五編下 追分より白子へ

原文

東海道中膝栗毛 五編下

神かぜや伊勢(いせ)と都(みやこ)のわかれ道なる、追分(おひわけ)の建場(たてば)より、左りのかたの町をはなれて、野道をたどり行ほどに、むかふより来る、農行(のうげう)の馬によこのりしたる男、かんばりごへにて

うた「見てもぬくとそふなヨ、おかたとねたりやナア、手おりぬのこ一まい、ねつこに、つんぬげたア ナアアアアエ

弥次「コウ見さつし、アノ向ふからのつてくる馬方(むまかた)を、おろして見せよふか

トわきざしを、ぐつとぬきだしてさし、かつぱのそでをまへのほうへおりて、かたなのつかに、もちそへたるていに見せかけてゆくと、馬かたやがて馬より、ちやつとおりて行

弥次「ナントどふだどふだ

又向ふよりよこのりの馬士

「ばんにとまりにヨ、いことてやめたナア、なんぜいきやらぬ裸(はだか)でおかたにあはりよかへナアアアアアアエ

弥次「こいつもおろしてやろう エヘン

馬士「シツシツ

トにはかにうろたへおりて行過る

弥次「きた八どふだ。きめうか

北八「二本ざしを見ると、乗打(のりうち)のできねへこたア、みなしつてゐらア

弥次「それだからよ。おれを侍(さむらひ)だとおもいおつて

北八「ばかアいふぜ。あとを見なせへ。侍がふたりくるから

弥次「エエほんにか

トふりかへるひやうしにこのお侍にばつたり

弥次「ハイ是は御めんなさいやし。神部(かんべ)へはもふどれほぞござりやすな

此さふらひしゆは此へんの郷士とみへて

「ソレむこ(向)の堤(つつみ)からつつとそらへあがらせると、もふ半道もあらずにな

弥次「ハイありがたふござりやす

現代語訳

追分より白子へ 

伊勢と都との別れ道になる、追分の建場から、左の方の町から離れて、野道を辿って行くと、向うから来る農業用の馬に横乗りした男が、甲高い声で、

唄「見てもぬくとそふなヨ、おかたとねたりやナア、手おりぬのこ一まい、ねつこに、つんぬげたア ナアアアアエ」

弥次「これ、見さっし、あの向うから乗って来る馬方を下してみせようか」

と脇差をぐっと抜き出して差し、合羽の袖を前の方に折って、刀の柄に、持ち添えたように見せかけて行くと、馬方はやがて馬からさっと下りて行く。

弥次「なんと、どうだ、どうだ」

又向こうから横乗りの馬士が来て

唄「晩に泊りにヨ、行ことて止めたナア、何故行きやらぬ裸(はだか)で御方に合はりよかへナアアアアアアエ」

弥次「こいつも下してやろう。えへん」

馬士「しっしっ」

と急にうろたえて下りて行き過ぎる。

弥次「北八どうだ。奇妙か」

北八「二本差しを見ると、乗打ちの出来ねえこたあ、皆知っていらあ」

弥次「それだからよ。おれを侍だと思いおって」

北八「馬鹿あ言うぜ。後ろを見なせえ。侍が二人来るから」

弥次「ええ、ほんにか」

と降り返る拍子にこのお侍たちにばったりと出くわす。

弥次「はい、これは御免なさいやし。神部へは後どれぐらいでござりやすな」

この侍衆はこの辺りの郷士と見えて、

「それ、向うの堤から、つつつうと上へあがらせると、もう半道もあらずにな」

弥次「はい、ありがとうござりやす」                                        

語句

■農行(のうげう)の馬-農業をする馬。耕作の馬。■かんばりごへ-甲張り声。甲高い声。■ぬくとそふな-暖かそうな。■おかた-御方。古くは貴人の妻妾または子女の敬称。後には普通の人の妻をも言う。ここは愛している女であろう。■手おりぬのこ-手織布子。「布子」は木綿の綿入れ。■ねつこ-「ねっこ」は、十分に、全くの意。あたたかい女と寝たので、暑くなって、布子をすっかり一枚脱いだ。■ばんにとまりに~-晩に泊りに行こうと思ったが止めた。何故止めたかというと、裸で女に逢うわけにはいかないから止めた。博打に負けて裸になったというのであろう。■二本ざし-大小二本ざし。武士のこと。■乗打-人とすれ違う時、馬または馬から下りずに、そのまま通ること。■神部-現在は三重県鈴鹿市。神戸石橋町・神戸鍛冶町・神戸新町など神戸を冠する町名が甚だ多い。■郷士-地方に土着して、土地を所有し、領主から特別の待遇を受けている者。■むこの堤-内部川の堤をさしたものであろう。■そらへあがらせる-上へあがる。 

