初編 加奈川より程ケ屋へ

原文

爰(ここ)は片側(かたがは)に茶店軒(ちややのき)をならべ、いづれも座敷二階造(ざしきにかいづくり)、欄干(らんかん)つきの廊下(らうか)梯(かけはし)などわたして、浪うちぎはの景色(けいしよく)いたつてよし。

ちややの女かどに立て

「おやすみなさいやアせ。あつたかな冷飯(ひやめし)もございやアす。煮(に)たての肴(さかな)のさめたのもございやアす。そばのふといのをあがりやアせ。うどんのおつきなのもございやアす。お休(やすみ)なさいやアせ

二人はここにていつぱい気をつけんとちややへはいりながら

弥二「きた八見さつし、美(うつく)しい太へもんだ

きた八「ハハアいかさま、いい娘だ。時になにがある

トきた八そこらを見廻し、さかなをさしづして、さけをいいつける。むすめ前だれで手をふきふき、しをやきのあぢをあたため、てうし盃をもち出

娘「これはおまちどふさまでございやした

弥二「おめへの焼(やい)た鰺(あぢ)なら味(うま)かろふ

トむすめフフンとわらひながら、おもてのほうをむいてよびながらゆく

むすめ「お休なさいやアせ、奧(おく)がひろふございやす

北八「おくがひろいはづだ。阿房上総(あはかづさ)までつづいている

弥二「北八見さつし、此さかなはちと、ござつた目もとだ

ト打かへして見て弥次郎兵衛へ

現代語訳

加奈川より程ケ屋(ほどがや)へ

ここは海沿いの片側に茶店が軒を並べ、どの店も座敷は二階にあって欄干(らんかん)つきの廊下、つきだし桟敷(さじき)をこしらえてあった。波打ち際からの景色がとくに良い。茶店の女が、店先に立っていて

「お休みなさいやあせ。暖かい冷飯。煮たての肴(さかな)のさめた肴もございやあす。蕎麦は太いし、うどんはでっかいのはいかがでやあす。お休みなさいやあせ」

二人はここで一杯飲んで元気をつけようと茶屋へ入りながら

弥次「北八、見なよ。美しい食い物だ」

北八「ははあ。いかにもいい娘だ。時に食い物は何がある」

北八きょろきょろ見回して酒肴をいいつける。娘は前垂(まえだ)れで手を拭き拭き、塩焼きの鰺(あじ)を温ため直し、銚子盃(ちょうしさかずき)を持ってくる。

娘「たいへん、おまちどおさまでございやした」

弥次「おめえの焼いた鰺なら旨(うま)かろう」

娘はふふんと笑ったまま表を通る客にまた声をかけながら行ってしまう。

娘「お休みなさいやあせ、奧が広うございやす」

北八「奥が広いはずだ。阿波上総まで海が続いている」

弥次「北八、北八ちょっと見ろ、この鰺はちと中毒(ござ)ってる目つきだね」

とひっくり返して見て、弥次郎兵衛は、

語句

■梯(かけはし)-建物の間を渡した橋。■あつたかな-飯と肴にわざと反対の形容句をつけた滑稽。■そばのふといのを-蕎麦とうどんも、まずいものをわざと言わせた滑稽。■いつぱい気をつけんと-酒をひとつ飲んで元気をつけようと。■太へもん-娘を意味する隠語らしいが、他に所見なし。人形使いの隠語「新右衛門」の誤りか。■あぢ-『金川砂子』に名産として生魚の中に、鰺を数えてある。■てうし-この頃、鉄など金属製で、茶瓶型で酒を注ぐ具。正式のものには漆器もある。■盃-漆器の酒を飲む具。「ちょく」とは別。■阿房上総(あはかづさ)-房総半島にある旧国名(千葉県)。この茶屋より遠望できた。■ござつた-魚など腐敗する意の「ござる」と、次の歌の場合は、思いを寄せる意の「ござった」をかけてある。■ござつた-古くて腐ったかと思われて、目のうるんだ魚は、自分に思いをよせたかと思われる愛想のよい娘(実はさにあらず)が、焼きゃあがったのか。最後の「くさつたか」は「ござつた」の縁語。

