【帚木 01】光る源氏という派手な名に反して、源氏は思いつめがちな性格だった

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原文

光る源氏、名のみことごとしう、言ひ消《け》たれたまふ咎《とが》多かなるに、いとど、かかるすき事どもを末の世にも聞きつたへて、かろびたる名をや流さむと、忍びたまひける隠《かく》ろヘごとをさへ、語り伝へけむ人のもの言ひさがなさよ。さるは、いといたく世を憚《はばか》り、まめだちたまひけるほど、なよびかにをかしきことはなくて、交野《かたの》の少将には、笑はれたまひけむかし。

まだ中将などにものしたまひし時は、内裏《うち》にのみさぶらひようしたまひて、大殿には絶え絶えまかでたまふ。忍ぶの乱れやと疑ひきこゆることもありしかど、さしもあだなき目馴《めな》れたるうちつけのすきずきしさなどは好ましからぬ御本性《ほんじやう》にて、まれにはあながちにひき違《たが》へ、心づくしなることを御心に思《おぼ》しとどむる癖なむあやにくにて、さるまじき御ふるまひもうちまじりける。

現代語訳

光る源氏とは、名ばかり大げさで、(源氏の君ご本人にしてみれば)自分はそんなたいそうな者ではないと否定されるような失敗が多いときいているのに、たいそう、このような多くの色恋沙汰を、末の世にも聞き伝えて、光る源氏がいかに軽々しかったかという評判を流そうと、(源氏の君ご本人が)ひそかに隠しておられたことまでも、語り伝えたという、そういう人たちの口さがないことよ。

実際は、源氏の君は たいそうひどく世間に遠慮して、まじめそうにしていらしたから、艶っぽい面白い話などはなくて、(色好みで知られる)交野の少将には、(あなたはちっとも色好みではないと)笑われなさることだろう。

まだ中将などでいらした時は、内裏にばかり好んでお勤めでいらして、左大臣邸には途絶えがちにしかお帰りにならなかった。

人目を避けるような色恋沙汰でもあるのではないかと、世間が疑い申すこともあったが、そのようないい加減な、なみたいていの、出来心からの色恋沙汰などはお好きでないご性質で、時にはそれとまったく正反対に、ひどい悩みの種となることを御心に思つめられる癖があいにくと、おありで、そのため、ありえないような御ふるまいも、しばしばおありであった。

語句

■ことごとしう 大げさであること。ぎょうぎょうしい。 ■言ひけたれたまふ咎 「光る源氏」というたいそうな名に対して「自分はとてもそんな者ではない」と否定なさるような失敗。 ■多かなるに 「多かなる」は「多かるなる」の約。「多かンなる」と読む。「なる」は伝聞推定。 ■すき事 色恋沙汰。浮気沙汰。 ■かろびたる名 軽々しいという評判。 ■さるは さ、あるは。前文を受けて、「そのように言われているが、実際は」の意。 ■なよびか つやっぽいさま。やわらかなさま。 ■交野の少将 平安時代中期の物語の主人公。色好みの典型として知られたらしい。 ■忍ぶの乱れや 「春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず」(伊勢物語 初段)。人目を避けるひそかな恋。 ■あだめき いい加減な。浮気っぽい。 ■目馴れたる ありがちな。ありふれた。世間なみの。 ■うちつけの ぶっつけの。突発的な。 ■すきずきしさ 色恋沙汰。 ■好ましからぬ お好きでない。 ■御本性 ご性質。 ■あやにくにて あいにくなことに、あって。

朗読・解説:左大臣光永

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