三編下 日坂より掛川へ

原文

それより此坂を下り、日坂(につさか)の駅(ゑき)にいたる頃、雨(あめ)は次第(しだい)につよくなりて、今はひと足(あし)もゆかれず。あたりも見へわかぬほど、しきりに降(ふ)りくらしければ、或旅籠屋(あるはたご)の軒(のき)にたたずみ

弥二「いかいましいごうてきにふるはふるは

北八「はなやの柳(やなぎ)じやアあるめへし。いつまで人のかどにたつてもゐられめへ。ナント弥次さん、大井川は越(こ)すし、もふこの宿(しゆく)にとまろうじやアねへか

弥二「ナニとんだことをいふ。まだ八ツにやアなるめへ。今から泊(とまつ)てつまるものか 

はたごやのばば「この雨じやアいかれましない。とまらしやりませ

北八「イヤこりやとまりたくなつた。弥次さん見ねへ。おくにたぼがでへぶとまつている

弥二「ヲヤドレドレ、こいつはなせるはへ

はたごやのばば「サアおまいち、とまらしやりませ

弥二「そふしやせう

トここにて弥次郎北八あしをあらひすぐにおくのつぎの間へとふり

弥二「コレコレ女中、素湯(さゆ)があれば一ツぱいくんな

女「ハイハイいんまあげうず

北八「ひりやうずがきいてあきれらア

女「ハイおさゆ

弥二「よしよしきた八、きのふのくすりをくりやな

北八「なんだ、しんりいあんかん丹か。まちなよ。ありのとはたりからひねり出してやろふ

弥二「エエばかアいやんな。腹(はら)がいたくてならぬ

現代語訳

日坂より掛川へ

それから、この坂を下り、日坂の駅に着く頃、雨が次第に強くなって、一歩も進めない。辺りを見ても見分けがつかないほど、しきりに降って暗くなったので、ある旅籠の軒先に佇み

弥次「いまいましい。ひどく降るわ降るわ」

北八「なに、花屋の柳じゃああるめえし。いつまでも他所の軒先に立ってはいられめえ。なんと弥次さん、大井川は越すし、もうこの宿に泊まろうじゃあねえか」

弥次「なんととんだことを言う。まだ二時にはなりめえ。今から泊まってもつまらねえ」

旅籠屋の婆「さあ、お前さんがた、泊らっしゃりませ 」

弥次「そうしよう」

とここで弥次郎北八足を洗いすぐに奥の間へ通り

弥次「これこれお女中。さ湯があれば一杯くんな」

女「はいはい、すぐに差し上げましょう」

北八「飛竜頭が聞いてあきれらあ」

女「はい。おさゆ」

弥次「よしよし、北八、昨日の薬をくりゃな」

北八「なんだ、しんりいあんかん丹か。待ちなよ。蟻の門渡りからひねり出してやろう」

弥次「ええ、馬鹿あ言やんな。腹が痛くてならん」

語句

■降(ふ)りくらしければ-雨が多量で暗くなった。■ごうてきに-ひどく。■はなやの柳-昔花屋の看板として店先に柳を植えた。二人がぼんやり雨宿りをしてるのをその柳に見立てた。■八ツ-午後二時ごろ。■たぼ-「髱(たぼ)」は俗女の異名。■おまいち-お前たち。■いんまあげうず-すぐにあげましょう。■ひりやうず-飛竜頭。「鴈擬(がんもどき)」のこと。宿の女が「あげうず」と言ったので「ひりやうず」と洒落た。語呂合わせで方言を冷やかした。■しんりいあんかん丹-しりあか(尻垢)を、挟み言葉にして薬名の如く行った。■ありのとはたり-蟻の門渡り。陰部と肛門の間をいう。

原文

北八「ソリヤアおめへないらのおこつたのだ。豆(まめ)をくやアなをる。

弥二「エエわるくしやれずと、はやく出してくれろへ

北八「そんならまじ目に、ソレ田まちの反魂丹(はんごんたん)、手を出しな

弥二「ふたつばかりくりやれ。ガリガリガリ、コリヤ胡椒(こせう)だは。アア辛い辛い

北八「ハハハハハハまちなよ。イヤもふない。イヤここに錦袋円(きんたいゑん)がある。ソレよしか

弥二「からかみのかげでまつくらだ                                                               トつつみ紙をあけてくすりをとり出し

