【桐壺 14】源氏の元服と左大臣家への婿入り 

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原文

この君の御童姿《わらはすがた》、いと変へまうく思せど、十二にて御元服《おほんげんぷく》したまふ。居起ち思しいとなみて、限りあることに、ことを添へさせたまふ。一年《ひととせ》の春宮《とうぐう》の御元服、南殿《なでん》にてありし儀式、よそほしかりし御ひびきにおとさせたまはず。ところどころの饗《きょう》など、内蔵寮《くらづかさ》穀倉院《こくさうゐん》なと、おほやけごとに仕うまつれる、おろそかなることもぞと、とりわき仰せ言ありて、きよらを尽くして仕うまつれり。

おはします殿《でん》の東《ひむがし》の廂《ひさし》、東向に倚子《いし》立てて、冠者《くわんざ》の御座、引き入れの大臣《おとど》の御座御前にあり。申《さる》の刻《とき》にて源氏参りたまふ。みづら結ひたまへる頻つき、顔のにほひ、さま変へたまはむこと惜しげなり。大蔵卿くら人仕うまつる。いときよらなる御髪《ぐし》をそくほど、心苦しげなるを、上は、御息所の見ましかば、と思し出づるに、たへがたきを、心づよく念じかへさきたまふ。

かうぶりしたまひて、御休所《やすみどころ》にまかでたまひて、御衣《ぞ》奉りかへて、下りて拝したてまつりたまふさまに、皆人涙落したまふ。帝はた、ましてえ忍びあへたまはず、思しまぎるるをりもありつる昔のこと、取りかへし悲しく思さる。いとかうきびはなるほどは、あげ劣りやと疑はしく思されつるを、あさましううつくしげさ添ひたまへり。

引き入れの大臣《おとど》の、皇女腹《みこばら》にただ一人かしづきたまふ御《おほむ》むすめ、春宮《とうぐう》よりも御気色《みけしき》あるを、思しわづらふことありける、この君に奉らむの御心なりけり。内裏《うち》にも、御気色賜はらせたまへりければ、「さらば、このをりの後見《うしろみ》なかめるを、添臥《そひぶし》にも」と、もよほさせたまひければ、さ思したり。

さぶらひにまかでたまひて、人々大御酒《おほみき》などまゐるほど、親王《みこ》たちの御座の末に源氏着きたまへり。大臣気色ばみきこえたまふことあれど、もののつつましきほどにて、ともかくもあへしらひきこえたまはず。

御前《おまえ》より、内侍《ないし》、宣旨《せんじ》うけたまはり伝へて、大臣参りたまふべき召しあれば、参りたまふ。御禄の物、上《うへ》の命婦《みやうぶ》取りて賜ふ。白き大袿《おほうちき》に御衣《ぞ》一領《ひとくだり》、例のことなり。御盃《さかずき》のついでに、

いときなきはつもとゆひに長き世をちぎる心は結びこめつや

御《み》心ばヘありておどろかさせたまふ。

結びつる心も深きもとゆひに濃きむらさきの色しあせずは

と奏して、長橋《ながはし》よりおりて、舞踏《ぶたふ》したまふ。

左馬寮《ひだりのつかさ》の御馬《むま》、蔵人所《くらうどどころ》の鷹すゑて賜はりたまふ。御階《みはし》のもとに、親王《みこ》たち上達部《かんだちめ》つらねて、禄《ろく》ども品々に賜はりたまふ。

その日の御前《おまえ》の折櫃物寵物《おりびつものこもの》など、右大弁なむうけたまはりて仕うまつらせける。屯食《とんじき》、禄《ろく》の唐櫃《からびつ》どもなど、ところせきまで、春宮の御元服のをりにも数まされり。なかなか限りもなくいかめしうなん。

その夜、大臣の御里に、源氏の君まかでさせたまふ。作法世にめづらしきまで、もてかしづききこえたまへり。いときびはにておはしたるを、ゆゆしううつくしと思ひきこえたまへり。女君《をんなぎみ》は、すこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば、似げなく恥づかし、と思《おぼ》いたり。

