【帚木 02】雨夜の品定め(一)頭中将、女を語る【原文・現代語訳・朗読】

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原文

長雨《ながあめ》晴れ間なきころ、内裏《うち》の御物忌《ものいみ》さしつづきて、いとど長居さぶらひたまふを、大殿にはおぼつかなくうらめしく思したれど、よろづの御よそひ、何くれとめづらしきさまに調じ出でたまひつつ、御むすこの君たち、ただこの御宿直所《とのゐどころ》に宮仕《みやづかへ》をつとめたまふ。宮腹《みやばら》の中将は、中に親しく馴れきこえたまひて、遊び戯《たはぶ》れをも人よりは心やすくなれなれしくふるまひたり。右大臣《みぎのおとど》のいたはりかしづきたまふ住み処《か》は、この君もいとものうくして、すきがましきあだ人なり。

里にても、わが方のしつらひまばゆくして、君の出で入りしたまふにうち連れきこえたまひつつ、夜昼《よるひる》学問をも遊びをももろともにして、をさをさ立ちおくれず、いづくにてもまつはれきこえたまふほどに、おのづからかしこまりもえおかず、心の中《うち》に思ふことも隠しあへずなん、睦れきこえたまひける。

つれづれと降り暮らして、しめやかなる宵の雨に、殿上にもをさをさ人少《ずく》なに、御宿直所も例よりはのどやかなる心地するに、大殿油《おほとなぶら》近くて、書《ふみ》どもなど見たまふ。近き御厨子《みづし》なるいろいろの紙なる文《ふみ》どもを引き出でて、中将わりなくゆかしがれば、「さりぬべきすこしは見せむ、かたはなるべきもこそ」と、ゆるしたまはねば、「その、うちとけてかたはらいたしと思《おぼ》されんこそゆかしけれ。おしなべたるおほかたのは、数ならねど、ほどほどにつけて、書きかはしつつも見はべりなん。おのがじしうらめしきをりをり、待ち顔ならむ夕暮などのこそ、見どころはあらめ」と怨《ゑん》すれば、やむごとなくせちに隠したまるべきなどは、かやうにおほぞうなる御厨子などにうち置き、散らしたまふべくもあらず、深くとり置きたまふべかめれば、二の町の心やすきなるべし、片はしづつ見るに、「よくさまざまなる物どもこそはべりけれ」とて、心あてに、「それか」「かれか」など問ふなかに、言ひあつるもあり、もて離れたることをも思ひ寄せて疑ふもをかしと思せど、言少《ことずく》なにて、とかく紛らはしつつとり隠したまひつ。

「そこにこそ多くつどへたまふらめ。すこし見ばや。さてなん、この厨子も快く開くべき」とのたまへば、「御覧じどころあらむこそかたくはべらめ」など聞こえたまふついでに、中将「女の、これはしもと難つくまじきはかたくもあるかなと、やうやうなむ見たまへ知る。ただうはベばかりの情に手走り書き、をりふしの答へ心得てうちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど、そも、まことにその方《かた》を取り出でん選びに、かならず漏るまじきはいとかたしや。わが心得たることばかりを、おのがじし心をやりて、人をばおとしめなど、かたはらいたきこと多かり。親など立ち添ひもてあがめて、生ひ先籠《こも》れる窓の内なるほどは、ただ片かどを聞きつたへて、心を動かすこともあめり。容貌《かたち》をかしくうちおほどき若やかにて、紛るることなきほど、はかなきすさびをも人まねに心を入るることもあるに、おのづから一つゆゑづけて、し出づることもあり。見る人後れたる方をば言ひ隠し、さてありぬべき方をばつくろひてまねび出だすに、それしかあらじと、そらにいかがは推しはかり思ひくたさむ。まことかと見もてゆくに、見劣りせぬやうはなくなんあるべき」と、うめきたる気色《けしき》も恥づかしげなれば、いとなべてはあらねど、我も思《おぼ》しあはすることやあらむ、うちほほ笑みて、「その片かどもなき人はあらむや」とのたまへば、「いとさばかりならむあたりには、誰かはすかされ寄りはべらむ。取る方なく口惜しき際と、優《いう》なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ。人の品《しな》たかく生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然《じねん》にそのけはひこよなかるべし、中の品《しな》になん、人の心々おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下《しも》のきざみといふ際《きは》になれば、ことに耳立たずかし」とて、いとくまなげなる気色《けしき》なるも、ゆかしくて、「その品々《しなじな》やいかに。いづれを三《み》つの品におきてか分くべき。もとの品たかく生まれながら、身は沈み、位みじかくて人げなき、また直人《なほびと》の上達部《かむだちめ》などまでなり上り我は顔にて家の内を飾り、人に劣らじと思へる、そのけぢめをばいかが分くべき」と問ひたまふほどに、左馬頭《ひだりのむまのかみ》、藤式部丞《とうしきぶのじょう》 御物忌《ものいみ》に籠《こも》らむとて参れり。世のすき者にて、ものよく言ひとほれるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定めあらそふ。いと聞きにくきこと多かり。