ガリガリガリガリ、アア何をかくはしやアがつたペツペツ

北八「ドレ見せな。イヤア是は観音(くはんのん)さまだ

弥二「ほんに観音さまのあたまア、かみくだいてしまつたハハハハハハ

女「御膳を上ゲませう

北八「イヤ三ぜんくやアたくさんだ

弥二「よく口を叩く男だ。やかましい、だまつてしやべれ

北八「しづかにさわげがあきれらア

ト此内ぜんも出ていろいろしやれながらくひかかり

弥二「ときに女中、おくのきやく人は女ばかりだが、ありやアなんだ

女「みんな巫女(いちこ)でおざりまさア

北八「ナニ巫女(いちつこ)だ。コリヤおもしれへ。ちといき口をよせてもらひてへもんだ

弥二「もふおそかろふ。七ツからはよらぬといふことだ

女「ナニまんだ、八ツすこしすぎでおざりまさア

弥二「そんならきいて見てくんな。おいらが山(やま)の神(かみ)をよせてもらをふ

現代語訳

北八「そりゃあ、おめえ、内羅が起こったのだ、豆を食やあ治る」

弥次「ええ、悪く洒落ずに、早く出してくれろ」

北八「そんなら真面目に、それ、田町の反魂丹だ、手を出しな」

弥次「二つばかりくりゃれ。ガリガリガリ。こりゃあ胡椒だは。ああ辛い辛い

北八「はははははは待ちなよ。いやもう無い。いや、ここに錦袋円がある。それでいいか」

弥次「襖(ふすま)の陰で真っ暗だ」

と包み紙を開けて、薬を取り出し、

ガリガリガリガリ、ああ、何を食わしやがった。ぺっつぺっ」

北八「どれ、見せな。いやあ、これは観音様だ」

弥次「ほんに観音様の頭あ、かみ砕いてしまった。はははははは」

女「御膳をあげましょう」

北八「いや、三膳食やあ沢山だ」

弥次「よく喋る男だ。やかましい。黙って喋れ」

北八「静かに騒げがあきれらあ」

とそのうちに膳も出て、色々洒落ながら食いかかり

弥次「ときにお女中、奥の客人は女ばかりだが、ありゃ何だ」

女「みんな巫女(いちこ)でおざりまさあ」

北八「なに、巫女(いちこ)だ。こりゃおもしれえ。ちょいと生口を寄せてもらいてえもんだ」

弥次「もう遅かろう。七つ(午後四時頃)からは寄らぬということだ」

女「なあに、まんだ八つ(午後二時頃)過ぎでおざりまさあ」

弥次「そんなら聞いて見てくんな。おいらの女房を寄せてもらおう」

語句

■ないら-内羅。内乱。暑気や湿気に当てられて、体内を悪くする馬の病気(『海録』など)。『円流騎馬法』に「内羅といふは寒熱あり。寒に見ゆる時は毛たち、ふしよくし、何も知れず煩ふ也」(『頭註東海道中膝栗毛』より)。■豆をくやアなをる-馬の病気なので「豆」と洒落た。■田まちの反魂丹-腹病・食傷・霍乱などに効く急病の常備薬。江戸芝田町四丁目堺屋製が有名。■錦袋円-江戸池之端勘学屋大助製の万病に効くという薬。■観音(くはんのん)さま-錦袋円にはブリキ製の観音像が入っていた。それを一緒に噛んだのである。■三ぜん-御膳を五ぜん(五杯)と解して、三ぜん(三杯)で十分だと洒落た。■口をたたく-しゃべる。■だまつてしやべれ-洒落て、軽くたしなめる言葉。■しづかに?-そのたしなめに応じて、また洒落た言葉。■巫女(いちこ)-梓神子(あづさみこ)とも。古来から存在した一種の霊媒者の女性。普通の風体で、内に仏像などを入れた箱を持つ。請われては、正面に箱または盆を据えて、梓弓や数珠を出し、水むけとて、樒(しきみ)や南天(なんてん)などの葉で、自ら(即ち霊者)に水をかけさせ、神降しをし、弓をはじき、数珠をくり、生霊・死霊をのりうつらせて、問う者とさまざま問答する(中山太郎『日本巫女史』など)。■いき口をよせて-霊を降ろす事を口寄せといい、生霊を生口、死霊を死口と称する。■七ツ-午後四時頃。■八ツ-午後二時頃。■山(やま)の神(かみ)-妻。

原文

北八「コリヤおかしい

女「いんま、きいて上(あげ)ふずに

ト此内ぜんもすみ、女おくのまへゆき、かのいち女にそのことをきき合す。いち子しやうちのよしなれば、やがて弥次郎きた八おくのまへはいりたのむと、いち女れいのはこを出してなほすと、さしこころへてやどの女、水をくみ来る。弥次郎すぎさりし女房のことを思ひだして、しきみのはに水をむけると、いち子は先神おろしをはじめる