原文

ござつたと見ゆる目もとのおさかなはさてはむすめがやきくさつたか

きた八これをききて、おなじくこじつける

味(うま)そふに見ゆるむすめに油断(ゆだん)すなきやつが焼(やい)たるあぢのわるさに

彼是(かれこれ)と興(けう)じて、爰(ここ)を立出(たちいで)、いろいろ道草(みちくさ)を喰(く)ふ、駅路(むまやぢ)の気さんじは、声高(かうしやう)にはなしものして、たどり行(ゆく)ほどに、この宿はづれより、十二三歳斗(ばかり)のいせ参跡(まいりあと)になり先(さき)になりて

イセ参「だんなさま、壱文くれさい

弥二「やろふとも。手めへどこだ

イセ参「わしらア奥州(おうしう)

北八「おうしうはどこだ

イセ参「かさに書(かい)てあり申す

弥二「奥州信夫郡幡山村長松(おうしうしのぶごをりはたやまむらてうまつ) ムムはた山か。おいらも手めへたちの方(ほう)に居(い)たもんだ。はた山の与次郎兵へどのは達者(たつしや)でいるか

イセ参「与次郎兵へといふ人さアしり申さない。与太郎どんなら、わしらがとなりさアにあり申す

現代語訳

ござったと見ゆる目もとのおさかなはさてはむすめがやきくさつたか

北八も是を聞いて、同じくこじつける

味(うま)そふに見ゆるむすめに油断(ゆだん)すなきやつが焼(やい)たるあぢのわるさに

ああだこうだと、ふざけ散らさせて、ここを出立。道草を食う道中の気ままさはばか話も高らかに、呑気に進むうち、この宿はずれから十二、三歳ばかりの伊勢参りが、後になり先になりしてついてきた。

伊勢参り「旦那様、一文おくれよ」

弥次「おお、やるとも、やるとも。てめえはどこだ」

伊勢参り「わしらあ奥州(おうしゅう)」

北八「奥州はどこだ」

伊勢参り「笠にちゃんと書いてあります」

弥次「奥州信夫郡幡山村長松(おうしゅうしのぶごおりはたやまむらちょうまつ)・・なに幡山か。おいらも手めえたちの在所に居たもんだ。幡山の与治郎兵衛殿は達者でいるかね」

伊勢参り「与次郎兵衛という人は知りませんわい。与太郎どんなら、わしらが隣に住んでいなさる」

語句

■こじつける-ここでは無理に狂歌に仕立て上げる。■味(うま)そふに見ゆるむすめに油断(ゆだん)すなきやつが焼(やい)たるあぢのわるさに-愛想あってさわらば落ちんという娘に油断すな。それ見ろ、あいつが焼いたこの鰺の品(しな)の悪いことだ。■いろいろ道草(みちくさ)を喰(く)ふ-途中ぶらぶらとむだなことで手間どる。■駅路(むまやぢ)の気さんじ-旅路の気楽さ。■はなしものして-いろいろ話し合いながら。■宿はづれ-「しゅく」。神奈川の宿駅を出た所から。■いせ参-伊勢神宮への抜参り。妻子や召使などが、夫・親・主人などに無断で伊勢参詣する近世の風習。道中ではこれに施行して、その望みを達しさせ、帰宅すれば叱責しないことになっていた(藤谷俊雄『”おかげまいり”と”ええじゃないか”』)。■さい-関東で「べい」に当る助語。秋田で「サイ」、陸奥で「サア」(物類称呼)。■かさ-抜参は道中笠に、国・所・名・年齢などを書いてあった。■奥州信夫郡-今の福島県。当時は陸奥国信夫郡。■与次郎兵へ-略して「与次郎人形」ともいう人形の名。『箸竜工随筆』に「紙にて作りたる人形に、笠をきせ、細き串を両方の脇の下にさして、末のひらきたる所におもりをつけて、人形を指の先に立すれば、おもりにて、つり合て立なり」(『嬉遊笑覧』所収)。■与太郎-人形使いの隠語(せんぼう)に、「うそ」を「与太郎」といふ(淡路詞・東都真衛)よりの名。