現代語訳

五月の長雨の晴れ間なきころ、内裏の御物忌が続いて、源氏の君はたいそう長く左大臣邸にいらっしゃるのを、左大臣邸ではご夫婦の仲がはっきりせず、はがゆく思っておられたが、多くのご装束を、何だかんだと立派なさまにお仕立てになりつつ、左大臣の御子である君たちが、ただ源氏の君の御宿直所にお仕えなさっていた。

宮腹の中将は、その中にも源氏の君に馴れ親しみ申して、遊び戯れをも他の人よりは気兼ねなくなれなれしくふるまう。

右大臣の大切にお世話をなさる北の方の住む所は、この君(中将)もめったに寄り付こうとせず、好色めいた浮気ものである。

実家にいても、自分の部屋はまばゆいばかりにきれいにして、源氏の君の出入りなさるのに連れだちなさって、夜昼学問をも遊びをも一緒にして、ほとんど源氏の君に立ちおくれず、どんなことでもお側を離れずいらっしゃるうちに、自然と、かしこまり遠慮していることもできず、心の内に思うことも隠し切れないほどに、仲睦まじく申し上げなさっていた。

所在なく、一日中雨が降って、しっとりした宵の雨のため、殿上にもほとんど人が少なく、御宿直所もいつもよりはゆったりした心地がしていたところ、(源氏の君は)燈火近くで、書物など御覧になっている。

近くの御厨子に入っているいろいろの色の紙からなる手紙どもを引き出して、中将がやたらとみたがるので、(源氏)「見せてもさしつかえないのは少しは見せましょう。みっともないものもあるでしょうよ」と、お許しになったので、(中将)「その、心許して、見られるとまずいとお考えの手紙こそ、私は見たいのですなあ。ありふれた普通の手紙は、(私などは)物の数ではありませんが、ほどほどにやり取りをしてみることもできましょう。(そうではなくて)お互いに相手を恨めしい思う折々とか、人待ち顔であるような夕暮れに書いた手紙こそ、見どころはあるでしょうな」と恨み節で言うので、尊い方からのもので特にお隠しになるべき手紙などは、このようにありふれた御厨子などに置き散らしておかれるはずもなく、深く隠し置かれているだろうので、ニ番手の、気楽であるような手紙を、ちょっとずつ見て、「よくさまざまな手紙がございますなあ」といって、当て推量に、「あの女ですか」「その女ですか」など問う中に、言い当てるのもあり、かけ離れたことを予想して疑うのもあり面白いと思われたが、言葉少なに、何かと言い紛らせてお隠しになった。

(源氏)「あなたこそ多くの手紙を集めておいででしょうに。少し見たいものです。そうすれば、この厨子も気持ちよく開くでしょう」とおっしゃると、(中将)「見どころのあるようなのは、滅多にございませんよ」など申し上げるついでに、(中将)「女で、この人こそはすばらしいと、非難しようもないのは滅多にいないなあと、だんだんわかってきましたよ。ただうわべばかりの風情で字を走り書きして、その時々の答えを心得てするなどだけは、けっこう悪くないのも多いと思いますが、それでも、ほんとうその方を取り出そうという選びに、かならず漏れないというほどの女は、滅多にいないものですよ。

自分ができることだけを、それぞれ得意になって、できない他人をおとしめたり、見ていていたたまれなくなることが多いのです。

親などがつきまとって甘やかして、生まれて以来窓の内深くこもっている時には、ただそのすぐれている一端を伝え聞きに聞いて、男が心を動かすこともあるでしょう。

容貌が美しく、大らかで、若々しく、他に気を取られることもない時には、ちょっとした遊芸でも人真似に精進することもあるので、自然と、一つの道を極めて、それなりに完成させることもあります。