原文

北八「つつみからそらへあがれたアなんのことだ。蟒蛇(うわばみ)がてんじやうしやアしめへし。ハハハハハハ時にこの川は、何とふ川だ。

はしばん「ハイ橋銭が弐文ヅツ出ます。此川は宇都部川(うつべがわ)といひます

弥次「ソレ弐文ヅツ四文よ

抜まいりならばぶさをもうつべ川わたしの銭もかりばしにて

それより高岡川をうちわたり、はやくも神部(かみべ)のしゆくにいたる。入口に宝珠山火除(ひよけ)ぢぞう堂あり

安穏に火よけ地蔵の守るらん夏のあつさも冬の神部も

斯(かく)てこの宿(しゆく)はづれなる、茶みせによりて、休ゐたるに

馬士「モシおまいがたア、おま(馬)にのつて下んせんか

弥次「いかさま、もどりならのるべい

馬士「上野までもどるおまじやわい。荷をつけて弐百五十くだんせ

北八「二ほうくはうじんで百五拾やるべい

馬士「けふは枠(わく)をもてこんわいの。爰からうへ野まで三里の所しや。白子(しろこ)へ壱里半、かはりやつてのつていかんせ

弥次「ふたりのられにやアいやだ

馬士「そしたらおふたりとも、おまの鞍(くら)へくくしつけていこ(行)まいか。この縄でしめりや、きづかひはないがな

北八「とんだことをいふ。それじやアたばこものまれぬ

弥次「そんならかはりがはりのろふ。百五十でやるか

馬士「まあよかし。やらかしましよ

現代語訳

北八「堤から上へ上れたあ何のことだ。蟒蛇が天へ昇りやあしめえし。はははははは、時にこの川は、何という川だ」

橋番「はい、橋銭が二文づつの出費になります。この川は宇都部川といいやす」

弥次「それ、二文づつ四文よ」

抜まいりならばぶさをもうつべ川わたしの銭もかりばしにて

それから高岡川を渡り、はやくも神部の宿に着く。入口に宝珠山火避け地蔵堂がある。

安穏に火よけ地蔵の守るらん夏のあつさも冬の神部も

このようにして、この宿の外れにある、茶店に寄って、休んでいると、

馬士「もし、お前さんがたあ、馬に乗って下んせんか」

弥次「戻り馬で安いなら乗るべい」

馬士「上野まで戻る馬しゃわい。荷をつけて二百五十くだんせ」

北八「二宝荒神で百五十やるべい」

馬士「今日は枠の持ち合わせが無いわいの。ここから上野まで三里の所じゃ。白子へ一里半、交替で乗って行かんせ」

弥次「二人乗られにゃあ嫌だ」

馬士「そしたらお二人とも馬の鞍へ括りつけて行きましょか。この縄で締めりゃ、気使いは無いがな」

北八「とんだことを言う。それじゃあ煙草も吸われぬわい」

弥次「そんならかわりがわり乗ろう。百五十で乗せるか」

馬士「ええ、ままよ、乗せましょう」

語句

■てんじやう-天上。天へ昇る。■端銭-橋の通行料として支払うお金。■宇都部川-内部川。三重郡水沢村を源とし、東流して、四日市市内を流れ、伊勢海にそそぐ。■抜まいりなら~-「ぶさをうつ」に「うつべがわ」をかけた。「ぶさをうつ」は不義理の借金をすること。抜け参りのことなら、橋銭なども借りて、多少不義理な事をしてもやむをえないという意。かりばし(仮橋)」をかけて、その時に橋銭をとって、それを資金にして本橋をかけるということにした。■高岡川-鈴鹿川のこと。鈴鹿山脈中の加太谷に発し、東流して伊勢海にそそぐ。■安穏に~-火避け地蔵が夏の熱さも冬の寒さも安穏に守ってくださるだろうの意。「冬の寒(かん)」に「神戸(かんべ)」をかけた。■上野-現在は三重県安芸(あげ)郡河芸(かわげ)町上野。古今著聞集にこの浦で人魚のとれたことが見えている。■二ほうくはうじん-二宝荒神。一頭の馬の背の両側に櫓を置いて、二人乗ること。三宝荒神というのは、さらに馬の背にもう一人乗るのをいう。■枠-馬の左右につける櫓のこと。■かはりやつて-交替に。■ままよかし-ええままよ。

