初編 大磯より小田原へ

原文

鴫立沢(しぎたつさは)にいたり、文覚上人(もんがくしやうにん)が刀作(なたづくり)ときこえし、西行(さいぎやう)の像(ぞう)にむかひて

われわれも天窓(あたま)を破(わ)りて歌(うた)よまん刀(なた)づくりなる御影(みえい)おがみて

春の日の長欠(ながあく)びに、頤(あご)の掛金(かけがね)もはづるる斗り、目をすりながら

北「アア退屈(たいくつ)した。ナント弥次さん、道々謎(みちみちなぞ)を懸(かけ)よふ。おめへ解(とく)か

弥「よかろふ。かけやれ

北「外は白壁中はどんどんナアニ

弥「べら坊め、そんな古いことよりおれがかけよふか。コレ手めへとおれと、つれだつて行とかけて、サアなんととく

北「ソリヤアしれたこと、伊勢(いせ)へ参(まい)るととく

弥「馬鹿(ばか)め、これを馬二疋(むまにひき)ととく

北「なぜ

弥「どうどうだから

北「ハハハハハハそんならおいらふたりが国所(くにところ)ナアニ

弥「神田の八丁ぼり、家主与次郎兵へ店(だな)ととくか

北「エエおぶしやれなんな。これを豕(ぶた)がに二疋犬子が拾疋ととく

弥「そのこころは

現代語訳

大磯より小田原へ

鴫立沢(しぎたつさわ)では、文覚上人(もんがくしょうにん)の鉈作(なたづく)りで有名な、西行(さいぎょう)像を安置する草堂にお参りして、

われわれも天窓(あたま)を破(は)りて歌よまん刀(なた)づくりなる御影(みえい)をがみて

春の日の長欠伸のし続けで、顎(あご)の掛金(かけがね)も外れかねない。春眠覚めやらぬ目をこすりこすり、こと変わった事もないのだ。

北八「ああ退屈した。弥次さん。どうだ。道中、謎の懸け競(くら)べだ。おめえが解き手だ。いいか」

弥次「よかろう。第一問の出題は」

北八「外は白壁、中はどんどん。なあに。といこう」

弥次「べらぼうめ、古い、古い。おれが懸けよう。てめえとおれと、連れだって行くとかけて、なんと解く」

北八「そんななあ、いとも、簡単さ。伊勢へ参ると解く」

弥次「おめへは、ばかよ。これを、馬二疋(ひき)と解く」

北八「なぜ」

弥次「どう、どう、だからさ」

北八「はははは、そんなら、おいら二人の国所(くにところ)。なあにといこう」

弥次「神田の八丁堀、家主(いえぬし)与次郎兵衛店(たな)と解く」

北八「お不洒落(ぶしゃれ)なさんなよ。これは豚(ぶた)が二疋、犬ころが十疋と解く」

弥次「そのこころは」

語句

■鴫立沢(しぎたつさは)-西行が「心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」(新古今・今)と詠じた所と伝える旧跡。大磯の東の小磯の路傍に堂があった。『諸国道中記』に「近代俳諧師三千風、堂をたて、文覚上人なた作りの西行の像を安置す」。■文覚上人-俗称遠藤盛遠。高雄神護寺の辺に住した真言僧(源平盛衰記)。『井蛙抄』などに見える西行と文覚との伝説により、かかる像などを仮作したものと思われる。■西行の像-鉈(なた)で作った。■天窓(あたま)-『井蛙抄』六に、文覚が西行を憎み、会えば、「かしらを打わるべきよし」といった話がある。ただしこの詠では、苦心考案しての意。■頤(あご)の賭金もはづるる-頤の骨が頭蓋骨につくところが、大きい欠伸ではずれそうなこと。■斗(とう)り-道理の当て字?。■目をすりながら-眠たい様子。■外は白壁中はどんどん-謎のごく初歩のものの例で、白紙中で灯のついた行灯のこと。■どうどう-二疋の馬を追う声に、「同道」の意をかけたのが謎の答え。■与次郎兵へ-弥次郎兵へと同じく、釣合人形の称を借りたもの。■店(だな)-ここは貸家。■おぶしやれなんな-下手な洒落をいうなの意。

原文

北「ぶた二ながらきやん十(とを)もの

弥「おきやアがれ、コレ今度(こんど)はむつかしいやつをいはふ。そのかはり、手めへ解(と)かねへと酒(さけ)を買(か)はせるがいいか

北「といたらおめへ買(か)うか

弥「しれた事よ

北「こいつアおもくろい

弥「ちつとながいぜ。マアこふだ。おいらふたりが国所(くにところ)とかけて、是を豕(ぶた)が二疋犬子(ひきいぬっころ)が拾疋(じつぴき)ととく。その心は、ぶた二ながらきやんとをもの、サアこれなあに

