【空蝉 01】源氏、なおも空蝉に執着

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原文

寝られたまはぬままには、「我はかく人に憎まれても習はぬを、今宵なむ初めてうしと世を思ひ知りぬれば、恥づかしくてながらふまじうこそ思ひなりぬれ」などのたまへば、涙をさヘこぼして臥したり。いとらうたしと思《おぼ》す。手さぐりの、細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひのさま通ひたるも、思ひなしにやあはれなり。あながちにかかづらたどり寄らむも人わろかるべく、まめやかにめざましと思《おぼ》し明かしつつ、例のやうにものたまひまつはさず、夜深う出でたまへば、この子は、いといとほしくさうざらしと思ふ。

女もなみなみならずかたはらいたしと思ふに、御消息《せうそこ》も絶えてなし。思《おぼ》し懲《こ》りにけると思ふにも、やがてつれなくてやみたまひなましかば、うからまし。しいていとはしき御ふるまひの絶えざらむもうたてあるべし。よきほどに、かくて閉ぢめてんと思ふものから、ただならずながめがちなり。

君は心づきなしと思しながら、かくてはえやむまじう御心にかかり、人わろく思ほしわびて、小君に、「いとつらうもうれたうもおぼゆるに、しひて思ひかへせど、心にしも従はず苦しきを、さりぬべきをりみて対面すべくたばかれ」と、のたまひわたれば、わづらはしけれど、かかる方《かた》にても、のたまひまつはすは、うれしうおぼえけり。

現代語訳

お眠りになれないままに、(源氏)「私はこんなに人から憎まれたことは今までないのに、今夜初めて世の中をうまくいかないものだと思い知ったので、恥ずかしくてこのままではいられないという気持ちになった」などおっしゃると、小君は涙まで流して横になっていた。

そんな小君を源氏は、たいそう可愛いと思われる。手さぐりするとわかる、細く小さな体つき、髪がそれほど長くない感じのようすが姉と似通っているのも、気のせいだろうか、しみじみ趣深いことである。

無理にあの女とかかわって、隠れ場所を探し出しすのも体裁が悪いだろうし、本気であの女を気に食わないと考えているうちに夜が明けてしまい、源氏はいつものように小君に対してあれこれうるさくおっしゃらず、まだ夜の深いうちにご出発になるので、この子は、たいそう愛しくも物足りなくも思う。

女もひととおりでなく決まりが悪いと思うが、源氏の君からのお便りもまったく絶えてしまった。

源氏の君は懲りてしまわれたのだと思うにつけても、もしこのまま、何でもないふうで終わりになってしまうのなら、残念だろうに。

いい加減なところで、この中途半な状態のまま関係を終わりにしてようと思うが、そうはいってもやはり平気ではいられず、ぼんやり物思いに沈みがちである。

源氏の君は女のことを気に食わないと思われながら、このままでは止められないほど御心にひっかかり、体裁が悪いと心沈まれて、小君に、「ひどくつらくも、いまいましくも思うのだが、無理に思い直そうとするが、そういう心に自分自身が従わずに苦しいので、適当な折をみて、対面できるようにはからってくれ」と、いつもおっしゃるので、小君は、わずらわしくはあったが、このような方面においても、色々とおっしゃってくださり、お側にいつも置いてくださるのは、うれしく思えた。

語句

■ながらふまじう 俗世にはいられない。もう出家してしまう勢いであると。 ■思ひなしにや 気のせいか。 ■あながちに 無理に。 ■たどり寄らむ 探し出して言い寄る。 ■まめやかに 心の底から。冗談でなく。本気で。 ■めざまし 気に食わない。 ■思し明かしつつ 「思し明かす」は考えているうちに夜が明ける。 ■のたまひまはつさず 「言ひまつはす」はあれこれうるさく言う。 ■うからまし 「まし」は反実仮想。 ■うれたう 「うれたし」は「心(うら)痛し」の転。腹立たしい。いまいましい。

朗読・解説:左大臣光永

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