原文

ト馬のそうだんできて、ふたりのにをつけ、此所より先北八のつて出かける

弥次「おらアそろそろさきへいくぞ。ソレ北八、右のほうへかしぐよふだ

馬「ひいんヒイン

すずのおと「しやんしやんしやん

此内向ふよりきたるおとこ、こんじまのせんだくしたる、ひきまはしをきて、ぜに壱〆ばかり、さしこのふるきふろしきに包かたに引かけ、ぞうりがけにて来り、此馬士をみつけ「ヒヤアのしやアうへのの長太じやないか。今のしがとこへいた戻りじや。ゑいとこでいきあふた

馬かた長太「ハア権平次(ごんぺいじ)さまかいな。コリヤさて、わしやめんぼくがないがな

ごん平「あろまいあろまい、あろはづがないわい。晦日(みそか)晦日にいこすはづを、まんだびた銭壱文もいこさんがな。どふしなさるのじや。ソレきこわい

馬士「マアマアこち来て下んせ

此馬士、しやつきんのことはりと見へて、かのおとこを、日あたりのよいところへともなひ おのれも土手にゆうゆうとこしをうちかけて

「そないにごうにやらかいてくだすんな。マアここへかけさんせ。イヤそこのねきには、犬のくそがある。けふおいでるとしりおつたら、そうぢしておこもの。コリヤコリヤ、権平さまへちやなとあげんか、酒かふてこいといふ所じやが、ここは大道(だいだう)なかでそれもでけぬくい

北八「コリヤどふする。はやくやらぬか

馬士「はてせわしない。ちとまたんせ。いんま、だいじのおきやくがある。さてマアきいてくだんせ。去年の冬から、うちのかかめが病気を煩ひおつて、がきどもにはせちがはれる。雑役にさへ出やせんものを、何じやろとこうして下んせ。四五日のうちには、ひゆつとこちらからもていこがな

ごん平「イヤじやうちならんわい。そないにいふても、よふいこしやしよまいがな。でんない(大事無)でんあい。もふ三年ごしといふもの、かした銭じや。利に利がくつて、二十貫あまりといふもんじやもの。いこすないこすな。そのかはり、あのおまをとていのかい。ハテまさかの時は、のしがおまをわたそと、証文(しやうもん)にかいたじやないか。そしたらいひぶん、ありやしよまいがな。サアサアもし、おまのうへな旦那(だんな)さま、いんま(今)きかんすとふりじや。借銭(しやくせん)のかはりに、請とるおまじや。どふぞどふぞ、ここからおりさんせ。きのどくながら

北八「ハアおいらもさつきにから、じれつたくてならなんだ。ひよんな馬にのり合せたは、こつちの不仕合。しかしまだ銭はやらず、是までのつたを徳(とく)にして、ドレおりて行やしやうか

現代語訳

と馬の乗り賃の交渉もまとまり、二人の荷をつけ、ここから先ず北八が乗って出かける。

弥次「おらあ、そろそろ先へ行くぞ。それ、北八、右に傾いているようだ」

馬「ひいんひいん」

鈴の音「しゃんしゃんしゃん」

こうしているうちに、向うから来た男が、紺縞の洗濯をした引廻しを着て、銭を一貫目ばかり、刺子の風呂敷に包んで肩に引っ掛け、草履掛けの姿でやって来た。この馬士を見つけて「ひゃあ、お前は上野の長太じゃないか。今、お前の所へ行った戻りじゃ。いい所で行き合った」

馬方長太「はあ、権平次さまかいな。こりゃさて、わしは面目がないがな」

権平「面目があるまい、面目があるまい。あろうはずがないわい。晦日、晦日に戻す約束をを。まだびた一文も戻さんがな。どうしてくれるつもりじゃ。それを聞こうわい」

馬士「まあまあ、こっちへ来て下んせ」

この馬士は、借金の言訳をする見えて、かの男を、日当たりの良い所へ伴い、己も土手に悠々と腰を下ろして、

「そのように腹を立てては下さるな。まあ此処へかけさんせ。いや、そこの傍には犬の糞がある。今日お出でるのを知っていたら、掃除などしておこうものを。こりゃこりゃ、権平さまへ茶などあげぬか。酒買って来いというところじゃが、ここは道の途中でそれも出来ぬなあ」

