【帚木 12】源氏、方違えのため紀伊守邸へ

原文

暗くなるほどに、「今宵、中神《なかがみ》、内裏《うち》よりは塞《ふた》がりてはべりけり」と聞こゆ。「さかし。例は忌みたまふ方なりけり。二条院にも同じ筋にて、いづくにか違《たが》へん。いと悩ましきに」とて、大殿籠《おほとのごも》れり。「いとあしき事なり」と、これかれ聞こゆ。

「紀伊守《きのかみ》にて親しく仕うまつる人の、中川のわたりなる家なん、このごろ水塞《せ》き入れて、涼しき蔭《かげ》にはべる」と聞こゆ。いとよかなり。悩ましきに、牛ながら引き入れつベからむ所を」と、のたまふ。忍び忍びの御方違《かたたが》へ所はあまたありぬべけれど、久しくほど経て渡りたまへるに、方塞《かたふた》げてひき違《たが》へ外《ほか》ざまへと思さんはいとほしきなるべし。

紀伊守に仰せ言賜へば、うけたまはりながら、退きて「伊予守朝臣の家につつしむことはべりて、女房なんまかり移れるころにて、狭《せば》き所にはべれば、なめげなることやはべらん」と下に嘆くを聞きたまひて、源氏「その人近からむなんうれしかるべき。女遠き旅寝はもの恐ろしき心地すべきを。ただその几帳の背後《うしろ》に」とのたまへば、「げに、よろしき御座《おまし》所にも」とて、人走らせやる。いと忍びて、ことさらにことごとしからぬ所をと、急ぎ出でたまへば、大臣《おとど》にも聞こえたまはず、御供にも睦《むつ》ましき限りしておはしましぬ。

「にはかに」と、わぶれど、人も聞き入れず。寝殿の東面《ひむがしおもて》払ひあけさせて、かりそめの御しつらひしたり。水の心ばへなど、さる方にをかしくしなしたり。田舎家《ゐなかいへ》だつ柴垣《しばがき》して、前栽《せんざい》など心とめて植ゑたり。風涼しくて、そこはかとなき虫の声々聞こえ、螢《ほたる》しげく飛びまがひて、をかしきほどなり。人々渡殿《わたどの》より出でたる泉にのぞきゐて、酒のむ。あるじも肴《さかな》求むと、こゆるぎのいそぎ歩《あり》くほど、君はのどやかにながめたまひて、かの中の品にとり出でて言ひし、このなみならむかしと思し出づ。

思ひあがれる気色に、聞きおきたまへるむすめなれば、ゆかしくて、耳とどめたまへるに、この西面《にしおもて》にぞ、人のけはひする。衣《きぬ》の音なひはらはらとして、若き声ども憎からず。さすがに忍びて笑ひなどするけはひ、ことさらびたり。格子を上げたりけれど、守《かみ》、「心なし」とむつかりて、下ろしつれば、灯《ひ》ともしたる透影《すきかげ》、障子《さうじ》の上《かみ》より漏りたるに、やをら寄りたまひて、見ゆやと思《おぼ》せど、隙《ひま》もなければ、しばし聞きたまふに、この近き母屋《もや》に集《つど》ひゐたるなるべし、うちささめき言ふことどもを聞きたまへば、わが御上《うえ》なるべし。「いといたうまめだちて、まだきにやむごとなきよすが定まりたまへるこそ、さらざらしかむめれ」、「されど、さるべき隈《くま》にはよくこそ隠れ歩《あり》きたまふなれ」など言ふにも、思すことのみ心にかかりたまへば、まづ胸つぶれて、かやうのついでにも、人の言ひ漏らさむを聞きつけたらむ時など、おぼえたまふ。

ことなることなければ、聞きさしたまひつ。式部卿宮の姫君に、朝顔奉りたまひし歌などを、すこし頬ゆがめて語るも聞こゆ。くつろぎがましく歌誦《ず》じがちにもあるかな、なほ見劣りはしなんかしと、思す。

守《かみ》出で来て、燈籠《とうろ》かけ添へ、灯《ひ》あかくかかげなどして、御くだものばかりまゐれり。「とばり帳もいかにぞは。さる方の心もなくては、めざましきあるじならむ」と、のたまヘば、「何よけむともえうけたまはらず」と、かしこまりてさぶらふ。端《はし》し方《かた》の御座《おまし》に、仮なるやうにて大殿籠《おほとのごも》れば、人々も静まりぬ。