原文

弥二「ヲヲその与太郎よ。其(その)又うちにのん太郎といふ、年寄(としより)のぢいさまがあるはづだ

イセ参「ぢぢいはあり申す

弥二「そして与太郎どののかみさまは、たしか女だつけ

イセ参「おかつさまアおんなでござり申す。よくしつてゐめさる

弥二「今じやアなんといふかしらねへが、おいらがいた時分(じぶん)は、名主(なぬし)どのは、熊野伝(くまのでん)三郎といつてな、そのかみさまが、内にかつておいた馬(むま)と色事(いろごと)して、にげたつけがどふしたらん

イセ参「それよさア、よくしつていめさる。庄やどんのおかつさまア、内の馬右衛門といふ男(おとこ)とつつぱしり申た

北八「イヤ妙々(めうめう)

弥二「コリヤ小僧(こぞう)よ、なぜあとへさがる。くたびれたか

いせ参「わしはひだるくてなり申さない

弥二「もちでもかつてやろふ。こいこい

ト五文もち五ツか六ツかつてやりながらいよいよづにのり

弥二「なんと小ぞう、よくしつているだろふ

イセ参「アイアイ

トもちをしてやる。この内つれのいせまいり、これも十四五のまへがみ、あとからよびかける

「ヲヲイヲヲイ長松(ちよま)ヤイヤイ

やつこのいせ参「きさいのきさいの

現代語訳

弥次「それそれ、その与太郎よ。そいつの家に、のん太郎というお年寄りの爺様(じいさま)がおるはずだ」

伊勢参り「爺様はおりますが」

弥次「それからあと、与太郎どんのおかみさんは、たぶん女だったっけ」

伊勢参り「おっ母(か)様は女でございます。ほんに、よう知っていめさる」

弥次「今じゃあ何というか知らねえが、おいらがいた時分の名主(なぬし)殿は、熊野伝三郎といってな、そのおかみさんが、内に飼っておった馬と、わりねえ仲になって逐電したけど、あとはどうなったのかしら」

伊勢参り「よっく知っていめさる。それは庄屋どんのおっかさんが、内の馬右衛門ちゅう男と、逃げましたんで」

北八「いやはあ。語るも奇妙、聞くも奇妙よ」

弥次「おい小僧。なぜあとへすさる。くたびれたのか」

伊勢参り「わしは腹が減って、我慢がなりませんので」

弥次「餅でも買ってやるとしようよ、おいで、おいで」

と五文餅を五つ六つ買ってやりながらいよいよ図に乗り

弥次「どうだ。よくご存じでいめさるだろう。小(ちい)せえの」

伊勢参り「あいあい」

と餅をぱくついている。これを仲間の伊勢参り、十四、五の前髪立(まえがみだ)ちが、後から呼びかける。

「おおい、おおい、長松やい、長松やい」

奴頭の伊勢参り「おいでよ、おいでよ」

語句

■のん太郎-「劇場新話」に芝居茶屋の隠語として「のん太郎、見物を入れて銭をなで込みにする事をいふ」。■年寄のじいさま-重ね言葉による滑稽。■かみさま-ここでは人の妻をいう敬称。次の「おかつさま」に同じ。以下はわかりきったことをいう滑稽。■名主-一村の長で、村政を、組頭・百姓代と共に管掌した役。次の「庄屋」に同じであるが、関東では名主、関西では庄屋の称が普通であった。■熊野伝三郎-奥州から出たと称し、熊の肝や熊の油という膏薬を売った街頭商人の名を使用。熊の皮を着、生きた小熊を看板にした(『綺語文章』など)。■馬(むま)-ここは家畜の「馬」で、冗談を言ったつもり。伊勢参りは、それを人の略称ととって「馬右衛」とうけた。一物の大きい男を「馬」というからの称。■つつぱしり-男女連れだって駆け落ちした。