いちこ「そもそもつつしみうやまつて申たてまつるは、上(かみ)に梵天(ぼんでん)たいしやく四大(しだい)てんわう、下界(げかい)にいたれば、ゑんまほうわう五どうのめうくはん、わがてうは神国(しんこく)のはじめ、天神七だい、地神五だいのおんかみ、いせはしんめい天照皇大神宮(てんしやうくほうだいじんぐう)、外くうには四十まつしや、内宮には八十末社(まつしや)、あめのみや風の宮、月よみひよみの御みこと、北にべんくう鏡(かがみ)の社(やしろ)、あまのいはと大日如来(だいにちによらい)、あさまがだけふく一まん虚空蔵(こくうぞう)、其外日本六十よしう、そうじて神のまんどころ、出雲(いづも)の国の大やしろ、神のかずが九万八千七しやくの御神、仏(ほとけ)の数が一万三千四れいのれいじやう、冥道(めうだう)をおどろかし、此に請(しやう)じてたてまつる。ハアおそれありや。このときに、このこのかたのそしやうりやう、だいだいのぶつてうし、弓と矢のつがひの親(おや)、一郎どのより三郎どの、ばんもかわれ、水もかわれ、かはらぬものは五しやくの弓、一打うてば寺々の仏壇にひびくのうじゆ。ヤアレハアなつかしやなつかしや。よく水をむけてくださつた。わしが弓取のまくらぞいどのも出やろうけれど、しやばにいた時精進(しやうじん)がきらひで、肴(さかな)は骨(ほね)までくやつたむくひ、今は牛鬼になつて、地獄の門番をしてゐらるるゆへ隙(ひま)がない。それでわしばかり出ましたぞや

弥二「おめへだれだ。わからねへ

いち子「ハアわしは、水を手向けどんの為には、からのかがみじや  子だからどの

北八「からのかがみたア、弥次さんおめへのおふくろのことだ

弥二「ハハアおふくろか。そんたにやア用(よう)はない

いち子「ハアレからのかがみどんじや用はおざらないか。わしやアそなたのまくらぞいじや。あつかましくも能(よく)ぞ問(と)ふて下さつた。そなたのよふないくぢなしに連添(つれそつ)て 、わしや一生くふやくわず、寒くなつても袷(あわせ)一まいきせてくれた事はなし、かんの冬(ふゆ)も単物(ひとへもの)ひとつ。アアうらほしやうらほしや

弥二「かんにんしてくれ。おれも其時分はめんくがわるくて、かわへそふに苦労をしじににしやつたが残多(のころおお)

北八「ヲヤ弥次さん、おめへなくかハハハハハハ。こいつはおにの目に涙(なみだ)だ

現代語訳

北八「こりゃおかしい」

女「いんま(今)聞いてあげますに」

とそのうち膳も済み、女は奥の間へ行き、かの巫女にそのことを聞いてみる。巫女は承知とのことで、やがて弥次郎北八奥の間へ入り頼むと、巫女が例の箱を取り出し直すと、宿の女は心得たもので、水を汲んで来る。弥次郎は死んだ女房の事を思い出して、樒の葉に水を注ぐと巫女は先に神降ろしを始める。

巫女「そもそも慎み敬って申し奉るは、上に梵天帝釈、四天王、下界に至れば、閻魔法皇、五道の冥官(みやうかん)、わが朝(ちやう)は神国の初め、天神七代、地神五代の御神、伊勢は神明天照皇大神宮、外宮には四十末社、内宮には八十末社、雨の宮、風の宮、月読命の御命、北に別宮鏡の社。天の岩戸大日如来、浅間が岳ふく一まん虚空蔵、そのほか日本六十四州、総じて神の政所(まんどころ)、出雲大社、天の岩戸大日如来、朝熊岳福智円満虚空蔵(こくうぞう)、その他日本六十余州、総じて神の政所、出雲の国の大社、神の数が九万八千七百の御神、仏の数が一万三千四霊の霊場、神霊界を驚かし、ここに請じて奉る。はああ、おそれありや。このときに、此々の諸妹精霊、先祖代々の仏たち、番(つがい)の弓矢御両親、一郎殿より三郎殿、順番も変れ、水も変れ、変わらぬ物は五尺の弓、一打ち打てば寺々の仏壇に響く納受。やあれはあ懐かしや懐かしや。よく水を手向けて下さった。わしが弓取の枕添殿も出やろうけれど、娑婆に居た時精進が嫌いで、肴は骨まで食やった報い、今は牛鬼になって、地獄の門番をしていらるるゆえ隙(ひま)がない。それでわしばかり出ましたぞや」

弥次「おめえ、誰だ。わからねえ」

巫女「はあ、わしは水を手向けてくれたおめえの為には、からのかがみじゃ、子宝どの」

北八「からのかがみたあ、おおかたおめえのお袋さんのことだろう」

弥次「ははあ、お袋のお出ましか。あんたにゃ用はねえのに」

巫女「はあれ、からのかがみどんじゃ用はおざらないか。わしやぁそなたの枕添の女房じゃ。厚かましくもよくぞ問うて下さった。そなたのような意気地なしに連れ添って、わしやぁ一生食うや食わず、寒くなっても袷一枚着せてくれた事はなし。寒い冬も単衣(ひとえ)一つ、ああ裏欲しや裏欲しや」