北八「こりゃ、どうする、はやく行かぬか」

馬士「はてせわしない。少し待たんせ。今、大事な客と話をしているところで。さて、まあ、聞いて下んせ。去年の冬から、うちの嬶めが病気にかかりおって、餓鬼どもにはねだられて、雑役にさえ出られないものを、何はともあれ、こうして下んせ。四五日のうちには、確かにこちらから持参いたしますがな」

権平「いや、承知ならんわい。そうは言ってもよう戻しやしまいがな。大事無い、大事無い。もう三年越しというもの、貸した銭じゃ。利に利が重なって、二十貫あまりになったというもんじゃもの。戻すな、戻すな。その代わり、あの馬を取って帰ろうかい。はて、まさかの時は、お前の馬を渡そうと証文に書いたじゃないか。そしたら文句はあるまい。さあさあもし、旦那さま、今お聞きのとおりじゃ。借銭の代わりに受け取る馬じゃ。どうぞ、ここから下りなんせ。気の毒ながら」

北八「おいらも先刻(さっき)からいらいらしてならなんだ。とんだ馬に乗り合わせたは、こっちの手落ち。しかしまだ銭はやっておらず、これまで乗った分を得にして、どれ下りて行きやしょうか」                                                                    

語句

■かしぐ-傾く。■こんじまのせんだくしたる、ひきまはし-「紺縞の洗濯した引廻し」。「引廻し」は袖の無い雨合羽。はじめはオランダ人の合羽をまねて、桐油紙で作り、坊主合羽とか丸合羽とかいったが、これを木綿で作ったのを「引廻し」といった。■壱〆-一貫。■さしこ-刺子。厚織の綿布を重ねて一面に細かく刺し縫いしたもの。刺子の風呂敷は丈夫である。■のし-「のし」は「主」の訛。お前。■あろまい-面目があるまい。■いこす-「よこす」の訛。もどす。返戻する。■びた銭壱文-極めてわずかな銭。「びた銭」は粗悪な銭のこと。室町時代には、永楽銭以外の銭を総称していい、その後一文銭の寛永鉄銭をびた銭といった。■そないにごうにやらかいてくだすんな-そのように腹を立てては下さるな。■ねき-傍。側。■けふおいでるとしりおつたら-今日おいでになると知っていたら。■それもでけぬくい-それも出来にくい。■せちがはれる-ねだられる。せがまれる。■雑役-種々の夫役(ぶやく)。夫役は公用のために使役されること。■何じやろと-何はともあれ。とにかく。■ひゆつと-すっと。■じやうちならん-承知できない。■でんない-大事無い。「だんない」に同じ。■利に利がくつて-利の上に更に利が重なって。■二十貫-一貫は一文銭一千枚。すなわち一千文。しかし通常九百六十文を一貫として算用した。■とていのかい-取って帰ろうかい。■いひぶん-言い分。文句はあるまい。■じれつたくて-気持ちがいらいらして。■ひよんな-いまいましいこと。とんだこと。へんなこと。「ひょん」は、「凶」の唐音という。

原文

トかのごん平に口をとらせて馬からおりると 馬士かけより

「モシだんな、おまへがおりては、このおまをとられる。マアのつてゐて下んせ

ごん平「イヤならんわい

馬士「ハテどないにもするわいの。旦那をおろしてはきのどくな。サアサアめして下んせ

北八「またのるのか。しつかりたのむぞ

トきた八又馬にのれば権平やつきとなり

「コリヤコリヤ長太、どふしさるのじや。旦那おりて下んせ

北八「エエ又おろすのか。イヤきさまたちやア、おれをいいてうさいにぼうにする。おろしたりあげたり、足も、こしもくたびれはてた

ごん平「それじやて、わしがおまじや、どふぞかし、おりてくださんせ

北八「エエめんどふだ

ト小じれがきてぐつととびおりる

馬士「はて扨(さて)、おりさんせずとよいがな。コレ権平(ごんぺい)さま、こうしてくだんせ。わしも途中(とちう)じや、しよことがない。せめて、うちへいぬまで、まつてくだんせ。そのかはり、ここで此ぬのこをわたすに

ごん平「そしたらいんで、わけつけるか

馬士「もふよいわい。サア旦那、めさぬかい

北八「ナニ又のれか。もふかんにんしてくれ。おらアこれからあるいてゆかふ。なんならせうせうは銭を出しても、のるこたアいやだ

馬士「そふいはんせずと、のつてくだんせ。もふよいがなサアサア

ト馬のくちをとりてすすむるゆへ、きた八またしかたなく馬にのれば

ごん平「サアやくそくの布子(ぬのこ)、ぬごまいか

馬士「イヤそないにはいふたものの、これもうちへいぬまで、まつて下んせ

ごん平「イヤおのれ、もふりやうけんならんわい。サアサア旦那、又おりてくだんせ

現代語訳

とかの権平に口を取らせて馬から下りると、馬子が駆け寄り、

「もし、旦那、お前が下りたら、この馬を取られる。まあ、乗っていて下んせ」

権平「いや、ならんわい」

馬士「はて、どなにもするわいの。旦那を下しては気の毒な。さあさあ、乗って下んせ」

北八「又乗るのか。しっかり頼むぞ」

と北八が馬に乗ると、権平は躍起になって、

「こりゃこりゃ長太、どうしなさるのじゃ。旦那下りて下んせ」

北八「ええ、又下すのか。いや貴様たちゃあ、俺をいい嘲斎坊(ちょうさいぼう)にする。下したり上げたり、足も腰も草臥れ果てた」

権平「それじゃと言うて、わしの馬じゃ。どうぞ、下りて下さんせ」

北八「ええ、めんどうだ」

とじれったくなって、一気に飛び下りる。

馬士「はてさて、下りんせずともよいがな。これ、権平さま、こうして下んせ。わしも帰りの途中じゃ。しょうがない。せめて,うち(家)に帰り着くまで待って下んせ。その代わり、ここでこの布子をあげますに」

権平「そしたら帰って、けりをつけるか」

馬士「もうよいわい。さあ旦那、乗らんかい」

北八「なに、又乗れか、もう堪忍してくれ。おらあこれから歩いていこう。なんなら少々銭を出しても、乗るこたあ嫌だ」

馬士「そう言わんせずと、乗って下んせ。もういいがな。さあさあ」

と馬の口を取って歩を進めるので、北八が又仕方なく馬に乗ると、

権平「さあ、約束の布子、脱いでもらおうか」

馬士「いやそないには言うたものの、これもうち(家)へ帰るまで、待って下んせ」

権平「いや、おのれ、もう了見ならんわい。さあさあ旦那、又下りて下んせ」

語句

■てうさいにぼう-嘲斎坊。人を愚弄すること。転じて人に愚弄されること。また、その人をいう。尾州公何代目かの御茶坊主に、長斎という者がいて、体が小さく、人のなぶり者になっていたので、尾張地方で、人のおもちゃになることを「ちょうさいぼう」というとのことである。■小じれがきて-じれったくなって。「小」は接頭語。■しよことがない-何ともしようがない。■ぬのこ-布子。木綿の綿入。■わけつける-結末をつける。けりをつける。■ぬごまいか-脱いでもらおうか。

原文

北八「エエこの唐人(とうじん)めらア、又おりろとぬかしやアがるか。もふいやだ。サアはやくやらねへか。どふしやアがるのだ

馬士「だんな。そふはかいの。おりずとよいに

ごん平「イヤおりずとゑいとは、なんでぬかす

トまつくろになり、馬にとりつきかかる所を、馬士つきのけて、馬のしりをおもふさまたたきたてると、馬はいつさんにかけいだせばきた八、うへにて、まつさほになり、大ごへあげて

「ヤアイヤアイ。たすけてくれ。コリヤどふするどふする

ごん平「馬をにがしてはならん。ヲヲイヲヲイ

トおつかける。北八はごしやうだいじに、馬のくらにとりつきても、馬はやみくもにはしるゆへ、きた八とびおりよふとして、くらのなはにあしがひつかかり、まつさかさまにおちて、こしのほねをうち

「アアいたいいたい。だれぞ来てくれ。アイタタタタタタタ

トひとりもがきてくるしむていに、馬かたいつさんにかけつけきたり

「モシ旦那、おけがはないかな。ドリヤドリヤ

ト手をとりて、引おこすうち、ごん平は馬をとらへんと、かけぬける。馬かた、これを見て、そふはさせぬと、北八にかまはずかけだして行

北八「ヲヲイまちあがれ。おれをひどいめにあはしやアがつた

トこごとをいひながらおきあがり、はらはたてどもせんかたなく、おつかけんには、あしこしがいたみ、やうやうのことにて、ふみしめふみしめ、そろそろとたどり行つつ

借銭をおふたる馬にのりあはせひんすりやどんとおとされにけり

ゆくほどなく、矢ばせ村といふにいたる。弥次郎兵へは神戸の宿はづれより、さきへ来たるが、かの馬のいさくさをば露(つゆ)しらず、よほどさきへなりたるを、ふしぎにおもひ、ここにまち合せゐたりけるが、それと見るより

