後編乾 箱根より三島へ

原文

東海道中膝栗毛二編 乾・坤

浮世道中膝栗毛後編(うきよだうちうひざくりげこうへん)

十返舎一九著

長明(ちやうめい)が東海道記(あづまかいだうき)に曰(いはく)、松(まつ)に雅琴(がぎん)の調(しらべ)あり、浪(なみ)に鼓(つづみ)の音(おと)ありと、息杖(いきづへ)の竹笛(たけぶえ)をふけば、助郷(すけごう)の馬太皷(むまたいこ)をうつ。膝栗毛後篇(ひざくりげこうへん)の序(じよ)びらき、ヒヤリヒヤリ、てれつくてれつくすつてんてん。

狂言詩「加様(かやう)に候ものは、お江戸(ゑど)の神田(かんだ)の八丁堀辺(ぼりへん)に住居(すまゐ)せし、弥次郎兵衛きた八と申す、なまけものにて候。扨(さて)もわれわれ、伊勢(いせ)へ七度(ななたび)熊野(くまの)へ三度(さんど)、愛宕(あたご)さまへは月参(つきまいり)の大願(だいぐはん)を起(おこ)し、ぶらりしやらりと出かけ、ねつから急(いそが)ず候ほどに、ゑいやつとはこねの駅に着(つき)て候

謡 玉くしげ箱根(はこね)の山の九折(ハルつづらをり)九折り、げにや久(ひさ)かたの醴売(あまざけうり)やさんしよ魚(うを)の、名所多(などころおお)き山路かな

あまざけうりのおやじ「めいぶつあがらしやいませ。あまざけのましやいませ

北八「弥次さん、ちつと休(やすみ)やせう。ヲイ一盃(いつぺい)くんな

トせう木にこしをかける。おやぢ一ぱいくんで出す

北八「こいつは黒(くろ)い黒(くろ)い

弥次「くろいよふであまひは、遠州(えんしう)はま松じやアないか

北八「わりい、わりい。コウおめへなぜのまねへ

弥二「おいらアいやだ。ソノちやわんを見や。施主(せしゆ)の気(き)がきかねへよ。あさがほなりにでもすればいいに

北八「そふさ。是じやア強飯(こわめし)のかうのものも、奈良漬(ならづけ)じやアあるめへの

現代語訳

箱根より三島へ

長明(ちょうめい)の東海道記に曰(い)う、「松に雅琴(がぎん)の調(しらべ)波に鼓の音あり」と。まるで、天女の音楽さながらだ。息杖の駕籠かきが竹笛を吹くと、助郷馬もその音に合せて腹太鼓をうつ。膝栗毛後編の序びらきはまず宮神楽(みやかぐら)。ひやりひやり、てれつくてれつくすってんてん。

狂言詩「かように候(そうろふ)ものは、お江戸神田の八丁堀周辺に住居せし、弥次郎兵衛北八と申す怠け者にて候。さてもわれわれ、伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕さまへは月参りの大願を起し、ぶらりしゃらりと出かけ、いっこうに急がず候ほどに、どうやらこうやら箱根の駅に着いて候」

