後編坤 蒲原より由井へ

道中膝栗毛後編 坤

原文

此宿の御本陣に、お大名のお着きと見へ、勝手は今膳の出る最中。北八そとよりさしのぞきて「コウ弥次さん、ちよつと此ふろしきづつみを、もつてゐてくんな

弥二「どふする

北八「イヤちよつとのまだ

ト弥二郎につつみをわたし、御本人へすつとはいり、かつてのどさくさの中へあがり、かたすみのほうへすはると、本じんの女だんだんぜんをもちはこび、大ぜいへすへると北八

「ヲイここへも一ぜん

女「ハイハイ

トすへる。かかるこんざつの中ゆへ、人もきがつかず、きた八おもふさま、くつてしまひ すきまを見て、手ぬぐひをひろげ、わんにもりたるめしを、一ぜんちやつと打あけ、てぬぐひに引きつつみ、やがてこそこそとにげ出、まごつく内、弥二郎はむかふの軒の下にまちたいくつして

「きた八か

北八「ヲイヲイ

弥二「どけへいつた

北八「へへおらア飯をくつてきたが奇妙か

弥二「エエどこで

北八「本陣でどさくさまぎれに、五六杯やらかしてきた

弥二「ソリヤアいいことをした。しかし手めへも実のねへもんだ。なぜおいらもつれていかねへエ

北八「イヤおめへにやアみやげをもつてきた

ト手ぬぐひにつつみしめしをいだす

現代語訳

蒲原より由井へ

御本陣にはお大名の御一行のお着きとみえて、台所は今配膳の最中。北八は外から本陣のこの様子を覗き見て、

「弥次さん、ちょっとこの風呂敷包みを、持っていてくんな」

弥次「どうするんだい」

北八「いや、ほんのちょっとの間だ」

と弥次郎に包みを渡し、御本陣の中へすっと入り、台所の配膳のどさくさに紛れて中へ上り、片隅の方に坐る。本陣の女中たちがだんだんと膳を運び出し、お大名の大勢の御一行の前に据えると

北八「おい、ここへも一膳」

女中「はいはい」

と膳を据える。このような混雑の中なので、人も気づかず、北八の思い通り、食ってしまい、隙を見て、手拭を広げ、椀に盛られた飯を一膳素早く移して手拭に包み込み、やがてこそこそと逃げ出した。気が気でない素振りで、弥次郎は向かい軒下で、退屈して待ちくたびれていたが、

「北八か」

北八「おいおい」

弥次「どけえ行った」                          

北八「へへへ、おらあ飯を食ってきたが奇妙か」

弥次「ええっ、どこで」

北八「本陣でどさくさに紛れて、五六杯食ってきた」

弥次「そりゃあ、うめえことをしたな。しかしおめえも実のない奴だ。なぜおいらも連れていかねえ」

北八「いや、そのかわり、おめえにや手土産を持ってきた」

と手拭に包んだ飯を取り出す。

語句

■御本陣-ほとんどの宿駅にあって、公卿大名や幕府の官人のための宿で、格式あり代々世襲された。ただし官人の宿泊が無い時は、普通の客も泊った。蒲原は平岡久兵衛家、『東海道宿村大概帳』では本町にあり二百八十四坪余あった(大熊喜邦『本陣の研究』)。『江戸道中勝景行程記』(刊年未詳)も同じ。■勝手-台所の次の間。本陣の図を見るに皆、勝手入り口を入った所に、広い板の間がある。その辺で供の者の夕飯を出す体としたのである。ただし実際には、みだりに余人の出入はできなかったはずである。■ふろしきづつみ-旅具を包んだもの。■どさくさの中-騒がしく混雑している中。■ちやつと-素早く。■まちたいくつして-待ちくたびれて。■いいことをした-うまいことをしたであろう。■実-実意。

原文

弥二「なんだめしか、有がてへ、イヤなかなか、手めへきがきいてゐるはへ。アアうめへうめへ

トのこさずくつてしまい、かの手ぬぐひをうちふるつて

「ヤア、これは、手ぬぐひにつつんできたな。エエきたねへ

北八「ナニきたねへものか

弥二「それだとつて、手めへが金玉(きんたま)やなにかをあらつた、手ぬぐひだものを。アアむねがわるいペツペツ

北八「ハハハハ、時に宿(しゆく)はづれにいつて、木賃と出よふ

ト打つれて此しゆくのぼうばなへ出そこらあたりをまごまごして

弥二「コウどふぞいきな女のある内へとまりてへの

北八「ナニ木賃でとまる内に、いきもひやうたんもあるものか。ハテどこだかしれねへ

トあつちこつちのうちをのぞきあるき、のきしたにねている、犬のあしをふんで大きにくひつかれ

北八「アイタタタタタ

犬「キヤアンキヤアン

すしうりのこへ「あぢのすウし、さばのすウし

北八「コウすしやさん、ここらに木ちん宿はねへかの

すしや「アイ、むかふのとつぱしのうちよ

弥二「アイおせは

トずつとはいりみれば、たたみの四五でうもしかれよふといふ内にて、ぶつだん一ツと、やぶれつづらひとつのしんだい、あるじは七十ちかきおやぢ、いろりのきはにわらをなつている。じざいにてつるしあるなべに、なにかぐつぐつにへるそばに、六部がひとり、じゆんれいふたり、一人は六十余のおやぢ、一人は十七八のむすめ、、おいづるをきたまま、あかぎれだらけのあしをのばし、火にあたつている。此家のばばあ、松のえだを、へりおりいろりへくべながら、

「こつちへはいらしやりませ      

現代語訳

弥次「なんだ、飯か。有難たい。いやなかなか、手前(てめえ)気が利いているわえ、うめえ、うめえ」

と残さず飯を食ってしまい、かの手拭を打ち振るって

「やあ、これは、手拭に包んできたな。ええきたねえ」

北八「なにきたねえものか」

弥次「それだとって、手前が金玉や何かを洗った、手拭だもんな。ああ気持ち悪い、ぺっぺっ」

北八「はははは、時に宿外れに行って木賃泊りと出よう」

と連れだって、この宿の場末をうろうろして木賃宿を探す。

弥次「どうだ、粋な女のいる家に泊まりてえのう」

北八「なに、木賃で泊まる家に、粋も瓢箪もあるものか。第一に木賃宿らしいものもありはしねえぜ。さて困った」

とあっちこっちの家を覗き歩き、軒下に寝ている犬の足を踏んで、たいそう食つかれ

北八「あいたたたたた」

犬「きゃあん、きゃあん」

鮓売りの声「鰺のすうしぃ~、鯖のすうしぃ~」

北八「これ鮓屋さん、ここらに木賃宿はねえかの」

鮓屋「ああ、それなら向こうのいちばんはずれの家よ」

弥次「いや。有難う、恩に着るぜ」

と教えられた家の門口から遠慮なく家内に入る。畳四五畳分の広さに見える家の中には、仏壇が一つ、破れつづらが一つが全財産の暮らしぶり。主人は七十近い爺さんで囲炉裏の傍で縄をなっている。自在鉤の鍋で何かぐつぐつ煮ている傍には、六部(ろくぶ)が一人と順礼が二人。一人は六十あまりのおやじ、一人は十七八の娘がおいずる羽織を着たまま、あかぎれだらけの足を伸ばして火にあたっている。木賃の婆さんが松の枝をへし折り囲炉裏にくべながら、