弥次「堪忍してくれ。俺もその時分は金回りの都合が悪くて、可哀そうに苦労のしづくめで死んじゃったのが残念だったよ」

北八「おや、弥次さん、おめえ泣くかはははははは。こいつは鬼の目に涙だ」

語句

■れいのはこ-梓神子の持つ長方形の箱。正面に置き、梓弓などを出し準備する。■水をくみ来る-霊者即ち巫女にかける、水むけの水。■すぎさりし-死んだ。■しきみ子-死霊なので樒の葉で(生霊の時は、青木など)水をかける。■神おろし-巫女の呪文の初めに諸神諸仏の名を称するをいう。■梵天(ぼんでん)たいしやく-梵天界の主大梵天王と、忉利天(とうりてん)にいて、他の三十二天を統べる帝釈天主。仏教の守護神。■四大てんわう-四大天王(持国・増長・多聞・広目)。須弥山(しゅみせん)擁護の神。■ゑんまほうわう-地獄の主の閻魔法王。■五どうのめうくはん-五道(地獄・餓鬼・畜生・人間・天上)の冥官。■天神七だい-国常立尊(くにとこたちのみこと)から伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)尊まで『日本書紀』に見える七代(神道名目類聚抄)。■地神五だい-天照大神から鸕がや草葺不合(うがやふきあえず)尊まで五代(前書)。■しんめい天照皇大神宮-神明宮は天照大神のこと。■外くうには~内くうには~-『伊勢参宮名所図絵』に「俗に外宮は四十末社、内宮は八十末社といふ事、旧記になき事」と述べながら、数をその通りに揃え掲げてある。■あめのみや風の宮-雨の宮は「風の宮」と並称する未詳。風の宮は外宮・内宮ともにあり、風神(級長津彦(しながつひこ)命・級長戸辺(しながとべ)命)を祀る。■月よみひよみ-月読命は内・外宮共に祀る。日読命は未詳。調子を整えたのみか。■べんくう-「別宮」の訛。■鏡の社-朝熊より五丁、鹿海村の石上御前(ごぜ)の社の別称。■あまのいはと-外宮の南高倉山上にある。■大日如来-天照大神の本地仏。■あさまがだけ-度会郡朝熊岳。山上の勝峯山金剛証兜率院の本尊は虚空菩薩像。「ふく一まん」は「福智円満」の訛。■まんどころ-「政所」。十月に全国の神が出雲に集合して会議するとの説によっていう。■出雲(いづも)の国の大やしろ-出雲大社。■冥道(めうだう)-冥途。■このこのかたのそしやうりやう-此々方の諸精霊。■だいだいのぶつてうし-代々の仏たちの意か。■弓と矢のつがひの親(おや)-夫婦又は両親の意。■一郎どのより三郎どの-長男から末の子まで。■ばんもかわれ、水もかわれ-順番も水向けするのも変る。■五しゃくの弓-梓弓は五尺もないが誇張していったものか。■のうじゅ-納受。納受して霊が出現するの意。以下は出現した精霊の言葉となる。■ヤアレハア-巫女の言葉で、夫。枕添とは、『浮世床』に「女は夫を枕添といひ、男は妻を枕添といふのス」とある。ここは、「わしが弓取のまくらぞい」で、「私の夫」の意。■牛鬼-『枕草子』から見える語で、諸説あるが、ここは牛頭(ごす)といい、牛の頭をした地獄の獄卒をいう。■水を手向けどん-水を手向けてくれた人。■から-巫女の語で、母親。■子だから-巫女の語で、子ども。■わしやアそなたのまくらぞいじや-入れ替わって弥二の亡妻が出る。■あつかましくも-厚顔にも。死後まで追ってくるとは厚顔無恥。初めからこの山の神はえらいけんまくである。ただしこの編の刊行時は、まだ発端はできていなかったことに注意。■かんの冬も-冬の寒(暦の上で、節分までの三十日間。小寒・大寒に分ける)中も。■うらほしやうらほしや-死霊が「うらめしい」というを、単物で「裏欲しい」ともじった。■めんく-「工面」の逆さ言葉で、都合(ここは金回り)。■苦労をしじににしやつた-苦労をし続けたままで、死んでしまった。■おにの目に涙-「鬼の目にも涙」。無情鬼のごときものでも、時に慈悲心を発揮する意の諺。ひやかされている。

原文

いち子「わすれもせない。其方(そなた)が瘡(かさ)をわづらはしやつたとき、わしはあやにくひつをかく。瓜(うり)の蔓(つる)の次郎どのはよいよい病(やま)ひ、たつたひとりの子宝(こだから)は、脾胃虚(ひゐきよ)して骨(ほね)ばかりに痩(やせ)こける。米(こめ)はなし日なしはせがむ。大屋どのの店賃(たなちん)やらねば、路次(ろじ)の犬のくそに、すべつてもこごとはいはれず