※このところは、狂言「磁石」で坂本の市人が、尾張者をからかった条を模したもの。

■妙々-面白いと、悦に入っている語。■ひだるくて-腹が減ってどうにもできない。■五文もち-「げんこもち」とよむか。「げんこ」は五の隠語。一つ五文の大きい餅。東海道ではどこでも売っていた。■づにのり-調子に乗り。■してやる-むしゃむしゃ食べる。「せしめる」意でも通じる。■まへがみ-成人の如く頭の中央を剃り落さず、額際に髪を置いている未成年男子。■長松(ちょま)-「長松」の略称「ちょま」。■やっこ-まだ髷を結わずに、頭の左右と後部の三所に髪を残して、中央部を剃っている。前髪より幼い男児の風(守貞漫稿)。■きさいの-「来い来い」の田舎言葉。

原文

ツレ「うぬしやアもちよヲ、おれにもくれさい

イセ参「さきへゆく人にかつてもらへ。あんでもあの衆(しゆ)が、国さアの話をするを、ヲイヲイといつていると、じきにかつてくんさるはちヤア

ツレノイセ「ヲイうらもかつてもらふべい

トかけだして弥二郎に追付

「わしにももちよ(餅)ヲかつてくれさい

弥二「てめへはどこだ

トかさのかきつけを見て

 ハハア是も奥州(おうしう)、下坂井(しもさかい)むら。コレ手めへの村(むら)に、与茂作(よもさく)といふ親仁(おやぢ)があらふ

いせ参「先もちよヲかつてくれさい。そふせないけりやア、こんたのいふことがあたり申さない

弥二「おきやアがれハハハハハハハハハハ

北八「こいつはかつがれた。ハハハハハ

ト打わらひてゆくほどに、はや程ケ谷(ほどがや)の駅(ゑき)につく。

現代語訳

連れ「お主、餅を俺にもくれろよ」

伊勢参り「先に行く人に買ってもらえ。あの衆が国の話をするのにさ、はあ、はあ、言っていると、じきに買ってくれるじゃ」

連れの伊勢「よし、おいらも買ってもらおう」

と、賭け出して弥次郎に追いつく。

「わしにも餅を買ってくれさい」

弥次「てめえはどこだ」

と笠の書付を見て

「ははあ、これも奥州、下坂井村。おい小さいの手めえの村に与茂作(よもさく)という親仁(おやじ)がおろう」

伊勢参り「先に餅を買ってくれさいよ。そうせないけりゃあ、あんたの言う事が当たりませんです」

弥次「おきゃがれ。ははは、はははは」

北八「こいつはうまく騙された。ははは」

高笑いも消えぬ間に、早くも程ケ谷の駅に着く。

語句

■うぬし-「お主」の訛。仲間に用いる二人称。■あんでも-なんでも。■ちヤア-「物類称呼」助語のうち、同(出羽)国庄内にて「チャ」。東北地方らしく、よい加減に使用してある。■下坂井-浄瑠璃「碁太平記白石噺」(安永九年江戸外記座上演)の第五が奥州逆井村の段。それを使用。■与茂作-同じく「白石噺」第四に登場する名を使用。■先もちよ-「さきィ」と呼ぶ。■こんた-二人称の代名詞「こなた」の訛。■おきやアがれ-江戸で、「やめておけ」という意の罵言。■かつがれた-だまされた。一杯くわされた。■程ケ屋-神奈川から一理九町の宿駅(今は横浜市保土ケ谷区)。 

次の章「初編 程ケ谷より戸塚へ

朗読・解説:左大臣光永

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