【葵 19】源氏と六条御息所、歌の贈答

原文

深き秋のあはれまさりゆく風の音身にしみけるかな、とならはぬ御独り寝に、明かしかねたまへる朝ぼらけの霧りわたれるに、菊のけしきばめる枝に、濃き青鈍《あをにび》の紙なる文つけて、さし置きて往《い》にけり。「今めかしうも」とて見たまへば、御息所の御手なり。「聞こえぬほどは思し知るらむや。

人の世をあはれと聞くも露けきにおくるる袖を思ひこそやれ

ただ今の空に思ひたまへあまりてなむ」とあり。「常よりも優にも書いたまへるかな」と、さすがに置きがたう見たまふものから、つれなの御とぶらひや、と心うし。さりとて、かき絶え音なうきこえざらむもいとほしく、人の御名の朽ちぬべきことを思し乱る。過ぎにし人は、とてもかくても、さるべきにこそはものしたまひけめ、何にさる事をさださだとけざやかに見聞きけむと悔しきは、わが御心ながらなほえ思しなほすまじきなめりかし。斎宮の御浄《きよ》まはりもわづらはしくやなど、久しう思ひわづらひたまへど、わざとある御返りなくは情なくやとて、紫のにばめる紙に、「こよなうほど経はべりにけるを、思ひたまヘ怠らずながら、つつましきほどは、さらば思し知るらむとてなむ。

とまる身も消えしも同じ露の世に心おくらむほどぞはかなき

かつは思し消ちてよかし。御覧ぜずもやとて、これにも」と聞こえたまへり。

里におはするほどなりければ、忍びて見たまひて、ほのめかしたまへる気色を心の鬼にしるく見たまひて、さればよ、と思すもいといみじ。なほいと限りなき身のうさなりけり。かやうなる聞こえありて、院にもいかに思さむ、故前坊《こぜんばう》の同じき御はらからといふ中にも、いみじう思ひかはしきこえさせたまひて、この斎宮の御ことをも、懇《ねむごろ》に聞こえつけさせたまひしかば、「その御代りにも、やがて見たてまつりあつかはむ」など常にのたまはせて、「やがて内裏住《うちず》みしたまへ」とたびたび聞こえさせたまひしをだに、いとあるまじきことと思ひ離れにしを、かく心より外に、若々しきもの思ひをして、つひにうき名をさへ流しはてつべきこと、と思し乱るるに、なほ例のさまにもおはせず。さるは、おほかたの世につけて、心にくくよしある聞こえありて、昔より名高くものしたまへば、野宮《ののみや》の御移《うつ》ろひのほどにも、をかしう今めきたる事多くしなして、殿上人《てんじやうびと》どもの好ましきなどは、朝夕の露分け歩《あり》くをそのころの役《やく》になむする、など聞きたまひても、大将の君は、「ことわりぞかし、ゆゑは飽くまでつきたまへるものを。もし世の中に飽きはてて下りたまひなば、さうざうしくもあるべきかな」と、さすがに思されけり。

現代語訳

晩秋のしみじみとした風情がましてゆく風の音は身にしみることよ、と慣れない御独り寝に、長い夜がなかなか明けずお苦しいが、そんな夜がほのぼのと明ける頃、あたり一面に霧が立ち込めている中、咲きかけた菊の枝に、濃い青鈍色の紙に書いた文を、黙って置いて行った者がある。

(源氏)「洒落たことをするものよ」といって御覧になると、御息所の御手跡である。(御息所)「ご無沙汰していた間のことはお察しくださいましょうか。

人の世を…

(人の世の無常であること…奥様が亡くなつたことを聞くにつけのさえ涙をさそわれます。まして後に残された貴方さまはどんなにか涙にくれていらっしゃるか、それを思いやります)

ただ今の空を見ているにつけ思い余りまして」とある。(源氏)「いつもよりも優雅にお書きになったものよ」と、さすがにそのまま下に置くことはしのびないと御覧になるが、しらじらしいご弔問であるなと、嫌な気持ちである。

そうはいっても、まったく無視してお返事申し上げないのも気の毒で、御息所の御名を貶めてしまうだろうことを源氏の君はご心配される。

亡くなった方(葵の上)は、とにもかくにも、こうなる運命だったのだろうとお思いになるものの、どうしてあのようなこと(御息所の生霊があらわれたこと)を、はっきりとあざやかに見聞きしたのだろうと悔しいのは、わが御心ながら、やはり御息所へのお気持ちを変えることはおできにならないようである。