弥二「もふもふいつてくれるな。むねがさけるよふだ

いちこ「それに、わしが奉公(ほうこう)して、せつかくためた着物(きもの)まで、そなたゆへにおきなくしたがくやしい。質(しち)はさかさまにやアながれ申さぬ

弥二「そのかはり手めへは、結構(けつこう)なところへいつてゐるだろふが、おれはいまだにくらうがたへぬ

いちこ「ヤアレハアなにがけつこうでござろふ。友(とも)だちしうのせはで、石塔(せきとう)はたてて下さつたれど、それなりで墓(はか)まいりもせず、寺(てら)へ付届(つけとどけ)もして下されねば、無縁(むゑん)同然となつて、今では石塔(せきとう)も塀(へい)のしたの石がけとなりたれば、折ふし犬(いぬ)が小べんをしかけるばかり、ついに水ひとつ手向(たむけ)られた事はござらぬ。ほんに長死(ながじに)をすれば、いろいろなめにあひますぞや

弥二「もつともだもつともだ

いちこ「そのつらい目にあひながら、くさばのかげで、そなたのことをかたときわすれぬ。どふぞそなたもはやく冥途(めいど)へきて下され。やがてわしがむかひに来ませうか

弥二「ヤアレとんだことをいふ。遠い所を、かならずむかひに来るにやアおよばぬ

いちこ「そんならわしがねがひをかなへて下され

弥二「ヲヲ何なりと何なりと

いちこ「このいち子どのへ、おあしをたんとやらしやりませ

弥二「ヲヲやるともやるとも

いちこ「アア名残(なごり)おしや。かたりたいことといたいこと、数(かず)かぎりはつきせねど、冥途の使(つかひ)しげければ、弥陀(みだ)の浄土(じやうど)へ

トうつむきていちこはあづさの弓をしもふ

弥二「コレハご御苦労(くろう)でござりました

ト鳥目二百文はりこみかみにくるみていだす、

現代語訳

巫女「忘れもしない。其方が瘡をわずらわしゃった時、わしもあいにく湿瘡にかかり、瓜の蔓の次郎どんはどらぶら病、たった一人の子宝は、脾胃虚を患い骨ばかりに痩せこける。米は無し、借金取は督促に来る。大屋殿の店賃も払わないので、露地の犬の糞に滑って転んでも小言も言われず

弥次「もう、もう、言ってくれるな。胸が裂けるようだ」

巫女「それにわしが奉公に出て、せっかく働き貯めた着物まで、そなたのおかげで、質に入れては次々にながしてしもうたが悔しい。一度流したものは戻ってはこぬ」

弥次「その替り、手前は、極楽浄土へ行っているだろうが、俺はいまだに苦労が絶えぬ」

巫女「やあれはあ、なにが結構でござろうか。友達衆の世話で、石塔は立てて下さったれど、それきりで墓参りもせず、寺へ回向料なども届けてくれないので、無縁仏同然となって、今では石塔も堀の下の石垣となったので、時々、犬が小便をしかけるばかり、ついぞ水ひとつ手向けられた事はござらぬ。ほんに長死にすれば色んな目に遭いますぞや」

弥次「もっともだもっともだ」

巫女「その辛い目に遭いながら、草葉の陰で、そなたの事を片時も忘れぬ。どうぞ其方も早く冥途へ来て下され。やがてわしが迎えに来ましょうか」

弥次「やあれ、とんだことを言う。遠い所を、必ず迎えに来るにゃあ及ばぬ」

巫女「そんならわしのたった一つの願いを叶えて下され」

弥次「おお、何なりと何なりと」

巫女「この巫女殿へお足をたんとやらしゃりませ」

弥次「おお、やるともやるとも」

巫女「ああ、名残惜しや。語りたい事問いたい事、数限りは尽きせぬど、冥途の使いは忙しいので、弥陀の浄土へ戻ります」

と俯いて巫女は梓弓を片付ける。

弥次「これは御苦労でござりました」

と鳥目二百文はりこみ紙に包んで差し出す。

語句

■瘡(かさ)-ここは梅毒をいう。■ひつ-「しつ」の訛。湿瘡(疥癬(かいせん)虫の寄生によって皮膚に湿疹(しっしん)を発し、全身に広がってかゆみを起こさせるもの。)■瓜の蔓-巫女言葉で、兄妹のこと。次郎は弟。■よいよい病-中風・脊髄の異変をきたすような病。■脾胃虚(ひゐきよ)-消化機能が低下して、いくら食べても太れない病気。■日なし-日済。毎日少しづつ借金を返す。それを督促される。■おきなくした-質において、流してしまった。■質(しち)はさかさまにやアながれ申さぬ-一度質に流したものは逆流して戻ってくることはない。■結構(けつこう)なところ-極楽浄土。■寺(てら)へ付届(つけとどけ)もして下されねば-寺へ回向料なども届けてくれないので。■無縁-無縁仏。供養してくれる者のない無縁の亡者。■長死(ながじに)をすれば-「長生きすれば恥多し」の諺を死者に転じたおかしみ。■くさばのかげで-草葉の陰。墓の下に葬られた今も。■冥途-死後の世界。これも「長生きしてくれ」の反対のおかしみ。■おあし-銭のこと。ここは巫女の商売気をうがった滑稽。■かたりたいことといたいこと~-以下巫女から霊が去る時の常套文句。『浮世床』では「なごりはつきねどさアらばじやア」とか「いつまアんでンもウ、つきぬウ、なごウりイよウ、さアらばだア、ウウウ引」とある。長く引きながら言ったもの。■冥途の使-死の世界から呼び戻す使い。■鳥目-銭のこと。穴のあいたさまが、鵞の目に似ているからの称で、もと漢語。