現代語訳

(帝は)この君の御童姿を変えねばならないことをひどくつらいことに思われたが、十ニにて御元服される。

(帝は)御自ら立ち回られて、いろいろと気を遣いなさり、作法として決まっていることに加えて、さらにさまざまな事をお加えあそばす。

昨年の東宮のご元服、紫宸殿で行われた儀式、立派であったというご評判に劣らないようになさる。

あちこちの殿舎で行われる祝宴など、内蔵寮(くらづかさ)穀倉院(こくそういん)などが公務として行い申すのでは、粗相なこともあるかもしれないと、特別に仰せ言を下されて、華麗さを尽くして取り仕切り申し上げる。

帝がいらっしゃる清涼殿の東の廂の間に、東向きに玉座を立てて、元服する者の御座、加冠役の大臣の御座が御前にある。申の刻(午後四時)に、源氏の君が参られた。

みずらをお結いになっている顔つき、顔だちのつややかなことは、御童姿をかえて成人姿にすることが惜しそうである。

大蔵卿が理髪役をおつとめする。たいそう清らかな御髪を解くうちに、心苦しいようすであるのを、帝は、御息所(桐壺更衣)がこのようすを御覧になれば、、と思い出されるにつけても、たえがたいのを、気を強く取り直してこらえていらっしゃる。

(源氏の君は)加冠の儀式をおすましになり、御休憩所に退出なさって、成人用の衣に着替えなさって、清涼殿の東の庭に下って、帝への拝舞をされるようすに、人は皆、涙を落とされる。

帝もまた、他の人にもましてこらえることがおできにならず、最近では思いまぎることもあった昔のことを、あらためて思い出して悲しく思われる。

このようにたいそう幼いうちに髪を上げては見劣りするのではと(帝は)疑わしく思われていたが、あきれるほど美しさを加えられた。

加冠役の大臣が、皇女である方の腹に生まれてただ一人大切になさっている御娘に、春宮からもご結婚のお誘いがあるのを、思い迷うことがあったのは、この源氏の君に差し上げようとの御心があったためである。

(大臣は)帝にも、そのことについてのお考えを伺っておられたので、(帝)「それなら、この元服の際の後見がないようなので、添い寝させてはどうか」とお促しになったので、大臣もそうしようと思われた。

下侍に退出なさって、人々がお祝いの酒などを召し上がっているうちに、親王たちの御座の末に源氏の君はお着きになる。

大臣は姫君のことをそれとなくほのめかして申し上げなさることがあったが、源氏の君はなにかと恥ずかしい年頃であるので、ともかくもお答え申し上げにならない。

帝の御前から、内侍が宣旨をうけたまわり伝えて、大臣に参上されるようお召があるので、お参りになる。

御褒美の品を、帝つきの命婦が取ってお与えになる。白い大袿に、御衣一揃えを、作法通りにお与えになる。御盃のついでに、

いときなき…

(まだ幼い初元結に、彼ら夫婦の末長い関係を約束する心を、しっかりと結びこめたか?)

帝は、(源氏の君と左大臣の娘の結婚のことを御心にふくめて)左大臣に念を押される。

結びつる…

(もちろんそのことは深く結び込めました。源氏の君が濃い紫のように、娘との関係をいつまでも色あせず、続けてくださればよいのですが…)

