゐあわせしひとびと、いろいろなだめてもいつこうききいれず、大やさまがこのやうすをいさいにきいてかけつけ

大や「さてさて今聞(きき)ましたが、大変なことでござる。何にいたせ、しんだものの首(くび)のないといふは

トはやおけのうちをのぞき見て

「イヤイヤおやぢどの、きづかいさつしやるな。首はあります。

親「あるとは、どこにあります

大や「コリヤア仏(ほとけ)を、逆(さか)さまに入れたのでござるハハハハハ

親「ハアそれで落着(をちつき)ました。コリヤどなたも御太儀(たいぎ)でござる。

トこれより夜にいりてそうれいをなし、あとねんごろにとふらひけるが さてしも北八はせつかくしんぼうせしおやかたの内を出されて 又弥次郎のかたに居そうろうとなり  たがひにつまらぬ身のうへにあきはて いつそのことまんなをしに ふたりづれで出かけまいかとのそうだんが 友だちにたのみて金子をかりうけ まづそのとしはめでたき春をむかへて きさらぎのなかばより いせさんぐうとおもひたち 東海道へと出かけける

かしまだちの狂歌

灘浪江のよしあしくとも旅なればおもひたつ日を吉日とせん

現代語訳

親「ヤレハアこの衆はとんだ人たちだ。サアうちの娘はどうされた。死んだとなんのと嘘ばっかしつかっしゃる、さあ娘をここへ出しなされ」

弥次「出せとって外にやアねえ。途方もねえ親父めだ」

親「コリャアコリャア承知しないぞ!承知しないぞ!」

北八「成る程とっつあんの言うのは尤(もっと)もだ。何しろ首がなくちゃアつまらねえ」

親「インネインネ田舎者(もん)でこそあれ、組頭もしたもんだ。お家主殿へ断わって、恐ろしい目にあわせてくれべい」

と、だんだん声高(こわだか)になり、やかましく言うので、傍に居合わせた人々がいろいろなだめても一向聞き入れず、大屋様がこの様子を詳しく聞いて駈けつけ

大屋「さてさて今聞きましたが、大変な事でござる。何にいたせ、死んだ者の首が無いというのは

と、はや桶の中を覗き見て

「イヤイヤ親父殿、気遣いさっしゃるな。首はあります」

親「あるとは、どこにあります」

大屋「コリャア仏を、逆さまに入れたのでござるハハハハハ」

親「ハアそれで落ち着きました。コリャアどなたも御大儀(ごたいぎ)でござる」

と、これより夜に入りて葬礼をなし、後、ねんごろに弔ったが、さてしも北八はせっかく辛抱した親方の家を出されて、又弥二郎の家に居候となり、互いにつまらない身の上にあきはて、いっそのこと運直しに二人連れで出かけようかとの相談が、友達に頼んで金(かね)を借り受け、先ずその年はめでたい春を迎えて、二月の半ばより、伊勢参宮と思い立ち東海道へと出かけて行った。

鹿島立ちの狂歌

良くても悪くても旅であれば、思い立った日を吉日としよう

語句

■すまない-承知しない。■インネインネ-「イヤイヤ」の田舎言葉。■頭百姓-組頭のことか。『地方凡例録』に、地方の三役、名主・組頭・百姓代の一で年寄・長百姓と称するも同然。元来は五人組の頭の意。入札や惣百姓相談で決め、「名主の下役にして公儀地頭の用並に邑用を勤む」と。村に数名あることもあり、給米なくして、年貢から一定の高を引いてその手当とするなど見える。■家主-ここは家主・大屋に同じ。■ゑずい目-『物類称呼』には「おそろし、こはし・・・西国にてゑずいと云ふ」。■いさいに-詳しく。委細。■まんな-運直し。■そうだん-「そうだんが」で三十一丁目の表が終わっている。次の頁へかけて「出来た」という意味の文章が落ちたと思われる。■きさらぎ-陰暦二月の称。如月。■いせさんぐう-伊勢参宮、初篇の初めに「神風や伊勢参宮より、足引きのやまとめぐりしてと旅に立つことに続くことになる。■鹿島立-旅の出発。鹿島の阿須波明神に、旅に出る時安全を祈るゆえ、また鹿島・香取の二神が天孫降臨の先駆をしたゆえともいう(『和訓栞』など)。■灘浪江-明和九年(1772)版の道中記『東海道安見絵図』などに「定め得し旅立つ日取よしあしは思ひたつ日を吉日とせん」の歌が見えるによる。「灘浪江」は「よしあし」の枕詞として使用、『膝栗毛』が大阪まで至った意をも含めてあるか。旅の発足の日のよしあしはあまり気にせず、諺にいう通り「思ひ立つ日を吉日」にしておこうの意。

次の章「道中膝栗毛序

朗読・解説:左大臣光永

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