【帚木 03】雨夜の品定め(ニ)左馬頭、大いに女を語る

「なり上《のぼ》れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世人《よひと》の思へることもさは言へどなほことなり。また、もとはやむごとなき筋なれど、世に経《ふ》るたづき少なく、時世《ときよ》にうつろひて、おぼえ衰へぬれば、心は心として事足らず、わろびたることども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて、中の品にぞおくべき。受領《ずりょう》といひて、人の国のことにかかづらひ営みて、品定まりたる中にも、またきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ選り出でつべきころほひなり。なまなまの上達部よりも、非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざしいやしからぬ、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかわらかなりや。家の内に足らぬことなど、はたなかめるままに、省かずまばゆきまでもてかしづけるむすめなどの、おとしめがたく生ひ出づるもあまたあるべし。宮仕に出で立ちて、思ひがけぬ幸ひ取り出づる例《ためし》ども多かりかし」など言へば、「すべてにぎははしきによるべきなむなり」とて、笑ひたまふを、「他人の言はむやうに心得ず仰せらる」と、中将憎む。

「もとの品、時世《ときよ》のおぼえうち合ひ、やむごとなきあたりの、内々《うちうち》のもてなしけはひ後れたらむはさらにも言はず、何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。うち合ひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心も驚くまじ。なにがしが及ぶべきほどならねば、上《かみ》が上《かみ》はうちおきはべりぬ。さて世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎《むぐら》の門《かど》に、思ひの外にらうたげならん人の閉ぢられたらんこそ限りなくめづらしくはおぼえめ、いかで、はたかかりけむと、思ふより違へることなん、あやしく心とまるわざなる。父の年老いものむつかしげにふとりすぎ、兄《せうと》の顔にくげに、思ひやりことなることなき閨《ねや》の内《うち》に、いといたく思ひあがり、はかなくし出でたることわざもゆゑなからず見えたらむ、片かどにても、いかが思ひの外にをかしからざらむ。すぐれて瑕《きず》なき方《かた》の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨てがたきものをば」とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにやとや心得らむ、ものも言はず。「いでや、上「いでや、上の品と思ふにだにかたげなる世を」《かみ》品と思ふにだにかたげなる世を」と、君は思《おぼ》すべし。白き御衣《ぞ》どものなよよかなるに、直衣《なほし》ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち捨てて、添ひ臥したまへる、御灯影《ほかげ》いとめでたく、女にて見たてまつらまほし。この御ためには上《かみ》が上《かみ》を選《え》り出でても、なほあくまじく見えたまふ。

さまざまの人の上どもを語りあはせつつ、「おほかたの世につけてみるには咎《とが》なきも、わがものとうち頼むべきを選らんに、多かる中にもえなん思ひ定むまじかりける。男《をのこ》の朝廷《おほやけ》に仕うまつり、はかばかしき世のかためとなるべきも、まことの器《うつは》ものとなるべきを取り出ださむにはかたかるべしかし、されど、かしこしとても、一人二人世の中をまつりごちしるべきならねば、上《かみ》は下《しも》に助けられ、下は上になびきて、事ひろさにゆづらふらん。狭《せば》き家の内のあるじとすべき人ひとりを思ひめぐらすに、足らはであしかるべき大事どもなむかたがた多かる。とあればかかり、あふさきるさにて、なのめにさてもありぬべき人の少なきを、すきずきしき心のすさびにて、人のありさまをあまた見合はせむの好みならねど、ひとへに思ひ定むべきよるべとすばかりに、同じくはわが力いりをし、直しひきつくろふべきところなく、心にかなふやうにもやと選りそめつる人の定まりがたきなるべし。かならずしもわが思ふにかなけれど、見そめつる契りばかりを捨てがたく思ひとまる人はものまめやかなりと見え、さてたもたるる女のためも、心にくく推しはからるるなり。

されど、なにか、世のありさまを見たまへ集むるままに、心におよばず、いとゆかしきこともなしや。君達の上なき御選びには、まして、いかばかりの人かはたぐひたまはん。容貌きたなげなく、若やかなるほどの、おのがじしは、塵もつかじと身をもてなし、文を書けど、おほどかに言選りをし、墨つきほのかに、こころもとなく思はせつつ、またさやかにも見てしがなと、すべなく待たせ、わづかなる声聞くばかり言ひ寄れど、息の下にひき入れ、言ずくななるが、いとよくもて隠すなりけり。なよびかに女しと見れば、あまり情にひきこめられて、とりなせば、あだめく。これをはじめの難すべし。