「こっちへ入らしゃりませ」

語句

■木賃と出よふ-木賃泊りにしよう。宿泊人が食料を持参、それを炊(かし)ぐ薪代即ち木銭を支払って宿る形式。それ用の宿を木賃宿という。■ぼうばな-宿駅の外れで、その宿名の榜示杭が立っている所。■いきもひやうたんもあるものか-「いきもへちまもあるか」の類。そんなことに関われるものかの意。■すしうりのこへ-蒲原は海に近い所ゆえに、鮓売りを点出したのであろう。■あぢのすウし、さばのすウし-「鰺の鮓、「鯖の鮓」の呼声。■とつぱし-最も端。■やぶれつづら-破損した葛籠。全身代といっても仏壇と葛籠。ほかに何も見あたらないのである。■いろり-囲炉裏。■じざい-自在鉤。炉火の上に、鍋や茶缶など吊るす時に使用するが、伸び縮みし、上げ下げが自由にできるもの。■六部-「六十六部の略称。『守貞漫稿』に「諸国の神仏に順拝するを云ふ。回国とも・・・其扮男女ともに、鼠木綿服・手おひ・股引・脚半・甲掛皆同色。各帯前に鉦を畳付けて腰に下げ、或は手に鈴を振り、銭を乞ふ。笠一種あり。・・・或は厨子入りの仏像を負ふもあり」。ただし、実際の回国のほか、物乞のみの者も多かった。西国順礼も同じ。■じゆんれい-「西国順礼」の略。『守貞漫稿』に「西国三十三所観音に順詣する者を云ふ。其扮男女ともに平服の表に、木綿の袖無半身の単を着す。号しておひづると云ふ。父母在る者、左右茜染、片親在る者中茜染、父母共に亡き者は全く白也。三十三所一拝毎に、其寺の印を押せり・・・三十三所の詠歌を唱へ唄ひて銭を乞ひ、杉形の菅笠に四句の文等を書く」。■おいづる-順礼の着物の上に着る袖なし半身のひとえ物。

原文

北八「わしらを今夜(こんや)とめてくんなせへ

おやぢ「あがらしやりませ。ソレそこに水がある。あしよヲゆすぎなさろ

あしをあらひながらきた八

「弥次さん見ねへ いい順礼がとまつている

弥二「ホンニこいつ、ただはおかれぬ ひだるい時にやアまづいものなしだ

ト打ちわらひあしをあらひて上へあがる

六部「サアここへ来てあたりなさろ

北八「コウ弥次さんもつとそつちへよりな

とむすめのそばへわりこんですわる あるじのばばはいろりのなべをおろし

ばば「サア粥(かい)ができた。みんなくひなさろ

弥二「ソレハあつたかでよかろふ

ばば「インネ、こんたしゆのことじやアござらぬ。コリヤアこのしゆのかいだアよ

順礼「イヤけふもらつた米(こめ)ア、しいなばつかしたんとあつて、そして半分は石ころだアのし こりよヲくつたら腹がおもたくなるだんべい

ばば「ろくぶさんのも三合ばかりやアあつたんべい そこへわけてくひなさろ

トこの内じゆんれい六部もてんでんにちやわんを出しもつてくふうち だし合の米なれば弥二郎きた八はただ見ているばかり 手もちなくてたばこ入のそこをはたく 六部はやがてくひしまいて

「ふたりのお衆はさだめし、おゑどのしうだろふが、わしどもはおゑどで、てんこちもない目にあつたアもし

現代語訳

北八「わしらを今夜泊めてくんなせえ」

おやじ「あがらしゃりませ。それそこに水がある。足をゆすぐなさろ」

足を洗いながら北八

「弥次さん見ねえ。いい順礼が泊まっている」

弥次「ほんに、これは、ただではすまされぬ。ひもじい時には、まずいものはまずなしだ」

軽く笑いにまぎらせて、足を洗って上にあがる。

六部「さあ、ここにきてあたりなさろ」

北八「弥次さん、もっとそっちへ寄んな」

娘の傍へ割り込んで座る。宿の婆さまが鍋を自在からおろして、

ばば「さあ、粥ができました。みんな食いなさろ」

弥次「いや、そいつあ温かでよかろうな」

ばば「いいんにゃあ、あんた衆に言うたことじゃござらぬ。こりゃあ、こっちの衆の粥じゃよ」

順礼「今日もらった米ゃあ、粃(しいな)ばっかしたんとあって、その上半分が石ころだあ。食ったら腹が重たくなるだんべい」

ばば「ろくぶさんのも三合ばかしやアあったんべい そこへわけて食いなさろ」

と順礼も六部も椀を出してめいめいに持って食ううちに、出しあいの米なので弥次郎と北八はただ見ているばかりである。手持ちぶさたに煙草入れの底をはたくように飲み続ける。六部はやがて食い終わり、

「二人の衆は、定めしお江戸の衆だろうが、わしらはお江戸でとんでもない目にあいましたもんじゃ」

語句

■ただではおかれぬ-このまま見過ごせない。食欲だけでなく、この方も意地汚い二人である。■ひだるい時にや~-空腹な時には何でもうまい。不自由な時には何でも喜ばれるの意の諺。■インネ-いやいや。■こんたしゆ-此方衆。あんた方。■しいな-粃(しいな)。実の入っていない籾(もみ)。その上に石が混ざっている。米の屑を貰って来た気持。■てんでんに-面々。各自。■だし合-持ち物を各々出し合せた。ここは木賃宿の体を写したもの。■手もちなくて-手持ち無沙汰で。■てんこちもない-『物類呼称』に「あつまじき事をするといふ詞のかはりに、東国にて、てんこちもないと云ふ。又つがもないと云ふ詞も是にひとし」。