斎宮の御潔斎にも憚りがあるのではないかと、源氏の君は久しくためらっていらしたが、わざわざのお手紙をいただいたのに御返事しないのは情に欠けるだろうと、鈍色がかった紫色の紙に、(源氏)「長くご無沙汰しておりますが、いつも貴女さまを心にかけてはおりますが、喪に服していて遠慮すべき間は、それならば貴女はおわかりいただいているだろうと思っておりました」

とまる身も…

(この世にとどまる身も、亡くなってしまった方も、どちらも同じ露のようにはかない世の中なのに、そんな世の中に心惹かれ執着するのは、つまらないことです)

思い詰めるのは無理もありませんが、一方ではその思いを忘れてください。貴女がこの文を御覧にならないこともあるだろうから、私もこんな形ばかりの文ですませることにします」と申し上げなさる。

御息所は里にいらっしゃる時だったので、ひそかにこの御文を御覧になって、源氏の君がそれとなくおっしゃっていることを、やましいことがあるのではっきりとそれとおわかりになって、「やはりそうだったか」とお思いになるにつけても、いたたまれない御気持ちである。やはりどこまでも限りなく悲しいわが身であることよ。このようなことが噂になれば、桐壷院もどう思われるだろうか、故前坊の母を同じくするご兄弟という中にも、お二人(桐壺院と前東宮)は、たいそうお互いに尊重しあっておられて、前東宮が、この斎宮(御息所の娘)の御ことをも、桐壺院に対して熱心にお頼み申し上げてくださったので、(桐壺院)「亡き東宮にかわって。ひきつづき私がご面倒を見ましょう」とつも仰せになって、「そのまま宮中にお住まいください」と度々仰せられたことさえ、ひどく身に過ぎたこととしてご辞退したのに、こうして思いがけぬことながら、年にも似合わない物思いをして、ついには色恋沙汰の評判までも流してしまうはめになろうとは…御息所はそんなふうに思い迷われるにつけ、依然としてご気分がよくおなりにならない。

そうはいっても、御息所の大方の身辺については、奥ゆかしく趣味が深い方との評判があり、昔から名高くていらっしゃるのだから、斎宮が野宮にお移りになった後も、面白く洒落たことをいろいろと工夫して、殿上人のうち風流好きの連中などは、朝に夕に露を踏み分けて通うのをその頃の習慣にしている、などお聞きになるにつけても、大将の君(源氏の君)は、「道理であるよ。趣味のよさはどこまでも備わっていらっしゃるのだから。もしあの御方が世の中に飽きてしまって伊勢にお下りになれば、寂しくなるだろうよ」と、さすがにそうお思いになるのであった。

語句

■青鈍の紙 縹《はなだ》色。喪中の方に文を送るとき用いる。 ■さし置きて 誰それからの手紙だと断らずに黙って文を置いていった。 ■思ひたまへあまりて 「たまふ」は謙譲。「思いあまる」は思いを自分の中にとどめておくことができず、外にほとばしってしまうこと。 ■さすがに置きがたう 御息所の優雅な筆跡に見惚れるあまり、簡単には下に置けない。 ■つれなの御とぶらひ 生霊となって葵の上を取り殺したのは他ならぬ六条御息所なのに、そのご本人の文とも思えぬ…の意。 ■音なう 「音なふ」は音を立てることから、訪れる。尋ねる。 ■過ぎにし人 故人。葵の上。 ■さる事 六条御息所が生霊となってあらわれたこと。 ■さださだと 「定々と」。はっきりと。 ■とまる身も… 「心おく」は思い詰める。 ■かつは 前の歌を受けて、思い詰めるのは当然ですが、の意をふくむ。 ■これにも 私のほうでも簡単な形だけの文ですませることにしますの意。 ■里におはするほどなれば 「里」は六六条京極の御息所の私邸。 ■ほのめかしたまへる 源氏は御息所が生霊となって現れたことをそれとなく文の中で語っている。 ■心の鬼 やましい気持ち。 ■さればよ 夢幻ではなかったのだ。やはり自分は生霊となって、葵の上を取り殺したのだの意。 ■かようなる聞こえありて 自分の生霊が葵の上を取り殺したことが世間に知れたら。 ■故前坊 桐壺院の弟で、今上帝(朱雀帝)よりも前に東宮であった方。この方が亡くなったので朱雀帝が東宮となった。物語開始時には故人であり登場しない。 ■この斎宮 故東宮と六条御息所の間に生まれた女子。後の秋好中宮。 ■その御代りにも 亡くなった(前)東宮にかわって、自分(桐壺院)が面倒を見ると。 ■野宮の御移ろひのほどにも 斎宮が宮中(左衛門府内)から野宮に移った後も。

朗読・解説:左大臣光永