事が中に、なのめなるまじき人の後見の方は、もののあはれ知りすぐし、はかなきついでの情あり、をかしきにすすめる方なくてもよかるべしと見えたるに、またまめまめしき筋を立てて、耳はさみがちに、美相なき家刀自の、ひとへにうちとけたる後見ばかりをして、朝夕の出《い》で入りにつけても、おほやけわたくしの人のたたずまひ、よきあしきことの、目にも耳にもとまるありさまを、うとき人にわざとうちまねばんやは、近くて見ん人の聞きわき思ひ知るべからむに、語りもあはせばやと、うちも笑まれ、涙もさしぐみ、もしは、あやなきおほやけ腹立たしく、心ひとつに思ひあまることなど多かるを、何にかは、聞かせむと思へば、うち背かれて、人知れぬ思ひ出で笑ひもせられ、あはれとも、うちひとりごたるるに、何ごとぞなど、あはつかにさし仰ぎみたらむは、いかがは口惜《くちを》しからぬ。

ただひたぶるに児めきて柔かならむ人を、とかくひきつくろひては、などか見ざらん。こころもとなくとも、直しどころある心地すべし。げに、さし向ひて見むほどは、さても、らうたき方に罪ゆるし見るべきを、立ち離れて、さるべきことをも言ひやり、をりふしにし出でむわざの、あだ事にもまめ事にも、わが心と思ひ得ることなく、深きいたりなからむは、いと口惜しく、頼もしげなき咎やなほ苦しからむ。常はすこしそばそばしく、心づきなき人の、をりふしにつけて出でばえするやうもありかし」など、隈《くま》なきもの言ひも、定めかねて、いたくうち嘆く。

現代語訳

(左馬頭)「成り上がったとしても、もともとそれなりの家筋でない者は、世間の思うことも、そうはいってもやはり違います。

また、もとは高貴な家筋であっても、世渡りの手段が少なく、時勢に流されて世のおぼえが衰えてしまえば、心は心として、先立つもの(金)が足らず、具合の悪いようなことも出てくるようですので、それぞれに道理を取って、中級の身分に基準をおくのがよいでしょう。

受領といって、地方のことにあくせくと関わって、その程度の身分の中に定住している連中の中にも、またいろいろと段階があって、中流の家柄の中でも、まんざらでもない女を選び出すことができる時勢になってきました。

なまじっかの上達部よりも、非参議の四位の連中が、世の評判も悪くなく、もともとの素性が卑しくないのが、ゆったりと余裕のあるふうに身をもてなしふるまっているのは、とてもさっぱりしててよいですね。

家の内に足らぬことなどおそらく一つもないようなのにまかせて、費用をじゅうぶんにかけて、まぶしいまでにかわいがった娘などが、非難のしようもないほどに、成長するのもいくらもあるでしょう。

そういう娘が宮仕えに出て、思いがけない良縁にめぐまれる例なども多いのですよね」など言えば、(源氏)「すべて、豊かであるかどうかにかかってるね」といってお笑いになるのを、(中将)「あなた以外の他人の言うように心得ないことを仰せられますな」と、中将はくやしがる。

(左馬頭)「もともとの家柄もよく、合わせて世間からのおぼえもある、高貴な身分の女が、家庭内での立ち居振る舞いや気配が劣っているのは、言うまでもないが、どうすればこのように悪く成長したのだろうと、残念に思えるでしょう。

家柄や世間のおぼえがよいなら、人柄がすぐれているのも当たり前の道理で、これこそはふつうのことだと思えて、めずらしいこととして心も驚かないでしょう。

私ごときが及ぶようなところではないので、最上級の身分については、やめにしました。

さて世にあることを人に知られず、さびしく古ぼけた葎のしげる家に、思いの外にかわいらしい人が閉じこもっているようなのこそ、限りなくめずらしくは思うでしょう、どうして、またこのようになったのだろうと、予想外なところが、不思議なほど興をそそられることです。

父親は年老いてぶざまに太りすぎて、兄の顔は憎たらしく、どう考えても特別な点など何もなさそうな女が、部屋の中で、たいそう気位を高く保ち、何とはなく仕上げた才芸も由緒がありそうに見えるようなのは、ちょっとした才芸でも、どうして思いの外に興をそそられないはずがありましょう。

