【夕顔 04】源氏、六条の御方を訪ね、行き来に夕顔の家を思う

御心ざしの所には、木立前栽《こだちせんざい》など、なべての所に似ず、いとのどかに心にくく住みなしたまへり。うちとけぬ御ありさまなどの、気色ことなるに、ありつる垣根《かきね》思《おも》ほし出でらるべくもあらずかし。つとめて、すこし寝過ぐしたまひて、日さし出づるほどに出でたまふ。朝明《あさけ》の姿は、げに人のめできこえんもことわりなる御さまなりけり。

今日もこの蔀《しとみ》の前渡りしたまふ。来《き》し方《かた》も過ぎたまひけんわたりなれど、ただはかなき一ふしに御心とまりて、いかなる人の住み処《か》ならんとは、往《ゆ》き来《き》に御目とまりたまひけり。

現代語訳

お目当ての所には、木立や植え込など、ありふれた所とは違い、たいそうゆったりと奥ゆかしくすまっていらっしゃる。そこにお住まいの女君の、うちとけない御ようすなどが、今宵はとくにきついので、先ほどの夕顔の垣根を思い出しなさるはずもなかったのだ。

翌朝、すこし寝過ごされて、日が出るころに出発なさる。朝の明るさの中での源氏の君のお姿は、なるほど、人のお褒め申し上げるももっともだという御様子である。

源氏の君は今日もこの蔀の前をお通りになる。これまでも通り過ぎられた所だが、ただ当てにならない歌のやり取りをしたことのために御心を留められて、どういう人の住まいだろうと、行き来のたびに御目がおとまりになるのだった。

語句

■御心ざしの所 お目当ての場所。六条御息所のすまい。 ■心にくく 「心にくし」は奥ゆかしい。上品だ。心ひかれる。 ■朝明 「わが背子が朝明の姿よく見ずて今日の間を恋ひ暮らすかも」(万葉2841)。 ■はかなき一ふし 歌のやり取りをしたこと。

朗読・解説:左大臣光永

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