と奏上して、(左大臣は)長橋から清涼殿の東の庭におりて、拝舞をなさった。

(左大臣は)左馬寮の御馬と、蔵人所の鷹をとまらせて、いただきかれた。御階の下に、親王たち殿上人が列をつくって、さまざまな褒美を身分に応じていただく。

その日の帝の御前に備えられた折櫃物、籠物といった献上品などは、右大弁が責任をもって手配させなさったものである。

屯食、下賜品をおさめた多くの唐櫃など、その場にあふれかえるほどまで、春宮の御元服の時よりも数が多い。

(本来、春宮のご元服よりも質素にやるべきなのに)かえって限りなく盛大に行ったのだった。

その夜、左大臣邸に、源氏の君は退出なさった。左大臣家は婿をむかえる儀式を、世に類がないほどに整えて、丁重におもてなし申し上げた。

源氏の君が、たいそう子供らしくていらっしゃるのを、(左大臣は)不吉なまでに可愛らしいと思い申し上げさなる。

姫君は、すこし源氏の君よりも年上でいらっしゃるのに、源氏の君がとても若くいらっしゃるので、不釣り合いで恥ずかしいと思われる。

語句

■童姿 髪みずらに結い、闕腋(けつてき)の袍(ほう)…腋のあいたころもを着る。 ■変へまうく 変えまくうく。変えなければならないのが残念に思われる。 ■御元服 男子の成人式。髪を上げて髻を結い、冠をつけ、縫腋(ほうてき)の袍(ほう)を着る。 ■思しいとなみて あれこれ気をつかわれて。 ■限りあること 作法として決まっていること。 ■南殿 なでん。紫宸殿。大内裏の正殿。天皇・東宮の元服式は紫宸殿で、そのほかの皇族は清涼殿で行う。 ■よそほしかりし 立派であった。 ■饗 式の後行う饗応。祝宴。 ■内蔵寮くらづかさ。くられう。中務省に属する役所。宝物をおさめる。天皇や皇族の衣装を管理し、儀式をとりしきる。 ■穀倉院 民部省に属し、畿内一円からの穀物・米などをおさめておく朝廷の倉庫のひとつ。 ■倚子 帝がおすわりになる玉座。 ■冠物 くわんざ。元服する者。 ■引き入れの大臣 加冠役の大臣。「引き入れ」は髻を冠の中に引き入れること。 ■申の刻 午後四時。 ■みづら 髪の毛を両耳のあたりでたばねる幼児の髪型。 ■大蔵卿 大蔵省の長官。大蔵省は太政官八省の一。 ■くら人 くし人の誤写で理髪役ととる。 ■御休所 ご休息所。清涼殿殿上の間の南の下侍(しもざぶらい)をあてる。 ■奉りかへて 「奉る」は尊敬の代動詞。ここでは「着る」にあたる。 ■きびはなるほど 「きびはなり」は幼少であること。 ■添臥 元服の夜、公卿の娘を添い寝させる習慣。 ■大御酒 おほみき。尊敬の接頭語「おほみ」+「き」。 ■内侍 掌侍(ないしのじょう)。律令制における後宮の内侍司の判官。定員四人。 ■上の命婦 天皇つきの命婦。命婦は後宮の女官。 ■大袿 大きめに仕立てた袿。 ■御衣一領 表衣(うへのきぬ)・下襲(したがさね)・表袴(うへのはかま)の一揃え。 ■はつもとゆひ 元服の時、はじめて髻を結ぶのに使う紫色の紐。 ■結びこめつや 左大臣の娘(葵の前)を源氏の君の妻して迎える約束を結び込めたかの意をこめる。 ■結びつる… 「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」(古今集・17)。源氏の君が濃い紫のようにこの結婚に気持ちをすたれさせないでいてくれましたらの意をこめる。左大臣の「願望」になっていることは、結局、源氏の君と葵の前の関係がうまくいかないことをふまえると暗示的である。 ■長橋 清涼殿と紫宸殿をむすぶ廊。ここから清涼殿の東側の庭におりた。 ■舞踏 元服式の感謝としての拝舞。 ■左馬寮の御馬 左馬寮(さめりょう)所属の御馬。左馬寮と右馬寮は馬についてのことをつかさどる。 ■蔵人所 鷹についての事務は古くは主鷹司(たかのつかさ)が、貞観二年(860)以降は蔵人所が行った。 ■御階 清涼殿の東の廂から庭におりる階段。 ■品々に 身分に応じてさまざまな禄を賜ったこと。 ■折櫃物籠物 折櫃物は檜の薄板を折り曲げてつくった器に肴の類を盛り入れたもの。籠物は籠に五菓(柑橘栗柿梨)を入れたもの。いずれも元服者から帝へのお礼の献上品。 ■屯食 とじき。とんじき。強米(こわいい)を握り固めて卵型にしたもの。握り飯。宴のとき身分の低い者に賜る。 ■禄の唐櫃 下賜品のはいった唐櫃。唐櫃は足のついた大きな櫃。 ■ところせきまで その場にあふれかえるほど。いっぱいつまって、すきがないさま。 ■いかめしう 盛大に。 ■大臣の御里 左大臣の私邸。御里は内裏に対する言葉。 ■作法 左大臣家で源氏の君をもてなす作法。 ■きびは 子供っぽいこと。きびはなり。 ■ゆゆしう 不吉である。あまりに美しいものは鬼神に魅入られるという信仰から。 ■すこし過ぐし給へるほどに 葵の上十六歳。紅葉賀巻に「四年ばかりがこのかみにおはすれば」四年ほど年上とある。

朗読・解説:左大臣光永

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