ずばぬけて欠点がないという方面の選び出しには及ばないでしょうが、それはそれなりの女としては捨てがたいものですなあ」

といって式部のほうを見ると、自分の妹たちが世間からよい評判であるのを思っておっしゃるのだろうかとでも理解したのだろうか、ものも言わない(そのたとえだと、自分が憎たらしい顔をした兄ということになるから)。

「さあ、どんなものだろう。上級と思う家柄にさえすばらしい女はめったにない世の中であるのに」と、源氏の君は思われるようだ。

白い御衣のやわらかなのに、直衣だけをわざとしどけなく着なさって、紐なども結ばないで、物によりかかって横になっていらっしゃる、燈火に映し出される御姿はたいそう美しく、女として拝見したいほどである。この源氏の君の御ためには上の上の女を選び出しても、それでもなお足らないほどにお見受けされる。

さまざまの人の多くの身の上を語りあって、

(左馬頭)「通りいっぺんの男女関係として付き合っているぶんには問題なくても、自分の妻として頼みにできる女を選ぶとなると、世に女の多い中にも決めることができません。男の、朝廷に御仕え申し上げて、しっかりした世の支えとなるはずの人の場合も、ほんとうに器量のある人物を選び出すとなると、難しいものですよね。しかし、どんなに賢いといっても一人二人で世の中を取り仕切り統治するわけではないので、上は下に助けられ、下は上に従って、さまざまな事に融通をつけるのでしょう。ところが、狭い家の内の主婦とすべき人ひとりを思いめぐらすと、不十分では困る多くの大切な素質がさまざまな方面に多いのです。一方がよければ他方が悪く、こちらが立てばあちらが立たず、不十分ながらもやっていける人は少ないのですから、好奇心から来る心の戯れから、女のありさまを多く見比べようという趣味ではないのですが、ひたすらこの人しかいないという一生の連れ合いとして決める程度には、どうせ結婚するなら、こっちが努力して、欠点を直したり手をかけたりすべきところがなく、そのまま気に入るような相手はいないものかと、そういう考えで女を選び始めると、なかなかその理想の女を、決められないということでしょうね。

夫婦になった契りだけを捨てがたく思ってその相手と別れないでいる男は誠実に見えるし、そうして捨てられないでいる女についても、奥ゆかしい人だろうなと推測されるのです。

しかし、どうでしょうなあ。夫婦間のありさまをいろいろと拝見するにつけて、こちらの想像をこえて、たいそう素晴らしいという例はありませんね。

若君たちの最上の人をというお選びには、まして、どれほどの人がお似合いでしょう。

容貌が美しく、若やいでいるほどの年で、めいめいが、ちょっとのケチもつけられまいと身をつつしみ、手紙を書いても、おっとりした言葉を選び、墨のつき具合もほのかに、相手に心もとなく思わせて、またはっきりと会って見てみたいと、どうしようもないというくらい待ち遠しく感じさせ、わずかに声を聞く程度には言い寄っても、かぼそい声で途中で言葉をのんで、言葉少ないのが、たいそうよく欠点を隠すものですよ。

物柔らかで女らしいと見れば、あまりにも情愛に傾くし、機嫌を取れば、色めかしくなる。これを女の難しさの第一とすべきでしょう。

何よりもいい加減にできない夫の世話については、ものの情緒を知りすぎて、ちょっとした折りに風情をきかし、風流の方面に進まなくてもよかろうと思えますが、かといって実用的な方面ばかり立てて、髪を耳にはさみがちで、美しさのない家庭の主婦丸出しの、ひたすら見栄え抜きの世話ばかりをして、朝夕の出勤・帰宅につけても、公においても私においても人の挙動や、良いこと悪いことの、目にも耳にもとまる様子を、どうして親しくもない他人にわざわざ話して聞かせるでしょう、近くにいる妻が、そういう話を、聞いて、理解してくれるなら、そういう人とこそ話し合ってみたいと、笑いもこぼれ、涙ぐみもし、もしくは、理不尽な義憤にかられて腹を立てたり、自分ひとりでは思案に余ることなどが多いのですが、何のために妻に話をするのだ、話したところで無意味だと思うと、ついそっぽを向くことになり、人知れない思い出し笑いもこぼれて、ああ、よいなあ…とも、独り言がもれるのに、それに対して、(妻が)「何事です?」などとまぬけな感じで見上げているのは、どうして残念と思わないでしょう。

