後編乾 三島より沼津へ

原文

三島より沼津へ

「お泊(とまり)なさいませ、お泊なさいませ

弥次「エエひつぱるな。ここをはなしたら泊るべい

女「すんならサアおとまり

弥二「あかすかベイィィ

トにげるはづみにあんまに行あたる

あんま「アイタタタタタタまなこつぶれが、べら坊(ぼう)め。あんまアけんびきイィィィ

しやうちううりのこへ

「しやうちうは入ませぬか。目のまはる焼酎(しやうちう)をかはしやいませ

北八「ゑいかげんにここへ泊(とま)ろふか

はたごやのおんな「サアおはいりなさいませ。おさんどん、おとまりだよ

やどやのていしゆ「コレハおはやうございます。おつれ様はおいくたり

弥二「かげぼしともに六人

ていしゆ「ヘイそれは。ヤレちやア三太郎はいぬか。お湯(ゆ)をとつてこい。お茶(ちや)は煮(に)へてあるか。ソレ先お風呂(ふぉろ)をひとつあげろ。お飯(めし)もわいたすぐにおはいりなさいませ

此内三人ともあしをあらひしまいすぐにおくへとほる

やどの女「お湯におめしなさいませ

弥二「ドレおさきへまいろふ

トはだかになりてかけいだす

女「モシそこはかうか(雪陣)でございます。こつちらへ

弥二「ホイこれは

トゆどのへ行

十吉「ときにかの藁苞(わらづと)はへ「とこの間におきやした。のちの寝酒(ねざけ)にこしらへてもらひやせう

此内弥二郎湯よりあがると、つぎに十吉ゆにいりにたつ、やどのていしゆ、といやの下やくをつれて、てうめんとやたてをもちいづる。これは宿帳(やどてう)とて、旅人の国ところをしるす事也

てい主「御めんくださいませ。ハアおひとりはおふろか。宿帳(やどてう)を付(つけ)ます。あなたがたお国は

北八「ハイわしは泉州(せんしう)

てい主「泉州はどこでございます

北八「せんしう堺(さかい)、名は天川(あまかは)屋義平(ぎへい)といいやす。

現代語訳

三島より沼津へ

「お泊りなさいませ、お泊りなさいませ」

弥次「おい、おい、引っ張るな。これを放したら泊まるべい」

女「そんなら、さあ、お泊り」

弥次「あかんべいだ」

と逃げる弾みで按摩に行きあたる

按摩「あいたたたた。このどめくらのべら坊め。えええ、あんまあ、けんびきい、もみ療治」

焼酎売りの声「焼酎はいりませんか。目まわし焼酎、目の回る焼酎、買わしゃいませ」

北八「いい加減にここへ泊まろうか」

旅籠屋の女「さあさあ、おはいりなさいませ。おさんどん、お泊りだよ」

宿屋の亭主「これはお早いお着きで。お疲れ様は何人さまですか」

弥次「影法師ともに六人」

亭主「へい。それはたくさんなお荷物で。やれちゃあ三太郎はおらんかあ。お湯をとって来い。お茶は煮えているか。それ、先にお風呂をあげろ、なにい、とっくにお飯も沸いた。ちょうどいいのか、すぐにお入りなさいませ」

そのうちに三人とも足を洗い終わりすぐに奥へ通る。

宿の女「お湯をおめしなさいませ」

弥次「どれ、お先にまいろう」

と裸になり駈けだす

女「もし、そこは便所でございます。こっちへ」

弥次「ほい、それは」

と湯殿へ行く。

十吉「時にあの藁苞はどうおしなさった」

北八「床の間に置きやした。後で、寝酒の肴に調理してもらいやしょう」

そのうち、弥次郎が湯からあがると、つぎに十吉が湯に入るために立ち上がる。宿の亭主が問屋の下役といっしょに帳面と矢立を立てて持ちだす。これは宿帳といって、旅人の住所を記入するものだ。

亭主「御免くださいませ。はあ、おひとりさまはお風呂ですか。宿帳をつけます。あなた方お国にはどちらで」

北八「はいわしは泉州」

亭主「泉州はどこでございます」

北八「泉州の堺、名は天川屋義平といいやす」

語句

■あかすかベイ-目の下まぶたを指先でおさえ、その裏の赤いところを出して、物事を拒むときにいう語。「あかんべい」とも。■まなこつぶれ-目の見えぬあんまが、目明きを、この語で罵るのが滑稽。■べら坊め-馬鹿野郎という江戸語。■あんまけんびき-あんま痃癖。痃癖は『鍼灸重宝記』に「肩の痛むこと、或は、痰により或は風寒(かぜひえ)湿によるといへども、多くは気血つかへたるゆへなり」。それを療治しようというあんまの呼び声。■しやうちう-『本朝食鑑』に「焼酎ハ新酒之糟ヲ用ヒテ甑ニ入レ、蒸シテ気ヲ上サシメ、器ヲ用ヒテ承ケテ滴露ヲ取ル、其ノ清キコト水ノ如ク、味濃烈ナル者ナリ」。三島宿の名物でもあるか。■目のまはる-アルコール分が強くて、一飲して気絶する程という。■おさんどん-下女の通称。■かげぼし-影法師。実は三人を、戯れていったもの。■三太郎-愚者の擬人名。ここは丁稚の下男であろう。■お茶は煮えてあるか~-「お茶は煮え、茶を一つ上げ、風呂も沸いた」をトンチンカンに言った滑稽。■かうか(雪陣)-後架。『嬉遊笑覧』に「後架も、禅家の名にて小便所をいふ、厠と同く心得るは非なり」。ここは厠のこと。「雪陣」は雪隠。同書に「雪隠は、雪賓の明覚禅師、雪隠寺に持浄の職を司どりし故に、雪隠の名あり」。■寝酒(ねざけ)-就寝前に飲む酒。■こしらへて-料理をして。■といやの下やく-問屋(宿駅の事務をする公的機関)の事務員。■やたて-携帯用の筆墨で、墨壷に筆を入れる筒のついた銅など金属製のもの。■宿帳-宿屋で宿泊人の姓名を記入する帳。■泉州(せんしう)-和泉国(大阪府の南部)。■堺(さかい)-今の大阪府堺市。■天津川義平~-以下は「仮名手本忠臣蔵」(寛延元年初演、もとは操り人形芝居、後には歌舞伎にも)の登場人物たち。義平は、塩治家出入り商人で、大星らのために仇討の武具を調達(十段目)。与一兵衛は、山城国山崎(京都府大山崎町)の百姓(五・六段目)。その娘お軽は、初め塩治屋奥方付腰元、後に祇園で勤めに出る(三・六・七段目)。早野寛平は塩治の臣、お軽の夫。義拳を前に与一兵衛宅で自刃(三・五・六段目)。狸とめっぽうは、山崎街道から与一兵衛の死骸をはこぶ狩人の名(六段目)。猪は五段目に出る手負いの猪。

原文

てい主「ヘイあなたは

弥次「わしかへ、城州(じやうしう)山崎村(ざきむら)与一兵へと申やす

てい主「さては与一兵へさまとはあなたか。うけたまわりおよんだ、あなたの婿(むこ)さま勘平(かんぺい)さまはどふなされました

弥次「かん平は三十に、なるやならずにしにやした

てい主「ハアそれはおちからおとし。おかる様は

弥二「ずいぶん達者(たとしや)でゐます

てい主「そして狸(たぬき)の角(かく)兵へさまやめつぽう弥八様は、たしかあなたのお近所(きんじよ)であった

弥二「さやう、さやう。

てい主「あの又猪(しし)はどこにゐられます

弥二「ハアししはどこだか

てい主「てんつるてんつるてんつるてんはどふいたしました

みなみな「ハハハハハハ

てい「イヤまづ御膳(ごぜん)をあげましやう

弥二「いまいましい、けつくあつちにあそばれた

ト此内やどの女ぜんをもちきたりならべおきて

「サアおあがりなさいませ。コレちやア、おたつどんよウ。そこの飯櫃(めしびつ)ウもつてきなさろ

北八「ときに、ここにやアしろものはなしかの

女「此あいだ木曽海道(きそかいだう)の追分(おいわけ)から来た、女郎衆(しゆ)がふたりございます。おさみしかアおよびなさいませ

弥二「こいつおもしろかろふ。器量(きりやう)は

女「がいにゑいといふでも、おざりましない。マア十人前でおざいます。

北八「ハハハハ十人まへのめしもりか、おもくろい。呼んでくんな

女「すんなら只今

トいいすててたつて行。此うち十吉ゆどのよりあがりて

十吉「おめえがたアなにか、やぼからぬおはなしだね

弥二「ぬしやアどふだ

十吉「イヤわたしはアノ内の女に、すこしはなし合がありやす

ト此内やどの女きたりて

「これは御如才でございます。サアおかへなさいませ。モシ今のが参ました。コレおまいちやア、ここへ来なさろ。ドレむかひにいかずに

現代語訳

亭主「へい、さようでございますか。こちら様は」

弥次「わしかえ、城州山崎村与市兵衛と申しやす」

亭主「さては与市兵衛様とはあなたさまですか。かねて、お噂にお聞ききする、あなたの婿さま勘平さまは、その後いかがされました」

弥次「勘平は三十になるかならずの年に死にやした」

亭主「はあ、それはお力落としで、おかる様は」

弥次「ずいぶん達者で、過ごしております」

亭主「そして、狸の角兵衛様やめっぽう弥八様は、たしか貴方様のご近所でしたな」

弥次「いかにもさよう」

亭主「あのう、又、猪(しし)は今どちらに」

弥次「ははあ、獅はどこにどうしてござるものか」

亭主「てんつるてんつるてんつるてんはどういたしました」

声を揃えて皆で笑った。

亭主「では、まず夕食の御膳を差し上げましょう」

弥次「いまいましい。結局、向こうの人から馬鹿にされた」

と、そのうちに宿の女が夕食の膳を持って来て、並べ置いて

「さあ、おあがりまさいませ。おそくなってすいません。これちゃあ、おたつどんよう。そこの飯櫃うもってきなさろ」

北八「ときに、ここにゃあ女は無しかの」

女「此の間、木曽街道の追分から来た、女郎衆が二人ございます。お淋しかったらお呼びなさいませ」

弥次「こいつ面白かろうよ。器量はいいのかい」

女「すごく、良いというわけでもござりますまいが、まあ、十人並みでございます」

北八「はははは。独りで十人分の飯を盛る女か。気に入った。呼んでくんな」                         

女「さっそく、掛けあってみます。ただいまじきに」

と言い捨てた女は席を立って行く。そのうちに十吉が湯殿からあがってきた。

十吉「おめえがたあ何か。聞き捨てならねえ野暮からぬお話合だね」

弥次「お主はどうだ」

十吉「いや、私はこの宿の女に、少し話す事がありやす」

とそのうち宿の女が来て

「これは失礼をいたしました。もう食事はお済みですか。さあ、お替りをなさいませ。もし、お待ちかねの人が参りました。これさおまえちゃあ、ここへ来なさろ。手数をかけるよ、ほんとに。迎えに行くよ」

語句

■三十に-「忠臣蔵」七段目、祇園でその死を聞いたお軽の言葉に、「勘平殿は、三十になるやならずに死ぬるのは、さぞ悲しかろ口惜しかろ」。■おちからおとし-身近な者の死に遭った人への、悔みの言葉。■てんつるてんつるてんつるてん-「忠臣蔵」五段目で、猪が出て来る時の下座の鳴物(歌舞伎において)。■けつく-結局。■あっちにあそばれた-向こう(こちらがからかおうとした)の人から、ばかにされた。■飯櫃(めしびつ)-小さい桶状のものに蓋をつけた器。釜より飯を移したくわえるもの。■しろもの-代物。ここは飯盛女をいう。三島女郎衆は、街道でも有名。「ここ」とはこの宿屋の意。■木曽海道-江戸日本橋から中仙道(中山道)をを通って京まで、百三十五里二十二丁の幹線道路。■追分-信濃国佐久郡の宿駅(長野県北佐久郡軽井沢町)。木曽路から北国・善光寺道の分かれる所。■がいに-甚だしく。■十人前-女の器量などいって、普通並みの意。■十人まへのめしもり-十人前(十人分)の飯ととって、面白がる。■おもくろい-面白いを、洒落ていう語。■やぼからぬ-野暮でない。粋筋即ち女郎を呼ぶ語。■内の女-飯盛女でない、この部屋掛りの普通の女中をさす。■はなし合-相談事。普通の女中を少々くどいてみるの意。■御如才-粗相なことをいたしました。給仕最中に座を立って、飯盛の交渉に行き、客をほうっておいたための挨拶。■おかへなさい-飯のお代りをしてください。