謡「玉くしげ箱根の山の九折(つづら)おり、げに久かたの甘酒売(あまざけうり)や山椒魚(さんしょううお)の名所(などころ)多き山路(やまじ)かな」

甘酒売りの親仁「名物あがらっしゃいませ。甘酒のまっしゃいませ」

北八「弥次さん、ひと休みだ、おい一ぺいくんな」

と、床几(しょうぎ)に腰をかけると、手まわしよく親仁(おやじ)は一杯ついでだす。

北八「こいつはやけに黒い甘酒だな」

弥次「黒いようで甘いのは、遠州浜松じゃないのかなぁ」

北八「悪(わり)い悪(わり)い。おめえは何故飲まねえ」

弥二「おいらはいやだよ。その茶碗を見ろよ。弔い用のよ。朝顔形にでもすればいいのに」

北八「そうさ。これじゃあ、強飯の香の物も奈良漬じゃあるめえの」

語句

■長明-鴨長明。鎌倉時代の歌人。下賀茂神社の禰宣、後に日野の草庵に退居して『方丈記』などを著わした。建保四年(1216)没。六十余歳。■東海道記-貞応二年(1223)、京都から東海道鎌倉へ下った紀行一冊。古くは長明著と伝えられた。■松に雅琴の~-「松に雅琴の調あり、波に鼓あり、天人の昔の楽今聞くに似たり」(『海道記』の駿河の宇度浜の条)。■息杖-駕籠かきのつく竹の杖。「竹笛」の枕詞。■助郷の馬-宿駅に常備の人馬で不足の時、各駅近くの農村(これを助郷村という)より、人馬を補充した制度があって、その人馬。■序びらき-歌舞伎で、狂言の本筋の前に上演する滑稽な寸劇で、鳴物に宮神楽・岩戸神楽を使用する。ここも、神楽の笛・太鼓の音を続けてある。■狂言詩-狂言風に発生してくれとの注文で、謡曲狂言の登場人物が、まず自己紹介をするに学んだ滑稽。底本には「ふしはかせ」まで付けてある。

※一九は謡曲狂言通であって詳しく、したがってその利用が、一特色をなす。

■伊勢(いせ)へ七度(ななたび)~-信心は度重ねる程良い意の諺。また歌謡の詞章ともなっている。ここは伊勢参りの大願の意。■ぶらりしゃらりと-のんびりのろのろの体。■ねつから-一向に。■ゑいやつと-どうやらこうやら。やっと。■玉くしげ-「箱」の枕詞。■九折(つづらおり)-葛(かずら)のように幾度も曲がりくねった道。■久かたの-「あま」の枕詞。■醴売(あまざけうり)やさんしよ魚(うを)-共に箱根の名物。■名所多き-七温泉・芦ノ湖・地獄めぐりなど名所が多い(東海道名所図会)。■せう木-床机。■くろいよふであまひは、遠州(えんしう)はま松じやアないか-「遠州浜松広いようで狭い横に車が二丁立たぬ」という雲助諷のもじり。『松屋筆記』百十二に、二丁は二両のこと。浜松の繁華をいったものと。■わりいわりい-洒落を悪く評した語。■施主-ここは葬式の主催者。このあま酒を会葬者に出した酒と見立てて洒落る言葉である。「しわいやつあわれな酒に斗酔ヒ」(柳多留・二)。■あさがほなり-朝顔形。上部の開いた茶碗。その方が当時、葬式でも気が利いた形であった。■強飯-この強飯も、話に乗って、同じく会葬者に出すものをいう。付する漬物も、沢庵漬より奈良漬(瓜)のほうが、これも気が利いていた。「こわめしのはらですけん(葬式から吉原へ)をしてあるき」(柳多留・十四)。

原文

おやぢ「かうのもんはござらねへが、むめぼしよヲ進(しん)ぜますべい

ト皿にある梅干をいだす

北八「ヲイヲイいくらだへサアおせは

トぜにを払ひ出て行。向ふよりくる小荷駄馬ひきもきらず すずのおとしゃんしやんしやん

まごのうた「ふじのあたまがつんもへる。なじよにけふりがつんもへる。三嶋女郎衆(みしまじよろしゆ)に、がらら打こみ、こがれおじやつたらつんもへたア。しよんがへドウドウ

こちらからゆく馬かたたがいに行きちがひて

「ヒヤア出羽宿(でわじゆく)の先生(せんせい)どふだ

向ふよりくる馬かた「べらぼうめ、おれが先生(せんせい)なりやア、うぬははつつけだア

馬「ヒインヒイン

又向ふより来るはお大名のお国からおゑど入の女中たち かごをつらせて四五人づれさはぎつれてくるを見て

弥次郎「ヲヤヲヤゑらいゑらい

きた八「ほんに是はみな生(いき)た女だ。きめうきめう。ナント弥次さん、つかねへこつたが、白(しろ)い手拭(てぬぐい)をかぶると、顔(かほ)の色(いろ)がしろくなつて、とんだいきな男に見へるといふことだが、ほんとうかの