ただひたすらに子供っぽく柔和な人であったら、そういう人を、何かと足りないところを補って理想の妻とするのも、よいではないですか。

頼りなくても、直しどころのある心地がするでしょう。たしかに、さし向かって見るあいだは、そのままでも、可愛らしさに罪をゆるして見ていられますが、立ち離れて、しかるべき用事をも言いやり、その折々に出てくることが、ちょっとした趣味的な用事でも、実用的な用事でも、自分一人でこうと決めることができず、深いところまで思慮がとどかないのは、とても残念で、頼りない欠点があるのはやはり、苦しいでしょう。

いつもは少しつんつんして、気に食わない女が、何かの折にふれて人前に出ると(意外にも)見映えするというようなことも、あるのですよ」など、すきのない論客も、結論を決めかねて、たいそう嘆く。

語句

■筋 血統。家柄。 ■さは言へど たとえ成り上がって現在は高い身分になっているといっても。 ■たづき 手段。収入を得る手段。 ■うつろひて 勢力がおとろえて。 ■わろびたること 具合の悪いこと。 ■受領 実際に任地に赴任して実務を行う国守のこと。自分は都にいて現地には代官を赴任せるものは、遥任国守という。 ■人の国 地方。 ■かかづらひ かかわりあって。 ■けしうはあらぬ 悪くない。まんざらでもない。 ■やすらかに ゆったりと経済的余裕がある。 ■かわらか さっぱりしている。 ■はた 下に打ち消しの語をともなって、きっと~ない。 ■思ひがけぬ幸い取り出づる 良縁にめぐまれること。 ■かし 念を押す …よ。…ね。 ■なにがしが 私ごときが。 ■ものむつかしげに ぶざまに。 ■思ひやり 想像をはせると。 ■思ひあがり 気位を高く持っていて。 ■はかなく仕出でたることわざ 何とはなく仕上げた才芸。 ■ゆゑなからず 由緒がないわけではなく。 ■片かどにても わずかなものでも。 ■をば 「を」も「ば」も詠嘆。 ■まつりごちしる 「まつりごつ」は政治を取り仕切る。 「しる」は統治する。 ■ゆづらふ 融通していく。 ■とあればかかり 一方がよければ他方が悪く。 ■あふさきるさ 合ふさ離るさ。事が行き違いになりかみあわないこと。一方がよければもう一方が悪いようす。ちぐはぐなようす。 ■なのめにさてもありぬべき人 不十分ながらもそれてもそれでよいような人。 ■すきずきしこ心 物好きな心。興味本位の心。 ■すさび 戯れ。 ■わが力いりをし 自分が努力して。 ■心にかなふやうにもや 好みにあうようなこともあるかと。 ■よるべ 頼みとする人。特に妻。 ■すばかに する程度に。 ■同じくは 何と何が「同じ」なのか?あまりにも悪文のため解読不能。文章として破綻している。結婚してから女の欠点を直したり手をかけることに努力するなら、その同じ努力を結婚前に理想どおりの相手をさがすことに当てたい、という意味か?同じ結婚するならの意味か? ■なにか なにかあらむの略。どうでしょうなあ。 ■おほどかに おっとりした。直接的にものを言わない。 ■しがな 詠嘆のこもった願望。~したいものだなあ。 ■すべなく 「すべなし」はなすべき手段がない。どうしようもない。 ■なよびか 物柔らか。 ■女し 女らしい。 ■とりなせば 機嫌をとると。 ■あだめく 色めかしくなる。 ■耳はさみがちに 額髪が顔にかからないように耳にはさんで流しているさま。家事に没頭してなりふり構わない様子。 ■家刀自 主婦。 ■朝夕の出で入り 朝の出勤と夕の帰宅。 ■たたずまひ 挙動。 ■うとき人 親しくもない他人。 ■わざと わざわざ。 ■うちまねばんやは 「まねぶ」は話して聞かせる。見たり聞いたりしたことをそのまま人に伝える。 ■近くて見ん人 「見る」は夫婦として暮らす人。 ■何にかは聞かせむ 「かは」は反語。どういう理由があって聞かせるのだろう。聞かせても無意味だ。 ■うち背かれて ついそっぽを向くことになって。女に失望しているさま。 ■あはつかに 「あはつかなり」はぼんやりしたさま。 ■ひきつくろひて 足りないところを補って。補正して。 ■こころもとなくも 頼りなくても。 ■そばそばしく つんつんしていて。よそよそしい。 ■心づきなき 気に食わない。 ■出でばえする 人前に出て映える。

朗読・解説:左大臣光永

■【古典・歴史】メールマガジン
【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル