三編下 舞坂より荒井へ

原文

是よりあら井まで壱里の海上(かいじやう)、乗合ぶねにうちのりわたる。げにも旅中の気さんじは、船中おもひおもひの雑談(ざうだん)、声高(かうしやう)にかたり合、笑ひののしり打興(けう)じゆくほどに、頓(やが)てなかばわたりて、乗合の人々もはなしくたびれ、めいめい柳(やなぎ)ごりに肘(ひぢ)をもたげて、いねぶりをするもあり、又この風景に見とれて、只黙然としてゐるも有

この乗合のうちに、としのころ五十ばかりの、ひげむしやむしやしたるおやぢ、いかにも、あかづきたるぬのこをきたるが、なにをかうしなひけん、いねぶれる人々のひざのしたをさぐり、又うすべりをもちあげ、しきりにものをさがしもとむるよふすにて、弥二郎がそでの下をさぐりまはす。弥二郎その手をとらへて、

弥二「コウきさまはなんだ。ことはりなしに人の袂(たもと)をさぐつてなんとする

かのおやぢ「ハイ御ゆるされまし。わしはハアちとべこ、なくならしたものがござるから

北八「おめへなくなつたものがあるなら、ことわつてたづねるがいい。此ふねの中で、どつこへもゆくころではない。なんだたばこ入かきせるか

おやぢ「インニヤたづねずともふよくござる

弥二「たづねずともよいものなら、人のいねぶりをしているうち、そこらアさぐりまはすこたアねへ

のり合みなみな「サアなにが見へぬ いいなさい。此なかでものが見へないではすまぬ。

おやぢ「ハアそんならいいますべい。みんな、びつくりさつしやりますな

北八「ハハハハハハおめへがものをなくしたとつて、だれがびつくりするもんだ

弥二「なにが見へやせん

おやぢ「アイ蛇(へび)が一疋(ぴき)なくなり申た

北八「ヤアヤアとんだことをいふ人だ。へびたアなんのへびだ

おやぢ「なんだべいとつて、いきた蛇(へび)でござるは

のり合「ヤアヤアヤア

弥二「イヤきさまも、とんだものをもつてきた。へびをマアなんにしよふとおもつて

北八「こいつはきみのわるい。ここらにはいぬか

トたちさはげば、せんちうみなみなそうだんにたちさわぎ

「ヤアこの板子(いたご)の下に、とぐろをまいてゐるは、ソリヤそつちのほうへいつた。エエこりやきものわるい。ソレソレあけ荷(に)のしたへはひこんだは。コリヤまあ、とんだ人とのりあはした

現代語訳

舞坂より荒井へ

是より荒井へは海上一里の行程、乗合船に乗って渡る。実際、旅中の気楽さは、船中において思い思いの雑談を交わし、声高く語り合う、笑い大騒ぎしながら興じて行くうちに、やがて半分ほど渡り、乗り合わせた人々も話しくたびれ、めいめい柳行李に肘をもたげて、居眠りをする者もあり、又この付近一帯の景色に見とれて、只黙然としている者もいる。

この乗客の中に、年のころ五十ぐらいの鬚もじゃで、いかにも垢でぎとぎとした木綿の綿入れを着た親父が何かを失くしたのだろうか、居眠りをしている人々の膝の下を探り、又、敷物を持ち上げ、しきりに物を探し求める様子で、弥二郎の袖の下を探りまわす。弥二郎もその手を捕らえて、

弥治「こら、貴様は何だ。断りなしに人の袂を探って何をするんだ」

かの親父「はい、許してください。わしは、はあ、少しばかり、失くした物がありますから」

北八「おめえ無くなった物があるなら、断わって尋ねればいい。この船の中では、どこへ行くといった所も無い。何だ。煙草入れか煙管(きせる)か」

親父「いんにゃ、尋ねずともようござる」

弥治「尋ねずとも良いものなら、人が居眠りをしている間に、そこらを探りまわすこたあねえ」

乗客たち「さあ、何が見えぬ。言いなさい。この中で物が見えねえでは済まぬ」

親父「はあ、そんなら言いますべい。皆、びっくりさっしゃりますな」

北八「はははははは、おめえが物を失くしたとって、誰がびっくりするんだ」

弥治「何が見えないのだ」

親父「はい、蛇が一匹居なくなり申した」

北八「やあやあ、とんだことを言う人だ。蛇たあ何の蛇だ」

親父「なんだべいとって、生きた蛇でござるわ」

乗客たち「やあやあやあ」

弥治「いや、貴様もとんだものを持って来た。蛇をまあ、何にしようと思って」

北八「こいつは気味の悪い。ここらにはいぬか」

と立ち騒ぐと、乗客たちは皆、総立ちをして立ち騒ぎ、

「やあ、この板子の下にとぐろを巻いているわ、そりゃ、そっちの方へ行った。ええ、こりゃ気持ちの悪い。それそれ、あけ荷の下に這い込んだわ。こりゃ、まあ、とんだ人と乗り合した」