あるじの子どもをかしげにてあり。童《わらわ》なる、殿上のほどに御覧じなれたるもあり、伊予介《いよのすけ》の子もあり。あまたある中に、いとけはひあてはかにて、十二三ばかりなるもあり。「いこづれかいづれ」など問ひたまふに、「これは故衛門督《こゑもんのかみ》の末の子にて、いと愛《かな》しくしはべりけるを、幼きほどに後《おく》れはべりて、姉なる人のよすがに、かくてはべるなり。才《ざえ》などもつきはべりぬべく、けしうははべらぬを、殿上なども思うたまヘかけながら、すがすがしらはえ交らひはべらざめる」と、申す。「あはれのことや。この姉君や、まうとの後の親」、「さなんはべる」と申すに、「似げなき親をもまうけたりけるかな。上にも聞こしめしおきて、『宮仕に出だし立てむと漏らし奏せし、いかになりにけむ』と、いつぞやものたまはせし。世こそ定めなきものなれ」と、いとおよすけのたまふ。「不意にかくて、ものしはべるなり。世の中といふもの、さのみこそ、今も昔も定まりたることはべらね。中についても、女の宿世《すくせ》はいと浮びたるなんあはれにはべる」なんど聞こえさす。「伊予介かしづくや。君と思ふらむな」、「いかがは。私の主《しゅう》とこそは思ひてはべるめるを、すきずきしき事と、なにがしよりはじめて、承《う》け引きはべらずなむ」と申す。「さりとも、まうとたちのつきづきしく今めきたらむに、おろしたてんやは。かの介はいとよしありて、気色ばめるをや」など、物語したまひて、「いづ方にぞ」、「みな下屋《しもや》におろしはべりぬるを、えやまかり下《お》りあへざらむ」と、聞こゆ。

酔《ゑ》ひすすみて、みな人々簀子《すのこ》に臥しつつ、静まりぬ。

現代語訳

暗くなってきた頃、「今宵、中神は内裏からこちら(左大臣邸)の方角はふさがってございました」と申し上げる。

(源氏)「そうだ。いつもは物忌なさる方角だった。二条院も同じ方向なので、どこに方違えをしよう。とても気分が悪いのだが」といって、お休みになってしまった。

「ひどく悪いことです」と、誰も彼も申し上げる。一人が「紀伊守として親しくお仕え申し上げている人の、中川のあたりの家が、最近水を堰き入れて、涼しい所でございます」と申し上げる。

(源氏)「とてもよいな。気分が悪いので、牛車のまま引き入れることのできるような所を」と、おっしゃる。忍び忍びの御方違え所は何箇所もあるだろうが、長い期間を空けて訪れなさったのに、方塞がりだからといって左大臣家の人々の気持ちを裏切って、よそへ行ったと思われるのは気の毒と(源氏の君は)思われるのだろう。

紀伊守に仰せ言をくだされると、紀伊守は命令を受けはしたが、退いて、(紀伊守)「(私の父である)伊予守朝臣の家につつしみ事がございまして、女房たちが移ってきているところで、狭い所でございますので、失礼なこともございましょう」とひそかに心配しているのをお聞きになって、(源氏)「その人近いことこそ嬉しいようだ。女っけのない旅寝はなんとなく恐ろしい心地がするだろうに。ただその几帳の後ろにおりたい」とおっしゃると、周囲の人々は「なるほど、(そう考えると)よろしき御座所でございましょう」といって、人を(紀伊守邸に)遣いに走らせる。

たいそう忍んで、ことさらに大げさでない所をと、急いで出発なさるので、左大臣殿にも挨拶なさらず、御供にも親しい者だけを連れていらした。

(紀伊守)「急な起こしで」と(紀伊守は)困惑するが、誰もそれを聞き入れる者はない。寝殿の東面の廂の間を払いあけさせて、仮の御座所をしつらえた。遣水の風情など、風流向きに情緒深く作ってある。田舎の家ふうの柴垣があり、植え込みなども意識して植えてある。風が涼しくて、どこから響くのかわからない虫の声々が聞こえ、螢が多く飛び交って、情緒深い風情である。

お供の人々は渡殿の下から流れ出ている湧き水を見下ろすところに座って、酒をのむ。主人(紀伊守)も、肴を求めて、肩をゆすって歩きまわっている間、源氏の君はのんびりと景色をながめて、あの人々が「中の品」として取り出して言った、中流の暮らしとはこんなものかと思い出しておられた。

源氏の君は、伊予守の娘について、気位が高いようだとかねて聞いておられたので、興味を抱かれて、聞き耳を立てていらっしゃると、ここの西面に、人のけはいがする。

衣ずれの音がさわさわとして、若い女房数人の声が悪くない感じである。しかし声がするとはいっても、迷惑にならないようよ抑えて笑いなどしている気配は、わざとらしい感じだ。

