【帚木 11】源氏、左大臣邸へ退出

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原文

からうじて、今日は日のけしきも直れり。かくのみ籠《こも》りさぶらひたまふも、大殿の御心いとほしければ、まかでたまへり。おほかたの気色、人のけはひも、けざやかに気《け》高く、乱れたるところまじらず、なほこれこそは、かの人々の捨てがたくとり出でしまめ人には頼まれぬべけれ、と思《おぼ》すものから、あまりうるはしき御ありさまのとけがたく、恥づかしげに思ひしづまりたまへるを、さうざうしくて、中納言の君 中務《なかつかさ》などやうのおしなべたらぬ若人《わかうど》どもに、戯《たはぶ》れ言《ごと》などのたまひつつ、暑さに乱れたまへる御ありさまを、見るかひありと思ひきこえたり。大臣《おとど》も渡りたまひて、かくうちとけたまへれば、御几帳隔てておはしまして、御物語聞こえたまふを、「暑きに」と、にがみたまへば、人々笑ふ。「あなかま」とて、脇息《けふそく》に寄りおはす。いと安らかなる御ふるまひなりや。

現代語訳

かろうじて、今日は天気のようすもよくなった。このように宮中にお籠もりになられてばかりでは、左大臣殿(源氏の義父)の御心も気の毒なので、(源氏は)退出なさった。

邸内全体のようすも、姫君の雰囲気も、気品の高い印象が強く、乱れたところはまじらず、やはりこの女性(葵の上)こそは、あの人々が捨てがたい女の例として出していた、実のある女性として頼みになることだと(源氏は)思われるが、あまりにも整っている御ありさまが、うちとけにくく、源氏の君のほうでばつが悪くなるほどに思いすましていらっしゃるので、物足りなくて、中納言の君、中務(なかつかさ)などといったふうな、並々でない若い女房たちに、冗談などおっしゃりつつ、暑さにおくつろいでいらっしゃる御ありさまを、女房たちは見るかいのあるものと、思い申し上げる。

左大臣殿もこちらへお渡りになって、(源氏が)このようにくつろいでいらっしゃるので、御几帳を隔てておすわりになって、御物語申し上げる。

(源氏)「暑いのに」と、苦い顔をなさると、女房たちは笑う。(源氏)「ああ、うるさい」といって、脇息に寄りかかっていらっしゃる。たいそうくつろいだ御ふるまいであることよ。

語句

■けざやかに 印象が強く。 ■かの人々 「雨夜の品定め」をした人々。 ■まめ人 実のある人。信頼に足る人。 ■中納言の君 葵の上づきの女房。 ■中務 葵の上づきの女房。 ■おしなべたらぬ 並々でない。 ■にがみたまへば 「にがむ」は苦い顔をする。 ■あなかま 「あな、かまし」(ああ、やかましい)の略。

朗読・解説:左大臣光永

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