弥次「ソリヤアちげへなしさ

北八「よしよし

トたもとから、さらしの手ぬぐひを出して、ぐつとほうかぶりにすると、とふりすがひに女中たち、きた八がかほをのぞいて見て、みなみなわらひとふりすぎる

北八「ナントどふだ。今の女どもが、おいらが顔(かほ)を見て、うれしそふに笑つていつたは。どふでも色男(いろおとこ)はちがつたもんだ

弥二「わらつたはづだ手めへの手拭(てぬぐい)を見や、木綿(もめん)さなだのひもが、さがつていらア

北八「ヤアヤア、こりやア手拭じやアねへ。ゑつちうふんどしであつた

弥二「手めへゆふべ、ふろへはいるとき、ふんどしを袂(たもと)へいれて、それなりに忘れたはおかしい。大かたけさ、手水(てうず)をつかつて、顔(かほ)もそれでふいたろふ。きたねへおとこだ

北八「そふよ。どうりこそわるぐさい手ぬぐひだとおもつた

弥二「ナニぜんてへ手めへが、あたじけねへから、こんな恥(はぢ)をかくは

北八「なぜ

弥二「もめんをしめるから、手ぬぐひと取ちがへるは、コレおいらア見やれ、いつでも絹(きぬ)のふんどしだ

現代語訳

親仁「香の物はござらねえが、梅干を進ぜますべい」

と皿にある梅干を出す。

北八「おいおい、代はいくらだ。世話あかけたよ」

と銭を払い、さっさと出て行く。向こうからやってくる小荷駄馬はひきもきらず、鈴の音、しゃんしゃんしゃんと威勢よく鳴り響く。

まごのうた「ふじのあたまがつんもへる。なじよにけふりがつんもへる。三島女郎衆に、がらら打こみ、こがれおじゃったらつんもへたあ。しょんがえどうどう」

こちらから行く馬方互いに行違って

「ひゃあ出羽宿(でわじゅく)の先生(せんせい)どうだ」

向うより来る馬方「べらぼうめ、おれが先生なら、お前ははっつけだあ」

馬「ひいんひいん」

又向ふより来るのは、お大名のお国からお江戸入りの女中たち、駕籠をつらせて四五人づれ騒ぎ連れて来るのを見て

弥次郎「おやおや、偉い、偉い」

北八「ほんにこれは皆生きた女だ。奇妙、奇妙。なんと弥治さん、つかねえこったが、白い手拭をかぶると、顔の色が白くなって、とんだ粋な男に見えるという事だが、本当かの」