原文

ト女はたつて行。すべてこのあたりより、するがゑんしうかけ川あたり迄は、行ふといふ事をゆかずといい、くはふといふ事をくはずといふ。やがてかの女、ふすまのかげにのぞいてたつているをひつぱり出る

女「サアサアきなさろきなさろ

めしもりおたけ「アレハアアふとり(一人)でいぎ(行)ます。がいにしよびきなさんな

今ひとりのめしもりおつめ「どふせハア、出べいとこさア出にやアならない。サアおたけさん、つん出なさろ

トやうやうふたりながら出かけてくる。ひとりはこんのもめんに、けんかたばみのもんのつきたるをきて、ふとりじまのおびをしめ、今ひとりはべにがらいろの、あかきいとのいりたる、たてじまのぬのこに、これもおびはふとりのあいびろうど、べにもめんのふんどし、ちらちらと出しかけ、くろきらうの、長ぎせるを手にもちて、ざしきへすはる

北八「サアサア爰へきなせい。時に女中、膳はひいて酒にしやせう

女「ハイ今に出します

トぜんをひいてしまい、てうしさかづき、さかなをもちいで

女「サアひとつあがりませ

弥二「ドレドレ

ト一くちのんで下におくと、女こころへて、おたけにさす

お竹「コリヤハアわしにかへ

トのむまねをして北八へさす。北八のんでおつめへさす

おつめ「おたつどん、ハアおりよげへだもし

北八「ひとつのみなせへ

つめ「わしらアはあ、がいにのみましねへ。ヤレさてこの衆(しゆ)は、がいにおつぎやることよ

女「おたけさん、おまいちのとこじやア、みんなこりよヲさしているの

トお竹がつぶりにさしている、ぎんながしの五大力のかんざしを、ぬいて見る

たけ「コリヤハアおゑどでもはやるげでの、わしらがとこの金弥(きんや)さんが野尻(のじり)の彦十さんに買てもらつたげで、がいに自慢(じまん)らしく、内ぢうのもんに、ひけらかすから、わしもはア、あのしゆのさすものを、ささないでもくやしいから、たてひきづくで、がらら廿四文うつちやつたアもし

女「おつめさん、おまいの櫛(くし)を見せなさろ

ト取にかかるをいやがりて

つめ「おらアやあだよハハハハ

トかほをそむけるを、むりにとつてみれば、しゆぬりのくしに、きんぷんにてだきめうがのもんがついている

女「ばあちやヤア、コリヤア札(ふだ)の辻(つじ)の太郎ざへむ(左衛門)の紋所(もんどこ)だアよ

つめ「しつちつたかやア

現代語訳

と女は立って行く。やがてかの飯盛女二人が襖の蔭から覗き見して、おぼこぶって立っているのを、宿の女中はしょっぴくように引っ張って来る。

女「さあさあ、ぐずぐずせんと、おいでおいで」

飯盛おたけ「あれはあぁ、一人で行きますよ。そんなに力いっぱい引っ張らないでくんろ」

もう一人の飯盛おつめ「どうせ、はあ、出るとこ出にゃあならない。さあ、おたけさん。つん出なさろ」

とようやく二人とも出かけて来る。一人は紺の木綿に、剣片喰の紋付を着て、太い縞模様の帯を締め、もう一人は紅殻色の赤黄糸の入った縦縞の、これも帯は幅広の藍ビロウド、のを締めてる。紅木綿の褌(ふんどし)を裾からちらちらとほのめかし、黒い羅宇(らう)の長煙管を手に持って、座敷に坐る。

北八「さあ、さあ。ここに来なさい。時にお女中、膳をひいて酒にしやしょう」

女「はい、只今お出しします」

と膳を引いてしまい、銚子、盃、肴を持って来て

女「さあ、おひとつ、おあがりなさいませ」

弥次「どれどれ」

と一口飲んで下に置くと、女は心得てお竹にさす

お竹「こりゃはあ、わしにかへ」

と飲む真似をして北八へさす、北八はぐいっとあおって、おつめへと、順に回る盃で相手も定まる。

おつめ「おたつどん。わしらあ、つがんでくんろう。じきに赤くなるだ」

北八「まあ、一杯飲んでみなせえ」

おつめ「わしらあ、そんなに飲めませんだ。やれ、さてこの衆は、立て続けに無理強いするで」

女「お竹さん、お前方の家じゃあ、皆これをさしているの。ちょっと拝見」

とお竹が髪に挿している銀メッキの五大力(ごだいりき)の簪(かんざし)を抜いて見る。

竹「お江戸じゃあ、これが大流行だってね。わしらがとこの金弥さんが野尻の彦十さんに買ってもらったそうで、たいそう自慢らしく、家中の者(もん)に自慢するから、わしもはあ、あの女子(おなご)が挿しているのに、挿さないでいるのも悔しいので、意地づくで、とうとう二十四文奮発しちゃったもし」

女「おつめさん、おまいの櫛も、見せなさいよ」

と簪を取ろうとするのを嫌がって

つめ「おらあ、やあだよ。はははははは」

と顔を背けて嫌がるのを、無理やり、取って見ると、朱塗りの櫛に金粉でだき茗荷(みようが)の家紋が画いてある。

女「これはまあ、こりゃあ、札の辻の太郎左衛門とこの家紋だよ」

つめ「ありゃあ、知っていたのかや」

語句

■ゑんしうかけ川-遠州(遠江)掛川(静岡県掛川市)。『物類呼称』に「尾張遠江にて、ゆかずといふは行んずる也。馬をやらず、駕籠をやらず、など道中にていふ事也」。■しよびきなさんな-引っ張りなさるな。■こんのもめんに-飯盛女は木綿を着る。大田南畝の木曽路の軽井沢を描いた『変通軽井茶話』にも「黒もめん紋付きの布子、・・・花色太織のはばのせまき帯」の飯盛が見える。

※この三島女郎に、追分からの女郎を出したのは、『軽井茶屋』によったところがある。また洒落本をも一方で作っていた当時の一九のその方面の手腕の見せ所である。

■けんかたばみ-酸漿(かたばみ)の花弁の間に剣尖を入れて図案化した紋。■ふとりじま-太織縞。つむぎ糸で縞地に織ったもの。帯なれば郡内太織なるべし。『絹布重宝記』に、「地艶ありてしまりよく、地性もつよし」。■べにがらいろ-黄色を帯びた赤色。「紅殻」と書くが「ベンガラ」の転。■ぬのこ-木綿の綿入れ。■あいびろうど-緑の黒い色。■ふんどし-腰巻。湯もじ。■くろきらう-黒色に塗った羅宇(煙管の竹の部分)の長煙管。長煙管は一応遊女らしいが、黒色は田舎めく。■てうし-銚子。塗器または金属で、茶瓶ように柄と口のついた酒をつぐ具。■さかづき-盃。塗器の平たい酒器。猪口ではない。■ひとつあがりませ-一夜妻でも固めの盃の真似事をする。■おりよげへだもし-お手数をかけます意の挨拶語。■ぎんながしの五大力のかんざし-銅や真鍮などの金属に水銀をすりつけて銀色にした箸。五大力の文字を飾りに配したもの。五大力は、金剛吼・竜王吼・無畏十力吼・雷電吼・無量力吼の五菩薩。江戸時代は男女交際の誓いに立てて、文の封じ目に「五大力」と書いたりした。■金弥-飯盛の名。■野尻の彦十-嫖客(ひょうかく)の名。野尻は地名であろう。■ひけらかす-見せびらかす。■あのしゆ-あの衆。仲間の女郎達をさす。■たてひきづくで-意地を立てて。■がらら廿四文~-思いきって金を出した形容。■うつちやつた-奮発した。■だきめうがのもん-竹製を朱で塗った櫛。茗荷の子を両方相対し立てた図案の紋。■ばあちやヤア-「これはまア」と驚いた時の話。■札ノ辻の太郎ざへむ(左衛門)-この女郎の馴染客。札ノ辻は地名。■しつちつたかやア-知られてしまった。

原文

トひつたくり、くしにて、たたくまねをしてつぶりへさす。このふたりまことに、此あいだ追分からきたと見へて、これもみなあつちのことばなり。みなみなおかしさをかくし、だんまりにてきいている。ここにもいろいろあれども、あまりくだくだしければりやくす

女「もふおそべりなさいませ

十吉「ホンニわしは、つぎのまへねやせう

弥二「ナニサいつしよにこけへ

十吉「コレハめいわくな

女「サアおまいがたも、着かへてきなさいまし

トよぎふとんをはこびとこをとる。みなみなふとんのうへにあがりいると、二まいおりの小びやうぶにて、あいだをしきる。此うちや二郎があいかたきたりて

竹「モウそべらしやりましたか。がいにさぶいばんだアもし

弥二「もつとこつちへよりなせへ なにもゑんりよはねへから、ちつとはなしでもしなせへ

竹「わしらがよふなもなア、おゑどのしうにやア、こつぱづかしくて、なにもかたるべいこたアござんなへもし

弥二「ナニはづかしいも気がつゑゑ。おめへもふいくつだ

竹「わしやハア、お月様のとしだよ

弥二「ムム十三七ツではたちといふことか。でへぶ(大分)おしやれだの

竹「ホホホホホわしらアこんぢう(此中)、追分さアから来て、これのとこのきやくしゆさア、あじやうしたらよかんべいか。なをかしおゑどのしうにやア、きがつまつて、なりましないましない。帯(おび)のウときなさろ。そしてこの足(あし)さアわしがうへへのつけなさろ

現代語訳

と、ひったくって、其の櫛で、たたく真似をして頭に挿す。この二人は本当に先日追分からやって来たと見え、これも又、あっちの言葉である。皆、可笑しさをこらえて、黙って聞いている。

女「もう、お休みなさいませ」

十吉「ほんに、わしは、次の間で寝やしょう」

弥次「なに、気を遣わず、一緒にこけえ寝んさい」

十吉「これは迷惑な」

女「さあ、おまえさんたちも着替えて来なさいませ」

と夜着と蒲団を運んで来て床をとる。皆が布団の上に上がってもぐりこむと、二枚に折った小さな屏風で間を仕切る。そのうちに弥二郎の相方が来て、

竹「あんたぁ、もう寝ちゃったの。たいそう寒い晩だなあもし」

弥次「もっとこっちに寄りなせえ。何にも遠慮はいらねえから。ちっとは話でもしなせえ」

竹「わしらがようなものはなあ、お江戸の衆にや、こっぱずかしくって何も話す事はございませんなもし」

弥次「なに、恥かしいたあ御挨拶だね。おめえもういくつだ」

竹「わしやはあ、お月さまの年だよ」

弥次「なんと十三、七つで二十歳という事か。でえぶおしゃれだの」

竹「ほほほほほ、わしらはつい先頃追分から住替えたのでここら辺の地つきのお客さんでもどう扱ったらええかわからねえ。なおさら、お江戸の衆にやあ、気づまりでなんねえだ。さあさあ、帯を解きなさろ。そしてこの足はわしの上へ乗せなさろ」

語句

■だんまり-だまって。

※はたして信濃の方言であるか不確か。戯作者は、似合わしく、面白く作ればよいので、方言の正確さなど考えていない。その風は一九が代表的である。

■おそべりなさいませ-お休みなさい。横になる、寝るを「そべる」とするは、『変通軽井茶話』に見える。以下寒い晩と、江戸者を恥ずかしがること、同衾の女郎の言葉など同書から採った趣向。■こけへ-「この部屋へ床をとれ」の意。■着かへ-寝間着に替える。■小びゃうぶ-背の低い屏風で、枕上に立てて、寝る時に風を防いだりするに使用。■あいかた-相方。遊里で相手の女郎。■こつぱづかしくて-「こつ」は強めの接頭語。気恥ずかしい。■気がつゑゑ-「とんでもないこと」とか「よく言えたもんだ」などの意。素人娘ではなし、年をとっているとみたからの語。■お月様のとしだよ-童歌に「お月さまいくつ、十三七つまだ年しや若いな」(『崑山集』などに早く所見)とあるより、十三に七を加えた、古風な洒落。■あじやうしたらよかんべいか-どのようにしたらよかろうか。『物類称呼』に、「東国にて、なでう又あでうなどといふは、いかやうなといふ意也」。■なをかし-なおさら。■きがつまつて-気づまりで。遠慮されて。

原文

弥二「ヲイヲイかうかかうか

竹「ヤレハアねづらいこんだよ。そしてがいに、あとへさがりやることよ。もつとそら(上)へつん出なさろ

弥二「ヲツトしやうちしゃうち

トよぎをすつぽりかぶり、しばらくむごん。このうちきた八があいかたのおつめもきたりて、いろいろあれども、これもくだくだしければりやくす

はや其夜もふけゆくままに、助郷馬のすずのおともたへはて、背戸(せど)になく犬(いぬ)の遠吼(とをぼへ)、ししを追ふ鳴子(なるこ)のおとまで、ふきおくる夜あらしの身にしむばかり、行燈(あんどう)のあぶらも尽(つき)て、いつのまにかはまつくらやみ