北「ハハハハハハそんな謎があるものか 

弥「べらぼうめ、ありやアこそかけるは。といて見ろへ

北「どふしてそれがしれるものだ

弥「しれざアいつてきかせよふ。是を色男(いろおとこ)が自分(じぶん)の帯(おび)をとつて、女にも帯をとらせるととく

北「ごうぎにむつかしい。その心は

弥「ハテといたうへで又とかせるから。なんと奇妙(きめう)か。サアサア酒をかへ酒をかへ

北「まちなよ、意趣げへしをやらかさそふ。おれがのもちつくりながい。マアかいつまんだ所がこふだ。おいらふたりが国ところとかけて、是を豕が二疋、犬ころが拾疋ととく。其心は、ぶたにながらきやんとうもの。これを又、色男が自分の帯をとつて、女にも帯をとらせるととく。又其心は、といたうへでとかせるから、サア是ナアニ

弥「ハハハハハハとほうもねへ、長(なが)いなぞだぞ

北「どふだ弥次さん、しれめへがの。これを衣桁(ゆかう)のふんどしとときやす

現代語訳

北八「ぶた二(に)ながらきゃん十(とお)もの」

弥次「おきやあがれ。さあ、今度は難しいぜ。そのかわり、手めえ解けねえと酒を買わせるがいいか」

北八「解いたら、おめえがおごるか」

弥次「あったりまえだ」

北八「こいつは面黒い」

弥次「ちっと、長えが、まあお聞きよ。おいらふたりが国所と賭けて 、是を豚二疋、犬ころ十疋と解く。その心はぶた二ながらきゃんとおもの。さあ、こりゃなんだ」

北八「はははは、そんな謎があるもんかい」

弥次「べらぼうめ。あればこそ御出題だ。解いてみろ」

北八「どうしてそれが知れるものか」

弥次「しらざあ言って聞かせやしょう。これを色男が自分の帯を解いて、女にも帯を解かせると解く」

北八「ふうん。すこぶる難しい。その心は」

弥次「はてさて、解いたうえで又解かせやがる。どうだわからねえか。さあさあ酒を買いな、酒を買いな」

北八「待った。こうなりゃあ意趣返しをやらかそう。おれのも、ちっとばかり長い。まあかいつまんで言うとこうだ。おいら二人が国所とかけて、是を豚が二疋、犬ころが十疋と解く。その心は、ぶたにながらきゃんとおもの。これを又、色男が自分の帯を解いて、女にも帯を解かせると解く。又、その心は解いたうえで解かせるから、さあこれなあに」

弥次「ははははとほうもねえ、長い謎だぞ」

北八「どうだ弥次さん知るまいがの。これを衣桁(ゆかう)の褌(ふんどし)と解きやす」

語句

■ぶた-「二人共に関東者」の地口。■酒を買はせる-酒をおごらせる。■しれた事よ-当然のことだ。■おもくろい-「面白い」を反対に言った洒落言葉。■しれるものだ-わかるものか。■しれざア~-歌舞伎のせりふを模した文句。■ごうぎに-豪儀に。程度の甚だしい形容。■意趣げへし-恨みをはらすこと。しかえし。■ちつくり-ちょっとばかり。■衣桁(ゆかう)-「いかう」の転。衣類をかける屏風の枠ようの台。

