六編序

原文

東海道中膝栗毛六編 上・下

東海道中膝栗毛六編序

長いは長いは此作者のながきこと、支体(からだ)は心と倶(とも)に長く、鼻(はな)の下は褌(ふんどし)のさがりと侔(ひとし)く長し。酒(さけ)のあとをひくことは、行座(ゐざり)を飛脚にやりたるよりも長く、借金(しやくきん)をひきづる事は、淋病(りんびやう)やみたる牛の小便(せうべん)よりも長し。去(さる)に仍(よつ)て膝栗毛の尾(を)に尾をひいて、長道中の今に帰(かへ)らず。漸(やうや)く五篇目に至て、伊勢路(いせぢ)に筆をおくと雖(いへども)、例(れい)の長尻(ながじり)しびりをきらして、京へ登るの趣向(しゆかう)を考(かんが)へ、下手(へた)の長噺(ばなし)を六編とし、御見物が長喜世留の掃除(そうぢ)し給ふ紙屑(かみくず)を売出すも、固(もと)より爪(つめ)の長き熊手性(くまでしやう)、長居はおそれも承知の助、ひとつ長屋の佐次兵衛とは、隣同士(となりどし)の弥次郎兵衛、せめて四国は廻らずとも、京大阪はあたりまへ、是だけの所御辛抱(しんぼう)、御一覧のほど、ハイおたのみ申ますとしかいふ

維時文化丁卯春正月

十辺舎一九

現代語訳

長いは長いはこの作者の長いこと、手足は、気が長いのと共に長く、鼻の下は褌のさがりと等しく長い。限りなく酒を飲むことは、躄(いざり)を飛脚に走らせるよりも時間がかかり、借金の支払いを延ばす事は、淋病にかかった牛の小便よりも長い。それで膝栗毛が長く続いているので長道中の今になっても帰らず。ようやく五篇目に至って、伊勢路に筆をおくといえども、いつもの長尻にしびれを切らして京へ登ることを考え、下手な長話を六編とし、読者が長煙管の掃除をされる紙屑を売出すが元より欲深な性分、長居はおそれも承知の助。同じ長屋の佐次兵衛とは、隣同士の弥次郎兵衛、せめて四国は廻らずとも、京大阪はあたりまえ、これだけの所御辛抱、御一覧のほど、はいお頼み申しますとしか言う。

維時文化丁卯春正月

十辺舎一九   

語句

■長い長いは~-長い物尽しをする時の、初めの文句。■心と~「心が長い」とは、悠長なこと。気が長い。■鼻の下-「鼻の下が長い」とは、おろかなこと。■さがり-褌の前面に垂れた部分。■酒のあとをひく-飲酒して限りのないを、あと引き上戸という。■行座(ゐざり)-躄。足に障害があって、歩行できぬ者。■ひきする-支払いを延ばすこと。■淋病やみたる-淋病にかかると、小便が出にくくて、長くかかる。■牛の小便-だらだらと長いたとえに「牛の小便十八丁」。■尾をひく-長く続くこと。「尾に尾」で、次々と長引くこと。「膝栗毛」と「尾」は縁語。■長尻-一緒に長く居ること。■しびりをきらして-待ちくたびれる意。しびれの時の呪語に「しびれ京へ上れ」というから、下文へ続く。■下手の長噺-話下手の者は、えてして話が長い意の諺。■長喜世留-羅宇の長い煙管。紙縒を作って、羅宇を通して、やにを除く掃除をする。「御見物・・・給ふ」は「紙屑」の長い序詞。■紙屑-紙屑同然のつまらぬ作品。■爪の長き-欲が深い意。■熊手-前と同じく欲が深い意。■長居はおそれ-長居すると、ろくなことがない意の諺。■承知の助-「承知」を人名化した語。■ひとつ長屋の佐次兵衛-安永頃流行した数え歌に「一ツとや、一ツ長屋の佐次兵衛どの、四国を廻って猿となる、お猿の身なれば、おいてきダンノウ」(半日閑話・十三)。また戯作中の人物として使用された。■せめて四国は~-弥次郎兵衛のことなれば、せめて京・大阪見物は当然のことと、この地の作だけはの意。■文化丁卯-文化四年(1807)。