このとき、かのつとになし置たる、すつぽんとこのまにおきたるまま、それなりにわすれたるが、やがてわらづとをくひやぶり、そろそろはひ出、こそつきあるくに、十吉目をさまし、何やらんとかんがへいるうち、かのすつぽんは、北八がよぎの中へはいこむと、きた八びつくり目をさまし

「だれだだれだ

トあたまをあげると、すつぽんうろたへて、きた八がむねのあたりへかけあがる。北八きやつといつてめをさまし、うろたへてひつつかみ、ゆびさきをくひつかれて

「アタタタタタタ

あいかたお竹も目をさまし

「ヤレうつたまげた。あじやうしたへ

弥二「火をともしてくれろアイタタタタタタ

竹「あんとしたへ

トさぐりまはす手さきがすつぽんへさはり、バアチヤハアと、うしろへたをれるひやうしに、ふすまがはづれてともにばつたり。北八むしやうに手をたたき「まつくらでねつからわからぬ

現代語訳

弥次「おいおい、こうかい」

竹「やれはあ、寝づらいこんだよ。そしてずいぶん後にお下がりだね。もっと上へのしあがんなせえよ」

弥次「おっと、承知、承知」

と夜着をすっぽり被り、しばらく無言。そのうちに北八の相方のおつめもやって来た。

早、その夜も更けていき、助郷馬の鈴の音も絶え果て、背戸の向こうに犬の遠吠えが聞こえる。猪を追払う鳴子の音までも、吹き荒れる夜の嵐が身に染みばかりである。行燈の油も尽きて、いつのまにか真っ暗闇。このとき、床の間に置きっぱなしのまま二人とも忘れていた昼間の。すっぽんが、やがて藁苞を食い破り、そろそろ這い出し、ごそつき始めたのだ。時ならぬ奇妙な足音に、十吉が目を覚まし、闇をすかして何事かと考えているうちに、そのすっぽんが、北八の夜着の中に潜り込むと、北八はびっくりして目を覚まし

「誰だ、誰だ」

と頭を上げると、すっぽんはうろたえて、北八の胸の辺りへ懸け上がる。北八はぎゃっと言って目を覚まし、うろたえてひっつかみ、指先を食いつかれて

「あたたたたたたた」

相方のお竹も目を覚まし

「やれ、うったまげた。どうしただ、どうしただ」

弥次「火を灯してくれろ。あ痛たたたたたたたた」

竹「なんとなされた。あんた」

と探りまわして見る手先にすっぽんが触って、わっと女の悲鳴。後ろへ倒れる拍子に、襖が外れて共にばったり。北八は無性に手を叩き、「真っ暗でわからねえぞ。火を持って来ないかああ」

語句

■そらへつん出-上の方へ体をつき出しなさい。■助郷馬-宿駅で人夫や馬など不足した時に、それぞれ所定の近くの村から人馬を課徴する制度があった。またその人馬。■瀬戸-裏木戸。以下秋の旅のわびしさを出して、前述の飯盛の濃厚さと相殺させる。一九の工夫でもある。■ししを追ふ鳴子のおと-夜中に田圃を荒しに来る猪を追い払うために鳴らす鳴子。板に竹の小管をいくつもつけ、所々または高い棒の上に大きな物を取りつけ、縄をもって、田守の所に引き、これを引けば、高く音を出すもの。元来は、『華実年浪草』に、「鳴子、引太(ヒタ)、按ズルニ、如(モシ)鳥雀来ル時ニ、縄ヲ以テ之ヲ引ケバ、即チ鳴リテ鳥驚キ去ル、故ニ引板ト名ヅケ、鳴子ト名ヅク」ものであった。■ごそつきあるく-ごそごそと歩きだした。■ゆびさきをくひつかれて-すっぽんが食いつくと、なかなか放さないと、俗間にいわれる。■うつたまげた-びっくりした。■あじやうしたへ-どうしたのでしょう。■むしやうに-むやみに。■ねつから-全く、少しも。

原文

竹「おたつどんおたつどん、最前(さいぜん)から客衆がうでをたたかつしやる。はやくあかし(灯)よヲもつてきなさろ

弥二「はやくはやくアタタタタタタ

トむしやうにうろたへさはぐ。此ひまに十吉弥二郎がふとんの下にいれておきし、うちがへの金をぬすみ かねてこしらへおきたると見へて石ころを、かみにくるくるつつみたるをすりかへ、どうまきへいれて又もとのごとく、ふとんの下へいれおく。いつたいこの十吉は、道中のごまのはいといふものにて、こんなことをするがしゃうばいなれば、いつのまにかは弥二郎が金をもつているを見てとり、とちうよりつけてきたりてかくのごとし。此内やどの女ぼう、あかりをもちきたり見れば、弥二郎が手にすつぽんがくつついて、ぶつてもたたいてもいつかうにはなれず。やどの女房あはてて

「ばあチヤ、ここへはどふしてすつぽんがきたやア

北八「ハハアひるまのすつぽんが、つとの中からはい出たのだな。コイツすつぽんとぬけそふなもんだ

弥二「エエしやれ所じやねへ。アレちがでるいたいいたい

竹「あんだとおもつたらがさだアもし。ソリヤアゆびを水の中へいれめさると、じつきにはなしてつんにげ申すは

女房「ホンニそふしなさいまし

トあま戸をあける。弥二郎かけ出、てうずばちのなかへゆびをつけると、すつぽんははなれおよぐ

弥二「ヤレヤレヤレとんだめにあつた

北八「イヤはや、奇妙稀代稀有(きめうきだいけう)けれつ、ちんじちうやう言語(ごんご)同断なことであつたハハハハハハ

トそこらとりかたづけ、まだよあけにも間もあればと、またもまくらをかたぶけて、しばらくまどろみける中に、北八はおかしさ半分

よねたちとねたる側(そば)には泥亀(すつぽん)もはづかしいやらゆびをくはえた

おなじく弥次郎もいたさをこらへて

すつぽんにくはえられたるくるしさにこちや石亀(いしがめ)のじだんだをふむ

最早(もはや)其夜も明行ば、寺(てら)の鐘(かね)も勤行(ごんぎやう)声(こへ)もろともに響渡(ひびきわた)り、求食烏(あさるからす)の軒(のき)近く、鳴わたるに、みなみな目さめておき出れば、勝手(かつて)より膳(ぜん)も出、それぞれに支度(したく)する内

現代語訳

竹「おたつどん、おたつどん。最前からお客衆が腕を叩かっしゃる。早く明かりを持って来なさろ」

弥次「早く早く。あ痛たたたた」

とむしょうにうろたえ騒ぐ。その隙に、十吉が弥二郎が蒲団の下に隠しておいた胴巻財布の金を盗み、かねて用意しておいたと見える石ころを、紙でくるくる包んだものとすり替え、胴巻に入れて又元のように蒲団の下に入れておく。そもそも、この十吉は、道中のごまの灰というもので、こんなことをするのが商売なので、いつの間にか弥次郎が金を持っているのを見て取って、途中からつけて来て、こんなことになったのだ。そのうちに宿の女房が、灯りを持ってきて見ると、弥次郎の手に、すっぽんがくっついており、ぶったたいてもまったく離れず、宿の女房はあわてて

「ここへどうしてすっぽんが来たかや」

北八「はははは、昼間のすっぽんが苞(つと)の中から這い出したのだな。こいつ、すっぽんと抜けそうなもんだ」

弥次「ええ、洒落どころじゃねえ。あれ、血が出ているぞ。痛い、痛い」

竹「なんだと思ったら泥亀(すっぽん)だあもし。そりゃあ、指を水の中へ入れめさると、じきに離れて逃げるだ」

女房「ほんにそうなさいまし」

と雨戸を開ける。弥次郎は駈けだして、手水鉢の中へ指を突っ込むと、すっぽんはたちまち離れて泳ぎ出す。

弥次「やれやれやれ、とんだ目に遭った」

北八「いやはや。奇妙稀代稀有けれつ。大変な災難、言語道断のことであったな。はははははは」

とそこら辺りを片付け、まだ、夜明けまでは間があったので、またも、枕を傾け、しばらくうとうとしかけるうちにも、北八はおもしろ半分に、

よねたちとねたる側(そば)には泥亀(すつぽん)もはづかしいやらゆびをくはえた

同じく、弥次郎も痛さをこらえて

すつぽんにくはえられたるくるしさにこちや石亀(いしがめ)のじだんだをふむ

すでにその夜も明けわたり、寺の鐘も勤行の声と共に響き渡り、求食烏(あさるからす)がうるさく軒先近くで鳴き騒ぐ。みなみな目を覚まされて起き出ると、台所から朝食の膳が運ばれてくる。身仕舞し、食事をととのえる。

語句

※この条について、『香亭雅談』(中根香亭)上に、次のごとくある。「外王父朝川善庵先生、青年、長崎ニ遊ブ。帰途大(ママ)宰府過グ。路上鼈(すっぽん)ヲ買ヒ、舎ニ就キ、主人ヲ呼ビテ之ヲ解ク。主人辞シテ曰ク、今日ハ天満神ノ祀期ニ際シ、生ヲ殺スヲ許サズト。先生己ムヲ得ズ、薦(こも。むしろ)ヲ以テ鼈ヲ包ミ、之ヲ臥床之側ニ置ク。夜半鼈、薦ヲ破リテ爬行縦横、為ニ衾蓐(ねんじょく=ふすま。しとね)ヲ汚ス。後数十年、之ヲ十返舎一九ニ語ル。一九膝栗毛ヲ作ルニ及ンデ、是ヲ借リテ、客舎ニ鼈ニ驚クノ一篇ヲ草ス。何ゾ図ラン先生客中ノ一領事、竟ニ小説家ノ好材料ト為ラントハ」。善庵は享和三年(1803)、二十三歳。ただし善庵の長崎行は、寛政十年(1798)からで、江戸へ帰ったのは享和二年。香亭の記事とは、年代で違うが、あり得べからざることでもない。ともかく掲げておく。

■うでをたたかっしゃる-「手をたたく」を方言風に言ったもの。■うちがえ-金を入れて体に巻いて所持する長い布製の袋。■どうまき-「うちがえ」に同じ。■ごまの灰-道中で、善良の旅人の風体をして、金品を奪う小賊のこと。真言宗のごまの灰と称して、病人に飲ませ、金銭をかすめる者が横行した(人倫重宝記)ことに起る称という。

■ばあチヤ-この地方の方言として、驚いたりあきれたりする時に発する語。アレマア。■すっぽんとぬける-しまった所から物の勢いよくぬける擬声語。ここは鼈にかけた洒落。■がさ-僧侶の隠語で、すっぽん煮をいう語を、方言として使用したもの。『六町一里』の仏躰国の条に「鼈羮(がざ)」和名川千鳥・・・之類ヲ食ス」。■奇妙稀代稀有-珍しい意の語四つを並列して、大変珍しいの意に使用。■とんじちうやう-珍事中夭。非常の災難をいう。■言語同断-言葉では言い表せないの意。後には悪い事のみに用いる。■よねたち-遊女の総称。語源には諸説あって一定しない。■ゆびをくはえた-羨ましそうな風を言う成語。■こちや石亀(いしがめ)のじだんだをふむ-「雁が飛べば石亀もぢだんだ」(身の程を知らないで、他のするところを学ぶをあざわらう意)の諺を使用して、ただ「じだんだ」の意のみに使用。「じだんだ」は足を何度も踏みつけること。ここは痛さにたまらずする動作。石亀は石亀科の亀。銭亀のたぐい。■勤行-仏家で昼三回夜三回、時を定めて仏前に礼拝するお勤め。ここは明け六つの時のお勤め。寺々では同じ時に明け六つの鐘をつく。■救食烏-『書言字考』に「求食(あさる)」。食を求めることを言う。明鳥の声も騒がしいこと。■支度する-食事をする。

