『源氏物語』の現代語訳つくってます(十五)~夕霧

こんにちは。左大臣光永です。

本日は、『源氏物語』の現代語訳をつくっていますということで、その経過報告のような話です。15回目です。

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■夕霧、小野の山荘に一条御息所を見舞う
■現代語訳について
■夕霧、落葉の宮と歌の贈答、胸中を訴える
■落葉の宮、夕霧の求婚を拒絶
■夕霧、落葉の宮に文を贈る 宮、これを拒絶
■阿闍梨、昨夜夕霧、落葉の宮のもとに滞在と御息所に報告
■御息所、小少将に事情をきき、落葉の宮に対面
■夕霧から落葉の宮への文届く 御息所、返事を代筆
■夕霧、雲居雁に御息所からの文を奪われる

といった内容で語っていきます。

帖でいうと第三十九帖「夕霧」の前半にあたります。

過去の配信ぶん
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夕霧、小野の山荘に一条御息所を見舞う

源氏物語の現代語訳を作っています。第三十九帖「夕霧」に入りました。

この帖は番外編的な話です。源氏の息子夕霧が、柏木の未亡人、落葉の宮に強引にせまるさまが描かれます。

御息所と落葉の宮の母娘が、御息所の病気療養のために洛北小野の山荘にうつります。夕霧はひそかに落葉の宮に懸想しているので、熱心にお見舞いにうかがう、という場面です。

小野の里は比叡山の西麓、八瀬から大原にかけての一帯で、『伊勢物語』で惟喬親王が隠棲した場所としても描かれています。

このあたりは今も山里の風情がただよいます。夕霧がおしのびで車に乗って、松ヶ崎(下鴨神社の北一帯)から、病の床につく一条御息所を見舞うという名目で小野の里をたずねていきます。

その道中の描写がじつに美しく、風情があります。

八月中の十日ばかりなれば、野辺《のべ》のけしきもをかしきころなるに、山里のありさまのいとゆかしければ、「なにがし律師《りし》のめづらしう下《お》りたなるに、切《せち》に語らふべきことあり。御息所のわづらひたまふなるもとぶらひがてら、参《ま》うでん」と、おほかたにぞ聞こえごちて出でたまふ。御前《ごぜん》ことごとしからで、親しきかぎり五六人ばかり狩衣にてさぶらふ。ことに深き道ならねど、松が崎の小山《をやま》の色なども、さる巌《いはほ》ならねど秋のけしきづきて、都に二《に》なくと尽くしたる家ゐには、なほあはれも興《きよう》もまさりてぞ見ゆるや。

八月中の十日ごろなので、野辺のけしきも風情ある頃であるし、山里の風情も見たくなったので、(夕霧)「なにがし律師が、めずらしく山をおりたというから、折り入って相談したいことがある。御息所が病を患っていらっしゃるのもお見舞いがてら、参上しよう」と、普通の訪問のように言いつろくって、ご出発なさる。前駆はおおげさではなく、親しく召し使っている者だけが五六人ほど、狩衣姿でお仕えする。べつだん山深い道ではないが、松が崎の小山の色なども、そう趣のある岩石というわけではないが、秋のけしきに色づいて、都に二つとないように綺羅を尽くした六条院のお庭のありさまより、やはり風情も興もまさっていると見えるのである。

……

松ヶ崎は光源氏の父、桐壺院の陵がある場所に比定されている場所で、もちろん桐壺院は実在の天皇ではないのでこの場所に行っても天皇陵はないのですが、町の北側にそびえる宝が池公園が、ああ、これぞ桐壺院の陵にふさわしいたたずまいだなぁと私は思いました。

現代語訳について

源氏物語の現代語訳を作っています。だんだんスムーズに訳せるようになってきました。楽しいです。

わからない単語や表現が出てきたら、逐一調べて、暗記していくことが、極めて大切だなと、当たり前のことですが、実感しています。

ネットで検索できるるじゃないか、辞書ひけばいいやんって、そういうことじゃないんですね。

記憶してるということは、パッと見た瞬間に全体像がわかるので、とても理解がはやくなります。それをいちいち検索して、調べてたら、そこで一呼吸置いているうちに、イメージが遠ざかっていくんです。

これは古文に限らず、外国語を学ぶ時もそうだと思います。いくらネット検索がべんりになっても、「頭の中に知識を入れておく」ということは、一瞬で全体像を把握できるので、そのメリットは計り知れないです。