弥次「そりゃあ違えなしさ」

北八「よしよし

と袂から、晒の手拭を出して、ぐっと頬被りにすると、通りすがりに女中たち、北八の顔を覗いて見て、皆々笑いながら通り過ぎる

北八「なんと。どうだ。今の女どもが、おいらの顔を見て、嬉しそうに笑って行ったわ。どうでも色男はちがったもんだ」

弥次「笑ったはずだよ。手めえの手拭を見ろ。木綿の真田紐が長々と下がっていらあ」

北八「やあ、やあ。しまった。こりゃあ手拭じゃねえ。越中褌であった」

弥次「手めえ、夕べ、風呂へ入る時、褌を袂に入れて、それなり忘れたはおかしいぞ。おおかた今朝は、手水を使って、顔もそれで拭いたろう。きたねえ男だ」

北八「そりゃそうよ。どうりで、匂う手拭だと思った」

弥次「だいたい、てめえがしみったれだからこんな恥をかくしまつさ」

北八「なぜよ」

弥次「木綿なんぞ締めるから、手拭とごっちゃになる。こう、おいらを見ろ、年中絹の褌だ」

語句

■かうのもん-「香の物」の訛。江戸の葬式の洒落のわからぬ田舎者を点出。旅の趣を出すための配慮。

※以下、馬士唄・馬士の会話、風呂で褌を袂に入れるなど、旅の趣を描いて、後編の冒頭としている。

■小荷駄馬-荷物運搬専用の馬。■なじよにけふりがつんもへる-なぜに煙がもえる(「つん」は強めの接頭語)のか。■三嶋女郎衆-駿河の三島の女郎。富士山の雪解け水で化粧するので美しいという。岡崎と並んで東海道ではことに有名である。■がらら打こみ-すっかり恋慕しての意。■しよんがへドウドウ-はやし詞。■出羽宿-未詳。■先生-ここは人を愚弄した称。「先生と呼ンで灰ふき捨てさせる」(柳多留・初)。■はつつけ-はりつけ。磔。刑罰の一。ここは人を罵る言葉。■かごをつらせて-駕篭から下りて、空駕籠で伴をさせ、連中はおひろいでくるさま。■ゑらいゑらい-見事見事。■生きた女-御殿女中で、衣類も化粧も極彩色で、絵か人形かと見まがうばかりなのが、歩いて来るさまを評した語。■つかねへこつたが-突然の話だが。■とふりすがひに-通りすがりに。■さなだのひも-木綿の平打の紐。真田昌幸がこれを大小の柄に巻いたのでこの名があると俗に伝える(本朝世事談綺)。■ゑつちうふんどし-三尺の布の片端を筒に縫って、これにくくり紐をとおした一種の褌。大阪新町の遊女越中の創始と俗に伝える。「紐を通したる方を背にし、紐を前に結び、紐無い方を前の紐に挟む也」(守貞漫稿)。■あたじけねへ-けちくさい。

原文

北八「それだとつて、やね屋がながつぼねのふきかへに行(い)きやアしめへし、きぬをしめることもねへす。エエままよ、たびのはぢはかきすてだ。斯(かう)もあらふか

手ぬぐひとおもふてかぶるふんどしはさてこそ恥(はじ)をさらしなりけり

それよりかぶと石(いし)をよめる弥次郎兵衛

たがここに脱捨(ぬぎすて)おきしかぶといしかかる難所(なんじよ)に降参(かうさん)やして

斯(かく)て山中(やまなか)といへる建場(たてば)にいたる。爰(ここ)は両側(りやうがは)に、茶屋軒(のき)をならべて「おやすみなさいまアし。くだり諸白(もろはく)もおざりやアす。もちよヲあがりやアし。いつぜんめしよヲあがりやアし。お休(やすみ)なさいやアし、お休(やすみ)なさいやアし

弥二「北八、ちつと休んでいかふ

トちや屋へはいる。此内のにはにつきたてたる、へつついのまへに、くもすけども、ふとんをからだにまきたるもあり、しぶかみをきたるもあり、あるひはねござ、あかがつぱなどをきて、よりこぞり、火にあたりゐる トおもてのかたより、たけのきせるをくはへて、一人のくもすけ、ずつとはいり

「おへねへひやうたくれどもだ。あか熊(ぐま)や、どぶ八めが、峠(とうげ)まで長持(ながもち)でやつたアな

ひとりのくもすけ

「ゑいは、そんだいあび手が、あんどん(四十)にげんこ(五十)はふんだくるべい

この長もちといふは、六百の事、あびてといふは、さかての事也

今一人「コレそりやアゑいがコノやろうがおしやらくを見ろへ。しつかりもんつきをきやアがつた

酒ごもをきているくもすけ「きんによう(昨日)小田原の甲州屋(こうしうや)で、やらやつと壱まいもらつて着(き)たが、あんまり裾がながくて、お医者(ゐしや)さまのよふだとけつかる

丸はだかのくも「やろうめらア工面(くめん)がゑいから、すきなものをきやアがる。おらアこんぢう(此中)内から、はだかでゐりやア、がら吉ばばあがぬかすにやア、古傘(ふるからかさ)をやらふから、ひつぺがしてきろとけつかる。べらぼうめ、やらうの猪(しし)じやアあんめへし、そんなもんがきられるもんかといつたら、すんならこりよ(是)ヲきろとつて、ゑいみしろ(熊筵)を壱まいうつくれたとおもへ。そのみしろを、きんによう(昨日)のばんげに、畑(はた)で湯(ゆ)につつぱいるとつて、ひん脱(ぬい)でおいたら、聞(き)きやれ、だいじのきものを、がららおま(馬)にくはれてしまつたア。いまいましい

現代語訳

北八「まさか、屋根屋が大奥の屋根ふきに行くんじゃあるめえし、絹を締めることもねえわけよ。ええ、ままよ、旅の恥はかき捨てだい。一首できた。

手ぬぐひとおもふてかぶるふんどしはさてこそ恥をさらすなりけり

旧街道の南にある兜石を狂歌にもじって弥次郎兵衛、

たがここにぬぎすておきしかぶといしかかる難所に降参やして

山中の小駅に着く。ここは両側に茶屋が店を張っている。

「お休みなさいまあし。上等の本場諸白(もろはく)もおざりやあす。餅(もち)をおあがりやあし。一膳めしもおあがりやあし。お休みなさいやあし。お休みなさいやあし」

弥次「北八。ここらで、ちょいと一休み」

茶屋にはいると、土間に造ってある土べっついの前で、うすい蒲団(ふとん)をからだにまきつけたり、あるいは、寝ござ、赤合羽(あかがっぱ)の駕(かご)かきどもが、ひとかたまりにくっつき合って火にあたっている。そこへ、竹の煙管(きせる)を咥え煙草(たばこ)のまま、ひときわがっしりした雲助が、落ち着き払って、ずいっと、仲間に割り込んできた。