原文

やどの女「おひとりは、「どこへいきなさつた

北八「ほんに十公はどふした

弥二「大かた雪陣(せつちん)だろふ。さきへやらかせ

トかまはずめしをくひかかる。十吉ははやいつの間にかは、うらみちよりにげ行たれば、いくらまつてもくるはづはなし。弥二郎あたりを見まはし、ふしぎそふに

「コウきた八、アノ十吉とやらアなんだろふ

北八「されば

弥二「ハテがつてんのいかぬ。アノやらうが風呂敷包(ふろしきづつみ)も笠(かさ)もねへ。大かたおいらが寝(ね)てゐる内、たつてしまつたと見へる

北八「ヤアそんなら、なんぞなくなりやアしねへか

トそこらを見まはし、「何も別条はねへが

弥二「イヤイヤ別条があるよふだ

トふところからどうまきを出し、ふるつて見れば、かみにつつんだやつががつたりとおちる。あけてみればみないしころ

弥二「ヤアヤアヤア

北八「どふした

弥二「どふしたどころか、金(かね)が石(いし)になつてしまつた。エエ、エエ

北八「こいつは大変(たいへん)大変

弥二「くやしい、今のやろうめに、すりかへられた。コレ女中、御亭主(ごていしゆ)を呼(よん)でくんな。はやくはやく

トむしやうにのぼせかへるに、女はそうそうたつてゆくと、このやうすをきいて、やどのていしゆねまきのままかけきたりて

「今、承りました。扨々(さてさて)とんだことでござります

弥二「イヤきさま御ていしゆだの。コレすまねへぞすまねへぞ。あんなごまのはいに、やどをかすからにやアこなたもうはまへを取だろふ なぜおいらにさたなしに、さきへたたせた

現代語訳

宿の女「おや、お一人はどこに行きなさったか」

北八「ほんに十公はどうした」

弥次「おおかた便所だろう。先に飯を食おう」

と構わず飯を食いかかる。十吉は早くもいつの間にか、裏道から逃げて行ったので、幾ら待っても来る筈はない。弥次郎は辺りを見回して、不思議そうに

「こう北八、あの十吉とやらは何だろう」

北八「されば、

弥次「はて、合点がいかぬ。あの野郎の風呂敷包みも笠もねえ。おおかたおいらが寝ているうちに、立ってしまったとみえる

北八「やあ、そんなら、何ぞ無くなっちゃしねえか」

とそこらを見回し、「何も別条はねえが」

弥次「いやいや、別条があるようだ」

と懐から胴巻を出し、振って見ると、紙に包んだ物が転がり落ちる。開けて見れば、皆、石ころである。

弥次「やあやあやあ」

北八「どうした」

弥次「どうしたどころが、金が石になってしまった。ええ、ええ」

北八「こいつは大変、大変」

弥次「悔しい。今の野郎めに摺り替えられた。これ女中、御亭主を呼んでくんな。早く、早く」

とやたらのぼせ返っている。女は早々に 立って行くと、この様子を聞いて、宿の亭主が寝間着のまま懸けて来て

「今、参りました。さてさてとんだことでございます」

弥次「いや、貴様は御亭主だの。これは唯じゃ済まねえぞ、済まねえぞ。あんなごまの灰に、宿を貸すからには、貴様ももう上前をはねたろう。なぜおいらに知らせもせずに先へ立たせた」

語句

■雪陣-便所。■やらかせ-ここは食事をとる意。■風呂敷包-旅中の荷を包み、背に負う風呂敷の包。■たつて-宿屋から出発する。■別条-変わったこと。■なつてしまつた-変形した。もちろんここは面白くいわせたもの。のぼせかへる-カッカとなる。■そうそうたつていく-急いでその場を退く。■とんだことで-困ったこと。大変なことになりました。■すまねへぞ-承知できない。だまって見過ごすことができない。

※『旅行用心集』(文化7年)にも「一道中にて、或は両三日又は五七日道連になり、其人信実に見るとても同宿し、或は食物并に薬等互にとりやり、決而すべからず」とある。旅行用心の作品化ともみられる。

原文

ていしゆ「コレハけしからぬ おつれさまとぞんじて とめたのでございます。今朝(けさ)たたしつたも、さつぱりしりませぬ 大かたうら道からでも

弥二「うらみちからもすさまじい。そんなでいくのじやアねへは。なんでも、アノごまの灰を出せ出せ。コレエやらうを見そくなつたか。おゑどでも、神田(かんだ)の八丁堀(ぼり)で、とちめんやの弥次郎兵衛さまといつちやア、おそらくおれが近付(ちかづき)の人に、誰(だれ)しらぬものはねへは。悪(わる)くふざきやアがると、やてへぼによヲたたきこはして、合羽干場(かつぱほしば)の地請(ぢうけ)にたつのだ 足元のあかるいうち、サアごまの灰(はい)めを爰(ここ)へ出せ。サア出せ出せ出せ

ていしゆ「これは御難題(なんだい)。さりとてはおきのどくな

弥二「ナニおきのどくの人丸さまだ。イヤ四斗樽(だる)さまがあきれらア サア四斗樽めをここへ出せ

てい主「ナニしとだるとは

弥二「イヤサ四斗樽をがつてんでとめるからにやア、きさまも一ツ穴(あな)の狐(きつね)だ

ていしゆ「これは無体(むたい)な、ナニわしらが四斗だるをとめませう

弥二「とめねへことがあるものか。ゆふべから今のさきまで、ここのうちにねていたは

ていしゆ「アノ四斗樽がかへ

弥二「ヲヲサ四斗樽、イヤイヤごまのはいだごまのはいだ

北八「コレ弥次さん、マアしづかにしねへ。かわへそふに御ていしゆのしつたことじやアねへ。道づれにしてきたは、こつちがわりい。どふもしかたがねへと、あきらめなせへ

ていしゆ「さやうさやうこれがわし共が内へござつての相宿(あいやど)ならば、おつしやるも尤(もつとも)だが、何をいふも、いつしよにござつたものを、申さばおまいたちの御麁相(ごそそう)といふもんだ

現代語訳

亭主「これはたいそうないいがかり。お連れ様とばかり思って、お泊めいたしたのでございますよ。今朝、お一人で御出立も私めはさっぱり知りませぬ。おおかた裏道から突っ走ったか」

弥次「裏道からもあるものか。なんのかんの、の言い訳は江戸もんにゃ食いあきてらあ。あのごまの灰を、さあ出せ。さあ出せ。見損なったか。この兄さんは、江戸でも神田八丁堀とちめん屋の弥次郎兵衛様といやあ、おそらくおれが近付きの人に、だれも知らねえもんはねえ。悪くふざけると、屋台骨ぐるみ家をたたきこわして、あとの空地は、合羽干場よ。このこれが地請けに立ってやらあ。さあ、出せ。足元の明るいうちにとっとと出せえい」

亭主「とんだ御難題を。さりとてお気の毒な」

弥次「なあにい。お気の毒の人丸様だあ。ふうん。その四斗樽(しとだる)めをここへ出せ。

亭主「なに、しとだるとおっしゃる」

弥次「おう、四斗樽を合点で泊めたからにゃ、貴様も一つ穴の狐だ。狸だ」

亭主「これは無茶な。いくら物好きでも、なんで四斗樽をおとめしましょう」

弥次「泊めねえことがあるものか。昨夜から、今の今さっきまで、この家で寝くされていたわい」

亭主「へええ、あの四斗樽がねえ」

弥次「おうさ、四斗樽。・・・・じゃねえ、ごまの灰だ。ごまの灰だ」

北八「これ、弥次さん。まあおちつかねえか。可哀想に御亭主の知ったことじゃねえ。道連れにして泊まったのは、重々、こっちの手落ち。しかたがねえ、あきらめなせえ」

亭主「それそのとおり。これが手前どもにおこし願ってから、合宿にしていただきましたのなら、あなた様のおっしゃるのはごもっともなことですが、いっしょにうかうかとお泊りになったのはお前様方の御麁相(ごそそう)というもんだ」

語句

■うはまへ-社寺が年貢米の一部を、初穂として寄付させた上米に起源して、儲けの一部を、それを世話した者が取り上げることを言うが、専ら悪質な金の場合にいう。弥二は金を取られた愚痴を、亭主に当たり散らして、ごまの灰の同類だろうと、ねだれ言を述べているのが滑稽。■さたなしに-知らせずに。断りなしに。■すさまじい-聞いてあきれる。よく言えたもんだ。■そんなでいくのじやアねへは-そんな手や口に、うまくまとめられることではない。■やらうを見そくなつたか-そんな野郎と俺を思っているか。見損なうな■近付の人-知り合い。■やてへぼによ-屋台骨。この家を基礎から打ち壊して。■合羽干場-合羽(油紙製)を作るために干す広い場所。広っ原にして、合羽屋に貸すぞの意。■地請にたつ-地を借りる時の保証人になる。いうところは、尻押ししてでも、合羽干場に借りさせるぞの意。■足元のあかるいうち-手おくれにならぬ先に。ここでは家を壊されて干場に借りられぬ前に。■おきのどくの人丸さまだ-「柿の本の人麿」の地口。「気の毒」と言われたのでますます腹を立てるさま。■四斗樽さま-「人丸」の語呂合せ。人丸(四斗樽)とは何事だと、ますます立腹して、とんちんかんもまた甚だしい滑稽。四斗樽は酒・醤油の四斗を入れる大樽。■がってんでとめるからにやア-事情を承知で宿泊させる以上は。■一ツ穴の狐-「一つ穴の貉(むじな)」とも。悪者の同類を言う諺。■無体は-無理な。無茶な。■相宿-同じ宿の同じ部屋に、馴染みでない人と宿泊すること。■申さば-言って見れば。失礼な言い方だが。

原文

北八「ちげへなしさ。コレ弥次さん、おめへりきんでもはじまらねへ。どふもしやうがねへはさ

トいはれて見れば、弥二郎もなるほどとおもつたところがつまらず、ふさぎきつてだんまりでいる。しまいつかねばきた八

「弥次さん、マア飯(めし)でも喰(くひ)ねへ

弥二「めしもくへぬ。ナントきた八かうだ。府中迄(ふちうまで)いけば、ちつたアさんだんするあてもあるから、先(まず)壱文なしで出かけよふ

トつかひのこりのぜにをあつめて、やうやうとここのはたごをはらひ、あとにわずかのはしたぜに、のこりたるをたよりに、そうそうここを出かけ、みちみちもこころがけて、ごまのはいのゆくゑをたづぬれども、いつかうしれず、しやれもむだもどこへやら、ただうかうかとたどりながら

ことわざの枯木(かれき)に花はさきもせで目をこすらするごまの灰かな

北八「弥次さん、そんなに力(ちから)を落(おと)としなさんな。たかがこふだ

うき沈(しずみ)ある世(よ)は次第ふどう尊(そん)いのれるかひもなき護摩(ごま)の灰

弥二「きたや、おらアもふ坊主(ぼうず)にでもなりたい

北八「おめへ、とんだことをいふ

弥二「いつそゑどへかへろふか

北八「ナニサけへることがあるもんだ。柄杓(ひしやく)をふつてもおいせさままでいつてこにやア、げへぶん(外聞)がわりい

弥二「それでもモウひだるくてあるかれぬ

北八「ハテまちなさい ここにゑどからことづかつてきた十二銅があるからさきへいつたら、餅(もち)でもかつてくひなせへ

トいいつつふたりながらつゑにすがり、ゑちらゑちらと行むかふから、状箱をかつぎしにんそく

「エイさつさエイさつさエイさつさ

北八「なんだ野郎(やらう)の韋駄天(いだてん)さまア見るよふに、やみとかけてきやアがる

弥二「アアうらやましい。あんなにかけるいきほひだから、さだめておめしもふんだんにくつたろふ

現代語訳

北八「違いねえ。これ弥次さん。おめえ力んでも始まらねえ。どうにも仕様がねえわさ」

と言われてみれば、弥次郎も成程と思ったが、面白くも無く、塞ぎこんで黙りこんでいる。結末がつかぬまま北八が、

「弥次さん、まあ、飯でも食えよ」

弥次「胸がつかえて、飯も食えぬわ。ところでこのあとはこうしよう。駿府(すんぷ)まで行けば、ちったあ算段する当てもあるから、まず、一文無しで出かけよう」

と使い残しの銭を集めて、ようやくこの旅籠を引き払い、後にわずかなはした金が残ったのを頼りに、そうそうにここを出立し、道々も心がけて、ごまの灰のゆくえを尋ね尋ね行くが、いっこうにそれらしい姿も見えず、洒落も無駄話もどこへやら、ただうかうかとぼとぼと前進する。