原文

弥「そのこころはどふだ

北「といてはかけといてはかけ

二人「ハハハハハハハハ

打わらひつつあゆむともなくいつのまにか曽我の中むら小八わた八まんの宮を打すぎ さかは川にさしかかりければ

われわれはふたり川越(かはごし)ふたりにて酒匂(さかは)のかはに〆(しめ)てよふたり

此川をこへゆけば小田原のやど引はやくも道に待ちうけて

やど引「あなたがたは、お泊(とまり)でございますか

弥「きさまおだはらか。おいらア小清水(こしみず)か白小屋(しろこや)に、とまるつもりだ。

宿引「 今晩(こんばん)は両家(りやうけ)とも、おとまりがござりますから、どふぞ私方(わたくしかた)へお泊下さりませ

弥二「きさまのところはきれいか

宿「さやうでござりまず。此間建直(このあいだたてなお)しました新宅(しんたく)でござります

弥二「ざしきは幾間(いくま)ある

宿「ハイ十畳(じうでう)と八畳と、みせが六でうでござります

弥二「すいふろはいくつある

宿「お上(かみ)と下(しも)と二ツづつ、四ツござります

現代語訳

弥次「その心はどうだ」

北八「解いてはかけ、解いてはかけ」

二人「はははは、はははは」

いつの間にか曽我郡(そがごおり)の中村小八幡八幡(こやはたはちまん)の御社(おやしろ)もあとにして酒匂(さかは)川にさしかかる。

われわれはふたり川越(かわごし)ふたりにて酒匂の川に〆(しめ)てよふたり

この川を越えて行くと、小田原の宿引きは早くも道に待ち受けており

宿引「あなた方は、お泊りですか」

弥次「貴様小田原か。おいらあ小清水(こしみず)か白小屋(しろこや)に、泊まるつもりだ」

宿引「今晩は両家とも、お泊りがございますから、どうぞ私方へお泊り下さいませ」

弥次「貴様の所は綺麗か」

宿引「さようでござります。この間建て直しました新宅でござります」

弥次「座敷は幾間ある」

宿引「はい十畳と八畳と、店が六畳でござります」

弥次「すい風呂はいくつある」

宿引「上客用、並客用に二つづつ、都合、四つございます」

語句

■曽我の中むら-『諸国道中記』に、大磯の東、押切川の次に、「是より右の方十町ほど行きて、曽我の里、これ祐成・時宗がふるさと也、中村と云ふも近し」。今は小田原市に属す。■小八わた八まん-前書に「小やわた八まんの宮あり、是より松なみ木海ぎはを行く也」。■さかわ川-酒匂川。三百二十間程の川。富士山の裾野に出て相模湾に入る。三月五日から十月五日まで歩行越し、冬期は仮の土橋が掛かる(東海道宿村大概帳)。■川超-ここは川越人足のこと。輦台(れんだい)、手引、馬越しなどの方法で、川を越える旅人を助ける人足。組単位で、職務分担もあった。(本庄栄治郎『日本交通史の研究』)。狂歌は、二人と人足二人で合せて「よつたり」を「酔うたり」と地口して、「酒」にかけたもの。『諸用附会案文』(享和四年)にも、たんぼ屋徳利郎一家四人を連盟して、「〆酔たり」と同案を使用。■小田原-大磯より四里の宿駅。大久保家の十一万三千石の城下で、箱根越えを前にしての繁栄の地(小田原市)。■やど引-宿屋から道中に出て、客を誘うこと。又はその者。■小清水か白小屋-小清水伊兵衛・白小屋(未詳、実在か)。小田原で高級な宿屋。■すいふろ-据風呂。「水風呂」からの転とも。桶状の湯舟の下部が釜になっている。場所を移動して風呂に入ることができるので、重宝された。■お上(かみ)-客間に近い所が上、台所に近い所が下である。

原文

弥二「女はいくたりある

宿「三人ござります

弥二「きりやうは

宿「ずいぶんうつくしうござります

弥二「きさま御亭主か

宿「さやうでござります

弥二「かみさまはありやすか

宿「ござります

弥二「宗旨(しうし)はなんだの

宿「浄土(じやうど)宗

弥二「寺(てら)は近所(きんじよ)か

宿「イエ遠方(えんぽう)でござります

弥二「葬礼(そうれい)はなん時だ

北「コウ弥次さん、おめへもとんだことをいふもんだ

弥二「ハハハハハハツイ口がすべつたハハハハハハ

トだんだん打つれて、ほどなく小田原のしゆくへはいると、両がはのとめおんな

現代語訳

弥次「女はいくたりある」

宿引「三人でござります」

弥次「器量はどうじゃ」

宿引「随分別嬪でござります」

弥次「貴様、御亭主か」

宿引「さようでござります」

弥次「おかみさんは、おありかね」

宿引「持っております」

弥次「宗旨は何だの」

宿引「浄土宗」

弥次「寺は近いか」

宿引「それが、少し遠方でございまして」

弥次「葬礼は何時に出す」

北八「これ、これ、弥次さんや、おめえもとんでもないことを言うもんだ」

弥次「はははは、つい口がすべっちゃった。はははは」

と、だんだん打ち解けて、まもなく、その宿の亭主も連れだって、小田原の宿に踏み込むと、両側にずらりと並んだ留女(とめおんな)。

語句

■女-ここは飯盛女をさす。一旅籠屋に二人と、定められていたが、実際はどこでも多かった。■葬礼はなん時だ-寺が遠方という言葉に応じて、葬礼は早く出るだろうと、その時刻を聞いたのが滑稽。■とめおんな-街道の宿屋で、旅人の袖を留めて、客を引くために道筋に出しておく女。

次の章「初編 小田原より箱根へ

朗読・解説:左大臣光永

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