語句

■荒井-新居。舞坂から浜名湖の今切所。海上一里の宿駅。同じく敷地郡内(今は浜名郡荒居町)。■気さんじ-気安さ。■柳ごり-柳の枝の皮をはいだもので編み、同製の深い蓋をお付けた行李(こうり)。大小さまざまあるが、小さい物は旅行用に重宝された。旅荷物の事。■風景-浜名湖今切一帯の景色。「東海道名所図絵」に引く蝶夢の「遠津湖の記」には、唐土の西湖に比している。■うすべり-畳表に布で縁を付けた粗末な敷物。■ちとべこ-少しばかり。■あかづきたるぬのこ-垢付きたる布子。布子は木綿の綿入れ。

■すまぬ-そのままでは乗合の面々の気がすまない。■そうだち-総立ち。全員立ち上がる様。■板子-船の下に並べた板。■とぐろをまいて-蛇などが丸くなって動かずにいる様。■あけ荷-竹や筵で作った旅行用、特に馬の左右に付けて運ぶための葛籠(つづら)ようのもので、縁に割り竹を付けて、蓋を作ってある。

原文

トせんちう上を下へひつくりかへし、たちさわぐ。かのおやぢあけにをとりのけ、へびをなんのくもなくつかみ、又ふところへいれる

北八「コレコレ、おめへとんだことをする。それをふところへいれておくと、又はひ出ますは。うみへうつちやつてしまひなせへ

おやぢ「インニヤさて、そふはなり、申さぬ。わしはハア、さぬきのこんぴらさまへいくもんだが、道中路銭(ろせん)につきて、すべいよふがござらないから、道でこのへびをとつたをさいわい、へびつかひになつて、壱文ヅツもらつていくもんだから、コリヤアわしが、しやうばいのたねでござるは

弥二「イヤなんぼ、きさまがしやうばいのたねだとつて、へびをもつてゐる人と、どふしていつしよにゐられるもんだ。コレ船頭(せんどう)どん、なぜこんなものをふねにのせた

せんどう「ハア、わしらだとつて、よもやあの人が、へびをもつてゐよふとはしりませぬ

のり合「コレおやぢどん、なんのかのといわずとも、たぜいにぶぜいだ。はやくうつちやつて、しまいなせへ

おやぢ「インニヤやアだ。なり申さぬ

北八「ならざアきさまぐるめに、うみへぶちこんでしまうがどふだ

おやぢ「ヲヲサはめるならはめて見さつしやい。わしにも手こぶしがござるは

北八「エエこのおやぢはふてへやつだ

ト北八たちかかつてかのおやぢのむなぐらをとると、ふところから、へびのあたまがによつこり出る。きた八きやつといつてとびのく。弥二郎つづいて立ちあがり、きせるにておやぢをひとつくらはせる。おやぢはらをたて、つかみつくと、せんちうみなみなとりさへるうち、又かのへびが、おやぢのたもとからおちて、のたくりまはると

みなみな「ソリヤ又出おつた。ぶちころせぶちころせ

北八じぶんのわきざしのこじりでちやつと、へびのあたまをおさへる。へびそのまま、さやにまきつきたるを、ちよいとうみへ、ほうりなげるはづみに、手がすべり、わきざしもいつしよに、うみへうちこみけるに、へびはなみにまかれて見へず、わきざしはたけみつゆへうきてながれる。きた八めんぼくなく、しよげているゆへ、おやぢこれにてはらをいる のり合みなみな

「アアこれでおちついた。しかしおきのどくなことは、あなたのおこしのものだ

おやぢ「わしはこのとしになるが、わきざしのながれるのを、はじめて見申た

北八「エエけつのあなの、せめへことをいふおやぢめだ。おうしうのころも川で、弁慶がたちおうじやうしたときやア、太刀(たち)もよろひも、ながれたといふことだ

現代語訳

と船中を上を下へと大騒ぎをしてひっくり返し、騒ぐ。かの親父は明け荷を取り除き、蛇を何の苦も無く掴んで、又懐へ入れる。

北八「これこれ、おめえとんだことをする。それを懐へ入れておくと、又這い出すわ。海へうっちゃってしまいなせえ」

親父「いんにゃ、さて、それはできません。わしははあ、讃岐の金比羅様へ行く者だが、旅行費用が無くなり、しょうがないから、道でこの蛇を捕ったを幸いに、蛇使いになって、一文づつもらっていくもんだから、こりゃあわしが商売の種でござるわ」

弥治「いや、なんぼ貴様の商売の種だといっても、蛇を持っている人と、どうして一緒に居られるものか。これ、船頭どん、何故こんな者を舟に乗せた」

船頭「はあ、わしらだって、よもやあの人が蛇を持っているのはわかりません」

乗客「これ、親父どん。何のかのと言わずとも、多勢に無勢だ。早くうっちゃってしまいなせえ」

親父「いんにゃ、やだあ。できません」

北八「できねえなら貴様ごと、海へぶち込んでしまうがどうだ」

親父「おおさ、はめるならはめてみさっしゃい。わしにも手や拳がござるわ」

北八「ええ、この親父はふてえ奴だ」

と北八達は、親父に掴みかかり、親父の胸倉を取ると、懐から、蛇の頭がにょっこり出る。北八はきゃっと言って飛退く。弥次郎続いて立ち上がり、持っていた煙管でぽかっと親父にひとつ食らわせる。親父は腹を立て、掴みかかると、船中の皆がそれを取り押さえたりしているうちに、又かの蛇が、親父の袂から落ちて、のたくりまわると

皆々「そりゃあ、出おった。ぶち殺せ。ぶち殺せ」

北八は自分の脇差のこじりですかさず蛇の頭を押さえる。蛇はそのまま、鞘に巻き付いたのを、ちょいと海へ放り投げる弾みに、手が滑り、脇差も一緒に海の中に打ち込んでしまった。蛇は波に呑まれて見えない。脇差は竹光だったので、浮んで流れる。北八が面目なくしょげているので、親父はこれを見て怒りを収める。乗客は皆々

「ああ、これで落ち着いた。しかしお気の毒な事は、貴方のお腰の物だ」

親父「わしはこの年になるが、脇差が流れるのを始めて見た」

北八「ええ、尻(けつ)の穴の、小せえことを言う親父だ。奥州の衣川で、弁慶が立ち往生した時にやあ、太刀も鎧も、流れたということだ」

語句

■上を下へ-大騒ぎで乱れることの形容。■さぬきのこんぴら-讃岐国琴平(香川県仲多度郡)で祀る金比羅宮。俗に金比羅様という。航海安全の神とされたが、全国の信仰を集め、その参詣者を金比羅道者とか金比羅行人と称した。『守貞漫稿』に「金ひら行人の扮は、衣服及び手足の服同前(住吉踊と同じで、手甲・股引・脚半・甲掛など)皆白木綿也。又頭に白木綿を以て突盔(とつぺい)の如く包み、其余布を両耳の上に捻じ結び、其又余を二尺許り垂れ下す。右手に鈴を振りて、だらに及び祈念の文を昌す。首に施米の筥をかくる。乃ち筥は胸にあり」。なお背の筥に天狗の面を負う。ここは道中に困ってその服装も無くなり、布子のみになっている体。■路銭につきて-旅行用の金銭がなくなり。■すべいよふ-すべき方法。■へびつかひ-蛇の歯や鱗の縁の棘を落して去勢し、首から両手に巻きつかせて人に見せ、金を乞うもの。道者なども行い、または見世物にもなった。後年は美人の蛇使いがよろこばれた(見世物研究)。■とりさへる-とり押える。仲裁する。■わきざしのこじり-脇差の鐺。末端で、金属で飾ってある部分。■ちやつと-すかさず。■たけみつ-竹光。刀の中身が鉄でなくて、竹を削って刀に似たように作ってあること。またその刀。■はらをいる-腹立ちをなだめる。怒り恨みをおさめる。■けつのあなの、せめへ-度量の乏しいこと。■ころも川-衣川(岩手県胆沢郡衣川町)。奥州藤原氏の庇護で、衣川の館にいた源義経が、兄頼朝の軍勢に攻撃されて滅んだ時、武蔵坊弁慶が衣川の川中で立往生したと伝える。

原文

おやぢ「ハハハハハハこりやハア、よこつぱらがいたくなり申すは、やなぎ樽(だる)といふ本に、ころも川、さいづちばかりながれけり、といふ句(く)がありもふす。弁(べん)けいのさしてお出やつた、こしのものは、かねでこしらへたもんだから、ながれべいこたアござんないは

北八「エエいわせておきやア、よくしやべるしにぞこないめだ。はりとばしてやろう

ト又たちあがり つかみかかるを 弥二郎おしとめ

弥「もふきた八いいにしや。のり合のしうの手まへもある。しづまれしづまれ

ト是をなだめるうち、ふねははやあら井ちかくなる

せんどう「サアサア お関所まへでござる。笠をとつて、ひざをなをさつしやりませ。ソレソレ舟があたりまするぞ

のり合「ヤレヤレとどこほりなくついて、めでたいめでたい

ほどなくふねはあら井のはまにつきければ のり合みなみなふねをあがり  お関所を打過ける

弥二郎北八もふねをあがり

舞坂をのり出したる今切(いまぎり)とまたたくひまもあら井にぞつく

さるにても、腰のもののながれたるは、前代未聞のはなしのたねと、みづから打笑ひつつ北八

竹箆(たけべら)をすててしまひし男ぶりごくつぶしとはもふいはれまい

それよりふたりは、此あら井のしゅくに酒くみかはしてあしをやすめぬ

道中膝栗毛三編 終

現代語訳

親父「はははははは、こりゃはあ、横っ腹が痛くなりますわ。やなぎ樽という本に、衣川、采槌ばかり流れけり、という文句があります。弁慶の差しておった腰の物は、金でこしれた物だから、流れるというこたあありませんわ」

北八「ええぃ、言わせておきゃあ、よく喋る死にぞこないめだ。張り飛ばしてやろう」

と又立ち上がり、掴みかかるのを弥次郎押し留め

弥次郎「もう北八いい加減にしておけ。乗り合い衆の手前もある。静まれ、静まれ」

と是をなだめるうちに、舟は荒井に近くなる。

船頭「さあさあ、お関所前でござる。笠を取って、膝を直さっしゃいませ。それそれ舟が当たりますぞ」

乗客「やれやれ滞りなく着いて、めでたい、めでたい」

程なく舟は荒井の浜に着いたので、乗客皆は舟から上り、お関所を通り過ぎた。

弥次郎北八も船から上り

舞坂をのり出したる今切(いまぎり)とまたたくひまもあら井にぞつく

そうだとしても、腰の物が流されてしまったのは、前代未聞の話の種と、自ら笑いながら北八

竹箆(たけべら)をすててしまひし男ぶりごくつぶしとはもふいはれまい

それから二人は、この荒井の宿に酒を酌み交わして足を休めた。

道中膝栗毛三編 終

語句

■よこつぱらがいたくなり申す-横腹が痛くなる。甚だおかしいことの形容。■やなぎ樽-『俳風柳多留』。柄井川柳とその流派の宗匠が選んだ川柳の集で、明和二年(1765)に初編を出し、天保九年(1838)まで百六十七編まで出した。■さいづち-才槌。木製の小さい槌。細工などに使用。句意は、弁慶は七つ道具を背に負うているが、衣川で立往生の末戦没した時、七つのうち他は金属の武具であるが、才槌だけは木製なので流れたろう。■こしのもの-腰の物。太刀の類。■しにぞこない-老人を罵る語。■いいにしや-よい加減にしておけ。■お関所-船着場がすぐにあって、吉田藩が守る定め。『諸国道中記』に「舟の乗場に御関所有り、女には手判せんさく有り、てつぽう御あらためなり」とあり、俗に「入鉄砲出女」という。「関所」の上、二字あけてあるのは、公の機関に対する敬意を示す。■入鉄砲出女-江戸幕府が諸大名の謀反を警戒して設けていた諸街道の関所で、鉄砲の江戸への持ち込みと、江戸に住まわせた諸大名の妻女が関外に出るのを厳しく取り締まったこと。 ■笠をとつて-関所の定めに「関所を出入りする輩、笠頭巾をとらせ通すべき事」とあるので船頭が注意したもの。■舟があたりまする-舟が海岸の岸壁に着いて当るから、倒れないように腰を低くしてとの船頭の注意。ここは海岸に着き、関所を通り抜けないと、西行できないように構えられていた。■舞坂を~-「今切」に「今」をかけ、「あら井」に「あらず」をかけた。舞坂を乗り出したのは今だと思っていたのに、瞬く間もなく、早くも荒井に着いたの意。今切は浜名湖の外海に続く所で、そこを渡海する。■竹箆を~-飯を食っても何の役にも立たぬの意で、人を罵っていう語。この詠では「竹箆」は竹光の中身をいうと共に、竹箆で飯を潰して練って糊の代用とするので、「ごくつぶし」の縁語。竹箆同然の竹光を、海中に捨ててしまって全く男ぶりを下げたので、これからはもう「ごくつぶし」の罵言さえもいわれないだろう。

次の章「四編巻首

朗読・解説:左大臣光永

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