その女を世話している人が、劣った面を言わずに隠して、そのままでよい面を、実際より美化していいつくろって伝えるのに、それは違うでしょうと、本人を見もしないでどうして推量して思い下すことができましょう。

では本当にそれほど素晴らしい女かと見てみると、見劣りしないようなのはないようですね」と、つくづく言う様子も貫禄じゅうぶんなので、(源氏の君は)ぜんぶがそういうわけではないにしても、ご自分も同意なさるところがあるのだろうか、ほほ笑まれて、(源氏)「そのように、少しもいいとこのない女というのが、あるのかね」とおっしゃると、(中将)「まったくそれほどひどい女には、誰が騙されて寄り付きましょう。取り立ていい所のない残念な水準の女と、素晴らしいと思うくらいすぐれた水準の女とは、同じ数くらいございましょう。よい家柄に生まれたなら、人に大切にされて、欠点が隠れていることが多く、おのずからその感じはよいものに見えるでしょう。中流の家柄の女こそ、それぞれの女の性格や、めいめいの持っている個性も見えて、違いがわかるようなことがさまざまな面で多いでしょう。下の区分というところになると、私は別段聞きたいとも思いません」といって、たいそう隅々まで知り尽くしている様子なのも、心惹かれて、(源氏)「その品々というのは、どういうものだろう。どれを三つの品に定めて分けるのかね。もとの品は高く生まれながら、落ちぶれて、位は卑しくて人並に見えないのや、一方で、平凡な家柄に生まれながら殿上人などまでなり上がり、我こそはという自信満々な顔をして家の内を飾り、人に劣らないと思っているのや、その区切りをどう分けるべきだろう」とご質問になっているうちに、左馬頭(ひだりのうまのかみ)、藤式部丞(とうしきぶのじょう)が、御物忌に籠もろうということで参った。

(左馬頭は藤式部丞は)天下に知られた風流人であって、理路整然とした物言いをする人であるので、中将は待ちうけたとばかり迎え入れて、この三つの女の品について判定し議論なさる。

たいそう聞き苦しいことが多かった。

語句

■物忌 不吉な日にちや方角を避けるため、一定期間家に引きこもっていること。 ■大殿には 左大臣邸では。 ■うらめし 源氏の君が葵の前を顧みないため。 ■御よそひ 左大臣が婿である源氏の君のために用意した装束。 ■御宿直所 宿直する場所。 ■宮腹 「宮」は左大臣の北の方(帝の妹)。葵の上と中将の母。 ■をさをさ ほとんど。 ■まつはる つきまとう。お側を離れない。 ■宵 日が暮れてから午後10時頃まで。 ■大殿油 貴人の使う燈火。 ■文 書物。 ■厨子 置き戸棚。 ■わりなく むやみに。 ■さりぬべき 「さ、ありぬべき」見せても差し支えないような。 ■かたはなるべきもこそ みっともないのもあるだろう。「こそ」の下に「あらめ」が省略。 ■うちとけて 気をゆるして。 ■かたはらいたしと思されん みられるとまずいと思われる手紙。 ■おほぞうなる ありふれた。 ■ニの町の 二番手の。 ■片はしづつ ちょっとずつ。 ■とかく 何かと。 ■御覧じどころ 見どころの敬語。 ■しも これこそは。 ■難つくまじきは 非難しようのないようなのは。 ■見たまへ知る 「見知る」に謙譲の「たまふ」が入った形。 ■おのがじし めいめいに。それぞれに。 ■心をやりて いい気分になって。 ■かたらはいたきこと 見ていてこっちからはらはらすること。見ていてこっちがいたたまれなくなること。 ■生ひ先籠れる窓の内 「養はれて深閨にあり人未だ識らず」(長恨歌)による。 ■片かど 「かど」は才能。 ■うちおほどき おおらかで。 ■紛るることなきほど 他に気を惑わすようなこともない時は。 ■一つゆゑづけて 一つの道においてそれなりに物になって。 ■見る人 後見人。 ■ありぬべき方 そのままでよい面。 ■つくろひて 体裁をつくろって。 ■まねび出す 見聞きしたことを伝える。 ■そらに 本人と直接会うこともしないで。想像や伝聞だけで。 ■すかされ 「すかす」は騙す。 ■くまげなる くまなく知り尽くしている様子である。「くまなし」はすみずみまで目が行き届いている。 ■我は顔 我こそはという自信満々な顔。

朗読・解説:左大臣光永

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