弥次「ヲヤヲヤ北八、そのなりはどふしたのだ

現代語訳

北八「ええぃ、この唐人めらあ、又下りろとぬかしやがるか。もう「いやだ。さあ、早く行かねえか。どうしやあがるのだ」

馬士「旦那。もっともだ。下りずとも良いに」

権平「いや、下りずと良いとは、何でぬかす」

と真黒になり、馬に取りつきかかるところを、馬子が突き退けて、馬の尻を思い切り叩くと、馬は驚いていっさんに駈けだす。北八は馬上で、真っ青になり、大声を上げて、

「やあいやあい助けてくれ。こりゃどうする、どうする」

権平「馬を逃がしてはならん。お~い、お~い」

と追っかける。北八はひたすら馬の鞍にへばりつくが、馬がむやみやたらに走るので、北八は飛び下りようとして、鞍の繩に足が引っかかり、真っ逆さまに落ちて、腰の骨を打ち、

「ああ痛い、痛い。誰ぞ来てくれ。あいたたたたたたたた」

と一人もがいて苦しむ様子に、馬方がいっさんに駈けつけて来た。

「もし旦那、お怪我は無いかな。どりゃどりゃ」

と手を取って、引き起しているうちに、権平が馬を捕らえようと、駆け抜ける。馬方はこれを見て、そうはさせじと、北八にかまわず駈け出して行く。

北八「お~い。待ちやがれ。俺をひどい目に遭わせやあがった」

と小言を言いながら起き上がり、腹は立ってもどうしようもなく、追っかけるには、足腰が痛み、ようやく踏みしめ踏みしめそろそろと辿り行きながら、一首詠む。

借銭をおふたる馬にのりあはせひんすりやどんとおとされにけり

行く程も無く、矢橋村という所に着く。弥次郎兵衛は神戸の宿外れから、先に着いていたが、かの馬の悶着を全く知らず、かなり先になっているのを不思議に思い、ここで待ち合せをしていたのだが、それと見るなり、

弥次「おやおや北八、そのなりはどうしたのだ」

語句

■唐人-物の道理のわからない人を罵っていう言葉。■そふはかいの-もっともの事である。■まつくろになり-真っ赤になって憤るというのを、一そう強めていった。■まつさほになり-びっくりし、恐怖する顔色。■ごしやうだいじに-後生大事に。ひたすらに。■やみくもに-むやみやたらに。■ひんすりやどんす-貧乏になると自然愚鈍になる意の諺。この諺の上の「ひん」は「馬」の縁語、下の「どん」は地に落ちる音、そして諺全体が、借銭を負うことに関係させた修辞。■矢ばせ村-今は鈴鹿市矢橋町。■いさくさ-いざこざ。悶着。

原文

北八「イヤもふはなしにもならぬ。とんだめにあつた

トさいぜんよりのいちぶしじうをはなせば、弥二郎おかしく、さいわいこのところはかまくらの権五郎がこせきありとききて、弥次郎兵へへとりあへず

権五郎ならねど馬士のいつさんにおつかけてゆくかけとりの海(うみ)

現代語訳

北八「いやもう話にもならぬ。とんだ目に遭った」

と最前よりの一部始終を話すと、弥次郎はおかしくなって、幸いにもここには鎌倉の権五郎の古跡があると聞いて、弥次郎兵衛はとりあえず、一首詠む。

権五郎ならねど馬士のいつさんにおつかけてゆくかけとりの海(うみ)

語句

■いちぶしじう-一部始終。■かまくらの権五郎-権五郎は源義家の後三年の合戦に十六歳で従軍し、出羽金沢の冊(異説がある)で、鳥海弥三郎に右の目を射られ、その矢を抜かないで、鳥海を追いかけて討った。後に神に祀られた(『保元物語』『義経記』など)というが、御霊信仰に関係する神で、柳田国男の「一つ目小僧」その他に詳しい。その研究には、この神社の池に、一つ目の魚が住んだ伝説をも載せる。『伊勢参宮名所図絵』に、「矢椅」に続いて「鎌倉権五郎景政塚 田中の森にあり」。■権五郎ならねど~-借金の「掛け取り」と「鳥の海」をかける。歌の意は、権五郎ではないが、鳥の海にも縁ある、掛け取りを馬士が馬士が一目散に追いかける、おかしさよ。

次の章「五編下 白子より津へ

朗読・解説:左大臣光永

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