格子を上げていたが、紀伊守が、「不用心だ」と文句をつけて下ろしたので、灯をともした透影が襖の上から漏れているのを、そっとお近づきになって、部屋の中が見えるだろうかと思われたが、隙間もないので、しばらく立ち聞きなさると、すぐ近くの母屋に集まっていたのだろう、ひそひそ話しているさまざまな話をお聞きになると、源氏の君ご自身についての話であるようだった。

(女)「たいそうまじめそうにしていらして、若いうちに高貴な方とご結婚が決まられたのが、物足りないようですわ」、(女)「けれど、隠れて通うのに便利な女のところには、お出かけになるそうですよ」など言うのを聞くにつけても、源氏の君は、わが思われること(藤壺宮への恋心)のみが心にかかっていらっしゃるので、まず胸がどきりとして、このような機会にも、人が(自分と藤壺宮のことを)言い漏らすのを聞きつけた時など、どうなるかと思われる。

しかし別段の話ではないので、聞くのを中断された。源氏が、式部卿宮の姫君に、朝顔を差し上げてなさった歌などを、すこし言葉を違えて語るのも聞こえる。

女たちはのんびりしたもので、歌をすぐ詠みがちだなあ、やはり女主人もこれでは見劣りするだろうと、源氏は思われる。

紀伊守が出てきて、灯籠の数をふやし、灯を明るくかき上げなどして、菓子類を源氏に差し上げた。

(源氏)「『とばり帳』もどうかね。その方面の心もなくては、しっかりしたもてなしとは言えないだろうね」と、おっしゃると、(紀伊守)「『何よけむ』ともおうかがいすることもできません」と、かしこまって控えていた。

すみの御座所に、仮寝のようにてお休みになると、お供の人々も寝静まった。

主人(紀伊守)の子供たちがかわいらしい感じでいる。童である者、殿上童として見慣れなさっている者もあり、伊予介の子もある。

大勢の子供がいる中に、たいそう品がいい感じの、十ニ三ほどの子がいる。

(源氏)「誰が誰の子なのか」などご質問になると、(紀伊守)「この子は故衛門督の末の子で、故衛門督がたいそう可愛がってございましたのを、幼い時に衛門督に死に遅れましたので、姉である人の縁で、こうしてわが家にございますのです(※姉の空蝉が紀伊守の父・伊予守に嫁いでいる)。学才なども身につきそうで、悪くはございませんのを、殿上童にしようなどとも思いかけながら、すんなりとは出仕させることができずにおります」と、申す。

(源氏)「不憫なことよ。ではこの子の姉君が、あなた(=紀伊守)の後の親というわけだね」、(紀伊守)「そうでございます」と申し上げるすと、(源氏)「(紀伊守、お前は)似つかわしくない親をもうけたものだな。帝もかねてお聞きになって、(帝)『衛門督が、宮仕えに出そうと漏らして奏上していた娘(=空蝉)は、どうなったのだろう』と、いつかもおっしゃっていた。世は定めなきものだなあ」と、源氏はたいそう大人びて、そうおっしゃる。

(紀伊守)「思いもかけず、このようなことに(伊予守の後妻として収まることに)なったのでございます。世の中というものは、このように、今も昔も定まったことがございません。中でも、女の運命はたいそう不安定であるのが不憫でございます」など申し上げる。

(源氏)「伊予介は(空蝉のことを)大切にしているか。きっと主君のように思っているのだろうな」、(紀伊守)「どうして大切にしないことがありましょうか。内々では主君と思ってございますのですが、好色なことだと、私どもをはじめ一族の者どもは、受け入れることができないのでございます」と申し上げる。

(源氏)「そうはいっても、お前たちが我こそその女にふさわしい、現代ふうであると言ったところで、伊予介がその女をお前たちに下し与えるだろうかね(与えないだろうね)。あの伊予介はたいそう風流で気取っているのだから」などと、物語なさって、(源氏)「その女はどこだ」、(紀伊守)「女はみな下屋に下らせましたが、まだ下っていないのもあるのでしょう」と申し上げる。

