四編巻首

原文

東海道中膝栗毛四篇上下

題膝栗毛四編巻首

女方の阿仏、立役者の親行、十六夜日記、東関記行の類、世に行るる多なれど、皆下り役者の時代物、聾(つんぼう)桟敷の耳遠きをいかにせん。此膝栗毛の世話事は、切落向を専として、楽屋落を不載(のせず)、北八、矢次、二枚の道外方に東海道の引道具を用ひ、今四編におよんで狂言の筋をかへず、見物猶跡幕の遅に手を打事頻なるものは、作者の手柄、宿はづれの並木氏も、領分堺の定杭是より右に出ん事を競ふべし。嚮(さき)に野生二番目に題して、一鞭直(いちべんただち)に京城の大詰にいたるといへるものは、大帳を不見(みざる)の誤にして、此世界いまだ新井より桑名までの道行に終(おはり)て、伊勢参宮のまはり仕掛、大津街道の泥仕合は、五編目の打出に載(のせ)たり。嗚呼大儒先生、生前に文集の二編目を出す事まれなるを、膝栗毛の四篇目、三年を不過して、製本既なれるは、当芝居の大名題、三都会の評判記に貫通すべし

文化乙丑春

前黄表紙著作 喜三二題千芍薬亭

現代語訳

題膝栗毛四篇巻首

女方が扮した阿仏尼、立役者が扮した源親行によって演技される十六夜日記、東関紀行の歌舞伎題目の類は広く世間で行なわれることが多いが、それはみな下り役者が演技する古臭いものだ。聾桟敷に居る者には演技者の声は届かず、どうすればいいのだろうか。この膝栗毛で著す狂言は大衆向きを専らとしてはいるが、同じ滑稽文学でもうがちを事とした文學とは異なるものである。北八、弥治という二人の滑稽な役者により東海道の道中を背景として今四編に及んで狂言の筋を変えず、読者が後編を望んでそれを督促する事象は作者の手柄であり、狂言作者の並木氏も〇〇〇。先に自分が二編目に題して、一鞭直(いちべんただち)に京城の大詰にいたるといったのは「台帳を見ない」の誤りであって、この四篇で見える世界は新井から桑名までの道行に終り、東海道から伊勢路への道行や、大津街道で泥にまみれた逸話は、五編目の最後に掲載した。ああ、偉い儒者であっても、生前に文集の二編目を出す事は稀な事であるにもかかわらず、膝栗毛の四編目が初編刊行から三年も過ぎていないのに製本できたことは、京・大阪・江戸の三都共に大評判になるであろう。