原文

弥二「どふしなさつた

六部「わしがハアこの六部(ろくぶ)になつた、因縁(いんねん)のウかたり申べいが、ヤレ扨(さて)人といふもなアはあ、運(うん)がなくちやア、もちあげべいにも、あん(何)としてなづき(頭)やアあがり申さない。わしがハア、わかい時分(じぶん)におゑどに居(ゐ)申たが、そのときあんでもハア、夏のとつつきから秋へぶつかけて、毎日毎日、づなく(無上)風のふいたことがあり申た。其のじぶんハア、あんでも金儲(かねもふけ)のすウべいとつて、いろいろ首(くび)さアひねくりまはいて、とつけもないことをおもひついたアもし

弥二「はての

六部「イヤサ箱屋(はこや)をおつぱじめ申たは。あにが重筥(ぢうばこ)だアの櫛箱(くしばこ)だアのと、いろいろ箱共を、づなくかいこんで売(うる)つもりだアもし

弥二「ハテ風がふいたによつて、箱屋とはどふいふあんじだの

六部「さればさア、わしがハアおもいつきにやア、あにが扨(さて)、まいにちまいにち、とひやうもなく風がふいて、おゑどではがいに、砂ぼこりがたち申すから、おのづ人さアの目まなこへ、砂どもがふきこんで、眼玉(まなこだま)のつぶれるものが、たんと出来るだんべいとおもつたから。そこでハア、わしが工夫(くふう)のウして、せけんの俄盲(にはかめくら)が、外にあじやう(何条)せう事はなし、みんな三味(しやみ)のウならはしやるだんべい。そふすると三味せんやどもが繁(はん)昌して、せかいの猫(ねこ)どもが打殺(うちころ)されべいから。そこで鼠どもがづなく(無上)あれて、あんでもせけんの箱どものウ、みんなかぢりなくすべいこたア、目の前だアもし。コリヤハア、ここで箱屋商売のウおつ初めたらうれべいこたアちがいはないと、あにがハア身上ありぎり、箱どものウ仕入たとおもはつしやい

弥次「コリヤアいいおもひつきだ。大かたうれやしたろふ

六部「イヤひとつもうれましない。そこでわしもハア是ほどまでに工夫(くふう)のウして、ぜつぴ(是非)まふかるべいとおもつた事が、つつぱづれ申たから、しよせんハアあじやう(何条)してもいかないこんだと、発起(ほつき)のウして六部(ろくぶ)になり申た。兎角(とかく)世かいは、おもふよふにやアならないもんだアもし

北八「ハア感心なおはなしだ。時に又、順礼さん、おめへはどふいふ事からおもひついて、順礼にやア出なすつた

現代語訳

弥次「ほう、お江戸でどうなすった」

六部「まあ、わしが、はあ、こおの六部になった由来なんぞを聞かせ申しますだ。さてさて、人間なんてものはのう、万事につけて、運がつかなくちゃあ、ままならぬものさ。頭を持ち上げるにもいっこうにうだつが上がり申さない。わしは、はあ、若い時分に江戸におり申したが、その時分、はあ、夏の入りっぱじめから秋にかけて、毎日毎日、どえらく風の吹いたことがあり申した。その時分、はあ、どうしてでも金儲けをするべいとて、いろいろ首さあひねくり回して、思案の末にとてつもないことを思いついただあ

弥次「はて、はて、それは」

六部「なんの、なんの、箱屋をおっ始め申したわ、重箱だ、櫛箱だあ、いろいろな箱どもだあ、やたらに仕入れて、それを売りさばくつもりだっただあ」

弥次「はてね。風吹いて桶屋、いや風吹いて箱屋儲かるとは、どんな工夫だの」

六部「さればさあ、わしが思い付きにゃあ、なにはさて、こう毎日毎日、やたらに風が吹いて、お江戸はすごく砂ぼこりが立ち申すから、おのずと人様の目の玉へ砂どもが吹きこんで、眼玉(まなこだま)のつぶれる者が、たんとできるだんべい、と思ったから、そこで、はあ、わしが工夫して、世間のにわか盲が目なしでは、ほかに何もできないから、三味線でも練習しなさるべい。そうすると三味線屋どもが繁昌して、胴張用に世界じゅうの猫どもが打ち殺されるべいから、こうなると鼠どもがやたらに荒れ回って世間の箱どもを、早かれおそかれ、みなかじりつくしてしもうこたあ、はっきりしているだあ。ここが目の付け所で、はあ、箱屋商売ばおっぱじめたら売れべいこたあ違いはないと、なにはさて、財産のあるっきり、箱どもを仕入れたと思わっしゃい」

弥次「こりゃあいい思い付きだ。おおかた売れやしたろう」

六部「いや、ひとつも売れやしない。そこでわしも、はあ、これ程までに工夫して、是非儲かるべいと思った事が、思惑外れ申したから、しょせん、はあ、こりゃ、運が無かったことだとあきらめて、六部になり申した。兎角世の中は思うようにならないもんだあ、もし

北八「はあ、感心なお話だ。時に又、順礼さん、おめへはどういう事から思いついて、順礼に出なすった」

語句

■なづき(頭)やアあがり申さない-『和名抄』では脳を「奈豆岐」と訓じ、東北地方の方言では額をいう。一九はそれを頭にあてる。「なづきをもちあげる」とは立身すること。■とつつき-取付。かかり。はじめ。■づなく(無上)-この上もなく。ひどく。■首(くび)さアひねくりまはいて-思案して。■とつけもないこと-『物類呼称』に「あとかたもなしといふ事を、関西関東共に、とてつもないと云ふ。・・・又江戸にて、とつけもないといふは転語なるべし」。突飛なこと。■箱屋(はこや)-箱を作り、または売る家。■重筥(ぢうばこ)-食物を、区別して入れるように作った重ね箱。■櫛箱(くしばこ)-櫛その他女性の頭の具を収める箱。入子(いれこ)になったり、引出があったりする。蒔絵などほどこしたものもある。■あんじ-工夫。■とひやうもなく-途方もなく。すごく。

※この大風が吹けば桶屋が儲ける話は『笑話出思録』(宝暦五年)の「迂計」(ここでは「厨箱匠(さしものし)」とある)、『巷談奇叢』(明和五年)の「箱匠(はこや)喜旋風」、『世間学者気質』(同年)三の二(「箱屋」とある)などに見える。後には『しみのすみか物語』(文化二年)にもある、いずれかによったものであろう。

■たんと-多く。■あじやうせう事はなし-何ともすることはないし。■三味(しやみ)-三味線は、男女とも盲人の業とするものとなっていた(仲山太郎『日本盲人史』、加藤康昭『日本盲人社会史』参照)。■猫どもが~-猫の皮をもって三味線を張る。■目の前だアもし-すぐある。その時は迫っている。■身上-「しんしょう」とよむ。財産全部。■ぜつぴ(是非)-何としても。きっと。■しよせん~-結局、何をしても立身しない、産をなさないことだと思い。■発起(ほつき)-一念発起して。無常を悟って。

原文

順礼「コリヤハア、わしも序(ついで)に懺悔(ざんげ)ばなしのウしますべい。この娘はコリヤアふとり(一人)の孫でござるが、わしどもはハアかわつたこんで、仏縁のウ結び申た。わしは日光のほうでござるが、さだめてそれさまたちも、はなしに聞てゐやり申すだんべいが、わしどもが国なぞは、雷がたくさんで、此三十年ばかしも、あとのことであり申たがふと夏でかく雷がなり申て、わしどもがせどぐちさアへ、おつこちたとおもひなさろ。そふするとハア其雷どのが、榎(ゑのき)のかぶ(株)つちいで、でかく尻(けつ)をうち申て、疝気(せんき)がおこつたとさはぎやる事よ。あにがそこで、天ぢくのウへ帰るべいこともできないから 、わし共の内で養生(ようじやう)のウしている内、恥(はぢ)さアかたり申さにやアりがきこへ申さないが、其雷が、わしどもの娘と、がらいねんごろのウしまして、互にハアはなれべいよふすもおざんないから、すぐにその雷どのをむこにとつたとおもひなさろ。そこでハア天ぢくの親方どのから、夕立の時分は、手伝(てつだつ)てくれろとつて、夏中はたのまれていきやり申たが、ふと夏上がたさアへかせぎに行とつて、出たなりけりでかへらぬとおもひなさろ。あまつさいその時、わしが娘はおつぱらんではいるし、あにがハア案(あんじ)おるまい事か。大かたどこぞへおつこちて、腰骨がなぶんぬいて、わづらつてでもゐるだんべいと、おもつたばかしで、便(たより)きくべいにもあてづつぽうなり、コリヤハアあんたるこんだとおもつているうち、友達の雷どもが来て、これのむこどのはハア、熊野うらへおつこちて、鯨にがらら呑れたとのはなし。ヤレさて悲しいこんだと、娘もなきやる、わしもハア片腕のウもがれたやうに、おもひおりましたが、あんとすべい、せうことがない、そんだい(其代)にやア、むすめが雷どのの種をおつぱらんだから、鬼子でもうみおるべい。それにハア親雷の跡を、つがせべいとたのしんで、あんでも鬼の子をうむよふにと、氏神さまへ願(ぐはん)のウかけて、祈(いのつ)た所が、因果(いんぐわ)なこたア生れた子が此娘でござり申す。そこでハア、わし共もちからのウおとして、是ほど祈たのに、鬼はうまず、しかもこんなに満足な、人間の子をうむといふは、よくよくの因果だとあきらめて、罪(つみ)亡しにこりょヲつれて順礼とおもひたつたアもし。わしどもほど、いんぐわなもな(者)アないとおもやア、はなし(咄)よヲするさへむねがつぶれ申は

トなみだながらにはなすうち はやよもふけければあるじのばばそれぞれに、ねござなどあてがひて

ばば「サア、みんな、そべらしやいませ。内ががいにせばいから、わしと順礼の女のしうは、天上へあがつてねますべい

ト九ツばしごを二かいへかけて、じゆんれいのむすめをつれてあがる。六部は笈のうちより紙帳など出しかぶる。あるじのおやぢもじゆんれいも、うすべらなるふとんのやふなものをひつぱり、いろりのはたへころげてねる

現代語訳

順礼「こりゃあはあ、わしもついでに懺悔話をしますべい。この娘はこりゃあ一人の孫でござるが、わしどもは、はあ、変わった事で、仏縁をば結び申した。わしは日光の方の出でござるが、さだめし貴方方も、世間話に聞いておられ申すだんべいが、わしどもの国なぞは、雷が多く、この三十年ばかり前のことであり申したろうか、ひと夏ひときわ大きな雷が鳴り申して、わしどもが家の裏口さあへ、落っこちたと思いなさろ。そうすると、はあ、その雷殿が、榎の株で、したたか尻を打ち申して疝気(せんき)がおこったとの大騒動。そこで、はあ、天竺(てんじく)さへ帰ることもできないから、わしどもの家で養生しているうちに、身内の恥さあ語り申さにゃあ、話の筋がわかり申さないが、その雷殿が、わしどもの娘とたいそうねんごろになりまして、互に、はあ、離れる様子もないので、すぐに、その雷殿を婿にとったと思いなさろ。そこで、はあ、天竺の親方殿から、夕立の時分には、手伝ってくれろって、夏の間は頼まれており申したが、ひと夏上方(かみがた)へ出稼ぎに行くといって、出ていったきり帰らないと思いなさろ。あまつさえ、その時、わしが娘はおっぱらんではいるし、たよりなくて一度に心配が重なったもんで、おおかた旅の空で、どこかに落っこちて、腰骨なぞぶち抜いて、患ってでもいるだんべいと、思ってばかりで、便りを聞いてやるにもあてはないし、こりゃはあ、なんたることよと思って暮すうち、友達の雷どもが来て、これの婿殿ははあ、熊野灘に落っこちて、鯨にすっぽり呑まれて死んだとの話。やれさて悲しいこんだと、娘も泣きやる、わしもはあ片腕もがれたような思いに耽っておりました。が、何とも、仕方のないことで何かする方法があるだろうか。その替り、娘が雷殿の種をおっぱらんだから鬼子でも産みおるべい。それに、はあ、親雷の跡を継がせべいと、楽しみにして、どうでも鬼の子を産むようにと、氏神様へ願を懸け、祈ったところが、因果なこっで生れた子がこの娘でござり申す。そこで、はあ、わしどもも力を落として、これ程祈ったのに、鬼は産まず、しかもこんなに五体満足な人間の子を産むというのは、よくよくの因果だああと諦めて。罪滅ぼしにこれを連れて順礼に出ることを思い立ったあもし。わしどもほど因果な者はないと思えば、話をするのさえ、悲しくて胸が潰れる思いですわい」

