五編後序

原文

膝栗毛五編後序

たび人のすなる日記(にき)といふものを、作者のして見るひざくり毛、筆のあゆみのはかどりて、はやくも伊勢路(いせぢ)にさしかかりぬ。いでや天地は古市の宿屋のごとく、光陰(くほういん)は同社に似たり。人間行路の難きことは、宮川の水にあらず、相(あひ)の山の山にあらず、ただ襟もとの銭かけ松こそたふとき、神のほぐらには比すべけれ。末社めぐりの十辺舎、ここに感ずるところありて、あまのいはとのあなをたづね、ふたみの海の底をさぐりて、かひあることばをえりつづりつ天晴作意は明星が茶屋にはねたる三宝荒神、その尾にとりつくおかげ参、賓導堂(ひんだうどう)に、筆をとりて、ひがことすなる伊世街道(かいだう)、島(しま)さんこんさん仲成しるす

口章

當年膝栗毛五篇目宮廻りまで全部之積(つもり)ニ有之候処 作者(さくしや)伊世参宮(いせさんぐう)より延着(えんちやく)いたし 著述隙取(ちよじゆつひまどり)候故 先上下二冊差出し申候  此次外宮(げくう)より妙見町泊(とまり) 内宮相の山古市の遊楽 千束(ちつか)屋の鼓(つづみ)の間柏(かしは)屋の松の間麻吉が座敷の風色(ふうしよく)と 婦六のうどん浅間の万金丹のみこみ姿の趣向(しゆかう)はさまざま 作者の筆拍子(びやうし)にまかせて壱冊につづり 直さま彫刻差急ぎ続て売出し候間 御求御高覧(かうらん)可被下候 猶又拾遺(しうゐ)に大和巡(やまとめぐ)り大阪京都見物 夫より木曽街道筋帰路の滑稽等 追々作者の根(こん)かぎり智恵袋のそこをはたきて年々出版差出候、幾久敷御評判宣奉希上候 以上

大阪書林 心斎橋唐物町 河内屋太助

     本石町二丁目 西村源六

東都同  通油町    靍屋喜右衛門

     同所     村田屋治郎兵衛

現代語訳

膝栗毛五編後序

旅人が書くという日記というものを、作者が書いてみる膝栗毛、筆の進み具合が良く、早くも伊勢路にさしかかった。さて、どうかな天地は古市の宿屋のようで光陰は同者に似たり。人生を生き抜くことは難しいことだが、宮川の水ではなく、相の山の山でもなく、ただ襟元の銭松こそが尊いものだ。神の祠と比べることなかれ。末社を巡る十辺舎ここに感じるところがあって、天岩戸で人の気づかない情に思いを馳せ、二見の海の底を探って、貝を出し、甲斐ある言葉を選び、綴りながら天晴作為は明星の茶屋にはねた三宝荒神、その尾にとりつくおかげ参り、賓導堂で筆をとって、伊勢街道、縞さん紺さん仲成記す。

口上

本年膝栗毛五篇目となり宮廻りまでで全部のつもりであったが、作者伊勢参宮よりの帰りが遅れ、著述作業に時間がかかったので、先ずは上下二冊を差し出します。この続きは外宮より妙見町泊まり、内宮相の山を通り、古市での遊興、千束屋の鼓の間でのお遊び、柏屋の松の間での麻吉の座敷の風景にと、婦六のうどんや浅間の万金丹に通じた姿のさまざまな趣向、作者の筆の勢いに任せて一冊にまとめ、すぐさま急いで彫刻し、続いて売り出しましたところですので、御高覧お願いいたします。猶、又ネタ集めに大和を巡り、

大阪京都を見物し、それより木曽街道筋の帰路での滑稽な出来事など、おいおい作者の気力の続く限り、智恵を絞って書かれたものを年々出版たす所存。いく久しく好評であることを希望いたします。 以上

大阪書林 心斎橋唐物町 河内屋太助

     本石町二丁目 西村源六

東都同  通油町    靍屋喜右衛門

     同所     村田屋治郎兵衛

語句

■たび人のすなる日記(にき)といふものを~-『土佐日記』冒頭の「男もすなる日記といふものを、女もしてみんとて」のもじり。■筆のあゆみ-「ひざくり毛」の縁で、「歩み」「と筆の進み」かねてをいう。■いでや-感動詩。さて、どうかな。■天地は~-李白の「春夜桃季ノ薗ニ宴スルノ序」(『古文真宝』など所収)の「天地ハ万物ノ逆旅、光陰ハ百代の過客」のもじり。■同社-「同者」(参詣客)の誤字か。■人間行路の~-白楽天の「太行路」の「行路難ハ水ニ在ラズ、山ニ在ラズ、祇(タダ)人情反復ノ間ニ在リ」のもじり。「宮川の水に」のところ「宮川のは」とする本あり。■相の山-外宮と内宮の間にある岡。■襟もとの-襟にかけた銭が、最も尊いの意。金や権勢にこびることを、襟元に付くともいう。■銭かけ松-京よりの参宮道、奄芸郡高野尾村(津市高野尾町)の豊斟渟(とよくむぬ)尊宮にある伝説の松。広島からの抜参りが、ここでまだ神官が遠いと聞き、この松に賽銭をかけ遥拝して帰ったが、故郷でその然らざるを聞き、翌年改めて参宮したが、その賽銭がそのままあって、心をとげたという(大全)。■ほぐら-神社。祠(ほこら)。■末社-外宮四十末社、内宮八十末社という。■あまのいはと-天岩戸。外宮の南、高倉山を八丁登った所にある。その後方を高天原という。古代の人の住居の石窟という(伊勢参宮名所図会)。■あなをたづね-人の気づかない人情をうがち。■ふたみの海-二見の海。■底をさぐりて-「あなをたづね」と対をなして、同意。■かひあることばを-「二見」に「貝」を配する和歌的技法で、甲斐ある、面白い言葉の意味にする。■天晴作為は-「あつはれ」とする本あり、「天晴作為」は校正入木で改めたもの。

■三宝荒神-馬の背と左右に櫓をつけ、三人乗れるようにしたもの。■おかげ参り-御陰参。抜参に同じ。■賓導堂-筆者仲成の堂号であろうが、仲成は未詳。「ひん」は馬のいななき、「どうどう」は馬をひく声を聞かせた。■ひがごとすなる-「えせ」と「いせ」と音が似ているので、伊勢の枕詞にした。■島さんこんさん-伊勢の乞食が通行人の衣服の縞又は紺によって、縞さん紺さん仲乗りさんなどと呼びかけて銭を乞うた。「仲乗り」は三宝荒神の中央の者をいい、「仲乗りさん」を「仲成」に変えて筆者の仲成を出した。■口章-「口上」と同じ。挨拶の文章。■延着-到着が遅れる。ここは江戸へ帰るのが遅くなって。■麻吉-有名な古市の料亭。■婦六-名物のうどん屋。■浅間の万金丹-伊勢めぐりの一名所熊岳(あさまがだけ)で売る名物の薬。■のみこみ姿-「万金丹」の縁語。諸事に通じた姿勢での趣向。■筆拍子にまかせて-筆の勢いに任せて。■根かぎり-気力の続く限り。■智恵袋の底をはたきて-工夫に知恵のあるだけを出して。

■河内屋太助-上方筋へいよいよ入ったので大阪の書肆(しょし)が参加しているのに注意。■西村源六-西村氏、文刻堂。江戸三組書物問屋。『外題作者画工書肆名目集』に、、所在「本石町十軒店」。本町三丁目、浅草黒船町などに移る。この後『続膝栗毛』にかけて、共同する。■靍屋喜右衛門-小林氏、僊鶴堂。三組書物問屋。もと京都の鶴屋の支店から出た、江戸の老舗。これもこの後長く共同する。

次の章「五編追加完 緒言

朗読・解説:左大臣光永

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