夕霧、落葉の宮と歌の贈答、胸中を訴える

夕霧が御簾ごしに落ち葉の宮を口説いて、必死にあれこれ言ってる場面です。

夕霧が言うことに、自分は奥手で、色恋ごとなどには疎い、誠実な男なんですと、そう言いながら、強引に落葉の宮に迫ります。

親友の未亡人に懸想するのは、不謹慎っちゃ不謹慎ですが、…ここに至るまで夕霧は3年かかっています。柏木の三周忌になって、ようやく行動に踏み切ったんですね。夕霧の、慎重なところがでています。

そのうちに日が暮れてきて、辺り一帯に霧が立ち込め、いよいよ風情が増してきます。

旅先の簡素な屋敷の佇まい。御簾の向こうにいる落ち葉の宮の気配がはっきりと感じられる。雰囲気のある場面です。

落葉の宮、夕霧の求婚を拒絶

源氏物語の現代語訳を作っています。小野の山荘にて、夕霧が落ち葉の宮に強引に迫る場面です。

この霧ではもう帰れません。だから泊めてください。むりやり御簾の内側まで入り込んで、女房たちが驚いているのを尻目に、逃げていく落ち葉の宮の裾をひっつかみ、

私のように誠実で、色恋に疎く、これほどまでに安全な男を、貴女はなぜ拒むのです!ためになりませんよ!

夕霧はひたすらうったえるも、

落ち葉の宮はわなわなとふるえて、怖がるばかり…夕霧の、遊び馴れていないがゆえの、無粋なところが出ています。

月|隈《くま》なう澄みわたりて、霧にも紛れずさし入りたり。浅はかなる廂《ひさし》の軒《のき》はほどもなき心地すれば、月の顔に向かひたるやうなる、あやしうはしたなくて、紛らはしたまへるもてなしなど、いはむ方なくなまめきたまへり。

月が隈なく澄み渡って、霧にも紛れずさし入ってくる。奥行きの浅い廂の軒はいくらも幅がない気がするので、宮は、月の面に向かい合っているように思えるのが、奇妙に居心地が悪くて、お顔を隠そうとしていらっしゃるそのごようすなど、言いようもなく優美でいらっしゃるのだ。

……

小野の里に霧が立ちこめてきて、月がさし出て、せっかく風情がある折節なのに、そういう風情を楽しむような気の利いたことも言えず、私はまじめで、無害な男です。だから受け入れてくださいと、そればかりを訴える夕霧の無粋さが、実にもどかしいです。

小野の里のあたり一面が深い霧に覆われている雰囲気がとてもいいです。この霧の中で夕霧くんの冷静な判断力も、たがが外れて、普段の冷静さがなくなっていくわけですね…

夕霧、落葉の宮に文を贈る 宮、これを拒絶

源氏物語の現代語訳を作っています。夕霧が落ち葉の宮を一晩中口説き続けるも、拒絶されて、翌朝虚しく帰っていく場面です。

夕霧の痛々しさが、見ていられないです。こんな真面目で誠実な男を拒むなんて、柏木のことは受け入れて妻となったくせに…俺を柏木より低く見るのか!俺は左近衛大将。官位は生前の柏木よりずっと上なんだぞ!どんどんこじらせていきます。人間のクズっぷりを、容赦なく描き出していることに感心します。

阿闍梨、昨夜夕霧、落葉の宮のもとに滞在と御息所に報告

源氏物語の現代語訳を作っています。夕霧が落葉の宮の部屋に押し入って、一晩を過ごして、翌朝帰って行った、それを落葉の宮の母御息所おつきの阿闍梨が見ていて、御息所に密告する場面です。

「私はこの目で見たのです!大将殿が、宮さまの部屋から出ていくところを」とかいって、あることないこと、喋りまくります。

『源氏物語』に出てくる坊主や女房は、例外なく口が軽いです。なんでもカンタンに喋ってしまいます。しかも誤解や憶測に基づいて適当なことをいいます。

夕霧と落葉の宮は一晩を過ごしたが、落葉の宮が拒み続けたので、二人はまだ関係を持ってはいないのです。でもすでに関係を持ったという前提で、阿闍梨はベラベラベラベラ、しゃべりまくります。坊主がこんな口軽くていいんかと、呆れます。しまいには、

「女人というものは、こういう罪作りなことをするので、来世でひどい報いを受けるものです」

また女人《によにん》のあしき身を受け、長夜《ちやうや》の闇《やみ》にまどふは、ただかやうの罪によりなむ、さるいみじき報《むくい》をも受くるものなる。

などと言うんですが、坊主よ、お前が一番罪作りじゃ!