と涙ながらに話すうち、はや、夜も更けたので主の婆はそれぞれに寝茣蓙(ねござ)などをあてがって

婆「さあ、みんな、寝てください。家がたいそう狭いので、わしと順礼の女子衆は、天井へ登って寝ますべい」

と九段梯子(ばしご)を二階へ架けて、順礼の娘を連れて上がる。六部は笈(おいずる)の中から、紙の寝袋を出して頭からひっかぶる。主の親仁も順礼も、薄っぺらな蒲団のようなものを広げて、囲炉裏の端にごろ寝する。

語句

■ふとり(一人)-一人。「ひ」を「ふ」というは、東北方面の訛。■仏縁のウ結び申た-信仰に入り、順礼となる縁ができた。■日光-下野国(栃木県)の日光山のある所(今の日光市)。北関東は、雷が多い。■それさまたち-あなた方。■せどぐち-背戸口。農家の裏庭は背戸といい、そこから垣の外へ出る戸口。裏口。

※『東海道中膝栗毛論講』の橋口二葉の発言に、明和七年(1770)刊流水山人著に「聟は日光の雷、嫁は堅気の娘」と角書して、『結縁天鼓響(むすぶはえにしたいこのひびき)と題した黄表紙があって、ここと同趣向。一九はこれによったものであろう、と見える。

■かぶ(株)つち-株根っ子。「株」の関東表現。■でかく-甚だしく。「でかい」の語を、かかる意で使用したかは疑問。副詞と動詞をわざと、ちぐはぐにした滑稽。■疝気(せんき)-酔飽・労役・房慾・忿怒、または急に外寒に当るなどさまざまの原因で、下腹部や陰嚢が痛み冷え、ひきつり大便とどこおり、腫れなどする症を広くいう。これを虫のためとして「疝気の虫」といい、男子の病気とした。医書では七疝として七種にわける(『医道日曜綱目』など)。ここは腰の痛くなったのを、疝気が起こったというのも滑稽。■天ぢく-関東では天と混用する。『小野のばかむらうそづくし』の「かまど詞大概」に関東訛をあげて、「天はてんぢよく、地はちびた」。■恥(はぢ)さアかたり申さにや-諺に「恥を云はねば理が聞えぬ」。■がらい-「がらら」「がら」共に「全く」の意。ここも下の動詞の修飾には少し意が食い違っている。以下もその気味で読むべきである。■ねんごろのウしまして-男女ひそかに情を通じること。『俚言集覧』に「又俗に不義姦通をネンゴロと云ふ」。■天ぢく-天上の雷の親方。雷の仕事師の気味。雷の出稼ぎとは、出稼ぎの多い地方でも珍趣向。■出たなりけり-出ていったままで。雷なれば「きたなり」(着たなり、北鳴り)でもあろう。■あまつさい-あまつさえ。その上に。■おつぱらんで-「おつ」は接頭語。妊娠していた。■腰骨がな-「がな」は疑問の係助詞「か」に詠嘆の終助詞「な」のついたもの。上の語を漫然と示すに用いる。腰の骨でも抜けてしまって。■あてづつぽう-当て推量。■熊野-紀伊國熊野(和歌山県)の海辺。捕鯨の盛んであった所。■がらら-「がらい」と同じ。全く。すっぽり。■片腕のウもがれたやうに-一般の婿を失った時の愁嘆の言葉なのが滑稽。■あんとすべい-何のする方法であろうか。■そんだい-その替り。■鬼子-諺に「親に似ぬ子は鬼子」というに、ここは「親に似た子が鬼子」なのがおかしい。そしてその鬼子ほうを希望し、まともな子を悲しむ。反対の滑稽。■親雷の跡を、つがせべい-雷の仕事師を継がせたい。■氏神さま-銘々の住所の鎮守様。神だのみは、よい子を得たいと祈るべきに、これもまた反対。単純な反対の笑わしも、これ程続けると滑稽になるが、大衆向きの域を脱しないところが、一九の特色。■罪亡しに~-因果即ち前世の罪業と感じ、その罪業の消滅を祈って順礼に出た。■ねござ-『守貞漫稿』に、寝るとき使用する茣蓙。「藺草筵も両端の耳を組みて止むあり、或は染麻布又は木綿を縁につけたるもあり・・・夏目敷布団の上に重ね敷く也。昼寝には是のみを敷きて臥すもあり。民間下輩の小者には冬日も、ふとんを用ず、之を以て敷布団に代るもありと也」。ここも敷布団の替り。■そべらしやいませ-寝てください。おやすみなさい。■がいに-ひどく。『物類呼称』に「伊豆駿河辺にはいかいとも、・・・仙台にて、・・・がいとも云ふ、関東すべていふか」。■天上-ここは天井板のない家で、後出の竹簀子などを床下に用いた、物置用に低い二階のつもりであろう。■九ツばしご-九段ある梯子。ここは移動できる略式のもの。■笈(おいずる)-六十六部や行脚僧が背に負い、旅行用具や持仏を収めるもの。

原文

北八「コリャ小便がもるよふだ

弥「おいらもいつしよにいかふ

トうらぐちへ出

弥二「あの順礼め、ぶつちめよふとおもつたら、二かいへ行おつた いまいましい

北八「さつきからはなしている内、そつと手をにぎつたり、尻(しり)をつめつたりして、ちわをしていたがおめへしるめへ

弥二「うそつくぜ

北八「うそでない、今夜あの娘をぶつちめて見せよふ

弥二「はやいおとこだ

トうちへはいりうらぐちをしめてねる

かかる木賃(きちん)どまりのわびしさも、はなしのたねとはいひながら、凌ぐべきむしろ屏風も破壁(やれかべ)をもる風の音(おと) いたくも更(ふけ)行鐘目覚て、北八あたりを伺(うかが)ひ見れば、皆旅疲れのかけ合鼾(いびき)ゴウゴウスヤスヤムニヤムニヤ

時分はよしと、そつとおき上がれども、あかりはなくまつくらやみ、そこらあたりを、さぐり廻して、よふよふとはしごにとりつき、二かいへあがり見れば、天井はたけすのこにて、そのうへにむしろをしきたれば、あるくとミシリミシリとなるにおどろき77、やがて四ツばひになつて、さぐりまはり、むすめとおもひ、ばばあがねている、ふとんのなかへはいこみ、そろそろなでまはし、ゆすりおこせば、ばばアめをさまし

「だれだ、あによヲする

トいふこへに、北八うろたへ、さてはかどちがへせしと、にげだすひやうしに、あしにたけのとげをたてて、ばつたりこけると、竹すのこをふみぬき、下へどつさりとおちるおと、ミシミシガラガラストウン。内のおやぢめをさまし

「あんだあんだ

現代語訳

北八「こりゃ、もう小便が漏れそうだ」

矢治「おいらもいっしょに行こう」

と裏口へ出て

矢治「あの順礼の娘っ子、しとめようと思ったら、二階へ行きおった。なんともいまいましい」

北八「さっきから、おいらが話の間中そっと手を握ったり、尻をつめったりいちゃついていたが、おめえは知るまいのう」

矢治「嘘をつくぜ」

北八「嘘ではない。今夜あの娘をおれがせしめて見せようよ」

矢治「手の早い男だ」

と家の中に入り、裏口を閉めて寝る。

かような木賃宿のわびしさも、話の種とは言いながら、風の音を凌ぐものは筵屏風に破壁。夜ふけの刻(こく)を告げる鐘の音に目を覚まし、北八があたりをうかがい見ると、みなみな旅の疲れで鼾のかきくらべ。時分はよしと北八は、そっと起き上がり、そこらあたりを手さぐりのまっくら闇(やみ)、やっとのことに梯子にたどりつき、二階に登ってみれば、天井は竹編みの簀子を貼ってあり、、その上に筵をのべてあるのだから、歩くにつれて、みしりみしりと音がする。おどろいて、四つんばいになって、探り回る。手ごたえがあったのを娘と思い込んで、寝ている蒲団の中にはいりこみ、そろそろとからだをなでまわし、ゆすり起す。婆さんが目を覚ました。

「だれだ。なんちゅうことをする」

という声に北八はうろたえ、さては相手を取り違えたかと、逃げ出す拍子に、足に竹の棘(とげ)をたて、ぱったり倒れた拍子に竹簀子を踏み抜き、下へどさっと落ちる音。みしみしがらがらすとん。家の親仁が目を覚まし、

「何だ、何だ」

二かいのばば「あんだかしらないが、とつぴやうしもない。みんなおきなさろおきなさろ

このおとにろくぶも順礼もおきあがり

語句

■ちわ-痴話。普通は男女の情を含んだ冗談話。ここは情を含んだ戯れの意。ちわぐるい。■はやいおとこだ-手出しの早い男だ。■むしろ-むしろ(家の外)と屏風(家の内)。■鐘-深更に突く鐘。丑三つ時の鐘など。■かけ合い鼾-同宿の者の鼾が「かけ合」のごとくに、聞こえるをいう。■たけすのこ-丸竹を並べたり、編んだりした簀子で、床下を貼るに用いた。■かどちがへ-相手を取り替えたこと。■とつぴやうしもない-ここは、とんでもないの意。度はずれたの意。■ふみぬき-踏んで穴を開けて。

原文

六部「どゑらいおとがした。あかりをつけなさろ。まつくらくて、あんだかかんだか、しれないぞ

ここにあやしいかな、北八てんじやうをふみぬき、下へおちたところが何か箱のよふなものの中へおちて いつかうにわからず あしにころころとなんだかひつかかるゆへ さぐり見れば、ほとけさまのごくはうなり さてはぶつだんのなかへおちしと くるしきうちにもおかしさははんぶん このままにかけいでんとするに はやあかりをともして、内のおやぢ

「あんだか、ほとけさまの中へ落ちたそふだ

トぶつだんのとをひらけば おもひがけなく北八がはひ出たるゆへきもをつぶして

おやぢ「イヤこの人は

「モシ身延様へはどふまいります

「ばかアいわつしやい。こんたアまあ、アゼそこへはいらしやつた

「イヤわつちは小便におきた所が、ツイ戸まどいをして「アニ戸まどひをした イヤこのこの人はほとけさまの中へ、しゃうべんをしやせぬか

トぶつだんのうちをのぞき

おやぢ「ヤアヤアこんたア天上からおちめさつたな

北八「アイサつい、アノ猫におはれておちやした

おやぢ「アニこんた鼠じやアあるまい  猫におはれたたアあんたるこんだ。そしてアゼ、天上へあがらしやつた

北八「イヤわしはふんどしを鼠にひかれたから、もしや二かいにでもあろふかとそれをさがしに

トいいわけをしているうち、上からばばがおりて来り

「イヤイヤそふじやアござらない わしもハア六十になり申が  どこの国にかあによヲすべいとおもつて わしがひところへはひこみめさつた

おやぢ「ヤアヤアこんたア気がちがやアせぬか わし共は二十年もこつちイ、そんなあじやらしいこたア、中絶のウしてゐますに、アノしはくたなばばアが所へ、はひこむといふは、イヤはやこんたは、見たくでもない人だ

現代語訳

六部「どえらい音がした。灯りをつけなさろ。真っ暗でなにがなんだかわからないぞな」

ここに奇々怪々かな、北八は天井を踏み抜き、下へ落ちた所が、何か 箱のようなものの中。何の箱やらいっこうにわからないが、足に何かころころとしたものが引っかかるので、足探りに確かめてみると、仏さまの後光である。さては仏壇の中に落ちたなと、苦しい中にも、可笑しさ半分、このまま逃げ出そうとすると、早くも灯りを灯して、亭主の声が

おやじ「なんだか、仏さまの中へ落ちたようだあ」

と仏壇の戸をうやうやしく開くと、思いがけなく北八が這出たのでぼっくり仰天。

おやじ「ぎゃあぁ、この人は

北八「もし、身延様久遠寺へはどう参ります

おやじ「ばかあ、言わっしゃい。この人はまた、なぜそこへは入らっしゃった。罰が当たり申すだ

北八「いや、わっちは小便に起きたところが、つい寝ぼけて方角を失いまして

おやじ「なに、とまどいをした。いや、この人は仏さまの中へ、小便をしたのではないかいなあ」

と仏壇の中をしっかり覗き

おやじ「ありゃ、りゃ。こなたは天井から落ちてきなさったなあ」

北八「へへへ、へい。猫に追われてどすうんと落ちやした」

おやじ「やあやあ、これは鼠じゃあるまいに。猫に追われたたあ、なんたるこんだ。そしてなぜ、天上へ上がらっしゃった」

北八「いや、わしは褌を鼠に引かれたから、もしや二階にでもあろうかと思い、それを探しに」

と言い訳をしているうち、上から婆が下りてきた。

婆「いやいや。そうじゃござらない。わしも、はあ、当年六十になり申すが、いったい全体何をしようと思って、わしの懐に這い込んできなさったあ。

おやじ「やれ、やれ。あんたあ気が違ったんじゃないかえ。わし共は、ここ二十年も、そんな楽しみは、中断していますに、あの皺くちゃ婆の所へ、這い込むというのは、いやはや、この人は今迄に見たこともねえお人だ」

語句

■ふみぬき-踏んで穴をあけて。■ほとけさまのごくはう-仏様の後光。仏像の背に、円くまたは船形にして、仏の光が四方にかがやくように作ったもの。また線形に四方へ出したのもある。■このまに-この間。暗くて皆が騒いでいる間。■身延様-甲斐国(山梨県南巨摩郡)にある法華宗の本山。身延山久遠寺。吉原・蒲原の両駅の間。富士川を西へ越して岩淵と中の郷の中間に身延山へ十三里の分かれ道があった。ここはまた、仏壇から這い出した様を、身延詣でと称する足の不自由な物乞などの体を見立てて、自らふざけたもの。■戸まどいをして-寝ぼけて方角を失うこと。■あによヲすべいとおもつて-何をしようと思って。もおろん、変な事をすためにの意。上に「どこの国にか」とあって、文末に「あるものか」を補って解する。■ひところ-「懐(ふところ)」の訛。■二十年もこつち-二十年来。■あじやらしい-じゃらじゃらした事。同衾をさす。■中絶-中止。■しはくた-「皺くちゃ」の訛。■見たくでもない-見たくもない。けしからぬ。

原文

北八「イエもふ御めんなせえ。コレ矢次さん、ねたふりをしてゐずとおきてくんな

トゆりおこされて、おかしさをかくし

弥二「どふもわけへものといふもなア、あとさきのかんげへがござりやせん。どふぞりやうけんしてくんなせへト

ろくぶやじゅんれいもともども、くちをそへてやうやうとおさまり、きた八も、ゆかた一まいうりしろなして、てんじやうのつくろひちん、少々出し、さらりとすんでしまいければ、ほどなくよがあけて、弥次郎北八は、さうさうにこの所をたちいで行道すがら

弥二「きた八、でへぶふせぐの。小田原の泊(とまり)では、すいふろのそこをぬいて、弐朱(にしゆ)ふんだくられ、又ゆふべは二かいをぶんぬいて、三百とられたもちゑがねへぞ

北八「イヤ面目しでへもねへ。いまいましいが一首詠だ

順礼のむすめとおもひしのびしはさてこそ高野(かうや)六十の婆々(ばば)

弥二「ハハハハゆふべ、戸まどひの言訳(いいわけ)もおかしかつたが、ふんどしを鼠にひかれたとは、いいこぢつけだ。イヤっそれでひとつ、咄(はなし)をあんじたがどふだ

北八「コリヤおもしれへ。ききてへの

弥二「まづこふだ。ゆうべのよふに順礼(じゆんれい)や六部(ろくぶ)と一所(いつしよ)に、木ちんどまりをしやした。時にてめへが夜中(やちう)におきて、何かまごつきやす。そふするとみんなが目をさまして、コリヤおめへ、何をしなさつといふと、手めへがいふには、イヤわしは、ふんどしを鼠にひかれやした。たしか二かいのほうへ、ひいていつたよふだといふと、順礼も六部も、そふいいなされば、わしも枕元に置たふんどしが見へぬ。イヤわしがのも、ここにおいたがない。コリヤアみんな鼠にひかれたもんだろふ。なんでも二階へいつて見やせうと、皆つれだつてはしごをあがりやす。そふすると二階のすみのほうで、三味線の音がする。イヤこいつはふしぎだと、あがり口からすかして見れば、鼠どもが大ぜいよつて、みんなのふんどしをひろげて、見て、いつぴきの鼠がいふには、おいらがひいてきた六部のふんどしは、振るふと三味線の音がするはどうした事だやら、がつてんがゆかぬといいながら、其のふんどしを口にくはへて、ふるつて見るとなるほど、チチチチチンチンなぞとなりやす。そこで又、外の鼠がいふには、六部のふんどしにかぎつて、三味線のねがするもふしぎだ。ものはためし おいらがひいてきた、順礼のふんどしをも、ふるつて見よふと、おなじく口にくはへて、ふるふと、是もチチチチンチンとなりやした こいつはめうだと又一匹の鼠が、おれは北八とやらいふ男の、ふんどしをひいてきたが コリヤアゑつとうだから、短いだけで皷弓(こきう)のねがするだろふと、くはへて振(ふる)つてみれば   ヅヅンヅンヅンと義太夫三味線(ぎだゆふさみせん)のねがしやす  そこで鼠どもがこいつはふしぎだ 六部や順礼のふんどしは、みなかはいらしい歌(うた)三味せんのねがするに、なぜ北八とやらがふんどしは、義太夫三味せんのねがするだろふといふと すみつこの鼠がしばらくかんがへ ソリヤアそのはづだはへ。ナゼそのはづだ。北八とやらは、大かた、ふと棹(ざほ)だろふよ

北八「ハハハハハ奇妙奇妙

ト此はなしのうち由井のしゆくにつくと、両がはよりよびたつるこへ

ちやや女「おはいりなさいやアせ。名物さとうもちよヲあがりヤアせ しょつぱいのもおざいやアす お休(やすみ)なさいやアせ、お休なさいやアせ

弥二「エエやかましい女どもだ

呼(よび)たつる女の声(こへ)はかみそりやさてこそ爰(ここ)は髪由井(かみゆい)の宿(しゆく)

現代語訳

北八「いえ、もう御勘弁、御勘弁。おい弥次さん、寝た振りをしていずと起きてくんな」

と揺り起こされて、可笑しさを隠して

弥次「どうも若え者というものはなあ、前後の見境がござりやせん。どうぞkの場は勘弁してくんなせえ」

六部や順礼も共々に、口を添えて詫びてくれたゆえ、ようやく収まって、北八も、浴衣一枚を売って金に換え、天井の修繕費を少々だし、あっさり済んでしまったので、ほどなく夜が明けて、弥次郎北八は、別れ挨拶も早々にこの宿をたち出で、歩く道すがらに

弥次「北八、でえぶ塞いでるのう。小田原の泊では、水風呂の底を踏み抜いて、二朱ふんだくられ、又昨夜(ゆうべ)は二階をぶち抜いて、三百がとこ取られたのも智恵がねえ話さ」

北八「いや、面目しでえもねえ。いまいましいが一首詠んだ」

順礼のむすめとおもひしのびしはさてこそ高野(かうや)六十の婆々(ばば)

弥次「はははは昨夜、道に迷った言訳も可笑しかったが、褌を鼠に引かれたとは、いいこじ付けだ。いや、それでひとつ、咄を作ったがどうだい」

北八「こりゃおもしれえ。聞きてえのう」

弥次「まず、こうだ。昨夜のように順礼や六部と一緒に、木賃宿泊をしやしたと思いねえ。時に、てめえが夜中に起きて、何かまごつきやす。そうすると皆が目を覚まして、こりゃ、おめえさん、何をしていなさると、言うと、てめえが言うには、いや、わしは、褌(ふんどし)を鼠に引かれやした。確か、二階の方へ、引いていったようだと言うと、順礼も六部も、そう言いなさると、わしも枕元に置いといた褌が見えぬ。いやわしがのも、ここに置いていたが無い。こりゃあ、皆、鼠に引かれたもんだろう。どうでも二階へ行ってみやしょうと、皆連れだって梯子をあがりやす。そうすると二階の隅の方で、三味線の音がする。いやこいつは不思議だと、あがり口から透かして見ると、鼠どもが大勢寄って、皆の褌を広げて、見て、一匹の鼠が言うには、おいらが引いてきた六部の褌は、振うと三味線の音がするがどうしたことやら、合点がゆかぬと言いながら、その褌を口に咥えて、振ってみると、成程、ちちちちちんちんなどと鳴りやす。そこで又、他の鼠が言うには、六部の褌に限って、三味線の音がするのも不思議だ。物は試しで、おいらが引いてきた順礼の褌をも、振ってみようと、同じように口に咥えて、振うと、これもちちちちんちんと鳴りやした。こいつは妙だと一匹の鼠が、俺は北八とやらいう男の、褌を引いてきたが、こりゃあ、越中だから、短いだけで、胡弓の音がするだろうと、咥えて振ってみると、ずずんずんずんと義太夫三味線の音がしやす。そこで鼠どもがこいつは不思議だ、六部や順礼の褌は、皆可愛らしい歌三味線の音がするに、なぜ北八とやらが褌は、義太夫三味線の音がするんだろうと言うと、隅っこにいた鼠がしばらく考え、そりゃあその筈(はず)だわえ。なぜその筈だって、そりゃあ、北八とやらは、大方(おおかた)、太棹(ふとざお)だろうよ」

北八「はははは、これは不思議、不思議」

とこの話をしているいうちに由井の宿に着くと、両側から呼び立てる声がする。

茶屋女「お入りなさいやあせ。名物の砂糖餅もあがりやあせ。しょっぱいのもございやあす。お休みなさいやあせ、お休みなさいやあせ」

弥次「ええ、やかましい女どもだ」

呼(よび)たつる女の声(こへ)はかみそりやさてこそ爰(ここ)は髪由井(かみゆい)の宿(しゆく)

語句

■わけへものといふもなア-若い者というものは、無分別だ。■りやうけん-了見。ここは、よく考えて勘弁すること。■うりしろなして-物を売って金に換え。浴衣は旅用に荷物に入れていたつもりである。ここでは売った相手は誰か明確ではない。相宿の者か、宿の亭主とでも考えておく。■つくろひちん-修繕費。■面目しでへもねへ-面目丸つぶれ。恥ずかしくて人に顔も会わせられない。■高野六十の婆-諺に「高野六十那智八十」。意の一は、「二山の僧六十八十に及べる老人をも嫌はざるよし(年を選ばないの意)」(松屋筆記・六十六)。意の二は、「高野の紙谷と云ふ処より漉出せる紙は、壱帖六十枚なり。・・・又熊野牟廔郡小塚村より漉出する紙は、壱帖八十枚まり。依而斯くいえり」(東牖子とうゆうし・四)。意の三は、高野・那智の僧、男色盛んで年長に至るも若衆のつとめをするを誇張した語。「此諺四十しまだの類にて、男色のことにはあらざる歟」(嬉遊笑覧・或間付録)。ただしこの歌では、「高野」は「六十」の序詞のごとくで「六十の婆々」を引き出した。ただ、小便に起きたの言訳から、雪隠を「高野」というので、この語をここに挿入した修辞である。雪隠は、行ってかみ(紙・髪)を落とすゆえに荒野というとの説もあるが、「厠」の訛の「こうや」と同音から出た者であろう。■こぢつけ-「故事付け」にも当て字する。むりやりに話に筋を通すことをいう。戯作では、これを利用して滑稽を生む一方法として、しきりに用いた。■まごつきやす-まごまごする。目的を失ってうろうろする。■ゑつちう-越中ふんどし。六尺ふんどしの半分。三尺の幅に紐をつけて、後より結び、幅の端を前で紐に挟み垂れるもの。鎧の下につけるべく細川越中守・日根野越中守が始めたという説と、大阪新町遊郭名妓越中が、即席に客にさせたことに始まるなどの説がある。■短いだけで-六尺ふんどしより短いので、三味線より糸の短い胡弓の音かという意。■皷弓-元来はアジアに広く存するものであるが、日本では輸入された当初から日本化された。三味線の小型の形で、三弦の糸を弓で擦って鳴らした。うら悲しい音を出して、伊勢の間の山の物乞などが、歌謡の伴奏に使用した。■義太夫三味線-三味線は棹の太さで、長唄など歌曲用の細棹、常磐津など江戸浄瑠璃の中棹、義太夫用の太棹と三種ある。義太夫用は、胴・駒・發も大きく重く、糸もまた太い。したがって音量も大である。■歌三味-歌曲の伴奏に使用する細棹の三味線。■ふと棹(ざほ)-義太夫三味線の別称。ここは男の一物の太くたくましいのにたとえた洒落。■由井のしゆく-蒲原から一里の宿駅(静岡県庵原いはら郡由比町)。正しくは由比、一般には由井とも書いた。■さとうもち-砂糖を混ぜたり、砂糖類をまぶしたりした餅。■しょつぱいもの-これは、この辺一帯が塩焼(塩の製造)の盛んな所なので、加えた滑稽であろう。『東海道宿村大概帳』の蒲原・由比の条に「塩焼」のあることをいう。『諸国道中記』にも「左は塩浜也」。■かみそり-あるいは「かみすり」の誤刻か。「かみすり」は「剃刀」の訛。下は「髪由井」(結)の縁語。上へは「かみすり」(上気すること)でかかる。それで一首の意は、呼び声さわがしく、これでは此方が上気するようだ。それもそのはず。「かみすり」(剃刀)に縁のある、「髪結」(由井)の里だもの。

                                                                          

次の章「後編坤 由井より興津へ

朗読・解説:左大臣光永

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