「しょうがねえばかたれどもだ。赤熊や、どぶ八めが、箱根の峠まで長本(六百文)でやりぁがった」

ひとりの雲助「ええわい。そのかわり、酒代があんどん(四十文)かげんご(五十文)は、どうでもふんだくって戻るべい」

いま一人「まあまあ、そりゃあええが、こいつのおしゃれぶりを見ろやい。でっかい紋付き着やがっていばっていやがる」

酒菰を着ている雲助「昨日、小田原の甲州屋で酒樽様から、ようやっと一枚、拝領して着ているが、裾長で藪医者様のようだと言いやがる」

丸はだかのくも「野郎めらは、ちゃっかりして、懐(ふところ)ぐあいがほやほや温けえから、着物道楽の好き好みは思うがままよ。おらあこのあいだからずっと裸ん坊でいたら、がら吉の婆が吐(ぬか)すにゃあ、古傘をくれてやるから、紙だけひっぺがして着ろとほざきやがる。べらぼうめ、茶番の猪様じゃああんめえし、そんなものが着られるもんかと言うちゅうと、そんならこれば着ろと言って、上等の筵を一枚、くれたと思え。その筵を昨日の晩方に、畑の宿で湯にはいるんで、ひん脱いでおいたら、まあ、きいてくんろ、あっさり馬めに食われてしまったわい。いまいましいじゃねえか」

語句

■ながつぼね-江戸の大奥(女性ばかり生活する所)で、御殿造りで、女中たちの部屋を連ねて作った建物。ここは、『柳多留』五に「長局屋ねや一日きぬを〆」とあるから得た趣向。川柳もまた、一九薬籠中のものであった。■ふきかへ-屋根板や瓦を葺き改めること。■たびのはぢは-旅中の恥は、その場限りで、後々まで批判されぬ意の諺。■かぶる-「かぶる」は頭にかぶると、失敗する意の「毛氈(もうせん)をかぶる」の略をかけてある。■さらし-「恥をさらす」と、「さらし木綿」とをかける。■かぶと石-『諸国道中記』に「甲石坂、甲石と云ふ石有り」。■たがここに-甲石のある所は坂で難所。降参することを「かぶとを脱ぐ」というにかけた狂詠。■山中-箱根より三島への第一の立場(たてば)。『諸国道中記』に「山中、茶や有り、これより三嶋へ二り」。■建場-立場。宿駅間の小休止所。茶屋があって、人馬駕篭、旅人人足の休息する準備ができていた。■くだり諸白-「くだり」は上方製の意。「諸白」は、酒の材とする米も麹も共に精白したのを使用した上酒。■いつぜんめし-盛切りの飯に略式の菜を付したもの。■つきたてたる-土を持って高く作った。■しぶかみ-紙をつないで、渋を引いた、荷造り用の紙。雲助のことを裸虫などいって、衣類をあまりまとわない。『八景間取法問』に「此頃は真裸で、腰に渋紙を巻て、・・・駕籠を舁いで居たが」。■ねござ-寝茣蓙。夏日、そのまままたは蒲団の上に使用。下層の民は冬日も蒲団に代用する。藺草(いぐさ)で編み、縁に布をつけ、模様を織り出したものもある(守貞漫稿)。■あかがつぱ-赤色の油紙製の雨合羽。■たけのきせるを~-『東海道名所図会』の箱根の風越台の条に、「此山路の左右みな篠竹にして、・・・京都へ登し煙管の羅宇に用ゆ。性硬くして佳なり、箱根竹とて名産なり」。よってここに点出。■ひやうたくれ-しようのない馬鹿者。■あか熊・どぶ八-共に雲助の名。■ながもち-以下は雲助の隠語であろうが、「げんこ」のほか、他に所見なし。「あんどん」を四にあてるは、四角形ゆえ、「長持」を六にあてるは、六人を長持の定員とするからか。■おしやらく-おめかし。■もんつき-酒樽を巻いた菰に、商標の紋がついているのを見立てた。■甲州屋-未詳。実在の酒場か宿屋か。■やらやっと-やっとのことで。■裾がながくて-医者など長い合羽を着したのに見立てた。■工面-やりくり。工夫。だんどり。■がら吉ばばあ-がらがらいう意の俗称。おしゃべりな吉ばばあ。■やらうの猪-「野良の何々」というが、当時の通言。傘を頭部でつぼめて、身をかがめた形が猪に似ているので言った語。■うつくれた-「うつ」は接頭語。くれたの意。■畑(はた)-小田原から来て、箱根の宿へ一つ手前の立場。■がらら-すっかり。

原文

弥二郎北八、このてやいのはなしをきいていて、大きにきやうに入、やがてここをたちいでて、ゆくと、長坂大しぐれといへるあたりより、旅人壱人、このもめんがつぱをきて、ふろしきづつみと、やなぎごりをかたにひつかけたるが、あとになりさきになり

たび人十吉「あなた方はどこでござります

弥二「わつちらアゑどさ

たび人十吉「わたくしもゑどでござります。あなたゑどはどの辺(へん)でござります

弥二「かん田さ

十吉「かんだにはわたくしもおりましたが、どふかあなた方は見申たよふだ。神田(かんだ)はどこでござります

弥二「神田の八丁ぼりで、わつちらが内は、とちめんや弥次郎兵衛といつて、間口(まぐち)が廿五間(けん)に裏行(うらゆき)が四十間、かどやしきの土蔵(どぞう)づくりで、大造(たいさう)なものよ

十吉「ハアそのうらでござりますか

弥次「とんだ事をいふ。うらだなはなしさ。わつちが所壱軒(いつけん)ですまつてゐやす

十吉「ハアそんなら惣地代(そうぢだい)で沽券(こけん)はいくら

弥二「こけんは千八百両

十吉「おめへ直(じき)でござりやすか。口銭(こうせん)は何朱(なんしゆ)でも二ツ割(わり)にいたしやせう

弥次「おめへ何をいふ

十吉「わたしは又地面(ぢめん)の売買(うりけへ)のおはなしかとぞんじました

弥二「ナニそんなこつちやアねへ。わつちらアちよつと出るにさへ、供(とも)の五人や十人はつれてあるきやすが、それじやア気(き)がつまつておもしろくねへから、此おとこひとりつれて、ふ自由(じゆ)してあるくもものずきだね

現代語訳

弥二郎、北八はこの連中の世間話のおかしさおもしろさに引きこまれ、思わぬ時を過ごして出発する。長坂の大時雨(おおしぐれ)というあたりから、一人の旅人、紺木綿の道中合羽に、風呂敷包みと柳行李ふりわけを肩にして、後になり先になり道を急ぐ。

旅人十吉「どちらからおこしでございます」

弥次「わっちらあ、江戸からよ」

旅人十吉「私も江戸でござります。貴方方、江戸はどの辺でござります」

弥次「神田さ」

旅人十吉「神田には私も居りましたが、どこかであなた方をお見かけしたようです。神田はどこでございます」

弥次「神田の八丁堀でわっちらの家は、栃面屋弥次郎兵衛と言って、間口が二十五間に奥行きが四十間、角屋敷の土蔵造りで、たいそうな構えよ」

十吉「はあぁ、その裏でござりますか」

弥次「とんでもねえことを言うね。裏店はなしさ。わっちが所一軒で住んでいやす」

十吉「はあ、そんなら総坪数からして、その地代売値はいくら」

弥次「沽券は千八百両」

十吉「おめえさん、仲介人なしの直取引でござりやすか。いやいや、それなら口銭はいくらにしましても、双方折半という事にいたしやしょう」

弥次「おめえ、何のことを言っているんだ」

十吉「私は又地面の売買のお話しかと存じました」

弥次「なに、そんなこっちゃねえ。わっちらあちょっと遊山に出るのさえ、供の五人や十人は連れて歩きやすが、それじゃあ息が詰まって面白くねえから、この男一人連れて不自由しながら歩くのも道楽でね」

語句

■てやい-連中。■長坂大しぐれ-山中の次の笹原の立場の前にある二つの地名(諸国道中記)。■裏行-奥行。■かどやしき-二面が角になって通りに面している屋敷。大きい家のさまである。■惣地代-全体の地の代金。ただしこの意では通ぜず、総坪数のつもりで使用したか。■沽券-土地家屋売却の証書。ここはその証書にのせる値段のこと。■直に-直接に。その亭主に直接に願われての処置か。■口銭-手数料。

原文

十吉「なるほどさよふでござりませう。イヤ又あなたのおふくろさまなぞは、私(わたくし)よくぞんじておりますが、いつぞや浅草(あさくさ)の門跡(もんせき)さまの前(まへ)で、おめにかかりましたとき、何か包(つつみ)をさげて杖(つえ)にすがつてござるよふす。大きにおとしがよりました

弥次「ハアそれはおほかた、寺参(てらまいり)にでもいかれた時でござりませう。おめへ御ぞんじとあれば、さだめて何とか、詞(ことば)をかけられたでござりやせう

十吉「わたしを見ると、じきにかけてござつて、何をおつしやるかとぞんじましたれば、壱もんやつて下しやいませと

北八「ワハハハハハハハ、ハハハハハハ

弥二「イヤおめへおいらを、おつにはぐらかすの

北八「おもしれへ、おもしれへ。なんとおめへ、こよひわつちらといつしよに、とまりはどふだ

十吉「よふござりやせう

トそれよりみちすがら、たがひにしやれ合、国沢といへるにいたる。ここに法花寺といふてらに、あしかがぶしやうのこんりうありし七めん堂あり、弥次郎兵へはるかに、これをふしおがみて

足利(あしかが)のぶしやうの建(たて)し名にめでて七面堂(しちめんだう)といふべかりける

斯(かく)て三人はなしつれて、市の山にいたる

ここにいがぐりあたまの子どもニ三人、大なるすつぽんをとらへて、もちあるきあそびいるを北八見付て

「コウ弥次さん、いいものがある。アノ泥亀(すつぽん)をかいとつて晩(ばん)にやどやでやらかしはどふだ

弥次「よかろふ。ナント小ぞう、そのすつぽんを売(うら)ねへか

子供「こんたしゆ、いるならうちくれべい。そんだいぜによヲ、くれさるか

北八「やろふとも。ソリヤおつきな銭(ぜに)をやるは

ト四文ぜに廿四文斗ぬいてやり、やがてあたりのわらをひろい、かのすつぽんを、わらづとにいれてひつさげ

北八「きめうきめう

十吉「こいつはおもしろい。時に日がいらしつた。ちと急(いそぎ)やせう

トあしばやに三人たどる

既(すで)に其(その)日も暮(くれ)にちかづき、入相(いりあい)のかね幽(かすか)にひびき、鳥(とり)もねぐらに帰(かへ)りがけの駄賃馬追立(だちんむまおつたて)て、とまりを急(いそ)ぐ馬士唄(まごうた)のまぬけたるは、ほてつぱらの淋(さみ)しくなりたる故(ゆへ)にやあらん

此とき、やうやく三しまのしゅくへつくと、両がはより、よびたつる女のこへ、こへ

現代語訳

十吉「なるほど、さようでござりましょう。いや又貴方のお袋様なぞは、私、よく存じておりますが、いつぞや浅草の門跡様の前で、お目にかかりました時、何か包を下げて杖にすがってござる様子、たいそうお年をおめしになりましたねえ」

弥次「はあ、それはおおかた、寺参りにでも行かれた時でござりましょう。おめえご存知とあれば、きっと何か声をかけられたでござりましょう」

十吉「私を見ると、もう、すぐに声を掛けて下さって、何をおっしゃるのかと存じましたところ、一文やって下さいなと」

北八「わはははははは、はははははは」

弥次「いや、おめえはおいらをおつな科白(せりふ)ではぐらかすのお」

北八「おもしれえ、おもしれえ。なんとおめえ、今宵わっちらろ一緒に、泊まるのはどうだ」

十吉「ようござりやしょう」

と合点承知で、それからの道中は、お互い、洒落つ洒落られつ、国沢というところに至る。ここの法花寺という寺に、足利(あしかが)の武将が建立(こんりゅう)した七面堂(しちめんどう)があり、弥次郎兵衛は、遠くに是を伏し拝んで

足利(あしかが)のぶしやうの建(たて)し名にめでて七面堂(しちめんだう)といふべかりける

三人は四方山話で盛り上がりながら歩みを進め、市(いち)の山(やま)に至る。道端でいがぐり頭の子供が二三人、大きな泥亀(すっぽん)を捕まえて、持ち歩き、遊んでいるのを北八は見付けて

「弥次さん、いいものがある。あの泥亀を買い取って、今晩、宿屋で食するってえのはどうだ」

弥次「よかろう、どうだ小僧、その泥亀を売らねえか」

子供「あんたがた、欲しけりゃくれてやるが、その代金をくださるか」

北八「もちろん、やろうとも。そりゃあ大きな銭をくれてやるからなあ」

と四文銭で二十四文ばかりと交換して、その辺りから落ちこぼれの藁を拾って藁苞(わらづと)を作り、その泥亀を入れ、ぶらさげる。

北八「いいものが手に入った」

十吉「こいつはおもしろい。おや、日がだいぶ落ちやした。ちと急ぎやしょう」

と足早に三人は道を急ぐ。

既にその日も暮れに近づき、夕方の鐘もかすかに響き、鳥も塒(ねぐら)に帰って行く。帰り足の駄馬馬を追い立て追い立て、泊りを急ぐ馬士の歌声に気合が入っていないのは、布袋腹も空っぽになったことによるのであろう。

この時、ようやく三島の宿に着くと、両側から呼びかける女の声、声

語句

■浅草の門跡さま-浅草新堀端大通りにあった東本願寺の輪番所。『江都近郊名勝一覧』に東本願寺、東御門跡といふ」。■じきにかけよってござって-すぐに駆け寄って来られて。乞食婆と見立てた滑稽。■おつに-一風かわって。■はぐらかす-話の筋を、途方もない方に持っていく。■国沢-『諸国道中記』に「国沢法花寺也、常経堂七面有」。一九はこの記により、寺の名と解した。大田南畝の『改元紀行』に「三ツ屋といへる立場を過ぎて、右に覚源山松雲寺といふ法華寺あり、是より三嶋まで一里半ありといふに力を得て、小しぐれ大しぐれなどいふわたりをこえ、左に一の山七面堂あり」と見える。『東海道名所図会』の「市の山、法華坂、ここに七面祠、法華題目堂あり」などによれば、法華宗の松雲寺のこと。■あしかがぶしやう-足利家の将軍。■七めん堂-日蓮宗の守護神、七面大明神を安置する堂。■ぶしやう-「ぶしやう」に「武将」と「無精」をかけ、「七面堂」と「しち面倒」をかけてある。■市の山-三つ屋の立場と、塚原の立場の間にある。『諸国道中記』に「一の山、茶や有り」。■いがぐりあたま-栗のいがのごとく、髷を結わず、丸坊主で、毛をのばしたままにしている頭つき。■すつぽん-亀の一種。肉は美味で、煮て食すれば、精を増し、血を増やすという。■やらかし-食する。■こんたしゆ-此方衆。お前さん方。■そんだい-その代わり。■くれさるか-くださるか。■おつきな-大きな。ここは、次に見える四文銭。■わらづと-藁苞。藁を束ねまた編んで、細長くしたもの。食物やその材などを包む用。■日がいらしつた-お日様が西山にお入りになった。■入相のかね-毎日夕方の六ツ即ち日の入る時刻につく鐘。『東海道名所図会』の三島の条に、「宿の西の入口に鐘ありて、二六中を撞くなり」。旅情を描いたところ。「帰り」は上から鳥の巣に帰るの意、下へは「かへりがけの駄賃」の諺で駄賃馬に続く。とまりを急ぐ、宿屋のある駅へ馬を急がせるの意。■なまけたる-威勢のないさま。■ほてつぱら-腹のこと。馬士が馬に力づける時、「このほてっぱら奴」などいう語を使用した。腹が減ったので、馬も威勢がない。■三しま-三島。箱根より三里二十八丁の宿駅。伊津国君沢郡(静岡県三島市)。

次の章「後編乾 三島より沼津へ

朗読・解説:左大臣光永

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