ことわざの枯木(かれき)に花はさきもせで目をこすらするごまの灰かな

北八「弥次さん、そんなに力を落としなさんな。人間万事ただこういう巡りあわせなのさ」

うき沈(しずみ)ある世(よ)は次第ふどう尊(そん)いのれるかひもなき護摩(ごま)の灰

弥次「北や。おらあもう坊主にでもなりてえよ」

北八「おめえ、とんでもないことをいう」

弥次「いつ江戸へ帰ろうか」

北八「なにさ、帰ることがあるものか。道中一文めぐんでくだしゃいませの、柄杓(ひしゃく)を振りながらでも。お伊勢様まで参詣せにゃ、世間体が悪いってことよ」

弥次「それでもうひだるくて歩かれぬ」

北八「はて、待ちなさい。ここに江戸からことづかってきた代参のお初穂十二文があるから、もっと先へ行って、餅でも買って食いなせえ」

と言いつつ、ふたりながら杖にすがり、えっちら、えっちらと進んで行くと、向こうから、状箱を担いだ人足が走ってくる。

「えいさっさ、えいさっさ、えいさっさ」

北八「野郎、まるで韋駄天様を見るようだ。やたらめっぽうに駈けてきやあがる。

弥次「ああ、羨ましい。あんなに駈けて来る勢いだから、さだめし、お飯もふんだんに食ったろう」

語句

■りきんでも-気張っても。力説しても。■つまらず-何ともならない。■しまいつかねば-仕舞。この一件落着しないので。■府中-東海道の宿駅の一(今の静岡市)。将軍直轄地。一九自らの親類が府中に住んでいたことからの案。■ちつたアさんだんするあてもある-少しは金の都合をする目あてもある。■はたご-旅籠代。宿賃。■むだも-この「むだ」は「むだ口」の意。■うかうかと-ぼんやりと。■ことわざの~-『枯木に花咲せ親仁』(赤本)の話を下にふむ。灰は灰でも、このごまの灰は、花咲爺のように、枯木に花を咲かせるどころか、悪い爺の灰同様、目に灰を入れて、目をこすらせる。自分も悲し涙で目をこするばかりの意。■たかがこふだ-思案すれば、結局はこんなことだ。「たか」(高)は、、結論を低く見る場合に使用することが多い。■うき沈みある世は~-「次第不同」を「不動」に言いかけるのは流行語。不動明王の前で護摩(乳木を焚いて、病気平癒などの祈願をする仏教の行法)を焚くにかける。不動尊に護摩を焚いて、一心に祈願しても、世の中の栄衰は次第不同でわからないものだ。そう思ってこのたびの難もあきらめようの意。■柄杓(ひしゃく)-抜参りで伊勢参宮の無銭旅行をする者は、柄杓で、道中の人々に物品金銭の接待を受ける。そのように抜参り同然にしてもの意。■げへぶんがわりい-江戸の近所の者に体裁が悪い。外聞が悪い。■十二銅-十二文。当時の賽銭の額。近所の人から伊勢で供えてくれと託された賽銭。■ゑちらゑちらと-力なく歩くさま。■状箱-幕府の公文書を郵送する飛脚人足の持っている状箱。この飛脚は、急用の者が多く、「急御用」「中急御用」などと、時間の限られたものがあり、飛脚や状箱の上に「御」をつけて呼び、街道を気張って走った。■韋駄天-仏教で、婆羅門に仕える天神。仏の涅槃の時、捷疾鬼(しょうしっき)が、仏の牙一双を盗んで走ったのを取り返したという(後文涅槃経)。野良は野良頭即ち髷を結ったの意。■やみ-やみくも。むやみに。■ふんだん-底本「ふんだく」。誤刻とみて改めた。

原文

北八「エエおめへも乞食(こじき)じみたことをいふもんだ

御状箱のにんそく「エイさつさエイさつさ

北八「ソレあぶねへ。こつちへよんな

にんそく「エイさつさエイさつさ

トとふりすがいに、御状ばこのかどで、弥二郎が小びんさきへがつたりとあたる

弥二「アイタタタタタ

にんそくはいさいかまはず

「エイこりやさつさエイこりやさつさ

弥二「アアアアいたいいたい。なんの因果(いんぐわ)でこんな目にあうか。おらアしにたくなつた

北八「エエばかアいいなせへソレ馬(むま)がきたア

弥二「馬士(まご)どん、さきの宿(しゆく)まではまだよつぽどあるかの

まご「ナニじつきにそこだア

弥二「いくらほどあるへ

まご「たつた三里廿四五てうもあるだんべい

弥二「ハツアア

トだんだんたどり行ほどに、やがて、かまがふちといへる所にいたりて、かかる中にも、すきのみちとて、又いつしゆくちずさむ。されども、うたもそのみのくるしきままなれば

名をきいてほしやこがねの釜(かま)が淵(ふち)くちに孝行(かうかう)したきゆへには

此所(このところ)にて餅(もち)などととのへ、少しは腹(はら)の虫(むし)をやしなひ、たがひにちからをつけ合、はなしものして、漸(やうやく)沼津(ぬまづ)の駅(ゑき)につく。ここにて先足(あし)をやすめんと、宿(しゆく)はづれの茶屋(ちやや)にはいる

ちややのおんな「おはやうおざいますチヤ。お支度(したく)でもしなさいませぬか

北八「イヤあとの建場(たてば)で、うんといふほどくつて来やした

ト此内両がけをにんそくにかつがせ、ともを一人つれたるさふらひ、おくにふうの大たぶさ、もめんをかためんにそめたる、小もんのぶつさきばおりをきたるが、このちや屋へはいる

女「おちやあがりませ

侍「もふなんどきだの

女「ハイ八ツでもおざりやしょ

侍「よい酒があれば、ちくと出しなさろ」

女「ハイハイ三十二文のをあげませうかヤア」

侍「今すこし、下直(かちよく)なのはなんぼじや

女「廿四文のもおざいます

侍「しからばソノ廿四文のさけと、三十壱文の酒と、等分(とうぶん)にわつて、壱合五勺(いちごうごしやく)ばかり出しなさろ

現代語訳

北八「ええ、おめえも乞食じみたことを言うもんだな」

御状箱の人足「えいさっさ、えいさっさ」

北八「それ、あぶねえ。こっちへ寄んな」

人足「えいさっさ、えいさっさ」

と通りすがりに、御状箱の角が弥次郎の小鬢(こびん)めがけて衝突する。

弥次「あいたたたたたた」

人足は知らぬ顔で通り過ぎ、

「えいこらさっさえいこらさっさ」

弥次「ああ痛い、痛い。何の因果でこんな目に合うのか。俺(おら)あ死にたくなった」

北八「ええ、馬鹿あ言いなせえ。それ、馬が来たあ」

弥次「馬士どん、次の宿まではまだ相当あるのか」

馬士「なに、じきにそこだあ」

弥次「どれぐらいあるえ」

馬士「たった三里二十四、五丁もあるだんべえ」

弥次「ははあ、もう声も出ない」

と段々と辿って行くと、やがて、釜が淵という所に着いて、そうしているうちにも、好きな道とて、また一首口ずさんだが、歌もその道の苦しい状況を表している。

名をきいてほしやこがねの釜が淵くちに孝行したきゆゑには

ここで餅など少々買い求め、癪の虫、空腹の虫の甘心を満足させ、人心地を回復して、互に力になり、慰め合い、ようやく沼津の宿場に着いた。

沼津より原へ

ここで足休めをしようと、宿場はずれの茶屋に入る。

茶屋の女「おはようおざいますちゃ。お食事でもしなさいませんかちゃ」

北八「これは、御挨拶。先の宿場で、息もつけねえほど食ってきやした」

そこへ旅行用行李(こり)を両掛けの天秤棒で人足に担がせ、供を一人連れ、田舎風な大髻(おおたぶさ)、木綿を片染にした小紋じらしの打裂羽織(ぶっさきばおり)を着こんだ武士がこの茶屋へ入る。

女「お茶あがりませ」

侍「もう何時(なんどき)なるぞ」

女「はい。八ツ(午後二時)近くでございますでしょう」

侍「よい酒があれば、ちと所望いたしたいじゃ」

女「はい、はい。三十二文のをあげましょうか」

侍「今少し、安いのはなんぼじゃ」

女「二十四文のもございますです」

侍「しからば、その二十四文の酒と三十二文の酒を、等分に割って、一合五勺ばかり出しなさろ」

語句

■小びんさき-鬢の先。■いさいかまはず-一向気にもせず。御状箱に遠慮して、文句も言えない。■因果でこんな目にあうか-先の世で、どんな悪い原因を作って、今この難儀な目に遭うか。■さきの宿-次の宿。三島より次の沼津までは一里半。三里云々といったのは、誇張の滑稽。■ハツアア-嘆息の声。宿屋での啖呵にひきかえ、一向に威勢のないのが、またおかしい。■かまがふち-沼津に近い下石田村にある。『諸国道中記』に「山王、此社の内にもかま有り。左りの方にかまが淵有り。此かまも山王の内にありし釜也。ぬす人とりて行くとて、あまりおもさに、此ふちに入る。此釜ぬしとなりしよりかまが淵と云ふなり」。■名をきいてほしや~-二十四孝で郭巨が黄金の釜を掘り出した話と、生活の為に苦労する意の「口に孝行」の諺を合せた一首。口に孝行したいので黄金の釜がほしい。■腹の虫をやしなひ-すいてくうくうという空腹を少しは満たして。■沼津-駿河国駿東郡の宿駅(今の沼津市)。■宿はづれ-宿場の出入口。■お支度-ここは食事。■建場-ただし、三島から沼津までは、一里半しかないので、立場はなかった。当時の東海道を知る人には、これが赤うそであることがわかって、滑稽。■両がけ-両掛。旅行用の挟箱を、棒の両方に掛けて担ぐこと。またそのものをいう。■おくにふう-地方の城下町の風。■大たぶさ-男の髷で、髻(もとどり)を太く髷を長く結う風。多くは成人の武士のさま。■かためんにそめたる-袷になった表の方のみ染めた。■小もん-その染が小柄の紋を散らした風。■八ツ-午後二時ごろ。■ちくと-少し。西国方言のつもりで使用。■三十二文-一合の代とすると、当時の酒の相場からみて(大体一石百二十匁前後)、少し高いようである。しかし次の合せて一合五勺四十二文からすれば、一合に相当する。旅中の小売ゆえか。■下直-安値。■当分-同じ分量。随分面倒な注文である。けちで色好みなのは文学作品では、西国侍の通癖とされる。ただしここは、下の印伝を求める交渉の伏線をなしている。

原文

女「ハイハイ

トかつてより、ちろりさまづきをもちきたり、さかなのにつけなどいだす

侍「コリヤコリヤ此煮付(につけ)よつた肴(さかな)どもの価(あたい)ななんぼじや

女「三十弐文でおざいます

侍「こちらは

女「十二文

侍「ムムよいよい、コリヤ伝(でん)助わごりよも、ひとつのみやれ

供伝介「ネイ

侍「コリヤ向ふに火をたきよるおなごどもは、奥田氏(うぢ)内室(ないしつ)によく似よつた

供「いかさま。こちらの今笑ひよるおなごなぞも、よいよふでござります

侍「どれかどれか、ウウアノはしらのねきに、よこたわつておるおなごか。よいよい。サア伝すけ、今すこしある 呑(のん)でしまへ

供「ネイネイ

侍「サア勘定のいたそふ。なんぼじや。コリヤコリヤこの肴どもは手をつけないぞ

女「ハイハイ四十弐文でございますチャ

侍「ヲヲよいよい

ト供のものにはらはせ、ここを出かける。北八弥二郎は、ちやばかりのんでたちあがり

北八「サアいかふ

弥二「アイおせわ

女「どなたもよふおいで

トそれよりここを立出、ふたりはほかの侍とあとになり、さきになりて、いろいろはなしつれて、たどり行にならのさかといふ所にいたり、千本の松原にて、きた八がこぢつけるうた

この景色(けしき)見ては休にやならの坂いざたばこにや千本の松

侍このうたを聞てかんしんし「ヒヤアでけたでけた。お身たちはゑどのものだな

弥二「さやうでござります。私どもは夜(や)前の泊(とまり)で、ごまの灰に取つかれて、大きに難(なん)義をいたします

侍「ハアそれは近頃(ちかごろ)きのどくじや。なるほどごまの灰のさしたのはいたかろふ

北八「イヤごまの灰と申すは、どろぼうのことでござります

侍「どろぼうとは何じや

北八「ハイ、泥棒(どろぼう)と申は、盗賊(とうぞく)のことでござります

侍「ハハアなにか、人のものを取よる、盗賊のことを、どろぼうといふか

現代語訳

女「はい、はい」

と勝手からちろりと盃を持って来て、肴の煮付けなどを添えて出す。

侍「こりゃこりゃ、この煮付けた肴どもの価はなんぼじゃ」

女「三十二文でございます」

侍「こちらは」

女「十二文」

侍「むむ、よいよい。こりゃ伝助わごりょも、一杯飲みやれ」

供伝助「ねえいい」

侍「こりゃ、向こうで火を焚きよる女子(おなご)どもは、奥田氏の奥様に良く似よったものじゃ」

供「いかさま、されば、こちらにいる今笑いおる女子(おなご)なども、よい女子にてござります」

侍「どれか、どれか。うう、ああ。あの柱の傍らに横たわりおる女子がよいぞ。さあ、伝助。今少し残っている。呑んでしまえ」

供「ねえい。ねえい」

侍「さあ、勘定をいたそう。なんぼじゃ。したが、こりゃ、こりゃ、そこな女、この肴どもには手をつけないぞ」

女「はいはい。四十二文でございますちゃあ」

侍「おお、よしよし」

と供の者に勘定を払わせ、ここを出立する。北八と弥次郎は茶ばかり飲んで立ち上がり

北八「さあ、行こう」

弥次「はい、お世話様」

女「ありがとうございました」

二人はここを出立、あとの侍と後になり、先になり、いろいろと話しながら連れ立って、辿って行くと、奈良野坂という所に到着し、千本の松原で、北八がこじつけの歌を詠む。

この景色(けしき)見ては休にやならの坂いざたばこにや千本の松

侍はこの歌を聞いて感心し、「ひゃああ、でけたでけた。お身たちは江戸の者だな」

弥次「さようでございます。私どもは前夜の泊りでごまの灰に取りつかれましてね。道中、えらく難儀いたしおります次第で」

侍「はあ、それは近頃気の毒なことじゃ。なるほどごまのはいが刺しおっては痛かろう」

北八「いや、ごまの灰と申しますのは、泥棒のことでございます」

侍「泥棒とは何じゃ」

北八「はい、泥棒と申すは、盗賊のことでございます」

侍「ははあ、何か、人の物を盗りよる盗賊のことを泥棒と申すのか」

語句

■ちろり-酒の燗をしたままで出し、銚子代用にもなる金属(銅など)製の円筒形で口のついた器。■さかづき-猪口ではない。漆器の酒器。■につけ-煮付。■わごりよ-『物類呼称』に「他(ひと)をさしていふ詞に、・・・豊前豊後にて、わごりよといふ」。■ネイ-浄瑠璃などでは、九州の奴(やっこ)などの「はい」という返事に使用してあるによったもの。■内室-細君。同輩の妻などをいう武士言葉。奥田氏のそれは、美人で聞えた人のつもり。■ねき-『物類呼称』に「際(きは)・・・幾内または尾張辺播州辺にても、ねきといふ。根際(ねきは)の略なるべし」などあって西国には限らない。一九の方言の正確でないこと、万事かくのごとし。■肴どもは手をつけないぞ-三十二文のも十二文のも肴は、「よいよい」と言って出させて、手をふれなかった。四十二文も、端数は切捨て、まけたので、この侍、「よいよい」と鷹揚である。■ちやばかりのんで-茶ばかり飲むと、一文を茶碗に入れて立つ風習であったという(膝栗毛輪講)。■よふおいで-よくおいでくださいましたと礼の言葉。■ならのさか-『東海道宿村大概帳』の千本松原の近くに、「車返しと唱へ候小坂之有」とある。これか。■千本の松原-沼津・五反田間の海浜。昔より好風景。また源平の昔、六代御前の切られた所。『俳諧裾野集』に「此まつ原、其かたち駿海を臨む。美嶽よき程にへだたり、右は愛鷹山遠く、左に伊豆山の松樹濃かに見わたさる。砂上に防風を生じて、味ひ佳なり」。■この景色~-「休まにゃならぬ」「いざ、たばこにせん」と地名にかけた狂詠。■でけたでけた-よくできたと、ほめた言葉。■ゑどもの-江戸者。洒落を解するからの推察。■ごまの灰-ごまの灰を、蝿の一種に考えての、とんちんかんな相槌。■どろぼう-『物類呼称』に「方外なる物を関東にて、だうらくと云ひ、大阪にて、どろぼうと云ふ。・・・又どろぼうとは東国にては盗賊と云ふ」とあるを利用したおかしみ。

原文

弥二「さやうでござります

侍「ソノ又どろぼうをごまの灰といふじやナ。なるほど解(げ)せた解(げ)せた

北八「ときに旦那へちとお願ひがござります。私ども右の泥房(どろぼう)にあいまして、さつぱり路用はとられてしまいましたから、大きに難(なん)儀をいたします。府中(ふちう)まで参れば、いかやうともいたしますが、それまでの所にこまります。そこで財(たから)は身のさし合せとやら、どふぞ是をうりたふござりますが、おかいなさつて下さりませぬか

トこしにさげたる、いんでんのきんちやくをいだし、みせる

侍「ホウそれはきのどく。途中でものを求むるは如何敷(いかがしい)が、お身たちの難義とあれば、求てつかはそふ。あたひななんぼじや

北八「ハイ三百ぐらゐにさしあげませふ

侍「それは高直(かうちよく)じや

北八「すこしはおまけ申ませふ

侍「しからばソノ巾着共のあたひな、かうと六十文はつかはそか

北八「それはあんまり

侍「六十一文の遣(つか)はそか

北八「もちつとおかいなさつて下さりませ

侍「しからば六十二文のつかはそか

北八「イエどふも

侍「左あらば清水(きよみづ)チウ、舞台(ぶたい)どもからとんだとおもふて、六十三文のつかはすか

北八「イヤモウ、そんなに壱文ヅツおかいなさつては、御相談(ごそうだん)ができませぬ。こういたしませう。丁度(てうど)にお買いなさつてくださりませ

侍「ヤ丁度とはなんぼじや

北八「ハイてうどと申すは百につばまりましたことを、てうどと申ますから、百文なら差上(さしあげ)ませふ

侍「ムムなにか、百のことをてうどといふか。しからばてうどにもとめてつかはそふ

北八「それはありがたふござります

トきんちやくをわたし百文取

モシ是は、安(やす)いものでござります。捨売(すてうり)にしても、根付(ねつけ)ぐるみでは、四五百がものはござります

現代語訳

弥次「さようでございます」

侍「そのまた世を忍ぶ変名がごまの灰とや言いおるか。なるほど、解せたぞ」

北八「時に旦那へちとお願いがござります。私ども、右のとおり、情ないさまに会いまして、その泥棒にすっかり路銀を取られてしまいました故、大いに難渋いたしおります。駿府まで参りますと、なんとかなりますが、それまでの所が困ります。そこで、財(たから)は身のさし合せとやら申します。どうぞこれを売りとうござりますが、お買い上げくださいませぬか」

と腰に下げた印伝皮(いんでんがわ)の巾着をはずして、おそるおそる見せる。

侍「ほう、それは気の毒。武士たる者が道中で物を買い求むるは、いかがなものかと思うが、お身たちの難儀とあれば求めてつかわそう。値はなんぼじゃ」

北八「はい。三百ぐらいにしておきましょうか」

侍「それは高値というものじゃ」

北八「少しはおまけ申しましょう」

侍「しからば、その巾着どもの値よな。六十文つかわすが、どうであろう」

北八「それはあんまりな。もちょっと高く」

侍「では、六十一文よな」

北八「もちょっと高くお願えしやす。お武家さま」

侍「されば、六十二文つかわそうか」

北八「いくらなんでも」

侍「さあらば、清水の舞台から跳んだと思うて、六十三文つかわすといたそうか」

北八「いやもう、そんなに一文づつお買い上げなすっては、御相談ができませぬ。こういたしやしょう。ちょうどにお買い上げくださりませ。ちょうどでげす」

侍「やや、ちょうどとはなんぼじゃ」

北八「はい、ちょうどと申すは百になったところを申しますから、百文ならさしあげましょう」

侍「むむ、百のことをちょうどと申すか。しからばちょうどに求めてつかわそう」

北八「それはありがとうございます」

と巾着を渡し、百文を受け取る。

北八「もし、これはお安い買い物でござります。いまどき、これぐらいの物ですと、捨値(すてね)にしても、根付ぐるみで四、五百はいたします」

語句

■解せた-わかった。■さつぱり-すっかり。■路用-旅行の費用。■財(たから)は身のさし合せ-物を持っていれば、急な場合に間に合って身の苦しみを逃れることができる意の諺。■いんでん-「印伝革」の略。「印度革」の訛で、初めは輸入品。羊・鹿などのなめし革に漆で模様をつけたもの。甲斐国(山梨県)で牛の革による模造が作られて一般化して、袋物などを作った。(『守貞漫稿』など)。■きのどく-ここは同情の気持ちを示す。現代と同義。■如何敷(いかがしい)-よくないことだが。悪い物をだまして売る者など横行するので、旅中用心の一つである。■清水-京都東山の清水観音の高い舞台から飛ぶごとく、思いきって事を決するたとえにいう。■つばまりました-きっちりとなる。下にも見えるごとく「てうど」とは、百のみでなく、十の単位や百の単位で、端数の出ないことを言うのである。■捨売-あまり損得にかかわらず、捨てるごとき安値で売ること。■根付-袋物や煙草入れの緒に付け、緒を締め、または挟む用とするもの。石や角、また玉などで作り、色や形にいろいろの趣向をこらし、上出来のものは、それのみでも高価である。

原文

侍「イヤ身ども悴(せがれ)どもが両人罷有(りやうにんまかりある)が、是は惣領(そうれう)へのよいみやげじやて

北八「ヘイあなたはまだお若(わか)うお見へなさいますに、お子達(こたち)がおふたりとは、よいお楽(たのし)みでござります。不躾(ぶしつけ)ながら、もふおいくつでござります

侍「あててお見やれ

北八「ハイあなたは、コウト、三十七八にも、おなりなされますか

侍「身ども当年巳(とうねんみ)のとしで、、四十二才にまかりなる

北八「それはおわかうござります

侍「コレハ御挨拶(ごあいさつ)。しかし身ども、相役(あいやく)の園原作野(そのはらさくの)ゑもん、米木津甚太夫(よねきづじんだゆふ)など、みな同年(どうねん)でまかりあるが、その内で身どもが、いつちわけへわけへといいおるて

北八「さやうでござりやせう

侍「それに又、家中(かちう)うちの、わけへおなごどもなぞが、身どもがことを、沢(さわ)むら宗(そう)十郎に似(に)ておるなぞと申す

北八「ハハアなるほど、

侍「ときに、お手前(てまい)はいくつじや

北八「だんな、おあてなさつてごろふじませ

侍「ムウお手前としな、こうと、廿七八にもなりおるか

北八「イエてうどでござります

侍「ナニてうど。アノ百か

北八「イヤ指で三本、これでござります

侍「ハア三百にはわけへおとこだ

みなみな「アハハハハハハ

このはなしにまぎれて、あゆむともなしに、小すは大すはを打越、ほどなく原のしゆくへつく。ここにてつれのさふらひにわかれて

まだめしもくはず沼津(ぬまづ)をうちすぎてひもじき原(はら)のしゆくにつきたり

北八「エエおめへまだ、そんなしみつたれをいふは。いまの銭(ぜに)で蕎麦(そば)でも喰(く)ふべい

弥二「ソリヤアよかろふよかろふ

トそばやへはいり

北八「ヲイ二ぜんたのみます

そばや「ハイハイ

トやがてそば二ぜんいだす

現代語訳

侍「いや、身どもは倅が両人あるが、これは惣領息子へのよい江戸土産」

北八「へい、貴方様はまだお若く見えますのに、お子たちがお二人とは、よい楽しみでござります。不躾ながら、もうおいくつでござります」

侍「当て見やれ」

北八「はい、あなたは、こうと、三十七八にもおなりなされますか」

侍「身ども当年己の年で、四十二才にまかりなるぞ」

北八「それはお若うござります」

侍「これは御挨拶、しかし、身ども相役の園原作野衛門、米木津甚太夫など、みな同年でまかりあるが、そのうち、いっち若い若いと言いおるぞよ」

北八「さようでござりましょう」

侍「それにまた、家中の若い女子どもが、身どもがことを沢村宗十郎に似ておるなぞと申しておる」

北八「ごむりごもっともで」

侍「ときに、お手前はいくつじゃ」

北八「旦那、お当てになってごろうじませ」

侍「うむ、お手前のご年齢は。こうっと、二十七、八にもなりおるか」

北八「なんのちょうどでございます」

侍「なに、ちょうど。あの百か」

北八「いやいや、指で三本、これでござります」

侍「はあ。三百にしては若え男だ」

皆々「あはははははは」

こんな馬鹿話に憂さもまぎれて歩みも気にならず、小諏訪、大諏訪もとっくに過ぎ、ほどなく原の宿へ着く。ここで連れの侍と別れる。

原より吉原へ

まだめしもくはず沼津(ぬまづ)をうちすぎてひもじき原(はら)のしゆくにつきたり

北八「ええ、おめえまだ、そんなしみったれを言うわい。いまの銭で蕎麦でもすするべい」

弥次「そりゃあ、よかろう、よかろう」

と蕎麦屋へ入り

北八「おい、二膳頼むぜ」

蕎麦屋「はい、はい」

とやがて二膳を出す。

語句

■惣領-家督を継ぐ長男。

※巾着を買ってもらったので、お愛想を北八がいう。けちだが人のよい西国侍は、それにのって自慢するのがおかしい。

■無躾(ぶしつけ)ながら-失礼ですが。■当年己の年-享和二年壬戍(1802)の執筆とすると、四十二歳の人は宝暦十一年辛巳(1761)の生れで、ちょうど己の年生れ。■コレハ御挨拶-褒めてもらって恐縮の意。いよいよ得意の体。■相役(あいやく)-同じ役目にある同僚。■いつち-一番。もっとも。■沢むら宗十郎-享和元年四十九歳で惜しまれて没した名優三世沢村宗十郎。当時色事師の随一といわれ、かつ大星由良之助を当たり役とした。ここで引くには最適の役者。大柄で人品男振りよしとの評が残る。

※北八のほうが、この自慢に、ちょっといかれた体の返事がおかしい。

■小すは大すは-小諏訪村・大諏訪村(東海道宿村大概帳)。■原のしゆく-沼津より一里半の宿駅(今の静岡県沼津市内)。■沼津をうちすぎて~-「沼津」に上から食わず「飲まず」、「原」にひもじき「腹」と地名を詠み込んだもの。■しみつたれ-意気地のないこと。情なくみじめなこと。

原文

弥二「ふといそばだ。くひでがあつていいわへ。北八もふいつぱいかへよふか

北八「イヤイヤ、そふいちどきに銭をつかつてはならぬ。又さきへいつて、なんぞやらかしやせうから、湯(ゆ)でもおもいれのみなせへ

弥二「そんなら、わけへしゆ、ゆをひとつくんな

そばや「ハイハイ

弥二「アアうめへうめへ。きた八のまねへか。ヲイヲイ、もふいつぱいくんな。ヲツトヲツトアツツツツツ、くちをやけどした。あんまりあつい。どふぞそばをちつと、うめてもらひてへもんだ

北八「コレコレわけへしゆ、たびたびきのどくだが、薬(くすり)をのむから、もふひとつゆをくんな

そばや「ハイハイ

北八「コレたつぷりだよ。ヲツトよし。しかし、わしがのむくすりは、したぢのはいつたゆでなければきかねへから、とてものことに、わけへしゆ、したぢをすこしさしてくんな。ヲツトよしよし

トふなの水をのむよふにぐつぐつとのんで

サアいかふ

弥二「でへぶ心(こころ)が慥(たしか)になつた

今くひしそばはふじほど山もりにすこしこころもうきしまがはら

現代語訳

弥次「太い蕎麦だ。食いでがあっていいわい。北八、もう一杯もらおうか」

北八「いやいや、そう一時に銭を使ってはならぬ。又先へ行って、なんぞやらかしやしょう。お湯でもがぶがぶ飲みなせえ」

弥次「そんなら、若え衆、湯を一杯くんな」

蕎麦屋「はい、はい」

弥次「ああ、うめえ、うめえ。北八飲まねえか。おいおい、もう一杯くんな。おっとっと熱つつつつつつ。口を火傷した。あんまり熱いぜ。どうぞ蕎麦をちっとうめてもらいてえもんだ」

北八「これこれ、若え衆、たびたび申し訳ないが、薬を飲むから、もう一杯湯をくんな」

蕎麦屋「はい、はい」

北八「たっぷりくんねえ。おっとよし。しかし、わしが飲む薬は、蕎麦のしたじの入った湯でなきゃきかねえから、いっそのことに若い衆、蕎麦のしたじを、少しさしてくんな。おっと、よしよし」

と鮒が水を飲むようにがぶがぶと飲んで

「さあ。行くとするか」

弥次「でえぶ心が確かになった」

今くひしそばはふじほど山もりにすこしこころもうきしまがはら

語句

■ふといそばだ-蕎麦は細いをもってよしとするが、この場合は、腹の足しにしたいので、田舎風の太いをよろこんだもの。■くひでがあって-食うかいがあるように感じられること。■湯-蕎麦湯。蕎麦を茹でた熱い湯で、蕎麦屋では、客に振舞う習慣である。下地即ちだし汁をさして飲む。■おもいれ-十分に。満足するほど。■そばをちつと-熱い湯に冷たい蕎麦切を入れて、熱さをさますという。風呂の熱いに沢庵を入れてほしいなどの落話のおちを模したもの。■したぢ-蕎麦につけるだし汁。■ふなの水をのむよふに-せわしそうに飲むさまの形容。■心が~-腹も大きくなり気持ちがしっかりしてきた。■うきしまがはら-原と次の吉原の間、浮島観音のある一帯の沼多い野。この辺から富士山が正面に見えてくる。『諸国道中記』に「うき嶋が原東西三十り也、但し六町を一里とす」。『俳諧裾野集』に「富士の根瀉なり。此辺りもし洪水みなぎる事あれば、この地一面に浮たちて、水上に草野を見る。かかりけるにや、古より、浮島が原の名はありける」。狂歌は、今の蕎麦を富士山のごとく山盛りにして食したので、所の名の浮島が原のごとく、気持も少しは、うきうきしてきたの意。

原文

それより新田(しんでん)といへる、建場(たてば)にいたる。爰(ここ)はうなぎの名物(めいぶつ)にて、家(いへ)ごとにあふぎたつる、かばやきの匂(にほ)ひに、ふたりは鼻(はな)のさきを、ひこつかして

蒲焼(かばやき)のにほひを嗅(かぐ)もうとましやこちらふたりはうなんぎのたび

頓(やが)て元吉原(もとよしはら)を打すぎ、かしは橋(ばし)といふ所にいたる。此所より富士(ふじ)の山正面(しやうめん)に見へて、すそ野第一の絶景(ぜつけい)なり。弥二郎取あへず

餅(もち)の名のかしは橋とて旅(たび)人のあしをさすりて休(やすみ)やすらん

斯(かく)て吉原の駅につく。棒(ぼう)ばなの茶屋女共、いづれも黄色(きいろ)なる声々(こへごへ)に「お休なさいやアせ。さけウあがりやアし。米(こめ)を飯(めし)をあがりやアし。こんにやくと葱(ねぎ)のお吸物(すいもの)もおざりやアす。おやすみなさいやアし

かごかき「かごよしかな、かご

馬かた「ヲイ旦那衆(だんなしゆ)、馬(おま)アどふだ。戻(もど)りだからやすい

弥二「今迄乗(のり)づめにのつてきたから、ちつと是からひろいやせう

「ころびやせうがきいてあきれらア

それよりこのしゆくはづれにやぶれあみがさをきたるらう人ものとおぼしく扇をもちて

ウタイ「いざいざ酒をのまうよ。さておさかなはなになにぞ。ころしも秋のやまくさ、ききやうかるかやわれもかうしをんといふは何やらん。道中(だうちう)わづらひまして、なんぎをいたします。なにとぞ路銭(ろせん)の御合力(ごかうりよく)をねがひます。

現代語訳

新田という宿場に着いた。ここはうなぎが名物で、家ごとに扇ぎ立てる蒲焼の匂いに、二人は鼻の先をうごめかし、

蒲焼(かばやき)のにほひを嗅(かぐ)もうとましやこちらふたりはうなんぎのたび

やがて元吉原も過ぎて、かしわ橋という所に着く。ここぞまさしく、海道一の絶景の名にそむかず、富士の山が真正面に仰ぎ見られるすぐれた展望所。弥次郎はすかさず一首、

餅の名のかしは橋とて旅(たび)人のあしをさすりて休(やすみ)やすらん

かくて吉原の宿に着いた。

吉原より蒲原へ

とっつきの茶屋女どもが黄色い声々に、

「お休みなさいやあせ。酒えあがりやあし。米の飯をあがりやあし。こんにゃくと葱(ねぎ)のお吸物もおざりやあす。お休みなさいやあし」

かごかき「篭はよしか。駕や駕」

馬方「おおい、旦那衆、馬はどうだ。戻りだから安いだ」

弥次「今まで乗り詰めに乗ってきたから、足が丸太棒になってらあ。ちっと、これから歩きましょう」

北八「ころびやしょうが聞いてあきれらあ」

それから、この宿場外れに破れ編み笠を被った浪人と思われるの者が扇を持って、

謡「いざいざ酒を飲もうよ。さてお肴は何々ぞ。ころしも秋のやまくさ、桔梗(ききょう)、刈萱(かるかや)、われもこう、しおんというは何やらん。道中煩(わずら)いまして難儀をいたします。なにとぞ路銭(ろせん)の御合力(ごごうりょく)をお願いいたしたい」

語句

■新田-『諸国道中記』に「新田、此所うなぎ焼きうり」。『東海道名所図会』に「鰻を四ツ屋柏原の茶店に出して商ふなり」と。この間の新田は檜新田・大野新田という。『改元紀行』に「江戸前の魚とはさまかはりて、わづかに一寸四方ばかりにきりて、串にさしつかねたる藁にさし置けり。長くさきたる形とは大に異なり、味も又佳ならず」。■かばやき-語源に諸説あるが、『瓦礫雑考』に「かばやきの名も、蒲の穂のかたちによりたりと証は、大草家料理書に、宇治丸はかばやきの事、丸にあぶりて後に切るなり。醤油と酒と混ぜて作るなり。又山椒味噌つけていだしてよき也、といへるにてその形をおもひ見るべし」をよしとする。■ひこつかして-ひくひくさせて。■蒲焼のにほひを~-「うなぎ」に「難儀」を言いかけた。平常はよろこぶ蒲焼の匂いをかぐも、このたびばかりは、恨めしい。我ら二人は求める金もない難儀な旅だから。■元吉原-中世以来の吉原駅があった地。鈴川村(今は富士市内)。明暦元年(1655)の『道中記』は、よた村の東にあって、元吉原。万治二年(1659)の『道中記』には、よし原の東に、もと吉原と見える。この間に改まった。天和二年(1682)とする『東海道名所図会』の説いかが。■かしは橋-明暦の『道中記』に「吉はら、町はづれに橋有り二十六間也」(『東海道宿村大概帳』、寛政四年(1792)に作ったのは二十三間)と見えて、西の依田村との間、かわい川に架かる。『諸国道中記』に「元吉原、かしは橋、富士の裾野、此所よりふじ山よく見ゆる。すそのべうべうとひろし」。■さすりて-柏餅は、手でさすって柏をはぐので、「かしは」と「さする」の縁語で作った狂詠。■吉原の駅-原より三里六町の宿駅(今の富士市内)。■棒ばな-宿はずれの榜示杭のある所。■黄色なる声-甲高い声。■米を-麦飯にあらずとの意。■今迄乗りづめに乗ってきたから-から見得とおどけての発言。■ひろいやせう-貴人の徒歩する事に言う。■ころびやせうが~印が無いが北八の言。気取って「ひろいやせう」と言ったのを、あざけって吐いた言。

※以下の所は、旅の物乞や、道中の物売を点出して、旅情を出すための部分。

■あみがさ-藺草で編んだ笠。日傘または夜をはばかって顔を隠すなどに使用。ここは後者。■らう人もの-浪人者。主と禄に離れた者。ここは職も無く物乞同然に、謡をうなって金を乞うている。■いざいざ酒をのまうよ~-謡曲「大江山」の一部分。本文には、節付けがしてある。「・・・さてお肴は何々ぞ。頃しも秋の山草、桔梗・刈萱・割木香・紫苑と云ふは何やらん」。■路銭-路用に同じ。旅費。■御合力-当時は澄んで読む。御援助。

原文

北八「イヤモウ、わつちらアゆふべごまの灰に、路用(ろよう)をとられて壱文なしだ。どふぞもらひためがあらば、こつちへ御合力ねがひます。

らう人「そんならコレつくなつくな

トそうそうに行過る。ふたりもおかしさ打わらひツツたどり行に、村はづれに小屋がけして、くはんおんさまのかけぢをかけ、あさのやぶれごろもきたるぼうさま、いねふりをしていたりしが、たび人を見ると、にはかにりんをうちならし

観音経「妙法蓮花経普門品第始終忽多闇(めうほうれんげきやうふもんぼんだいしじうごつたやみ)、世間子息大分遊興毎晩三味線(せけんしそくだいぶんゆうけうまいばんさみせん)、音曲滅多無正(おんぎよくめつたむしやう)、夜前大食翌日頭痛八百(やぜんたいしよくよくじつづつうはつぴやく)、羅利古灰(らりこはい)、笑止千万(せうしせんばん)、近辺医者早速御見舞(きんぺんいしやさつそくおんみまひ)、調合煎薬(てうがうせんやく)、呑多羅久多良腹張多心経(のんだらくたらはらはつたしんぎやう)チインチインはなのした空殿(くうでん)のこんりう。おこころざしをおたのん申ます