酔がすすんで、お供の人々はみな簀子の上に臥して、寝静まった。

語句

■中神 陰陽道の祭神。60日周期で四方を一周する。中神がいる方向は「塞がり」といって「方違え」をする。 ■忌みたまふ 忌むのは源氏だが、それでは「たまふ」が二重敬語になっておかしい。地の文とする説もあるがそれだと「さかし」からのつながりが悪い。 ■中川 京極川のこと。東京極大路にあった。現在の廬山寺が紫式部邸跡とされ、「紀伊守」の邸のモデルとも思われる。 ■よかなり 「よかるなり」の音便「よかンなり」の「ン」が省略された形。 ■二条院 源氏の家。母桐壺更衣の実家、按察使大納言邸。 ■伊予守朝臣 紀伊守の父親。後には「伊予介」と表記。【伊予守(介)が紀伊守の父親であること】【空蝉は伊予守の後妻であること】を理解していないと、このあたりは何が書いてあるのかサッパリわからない。しかもそれらは明確に書かれていない。あまりにも悪筆駄文すぎる。読者に「伝えよう」という意識がまったく欠如した文章。 ■なめげなること 失礼なこと。「なめげなり」で失礼だ。無礼だ。 ■御座所にも 「はべらむ」などが後ろに省略されている。 ■さる方に 風流向きに。 ■柴垣 柴を組んで垣根としたもの。 ■泉 邸内に水が引き込んであり、それが寝殿と東の対の間を流れている状況。 ■あるじも肴もとむと… 「玉垂の小瓶を中に据ゑて、あるじはもや、肴まぎに、肴とりに、こゆるぎの磯の、わかめ刈りあげに、わかめ刈りあげに」(風俗歌・玉垂)による。小余綾(こゆるぎ)は歌枕。神奈川県中郡大磯(おおいそ)町から小田原市国府津(こうづ)にかけての海辺。 ■むすめ この「娘」は伊予守の娘か?それとも後述の空蝉(伊予守の後妻)のことか?文意不明瞭。 ■音なひ 音。ひびき。気配。 ■むつかりて 不快に思う。腹を立てる。文句を言う。 ■透影 ものの隙間や薄いものを通して見える灯の光。 ■やをら そっと。 ■聞きさしたまひつ 聞くのを途中で中断した。 ■式部卿宮の姫君 式部卿宮は桐壷帝の弟。その姫君は後に「朝顔の姫君」とよばれる。 ■頬ゆがめて 「頬ゆがむ」は事実を違える。事実とは違ったように言う。 ■くつろぎがましく 「寛ぎがまし」はのんびりしている。 ■くだもの 果物。菓子類。 ■とばり帳 「わいへんは、とばり帳も、垂れたるを、大君きませ、婿にせむ、み肴に、何よけむ、あはび、さだをか、かれよけむ」(催馬楽・我家)。「わいへん」は「我が家」。とばり帳は御帳台の垂れ幕。「さだをか」はさざえ。「かせ」はうに。大意は、わが家の御帳台のカーテンを垂れたところに、大君がこられると、婿のよしう、肴はなにがいいか。あわび、さざえ、うにがよかろう。あわび・さざえが女陰に似ているので、わが娘を献上しようの意を暗にこめる。 ■めざましき 「めざまし」はすばらしい。立派だ。 ■かしこまりてさぶらふ 源氏が催馬楽の文句を引き合いに「接待しろ」というのを紀伊守は「さあ、どうでしょうか」と軽く受け流している。 ■殿上のほどに御覧じられたる 殿上童として清涼殿で見慣れた者。貴族の子弟で容姿にすぐれた者は殿上童として清涼殿の床の上に伺候することをゆるされた。 ■伊予介の子もあり 紀伊守も伊予介の子だが、ここでは紀伊守以外の幼い子らをさすらしい。このあたり、「伊予介は紀伊守の父親であり、隠居している」という前提がわからなければ、非常に意味がとりづらい。そして「伊予介は紀伊守の父親であり、隠居している」ことは、本文中で最小限にしか説明されていない。非常に独りよがりな悪文であり、そもそも人に読ませるという前提で書かれた文章でないことがうかがえる。 ■あてはか 品がいい。 ■衛門督 衛門府の長官。空蝉の父。伊予守の後妻として空蝉を推した。背後の人間関係が非常にわかりづらい。 ■すがすがしうはえ交らひはべらざめる 推薦人やコネがないから殿上童にすることが簡単でないということ。 ■まうと 「真人(まひと)」の略。天武天皇が八種の姓で定めた、最上位の者。あなた。 ■後の親 紀伊守の父である伊予守の再婚相手が空蝉だから、紀伊守にとって空蝉は「後の親」となる。このあたり、系図がないと理解不能。 ■およすけ 「およすく」は大人びる。ませる。 ■いかがかは 下に「かしづかざらむ」を省略した形。 ■なにがし ややへりくだった一人称。 ■つきづきしく 「つきづきし」は似つかわしい。 ■おろしたてんやは 伊予守が紀伊守はじめ子供たちに後妻である空蝉を下し与えること。

朗読・解説:左大臣光永

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