文化二年春

前黄表紙著作 喜三二題千芍薬亭

語句

■女方-歌舞伎で女性に扮する役柄、またその役者。■阿仏-阿仏尼(~1283)。安嘉門院四条と称された歌人。藤原為家の後室となり、『十六夜日記』の著者。■立役-歌舞伎で主役の男性に扮する役柄、またその役者。■親行-源親行。十二世紀末から十三世紀末頃の人。光行の子。『源氏物語』など古典を校訂した。『東関紀行』の著者に擬されていた。■十六夜日記-阿仏尼が一子為相の領地のことで、建治三年(1277)、京都から鎌倉へ下り訴訟した時の和文の紀行。■東関記行-仁治三年(1242)、京都を立って鎌倉に下った和漢混淆(こんこう)文の紀行。■下り役者-上方役者で、江戸の劇場へ出勤する者の称。京都人の東下りの紀行なるをいう。この序は歌舞伎文をちりばめて文をなしている。■時代物-古典を、歌舞伎の昔を材とした作品の称をかりていう。■聾(つんぼう)桟敷-舞台正面だが、最後部の見物席で、役者の声も聞き取れないので、「耳遠き」の序詞。■耳遠き-古典で理解しがたい。■世話事-現代を材とした狂言又は演技。■切落-「きりおとし」は土間の見物席の末の方で、入場料が安い大衆席の称。大衆向きを専らとする。■楽屋落-楽屋の仲間だけにはわかって、一般見物人には理解できない、せりふや演技。同じく滑稽文学でも、うがちを事とした洒落本・黄表紙とは違うの意。■二枚-二人。役者を数えるのに「枚」という。■道外方-滑稽の役柄、またはその役者。■引道具-舞台の背景・環境を作る大道具に綱をつけて引く方法で、舞台の変化を示したもの。東海道の道中を背景にした意。■狂言-芝居脚本の筋書。■手を打つ事頻り-次々の幕のあくを督促するしぐさ。■宿はづれ-「並木氏」の序詞。実際では芝居の舞台でも、宿場の出口入口には並木が多かった。■並木氏-並木五瓶をはじめ、並木性の狂言作者は多い。■領分堺の定杭-街道には領分の境を示して「是より右云々」とした榜示杭があったのを利用した「是より・・・」の序詞。■右に出ん事を競ふべし-優秀さを争うだろう。■野生-自分の謙称。■二番目に-二編(後編)のことを狂言風に言った。後編序に「一鞭ただちに京城にいたる」とある。■大詰-狂言の最後をいう語。■大帳-台帳。狂言作者の手になって、せりふ・舞台・扮装などその芝居の必要事を全部書いてある基本の帳面。正本。■此世界-この四編で見える場面の意。「世界」はまた歌舞伎用語で、内容となる人物・時代・場所などをいう。■まはり仕掛-回り舞台のこと。東海道筋より伊勢路へ回ることをいう。■泥仕合-舞台に泥田を作り、泥まみれで立回りをする演技。ここは大津街道で泥にまみれの意。■打出し-芝居の終了を告げて、櫓太鼓を打つ事をいうが、ここも五編の最終のところの意。ただし、この『膝栗毛』は五編では終わらなかった。■大儒先生-えらい儒者。■二編目を~-漢詩文を生前に出しても、なかなか二編まで出す人はいない。■当芝居-好評の芝居。■大名題-一日の狂言を一つの題で示すその名称。またその名を書いて劇場の前に示す大きな看板。更に転じて、大きな看板で絵で示される立者の役者のことにもいう。ここでは一九とこの『膝栗毛』を大名題の立者と題名に比した。■三都会-京・大阪・江戸の三都の役者評判記にも、一様に通るだろう。一九と『膝栗毛』が、三都共に大評判になろうの意。■文化乙丑-文化二年(1805)。■前黄表紙著作-黄表紙作者朋誠堂喜三二の二代目を芍薬亭が継いだので、ここはその喜三二を称としている。

原文・現代語訳

注)この候は、現代語に示せない漢字表記が多くあり、解しづらかったので現代漢字に置き換えたり、ひらがな表記にしたものが含まれる。

上巻書目

新居(あらゐ)の駅滑稽(えきこつけい)

白須賀(しらすか)の駕(かご)かき北八を茶化す

二軒茶屋建場(にけんぢややたてば)北八酒肴(しゆかう)を奢(おご)る

田舎芝居(いなかしばゐ)の笑談(しやうだん)

荷物坊主持問答(にもつぼうずもちもんどう)

吉田駅(よしだじゆく)に比丘尼(びくに)を嬲(なぶ)る

弥次郎兵衛狐(きつね)の怪(くはい)を惧(おそ)る

北八途中災難(とちうさいなん)

赤坂泊婚礼騒動(あかさかどまりこんれいさうどう)

下巻書目

弥次郎兵衛藤(ふぢ)川争論(そうろん)

北八狂女(けうじよ)に迷(まよ)ふ

岡崎駅(おかざきじゆく)の遊戯(ゆうげ)

弥次郎兵衛草履(ぞうり)を掠(かす)る

鳴海絞屋迷惑(なるみしぼりやめいわく)

北八伊勢音頭(いせをんどう)を躍(おど)る

宮泊(みやどまり)ごぜ弥次郎兵衛を罵(ののし)る

七里渡船中混雑(しちりわたしせんちうこんざつ)

桑名茶屋酒盛(くはなちやあさかもり)

以上目録終                  

                                                                                                                                                              

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朗読・解説:左大臣光永

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