北八「おきやうがおもしろへから、寄進(きしん)につきやせう

坊主「ハイそれは御苦労(ごくろう)、お名をしるしませう

弥二「そんなら、弥次郎兵衛とつけなさい

坊主「ハイ俗名(ぞくめう)弥次郎兵衛

弥二「エエ、まだ死にやアしねへわな

坊「ヘイまだ死ならしやらんのかな。イヤ是へはおこころざしの戒名(かいめう)をしるします

北八「ヲイそんならそけへかいてくんな。釈(しやく)の急難(きうなん)取つめた仏果菩提(ぶつくはぼだい)のため、ソリヤ壱文

トなげだして行すぎる。松ばらの中ほどに、十四五のまへがみ、どてをくづしてやくはんをかけ、くはしなどならべて、あそぶかたてにたび人をよびたつる

「おやすみなさいませおやすみなさいませ」

北八「サア弥次さん、くわしでもくわねへか

弥二「チトやすまう

トどてのうすべりのうへへこしをかけて、ふたりながらくわしをしてやり

北八「小ぞう、このくはしはいくらづつだ

小ぞう「アイ弐文ヅツ

弥二「五ツくつたからいくらだ

小ぞう「わしはいくらだかしりませない

現代語訳

北八「いやもう、わっちらあ昨夜(ゆうべ)ごまの灰に、路用を盗られて一文なしだ。どうぞ、もらいだめのへそくりでもあれば、こっちへ御合力願います」

浪人「その儀なれば、身どもにつくな、つくな」

と早々に行き過ぎる。二人も可笑しくて笑いながら歩いて行くと、村外れに小屋掛けをして、観音様の掛軸をかけ、麻の破れ衣を着た坊さまが、居眠りをしたりしていたが、旅人を見るとにわかに鈴を打ち鳴らし

観音経「「妙法蓮花経普門品第始終忽多闇(みょうほうれんげきょうふもんぼんだいしじうこったやみ)、世間子息大分遊興毎晩三味線(せけんしそくだいぶんゆうきょうまいばんしゃみせん)、音曲滅多無正(おんぎょくめったむしょう)、夜前大食翌日頭痛八百(やぜんたいしょくよくじつずつうはっぴゃく)、羅利古灰(らりこはい)、笑止千万(しょうしせんばん)、近辺医者早速御見舞(きんぺんいしゃさっそくおんみまい)、調合煎薬(ちょうごうせんやく)、呑多羅久多羅良腹張多心経(のんだらくだらはらはったしんぎやう)。ちいんちいん鼻の下空殿(くうでん)の建立(こんりゅう)。お志しをおたのん申ます」

北八「お経がおもしろいから、寄進いたしやしょう」

坊主「はい、それは御奇特な。寄進帳に御芳名をしるしましょう」

弥次「はい、そんなら弥次郎兵衛とつけなさい」

坊主「はい、俗名弥次郎兵衛」

弥次「ええ、まだ死にはしねえわな」

坊主「へい、まだ死なしゃらんのか。いえいえ、ここには死んだお方様の戒名をしるすのでございます」

北八「おい、そんならそけえこう書いてくんな。釈(しゃく)の急難取りつめた仏果菩提(ぶっかぼだい)のため。まずは空腹供養のため。そうれ、一文。ちゃりん」

村はずれからつづく松原の中程に、十四、五の前髪立ちが、土手の一ヵ所を崩して竈を作り薬缶(やかん)をかけ、そばに菓子を少々並べている。遊ぶ片手間に小商い、といえど、ぬかりなく旅人に呼びかける。

「お休みなさいませ。お休みなさいませ」

北八「さあ、弥次さん、菓子でも食わねえか」

弥次「うん。ちと休もう」

と土手の薄縁の上に腰かけて、二人とも菓子を食べる。

北八「小僧、この菓子はいくらずつだ」

小僧「あい、二文ヅツ」

弥次「五つ食ったからいくらだ」

小僧「わしはいくらだか、勘定が苦手で知りませぬ」

語句

■もらひためがあらば-施し物がたまっていたら。■つくな-乞食などに物乞いをせがまれた時に断る言葉。ついて来るな。■かけぢ-掛字(和訓栞)。一般に掛物のこと。この仕掛けで観音経を唱えて、社寺建立のための勧進と称したが、偽りの物乞も多かった。以下は一九の戯文となっている。■観音経-『尿法蓮華経』第八巻第二十五観世音菩薩普門品のこと。初めは普門品のもじり。■忽多闇-「やみ」と「ごった」。甚だ乱雑無茶な事。■滅多無正-甚だしいこと。■八百-頭痛のひどい形容。■羅利古灰-めちゃくちゃのさま。■笑止千万-気の毒さの甚だしいこと。■久多羅良腹張多心経-下ったの意から「波羅密多心経」(般若心教のこと、観音経と心経を混交した滑稽)のもじりに続けた。■はなのした-「鼻の下食殿」で口のこと。寺社の建立でなく、自分の口のやしないのためなるを、おかしく言った。■おこころざし-御報謝。気持ちのあるところを示す金。■寄進につきやせう-勧進に寄付しましょう。■俗名-死んで戒名がついたときに、生前の俗称を言う。■戒名-死者につける法号。■釈の急難-一向宗の戒名は「釈◎◎」とするをもじって、「急難」と当てた。「取つめた」は窮迫の意。■仏果菩提のため-成仏できることを祈っての意。■まへがみ-前髪姿の子ども。■あそぶかたてに-遊びながら一方で。■うすべり-薄縁。粗末な茣蓙(ござ)に縁を付けた敷物。■してやり-食べて。

原文

北八「そんならこうと、五つで二五の三文か。コレここにおくぞ

弥二「ヒヤアこいつはやすいもんだ。もふひとつくをふ。コリヤアいくらだ

小ぞう「ソリヤア三文

北八「ドレドレうめへうめへ。小ぞう、せんの銭はすんだぞ。あとのくはしが、四ツくつたから、三四の七文五分(ごぶ)か。エイハ五分はまけろまけろ

弥二「イヤ、餅(もち)もあるな

北八「ドレこいつはうめへ。このもちはいくらだよ

小ぞう「ソリヤア五文どりよ

北八「五文ヅツならこうと、ふたりで六ツくつたから、五六十五文、ソレやるぞ

小ぞう「イヤこのしゆは、モウ塵劫記(じんこうき)じやアうりましない。五文ヅツ六ツくれなさろ

北八「ヤアヤアヤア銭(ぜに)があるかしらん

小ぞう「ここへ出しなさろ。一ツ二ツ三ツ四ツ

ト五文ヅツひとつひとつにかぞへてめのこざんやうにひつたくられ

弥二「こいつは大わらひだ

北八「とんだ目にあつた。サアいかふ

ト立あがり四五けんもゆきすぎ

北八「アノ小ぞうは如才(じよさい)のねへやつだ。アノ餅(もち)がナニ五文取なものか。二文か三文の餅だろふに、高(たか)くうつて、しよてのそんをうめやアがつた「いまいましい。今くつた餅が喉につまつたアゲツゲツ

トおかしさ半分、子どもとあなどつて、じきにむくつたと、打笑ひたどり行

それより久沢(くざは)の善福寺(ぜんぷくじ)といへるに、曽我兄弟(そがきやうだい)の石碑(せきひ)あるを、おがみて

北八

今曽我(いまそが)に機縁(きゑん)を結(むす)ぶわれわれは外(ほか)に一家(いつけ)も壱もんもなし

富士(ふじ)川のわたし場(ば)にいたりて弥次郎兵へ

ゆく水は矢(や)をいるごとく岩角(いはかど)にあたるをいとふふじ川の舟

此渉(わたし)を打越けるに、はや日も西(にし)の山の端(は)にちらつき、おのづから道急(みちいそ)ぐ馬士唄(まごうた)の竹(たけ)にとまる、雀色時(すずめいろどき)、やうやう蒲原(かんばら)の宿(しゆく)にいたる

現代語訳

北八「そんならこうと、ひい、ふう、みい、よう、五つで二五の三文か。これ、ここに置くぞ」

弥次「ひゃあ、こいつは安いもんだ。もうひとつ食うぞ。こりゃあいくらだ」

小僧「そりゃあ三文」

北八「どれどれ、うめえ、うめえ。小僧、前の分は払いが済んだぞ。後の菓子が、四つ食ったから、三四の七文五分か。ええじゃないか。五分はまけろまけろ」

弥次「いや餅もあるな」

北八「どれ、こいつはうめえ。この餅はいくらだよ」

小僧「そりゃあ一個五分均一」

北八「五文ずつなら、弥次さんと二人で、六つ食ったから、五六、十五文。そうれ、銭はやったよ」

小僧「いやはやこの衆は。もう塵劫記(算数の教科書)どおりじゃあ売りましない。五文ずつ六つくれなさろ。現金を数えますだ」

北八「や、や、や、やあ。銭があるかしらん」

小僧「ここへ出しなさろ。一つ、二つ、三つ、四つ」

と五文ずつひとつひとつに数えて目の子算用にひったくられる。

弥次「こいつは大笑いだ」

北八「とんだ目に遭った。さあ、行こう」

と立ち上り、ものの四五間も行過ぎてから、

北八「あの小僧は如才のねえちゃっかり者よ。あんな餅が五文均一なものか。たかが二文か三文だろうに、高く売りつけて、初手の損を埋めやがった。いまいましい。今食った餅が喉に詰まったわい。げっ、げっ」

と可笑しさ半分、子どもと侮って、すぐに報いが来たと、笑いながら辿り行くと、久沢の善福寺という所で、曽我兄弟の石碑があるのを見つけて、それを拝み、北八

今曽我(いまそが)に機縁(きゑん)を結(むす)ぶわれわれは外(ほか)に一家(いつけ)も壱もんもなし

富士川のわたし場にいたりて弥次郎兵衛

ゆく水は矢(や)をいるごとく岩角(いはかど)にあたるをいとふふじ川の舟

この渡しを越えて行くと、早くも西の山の端には斜陽がちらつき、おのずから道を急ぐ馬士唄の文句じゃないが、竹に雀は品よくとまる、雀色時の薄暗がり、夕闇迫る中をようよう蒲原の宿に着いた。

語句

■せんの銭はすんだぞ-先の銭は支払ったぞ。■七文五分-七文と一文の半分。「分」はここでは「文」の下の単位。■五文どり-「げんこどり」と読むか。「げんこ」は「五」の隠語。■塵劫記(じんこうき)-通俗日用数学書。寛永四年(1627)吉田光由によって出刊された。その後もこの種のものは、みな「塵劫記」の書名をもって、種々出ている。ここでは、その初めにある「九々之事」をさす。■めのこざん-算盤など算法を用いず、見たところで数えて勘定すること。■如才のねへやつ-ぬかりのないやつ。■しよて-初手。最初。滑稽を、このように後で説明する方法を用いるのは、初期の戯作にはない。多数の、したがって知識や読書量の少ない読者を予想した場合で、一九はすでに大衆小説の作者たる心構えであったことを、物語るところである。■じきに-直に。すぐに。■むくつた-報があった。 ■久沢の善福寺-『諸国道中記』に「右の方久沢(静岡県富士市内)と云ふ所、福禅寺(『東海道名所図会』など「福泉寺」)と云ふ寺に、曽我兄弟の石塔いはゐ有り。祐成 高崇院峯岩良雪禅門、 時宗(正しくは「時致」)鷹岳院士山良冨居士と有り」。此辺鷹がおかと云ふ。時宗を切りたる所も有り」。 通称曽我寺。■曽我兄弟-曽我十郎祐成・五郎時致の兄弟。建久四年(1193)、富士野の狩場で、父の仇工藤祐経を討つ。『曽我物語』以来、小説演劇の材としても有名。■機縁-仏語。ここ参拝して因縁を結ぶ程の意。■一家(いつけ)-「一家一門」を、またしみたれて「一文」とかえた。「機縁」の「縁」と「一家壱もん」は縁語。ただし貧乏で有名な曽我との縁は、今の二人とは、ないとはいえまいと、おかし。■富士川-富士山に発して駿河湾に入る。日本三大急流の一。『諸国道中記』に「富士川、吉原とかん原のまん中也。ながれ甚はやし。舟渡也。船賃十六文(文化二年刊『早見道中記』も)」。■矢をいるごとく-早いさまの形容。「いる」と「あたる」は縁語。急流は矢を射るごとくに早いが、富士川の舟で、岩角に当ることが合ってはたまらないの意。■雀色時-雀の羽根の色のごとく空の色も暮れんとする夕暮時。早く、近世初めの『あだ物語』にも「われは日暮れて雀色時にもならば」などあって、近世を通じて使用(潁原退蔵『雀色時』)。■蒲原の宿-吉原から二里二十五丁三十間の宿駅(今は静岡県庵原郡蒲原町)。

次の章「後編坤 蒲原より由井へ

朗読・解説:左大臣光永

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