【桐壺 11】高麗人の相人の見立て、若宮、源姓を賜る

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原文

そのころ、高麗人《こまうど》の参れるなかに、かしこき相人《そうにん》ありけるを聞こしめして、宮の内に召さむことは、宇多帝《うだのみかど》の御誡《いましめ》あれば、いみじう忍びて、この皇子を鴻朧館《こうろかん》に遣はしたり。御後見《うしろみ》だちて仕うまつる右大弁《うだいべん》の子のやうに思はせて率《ゐ》てたてまつるに、相人驚きて、あまたたび傾きあやしぶ。「国の親となりて、帝王の上《かみ》なき位にのぼるべき相おはします人の、そなたにて見れば、乱れ憂ふることやあらむ。おほやけのかためとなりて、天《あめ》の下を輔弼《たす》くる方にて見れば、またその相違《そうたが》ふべし」と言ふ。

弁も、いと才《ざえ》かしこき博士《はかせ》にて、言ひかはしたることどもなむ、いと興ありける。文《ふみ》など作りかはして、今日明日帰り去りなむとするに、かくあり難き人に対面したるよろこび、かへりては悲しかるべき心ばへを、おもしろく作りたるに、皇子もいとあはれなる句を作りたまへるを、限りなうめでたてまつりて、いみじき贈物どもを捧げたてまつる。おはやけよりも多くの物賜はす。おのづから事ひろごりて、漏らさせたまはねど、春宮《とうぐう》の祖父《おほぢ》大臣《おとど》など、いかなることにかと思し疑ひてなんありける。

帝《みかど》、かしこき御心に、倭相《やまとそう》を仰せて思しよりにける筋なれば、今までこの君を親王《みこ》にもなさせたまはざりけるを、相人はまことにかしこかりけり、と思して、無品親王《むほんしんわう》の外戚《げさく》の寄せなきにては漂はさじ、わが御世もいと定めなきを、ただ人《うど》にておほやけの御後見《うしろみ》をするなど、行く先も頼もしげなめることと思し定めて、いよいよ道々《みちみち》の才《ざえ》を習はさせたまふ。際《きは》ことにかしこくて、ただ人《うど》にはいとあたらしけれど、親王《みこ》となりたまひなば、世の疑ひ、負ひたまひぬべくものしたまへば、宿曜《すくえう》のかしこき道の人に勘《かむが》へさせたまふにも、同じさまに申せば、源氏になしたてまつるべく思しおきてたり。

現代語訳

そのころ、高麗人の参っている中に、聡明な人相見がいたのを(帝は)お聞きになり、宮中に召されることは、宇多天皇の御戒めがあるので、たいそうお忍びで、この皇子を鴻臚館に遣わした。

御後見めいてお仕え申している右大弁の子のように思わせてお連れ申し上げると、人相見は驚いて、何度も首を傾けてあやしむ。

「国家の元首となって、帝王に、この上ない位にのぼるような人相があられる方ですが、その方向で見ると、国が乱れ憂うことがあるでしょう。国家の重要な役職について、国政を補佐する方と見れば、またその相ともちがうようです」と言う。

右大弁も、たいそう学識ゆたかな方であって、人相見と言い交わした多くの言葉は、たいそう興味があった。

漢詩など作り交わして、今日明日(高麗人は)帰り去ろうとするに、このようなめったにない人に対面した喜び、そしてその人と別れなければならないのはかえって悲しみが大きくなるという趣旨のことを、見事に漢詩に作ったところ、皇子もたいそう情緒深い句をお作りになったのを、(高麗人は)どこまでも称賛申し上げて、めずらしい贈り物をたくさん差し上げる。朝廷からも多くの物を高麗人にお与えなる。

自然と事はひろがって、(帝が)話をお漏らしになったわけではないが、東宮の祖父の大臣など、どうしたことかと思い疑っておられた。

帝は、畏れ多い御心に、日本式の人相見に仰せになって、(その結果を見て)思い寄せられている筋のことであるので、今までこの君を親王にもならせなさらなかったが、あの高麗人の人相見はほんとうに聡明であると思われて、(若君を)無品の親王で、外戚の後見がない、宙ぶらりんな状態にしておくわけにはいかない、自分の治世もまったくどうなるかわからないのだから、臣下の位で朝廷の補佐をするのであれば、行く末も頼もしそうであろうと思いを決められて、いよいよさまざまな方面の学問を習わせなさった。

若宮は性質がたいへんかしこくて、臣下にするのはとても勿体ないが、親王におなりになれば、世の疑いをお受けになるに違いなくいらっしゃるので、宿曜道の名人に判断をおさせになっても、同じように申すので、源氏になし申し上げるべくお考えを決められた。

語句

■高麗人 渤海使と思われる。 ■相人 人相見。 ■宇多帝 宇多天皇がわが子醍醐天皇に譲位するとき、天皇としての心得をしめしたもの。「寛平御遺誡」。そのなかに、外国人と直接対面してはならない。御簾を隔てて対面すべきとある。 ■鴻朧館 平安京において外国からの客を迎える場所。朱雀大路を隔てて七条に東鴻臚館、西鴻臚館があった。東鴻臚館のみ京都市下京区西新屋敷下之町に碑が立っている。 ■右大弁 弁は太政官の三等官。右左にわかれそれぞれ上中下があった。弁官。 ■国の親 元首。天皇。 ■おほやけのかため 天下の柱。摂政関白太政大臣など。 ■博士 学識ゆたかな人。 ■かしこき御心 畏れ多い御心。 ■倭相 日本式の観相。 ■親王にもなさせたまはざりける 親王宣下を受けて王から親王になる。親王宣下を受けないと立太子できないほか、さまざまな待遇のちがいがある。 ■無品親王 親王の位階は一品から四品まで。位階のない親王を無品親王という。 ■外戚 げさく。母方の親族。後見に当たる。 ■寄せ 後見。支え。 ■ただ人 皇族以外の一般の臣下。 ■おほやけの御後見 朝廷の補佐。 ■あたらし 惜し。惜しい。もったいない。 ■宿曜 星座の位置や九曜星の運行により人の運命を占う術。 ■勘へさせたまふ 判断させなさる。

朗読・解説:左大臣光永

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