付言並びに凡例

原文

◎或人(あるひと)予に謂(いつ)て曰、此膝栗毛、追々足下(おいおいきさま)の骨折(ほねおり)見ゆれ共、五編目伊勢参宮(いせさんぐう)迄にて、大かたは事足れり。夫(それ)花は半開(はんかい)に詠(ながめ)、酒は微酔にのむがよいと譬(たとへ)の通、ものは十分ならざるを却(かへつ)て壮観(そうくはん)と心得べし。不侫(わし)は足下(きさま)だ贔屓(ひいき)じやから言ますが、今年も六編を書たといふことじやが、よしにすればよいになア。足下が胸(むね)の奥(おく)行も、もふ大概(がい)は知れてある。此のうへ掃出さば、鼠糞(ねづみくそ)やら鼻(はな)かんだ紙やら、色々の穢(むさ)いもの引出して、はては人の鼻に袖覆(そでおほは)はするの罪(つみ)にあはん。予答(こたへて)曰、趣向(しゆかう)は塵芥(ちりあくた)のごとく、今日掃(はい)て今日積(つも)る。胸(けう)中掃溜(はきだめ)にひとしければ、狗(いぬ)の糞(くそ)のしやれたるも、南瓜の花のむだなるも、作者が智恵のこやしにして、葛西(かさい)船につむとも尽(つき)ず。そは御見物の贔屓組(ひいきぐみ)から、ここの塵も掃たがよい、あそこも埃(ほこり)だらけじやと、こちの気つかぬ所を教(おしへ)て下さる岡目(おかめ)八もく、すかさず是へと反故張団扇(にほごばりうちは)うけとめた、塵埃(ごみ)の中から趣向はさまざま。既に五編目凡例(はんれい)にいへるがごとく、弥次北八が髪月代(かみさかやき)をせし所なし。東都をたちしより日数を経(へ)て、其事なきはいかにぞやと、或(ある)人の批判(ひはん)したまひしことありしを、ヲツトまかせとすぐさま追加妙見(ついかめうけん)町泊(とまり)の趣向とせし事御存知の通。なんでも人の懐(ふところ)をあてにする、そこが金(かね)じやと、版許(はんもと)の欲心房(よくしんぼう)がひとつ穴(あな)の狐(きつね)、化(ば)けあらはした所が、三文が知恵もない。作者のはらはたかくのごとし

◎偖(さて)又此書伊世路より、大和廻(やまとめぐ)り御約束(やくそく)のところ、一ツ足飛に伏見(ふしみ)から京大阪とやらかしたるは、和州(わしう)名所巡覧(じゆんらん)の滑稽(こつけい)、其おもむき珍らしからず、こぢつけあまりくだくだしければ、此所縫上(ぬひあげ)をせしうへ、ぐつとはしよる

◎大和路(やまとぢ)より大阪へ出る順道(じゆんだう)なれども、予おもふことあれば、先花洛(みやこ)見物を前(さき)とし、大阪を後にす

◎京名所ことごとくしるすに際限(さいげん)なければ、只祇園清(ぎおんきよ)水知恩院(ちおんいん)、大仏さま御らうじたかへ、金閣寺(きんかくじ)拝見あらば、よい伝(つて)があるぞへと、いつたぐらひの事をしるす。故(ゆへ)に此次七編は、京都見物おはり、千本通より淀(よど)に出、八幡(やわた)山崎に参詣し、佐田守口(さだもりぐち)の辺にておはる

現代語訳

◎ある人が私に言う、この膝栗毛、版を重ねるごとの貴様の努力はよくわかるが五篇目の伊勢参宮迄でおおかた終わっている。それ、花は半開きを眺め、酒はほろ酔い加減に飲むのが良いと譬えのとおりである。ものは十分ではないものを却って立派に見えるものと心得るべきである。わしは貴方の贔屓だから言いますが、今年も六編を書いたということじゃが、やめれば良かったになあ。貴方の心の中にあることも、もう大概は知れている。このうえ吐き出したなら、鼠の糞やら鼻をかんだ紙やら、色々な汚いものを引き出して、最後には鼻で袖を覆うように、見向きもしてくれないようになる罰を受けるだろう。私は答えて言う。趣向は塵芥のように、今日掃いて今日積もる。胸中は掃溜めに等しいので、雨風にさらされるも、へちまはむだ花が多い物なので、作者の知恵の肥やしにして、葛西船に積むとも尽きることはない。それで贔屓の読者から、ここの塵も掃いたが良い、あそこも埃だらけじゃと、側で見ている人が、岡目八目と言うように、こちらの気がつかぬ所を教えて下さるのだ。それをすかさず是へと反故張団扇に受け止めた、塵の中から趣向はさまざまに拾い出せる。既に五篇目凡例に言えるように、弥次北八の髪月代をした所が無い。東都を立ってから日数が経ちそのことが無いのはどうしてかと、ある人が批判されたことがあったのを、おっと任せてとすぐさま追加妙見町泊の趣向とした事は御存じのとおり。なんでも人の懐をあてにする、そこが金じゃと、版元の欲張りがひとつ穴の狐、化けあらわした所が三文の知恵もない。作者の腸(はらわた)かくのごとし。

◎さて、この書は伊勢路より、大和廻りとお約束のところ、一足飛びに伏見から京大阪とやらかしましたのは、和州名所巡覧の滑稽話を書くためで、その趣は珍しいものではありませんがこじつけがあまりにもくどいので、この所は短くしてぐっとはしょります。

◎大和路より大阪へ出る順道ですが、私思うことがあって、先に京見物を先とし、大阪を後にします。

◎京の名所をことごとく記すときりがないので、只、祇園・清水・知恩院・大仏様を御覧じたかえ、金閣寺を拝見されるのであれば、良い手づるがあるぞえと言ったぐらいのことを記す。故にこの次七編は、京都見物が終り、千本通より淀に出て、八幡山崎に参詣し、佐田守口の辺りで終わる。

語句

■骨折り見ゆれ共-努力はよくわかるが。■半開に詠め~-『聴松堂語鏡』に胡廬山の言として、「酒ハ微酔ニ飲ミ、花は半開ニ看ル」。■ひとつ穴の狐-同じ仲間をいう成語。版元と一九とのこと。■三文-「三文」は甚だ少ない意。作者の胸中には、何の知恵もないと、卑下するのが戯作者一九の癖。■伊世路-伊勢路。■一ツ足飛に-順序を飛び越えての意の成語。■伏見-山城国紀伊郡(京都市伏見区)。ここの京橋から淀川で大阪への船が出ていた。■縫上-大きく作った衣服を、小児用に、腰と肩のところで、ひだを縫って、当面の用にあてること。ここは短くする意。■ぐっとはしょる-衣服の裾を折って腰に挟むこと。ここは短い上に短くした意。■祇園・清水・知恩院-ことごとく京都東山の参詣観光地。ただしここは、「仮名手本忠臣蔵」五段目、大星の妻お石が、一子力弥の許嫁小浪にいう言葉「祇園・・・あるぞへ」までを採り用いた。■伝(つて)-手づる。■千本通-京都の縦の通りで、大宮通の更に西、南は淀に続く。■八幡山崎・佐田守口-皆、淀川両岸の土地である。八幡は石清水八幡宮、山崎は天王山や水無瀬宮、佐田は天満宮など参詣地でもある。

次の章「六編上編 伊勢から伏見を経て京に入る

朗読・解説:左大臣光永