【夕顔 02】源氏、乳母を見舞う

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原文

引き入れて下りたまふ。惟光が兄の阿闍梨《あざり》、婿《むこ》の三河守《みかわのかみ》、むすめなど渡りつどひたるほとに、かくおはしましたるよろこびをまたなきことに、かしこまる。

尼君も起き上りて、「借しげなき身なれど、棄てがたく思うたまへつることは、ただかく御前《おまへ》にさぶらひ御覧ぜらるることの変りはべりなんことを、口惜《くちを》しく思ひたまへたゆたひしかど、戒《いむこと》のしるしによみがへりてなん、かく渡りはおはしますを、見たまへはべりぬれば、今なむ阿弥陀仏《あみだぼとけ》の御光も、心清く待たれはべるべき」など聞こえて、弱げに泣く。

「日ごろおこたりがたくものせらるるを、やすからず嘆きわたりつるに、かく世を離るるさまにものしたまへば、いとあはれに口惜しうなん。命長くて、なほ位高くなど見なしたまへ。さてこそ九品《ここのしな》の上《かみ》にも障りなく生まれたまはめ。この世にすこし恨み残るはわろきわざとなむ聞く」など、涙ぐみてのたまふ。

かたほなるをだに、乳母《めのと》やうの思ふべき人はあさましうまほに見なすものを、ましていと面《おも》だたしう、なづさひ仕うまつりけん身もいたはしう、かたじけなく思ほゆべかめれば、すずろに涙がちなり。子どもは、いと見苦しと思ひて、背きぬる世の去りがたきやうに、みづからひそみ御覧ぜられたまふと、つきしろひ、目くはす。

君はいとあはれと思《おも》ほして、「いはけなかりけるほどに、思ふべき人々の、うち捨ててものしたまひにけるなごり、はぐくむ人あまたあるやうなりしかど、親しく思ひむつぶる筋は、またなくなん思ほえし。人となりて後《のち》は、限りあれば、朝夕にしもえ見たてまつらず、心のままにとぶらひ参《ま》うづることはなけれど、なほ久しう対面《たいめん》せぬ時は心細くおぼゆるを、さらぬ別れはなくもがなとなん」などこまやかに語らひたまひて、おし拭《のご》ひたまへる袖の匂《にほ》ひも、いとところせきまで薫《かお》り満ちたるに、げによに思へば、おしなべたらぬ人の御宿世《みすくせ》ぞかしと、尼君をもどかしと見つる子どもみなうちしほたれけり。

現代語訳

車を引き入れて源氏の君はお下りになる。惟光の兄の阿闍梨、尼君の娘婿の三河守、むすめなどが来て集まっているところで、このように源氏の君が起こしいただいたことの喜びを、この人々は、比べようもないことに思って、かしこまる。

尼君も体を起こして、「惜しくもない身ですが、出家しがたく思っておりましたのは、ただこうして御前にうかがってあなた様にお目にかかることが、これまで通りにはいかなくなるだろうことを、残念に思いましてぐずぐずしていましたが、受戒の効き目として病が治りまして、このようにお渡りいただくことを、拝見いたしましたので、今はもう阿弥陀仏の御光もすっきりした気持ちで待たれますでしょう」など申し上げて、弱々しく泣く。

(源氏)「近ごろ病がなかなか弱まらなくていらっしゃるのを、不安に思って嘆きつづけていましたが、このように俗世間を離れたお姿になっていらっしゃると、とても悲しく残念に思われます。長生きして、もっと私の位が高くなることなども見届けてください。それでこそ九品の最上位にも問題なく生まれ変わりなさるでしょう。この世にすこしでも恨みが残るのは悪いこと聞きます」など、涙ぐんでおっしゃる。

未熟な子でさえ、乳母といった子を思うべき人は呆れるほどまでに、育て子のことを完全無欠と思いこむものなのに、まして源氏の君は、たいそう名誉なことで、長年慣れ親しんでお仕え申し上げてきたわが身のことまでもいたわり、畏れ多いものとお思いになられるからだろう、尼君は、わけもなく涙がちである。

子供たちは、たいそう見苦しいと思って、すでに捨てた俗世間なのに、それが去りがたいように、母君は、みずから泣き顔を御覧になっていらっしゃると、つつきあい、目配せをする。

源氏の君はたいそう不憫に思われて、「幼い頃に、可愛がってくれるはずだった人々が、私を残して先立った後に、大切にしてくれる人はたくさんいたようだが、心から親しんで仲睦まじくするということでは、貴女のことを他にくらべようもなく思われます。成人して後は、身分上の成約があることなので、朝夕にも拝見することができず、心のままに訪ね参ることはなかったが、やはり久しく対面しない時は心細く思われるのを、「さらぬ別れ」…避けられない別れは、なければいいのにと思いますよ」など、こまやかにお語らいになり、お拭いになる袖の匂いも、たいそうそこらじゅうに薫りが満ちているので、子供たちも、なるほどよく考えてみると、並々でないは母君の御運命であるなと、尼君のことをじれったいと思っていた子供たちもみな涙にくれるのだった。

語句

■引き入れて 門前で下車せず邸内に入るのは身分の低い者や近親者を訪れる場合。 ■阿闍梨 高位の僧。真言宗・天台宗では阿闍梨という名の位がある。 ■婿 乳母の婿=娘の夫。惟光の義兄もしくは義弟。ここにのみ登場。 ■戒 受戒。出家者が、そのしるしとして守るべき戒律を授けられる儀式。 ■おこたる 病が弱まる。 ■やすからず 不安だ。 ■見なしたまへ 「見なす」は、意図的に見る。意識して見る。 ■九品の上 浄土教では人が死んでから生まれ変わる浄土には階層があるという。上品・中品・下品の三等があり、各品は上生・中生・下生にわかれる。つまり上から、上品上生・上品中生・上品下生・中品上生・中品中生・中品下生・下品上生・下品中生・下品下生。 ■かたほなる 「かたほ」は偏・片秀。未熟なさま。 ■まほに 完全無欠に。広げた帆が風をうけている状態。 ■面だたしう 「面だたし」は名誉だ。晴れがましい。 ■なづさひ 「なづさふ」は慣れ親しむ。 ■ひそみ 「ひそむ」は顔をしかめる。泣く。 ■つきしろひ 「突きしろふ」は、互いに肩や膝をつつきあう。 ■いはけなかりける 「いはけなし」は幼い。 ■はぐくむ人 宮中の女房たちに可愛がられたことをいう。 ■さらぬ別れ 『伊勢物語』にある業平母伊登内親王と業平の歌のやりとりによる。「老いぬればさらぬ別れもありといへばいよいよ見まくほしき君かな」「世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もとなげく人の子のため」(『伊勢物語』84段/古今・雑上)■げによに なるほど、もっともだと。子供たちは母=尼君が泣くのをみて「見苦しい」と思ったが、源氏の君との深い関係を考えると、なるほど、泣くのはもっともだと考え直したということ。 ■もどかし じれったい。

朗読・解説:左大臣光永

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