原文

北八「くらやみの恥(はぢ)を、とうとうあかるみへぶちまけて仕廻(しまつ)た。ハハハハハハ時に弥次さん、おめへとんだふさぐの。ナントいつぱい呑(のま)ふじやねへか

弥二「それもよかろふ

ト手をたたき女をよびさけさかなを云つける、

いちこ「けふはおまいさまがたアどこからおいでなさりました

弥二「アイ岡部(おかべ)から来やした

いちこ「それはおはやうおざりました

弥二「ナニわつちらアあるくこたア韋駄天(いだてん)さまさ。サアといふと、十四五里ヅツはあるきやす

北八「其かわりあとで十日ほどは役(やく)にたちやせぬハハハハハハ

ト此内さけとさかなを持出る

弥二「ちとあがりませぬか

いちこ「わたしはいつかう下さりませぬ

北八「あちらのおかたはどふだ

いちこ「かかさんお出 サアおかまさんもお来(き)なさいまし

北八「ハハアおめへのおふくろか。エエこいつは、めつたなこたアいわれぬわへ。先あげやしやう

トこれよりさかもりとなり、さいつおさへつ、このいち子どもおもひの外のくらひぬけして、いくらのんでもしやあしやあとしている。弥次郎兵へきた八は大きにゑひがまかり、いろいろおかしきしやれあれ共、あまりくだくだしければりやくす、北八まきじたにて

「ナントおふくろさん、今夜おめへのおむすを、わつちにかしてくんなせへ

弥二「イヤおれがかりるつもりだ

北八「とんだことをいふ。おめへこそ今宵(よい)は精進(しやうじん)でもしてやりなせへ。可愛(かわへ)そふに、しんだ嚊衆(かかしゆ)があれほどにおもつて、どふぞはやく冥途(めいど)へこい。やがてむかひにこよふと、深切(しんせつ)にいふじやアねへか

弥二「ヤレそれをいつてくれるな  向(むか)ひにこられてたまるものか

現代語訳

北八「暗闇の恥を、とうとう明るみへぶちまけてしまったじゃねえか。はははははは時に弥次さん、見れば、おめえとんでもなく塞いでいるな、どうだ一杯飲もうじゃないか」

弥次「それもよかろう」

と手を叩き、女を呼び、酒肴を注文する。

巫女「今日はお前様方あどこからおいでなさいました」

弥次「はい、岡部から来やした」

巫女「それはお早いお着きでおざりました」

弥次「なにわっちらあ歩くこたあ韋駄天さまさ。さあっていうと、十四五づつ歩きやすよ」

北八「その代わり後で十日ほどは役にたちやせんが。はははははは」

と冗談を言っているう酒と肴を持ってくる。

弥次「どうです。ちとあがりませぬか」

巫女「私はいっこうにいただけませぬ」

北八「それじゃあ、あちらのお方はどうだい」

巫女「母さんいらっしゃい。さあ、おかま女中さんもおいでやさいまし」

北八「ははあ、おめえのお袋か。ええこいつは、めったな事は言われねえ。先にあげやしょう」

とそれから酒盛りとなり、差しつ差されつ、この巫女親子、思いの外にしたたかに飲み、食らい、いくら飲んでもしゃあしゃあとしている。弥次郎兵衛北八は大いに酔いが回り、いろいろとおかしな洒落を言っていたが、あまりくだくだとなるので略す。北八は巻舌になり、

「どうだい、お袋さん。今夜おめえの娘をわっちに貸してくんなせえ」

弥次「いや、俺が借りるつもりだ」

北八「こいつとんだ事を言う。おめえこそ今夜は精進をしてやりなせえ。可哀想に、死んだ嚊衆があれほどに思って、どうぞ早く冥途へ来い、やがて迎いに来ようと親切に言ってるじゃねえか」

弥次「やれやれ、それを言ってくれるな。迎えに来られてたまるものか」

語句

■くらやみの恥-人に知られないできた恥。■ふさぐの-ひどくしょげている。気がすっかりめいっている。■韋駄天-仏教で天部の神。仏涅槃の時、捷疾鬼(しょうしっき)が、仏の牙一双を盗んで走った時、これを追いかけて取り返したという事から、足の速いことを例えていう(『谷響集』など)。■下さりませぬ-いただきません。遠慮した言葉。■おかまさま-女中の名であろう。■さいつおさへつ-盃をさしたり、さされた盃を相手にそのまま返して、相手に酒を進めたり押えたりして、ただししきりと盃を交換する意に使用する。■くらひぬけ-食い抜け。大食いや大酒飲みのこと。■しやあしやあ-平気な顔つきをいう。■しやれ-洒落。ここでは色んな所作をすること。■まきじた-巻舌。早くは切り口上で改まった物言いの意であったが、このころは酒に酔って、くだを巻く体をいうことに変じた。■おむす-「お娘子(むすめご)」の略。■精進-生臭を慎む意。

原文

北八「それだからおめへはよしな。サアおふくろ、おいらにきまつた

トいち子のむすめにしなだれかかるを、つきはなしてにげる

いち子「およしなさりませ

いち子のばば「むすめがいやならわたしでは

北八「もふこふなつちやア、だれかれの見さかいはない

トむちうになつてしやれる。この内かつ手より膳も出、いろいろここにもあれ共りやくす。はや酒もおさまり弥次郎北八もつぎのまへかへり 日がくれるやいなや とこをとらせねかせる おくの間にもたびくたびれにや もふねかけるよふす きた八小ごへにて

北八「なんでも巫女(いちつこ)のしんぞうめが、いつちこちらのはしにねたよふすだ。後(のち)に這ひかけてやろふ。弥次さんおめへ、ねたふりなぞは通りものだぜ

弥二「おきやアがれ、おれがしめるは

北八「気のつゑゑ。大わらひだ

トいいつつ両人ながらぐつとよぎをかぶりねる

すでに夜も五ツすぎ、四ツまはりの拍子木(ひやうしぎ)のおとまくらにひびき、台所(だいどころ)にあすの支度のみそする音もやみければ、只犬の遠吠(とをぼへ)のみきこへて、物淋(ものさみ)しくふけわたるに

北八時分はよしとそつとおき出、おくの間をうかがへば、あんどうきへてまつくらやみ。そろそろとしのびこみ、さぐりまはして、かのいちこのふところへにぢりこむと、おもひの外、此いちこの方より、ものもいわず、北八が手をとつてひきずりよせる。北八こいつはありがたいと、そのままよぎをすつぽり、手まくらのころびねに、かりのちぎりをこめしあとは、ふたりともぜんごもしらず、はなつきあはせてぐつとねいる。弥次郎兵へひとねいりして、目をさましおきあがりて

「もふ何時だしらぬ。手水(てうず)にいかふ。コリヤまつくらで方角(ほうがく)がしれぬ

ト小べんに行ふりにて、これもおくの間へはひこみ、きた八がせんをこしたとはつゆしらず、さぐりよつてよぎのうへからもたれかかり、くらがりまぎれに、かのいちことおもひ、きた八がムニヤムニヤいふくちびるをねずりまはし、わんぐりとかみつく。きた八きもをつぶし、めをさまし

「アイタタタタタ

弥二「ヲヤきた八か

現代語訳

北八「それだからおめえはよしな。さあおふくろ、おいらに決まった」

と巫女の娘にしなだれかかるのを、娘は突き放して逃げる。

巫女「およしなさりませ」

巫女の婆「娘が嫌なら私では」

北八「もうこうなっちゃあ、誰彼の見境は無い」

と夢中になって洒落る。そのうちに勝手より膳も出され、色々とここでもあるが略す。はや酒も無くなり弥次郎北八も次の間へ帰り、日が暮れるやいなや、床をとらせて寝かせる。奥の間にも旅に疲れたのか、もう寝かける様子。北八小声にて

北八「なんでも巫女の娘が早くもこちらの端に寝た様子だ。後で夜這いをかけてやろう。弥次さんおめえ、寝た振りなぞは通人がすることだぜ」

弥次「おきやあがれ、俺が女に夜這いをかけるは」

北八「あつかましい。大笑いだ」

と言いつつ両人ともぐっと夜着を被り寝る。

すでに夜も八時を過ぎ、十時を知らせて回る拍子木の音が枕に響き、台所では明日の支度の味噌をする音も止んだので、只犬の遠吠えのみ聞えて、物寂しく更けていく。

北八は頃合いは良しとそっと起きだし、奥の間を窺うと、行燈も消えて真っ暗闇。そろそろと忍び込み、探り廻して、かの巫女の懐へ無理やり潜り込むと、思いの外、この巫女の方から、物も言わず、北八の手を取って引きずり寄せる。北八こいつは有難いと、そのまま夜着をすっぽりと被り、枕のないままつい添寝して、仮の契をした後は、二人とも前後もわからず鼻突き合わせてぐっと寝入る。弥次郎兵衛一寝入りして、目を覚まして起き上がる。

「もう何時だろう。手水に行こう。こりゃ真っ暗で方角がわからぬ」

と小便に行く振りをして、これも奥の間に這い込み、北八に先を越されたとは露知らず、探り寄って夜着の上からもたれかかり、暗がりにまぎれて、かの巫女と思い、北八のむにゃむにゃ言っている唇を舐り廻し、大きく口を開かせて噛みついた。北八も肝を潰して目を覚まし

「あいたたたたた」

弥次「おや、北八か」

語句

■わたしでは-後にも見える如く、表は巫女で、裏では売淫をする者も多かった。■しんぞう-ここでは年若の女の意。■いつち-一番。最も。■這ひかけてやろふ-夜這いをしてやろう。■通りもの-ここは通人。よくその道(又は色の道)に通じた者。寝たふりで、北八の行動をそのままにしておくのが通人だ。■しめる-女をしてやる。■気のつゑゑ-押しのつよい。あつかましい。■五ツ-午後八時ごろ。■四ツまはりの拍子木のおと-午後十時ごろ。四ツの時刻を知らせて拍子木を打って回る、その音。■にぢりこむ-無理やりに入り込む。懐中に入るのに、抵抗のあるものと思われたのに。■手まくらのころびねに-枕のないままつい添寝して。■せんをこした-先を越す。先に回って行動した。■ねずりまはし-なめずり回した。口づけした。■わんぐりとかみつく-大きく口を開いた上で、噛みついた。このような尾籠(びろう)なことを、あけ広げて書いて、滑稽とするのが一九の作風。下品という悪評と、開放的だとする好評と、二説が生れる原因の一。

原文

北八「弥次さんか。エエきたねへペツペツ

このこへに北八とねていたるいちこも目をさまして

「コリヤハイ、おまいちはなんだ。そうぞうしい しづかにしなさろ。むすめが目をさますに

トいふこへはばばあのいち子、きた八は二度びつくり、こいつとりちがへたか、いまいましいとはひ出て、こそこそとつぎの間へにげかへる。弥二郎もにげんとするをいち子、手をとつてひきずりながら

「おまへ此としよりをなぐさんで、今にげることはござらぬ

弥二「イヤ人ちがへだ。おれではない

ばばあ「インネそふいわしやますな。わし共は、こんなことを商売にやアあしませぬが、旅人衆(たびうどしう)の伽(とぎ)でもして、ちつとばかしの心づけを貰(もら)ふがよわたり。はらさんざんなぐさんで、只逃(ただにげ)るとはあるかましい。夜(よ)の明(あけ)るまで、わしがふところでねやしやませ

弥二「これはめいわくな。ヤイ北八北八

ばば「アレハイ、おつきな声(こへ)さしやますな

弥二「それでもおれはしらぬ。エエ北八めが、とんだ目にあはしやアがる。

トやうやうむりに引はなして、にげんとすれば、又とりつくをつきたをして、がたびしとけちらかし、そうそうつぎの間へはひこみながら

いち子ぞとおもふてしのび北八に口をよせたることぞくやしき

道中膝栗毛三編 上終

現代語訳

北八「弥次さんか。ええぃきたねえ。ペッペッ」

この声に北八と寝ていた巫女も目を覚まして

「こりゃはい、おまいさんたちはなんだ。騒々しい。静かにしなさろ。娘が目を覚ますに」

という声は婆の巫女、北八は二度びっくり、こりゃあ取り違えたか、いまいましいと這い出し、こそこそと次の間へ逃げ帰る。弥次郎も逃げようとするのを巫女、手を取って引きずりながら

「おまえこの年寄を慰みにして、今更逃げるとはありえません」

弥次「いや人違いだ。俺ではない」

婆「いんねそう言わっしゃいますな。わし共は、こんなことを商売にゃあしませぬが、旅人衆の伽でもしてちっとばかりしの金銭を貰うのが世渡りというもの。さんざんばら慰んでおいて、只逃げるとは厚かましい。夜の明けるまで、わしの懐で寝やしゃいませ」

弥次「これは迷惑な。やい北八北八」

婆「あれはい、おっきな声を出さっしゃいますな」

弥次「それでも俺は知らぬ。ええぃ北八めが、とんだ目に合しやあがる」

とようやく無理に引き離して、逃げようとすると、又取り付くのを突き倒して、そこらの物をがたぴしと蹴散らかし、早々に次の間へ這い込みながら

いち子ぞとおもふてしのび北八に口をよせたることぞくやしき

道中膝栗毛三編 上終

語句

■なぐさんで-遊び相手として。相手と共寝して。■こんなこと-売色を職業とするのではないが。■伽(とぎ)-ここは共寝する意。今否定した売色を、別の言葉で述べるのが滑稽。■心づけ-感謝の意を示す金品。■よわたり-世業。■はらさんざん-「さんざんばら」に同じ。思う存分。■がたぴしと-そこらの物を倒したり蹴ったりする音。■口をよせたることぞくやしき-「口をよせる」を、巫女の縁で使用し、意味は北八に口づけしたことをくやむ。

次の章「三編下 掛川より袋井へ

朗読・解説:左大臣光永

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