御息所、小少将に事情をきき、落葉の宮に対面

源氏物語の現代語訳を作っています。御息所が、昨夜娘の落葉の宮の部屋から夕霧が出てきたという話を聞いて、落葉の宮つきの女房、小少将を問い詰める場面です。あなたがついていながら、なんということになったんですか。私は全く知りませんでしたよと。そこで小少将はペコペコ謝って、あらいざらい話します。あらいざらい、そのまま話せばいいんですが、余計な演出を加えながら話すので、御息所はますます誤解します。「やはり二人の間に関係はあったのだ」と。

御息所は涙をホロホロと流す。それを見て小少将は、あっ…どうしてありのままに喋っちゃったんだろう、まずいことになっちやったとショックを受けます。

源氏物語に登場する坊主や女房は皆一様に口が軽く、よく喋ります。しかも憶測や誤解にもとづいて、余計な尾ひれをつけながら喋ります。

つづけて御息所は、今朝落葉の宮の部屋から夕霧が出てきたという報告をきいて、落葉の宮にといただそうとして部屋に呼びつけます。

(本当は御息所は自分から娘の部屋に行きたかったが、病で動けないので娘を呼びつける)

しかし落葉の宮はしゅんとして何も言わないので、御息所もズバリ問い詰めることはできず、ただ母と娘の間に沈黙が流れる。

そして二人の間に実事はなかったのに、この沈黙によって、御息所は「やはり実事はあったのだ」と思い込み、この思い込みを軸に、話がどんどんこんがらかっていきます。

ホームドラマ源氏物語、というかんじのまったり展開です。一昔まえの少女漫画やNHKの朝ドラ的なノリがあります。

坊主や女房たちの徹底した口の軽さも、事態をこじれさせるのに一役かっています。

夕霧から落葉の宮への文届く 御息所、返事を代筆

源氏物語の現代語訳を作っています。御息所と落葉の宮が気まずい雰囲気で向かい合っているところに、夕霧からの手紙が届く場面です。

この時代、男が女と通じたら、以後3日間、男が女のもとに通い続けて結婚となります。御息所としてはこうなってしまった以上は2人を結婚させてしまいたい。夕霧は今夜も娘のところに当然くるだろうと思っていた。しかし、夕霧はこないで、ただ手紙だけが届いたのです。しかもその手紙の内容は、昨夜のことにはふれず、なんとなく焦点がぼけた感じです。どういうことですこれは!

実は昨夜、二人の間に関係は持たれなかったのですが、御息所は二人は昨夜関係を持ったと固く信じ込んでいるので、そこに誤解があります。御息所は娘にかわって返事を代筆します。

女郎花しをるる野辺《のべ》をいづことてひと夜《よ》ばかりの宿をかりけむ

(女郎花(落葉の宮)が(泣き)しおれている野辺(小野の里)を、どこだとお思いになって、貴方は一夜限りの宿を借りたのですか)

後に夕霧はこの歌を根拠に、落葉の宮をくどきます。「私たちの関係は御息所も認めていらしたのですよ。だから私のものになりなさい」と。

誤解によって、どんどん話がこじれていくかんじは、一昔前のドラマや漫画のようで、なつかしいです。

夕霧、雲居雁に御息所からの文を奪われる

源氏物語の現代語訳を作っています。夕霧が落葉の宮からとどいた手紙を読もうとすると、正妻の雲居雁が背後から近づいて、手紙をパッと奪ってしまう場面です。

この場面は『源氏物語絵巻』に描かれていて有名です。背後から近づく雲居雁のあやしげな仕草が、実によく描けています。

雲居雁は、夕霧が落葉の宮と不倫していると疑っているのです。それにしても人の手紙を取り上げるのは、貴婦人にあるまじき、はしたない行為です。

なんと呆れたことをするのですか!返しなさい!夕霧は手紙を取り返そうとして、さまざまに言い訳し、雲居雁をおだてます。

「私のような、相当の地位に上っている男が、こうして浮気もせずに一人の妻を守っているのは、他に例がないでしょうよ」などと、

あまりにも夕霧の言い訳がよどみなく流暢なので、雲居雁ならずとも、そうかな…と納得してしまいそうです。親子二代にわたって、口ばかりうまいことに感心します(祖父の桐壺院はわりと重厚な人物だったのに…)。

その後、夕霧が、「手紙はどこにいった!どこに隠してあるんだ!」と血眼になって探し回る場面も、かなりの文字数をついやして、だらだらと描かれます(なにもこんなに詳しく書かなくてもというくらいに)。

霧に包まれた小野の里の、幽玄な雰囲気の中に始まった夕霧と落葉の宮の物語。そこに雲居雁がからむことによって、ホームドラマめいたまったり感が出て、NHKの朝ドラ的ダラダラ展開になっていきます。

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朗読・解説:左大臣光永