【夕顔 05】源氏、惟光の報告に興をそそられる

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原文

推光、日ごろありて参れり。「わづらひはべる人、なほ弱げにはべれば、とかく見たまへあつかひてなむ」など聞こえて、近く参り寄りて聞こゆ。仰せられし後なん、隣のこと知りてはべる者呼びて、問はせはべりしかど、はかばかしくも申しはべらず。いと忍びて、五月《さつき》のころほひよりものしたまふ人なんあるべけれど、その人とは、さらに家の内の人にだに知らせず、となん申す。時々中垣のかいま見しはべるに、げに若き女どもの透影《すきかげ》見えはべり。褶《しびら》だつものかごとばかりひきかけて、かしづく人はべるなめり。昨日《きのふ》、夕日のなごりなくさし入りてはべりしに、文書くとてゐてはべりし人の顔こそ、いとよくはべりしか。もの思へるけはひして、ある人々も忍びてうち泣くさまなどなむ、しるく見えはべる」と、聞こゆ。君うち笑《ゑ》みたまひて、知らばや、と思ほしたり。

おぼえこそ重かるべき御身のほどなれど、御齢《よはひ》のほど、人のなびきめできこえたるさまなど思ふには、すきたまはざらんも情なく、さうざうしかるべしかし。人の承《う》け引かぬほどにてだに、なほ、さりぬべきあたりのことは、好ましうおぼゆるものを、と思ひをり。

「もし見たまへ得ることもやはべると、はかなきついで作り出でて、消息《せうそこ》など遣はしたりき。書きなれたる手して、口とく返りごとなどしはべりき。いと口惜《くちを》しうはあらぬ若人《わかうど》どもなんはべるめる」と、聞こゆれば、「なほ言ひよれ。尋ねよらではさうざらしかりなん」と、のたまふ。かの下《しも》が下と人の思ひ捨てし住まひなれど、その中《なか》にも、思ひのほかに口惜しからぬを見つけたらばと、めづらしく思ほすなりけり。

現代語訳

惟光は何日かしてから源氏の君のもとに参上した。(惟光)「病をわずらっていた母は、やはり弱々しくございますので、何かと看病するのに苦労しまして」など申し上げて、近くに参り寄って申し上げる。

(惟光)「仰せられました後、隣のことを知っています者を呼んで、尋ねさせましたが、はっきりとは申しません。

ひどく忍んで、五月のころから来ていらっしゃる方があるようですが、それが誰とは、まったく家の内の人にさえ知らせていないと申します。

時々中垣のすきまからのぞきますと、たしかに若い女たちの影が透けて見えます。褶《しびら》めいたものを申し訳ていどにかけて、大切にお仕え申している人がございますようです。昨日、夕日が部屋じゅうにさし入ってございましたときに、文を書くということで座ってございました女の顔は、たいそう美しくございましたね。もの思いにふけっているようすで、そこにいる人々も忍んで泣いているようすなど、はっきりと見えました」と申し上げる。

源氏の君はにんまりお笑いになって、もっと知りたいと、思われた。

世間からの名声は重いにちがいない源氏の君の御身分だが、御年の若さ、人が従いお褒め申し上げるこの方のようすなどを思うにつけて、浮気をしないのも情緒に欠けて、物足りないに違いない。複数の女のもとに通うことを世間の人が承知しないような低い身分においてすら、やはり、心を寄せるのが当然という女については、男は好ましく思うのだから、(まして源氏の君ほどの御方が複数の女を愛されるのは当然だ)と惟光は思っている。

(惟光)「もしかしたら女を見られることもございますかと、ちょっとしたきっかけを作り出して、手紙など遣わしました。書き馴れた筆跡で、すぐに返歌などをしてきました。ひどく残念というわけではない女どもがいるようです」と申し上げると、(源氏)「もっと言い寄れ。どんな女なのかつきとめなくては物足りないことになるだろう」とおっしゃる。

あの、下の下として、頭中将が無視した住まいであるが、そういう階層の中にも、案外に、捨てたものではない女を見つけられるかもしれないと、源氏の君は珍しく思われるのであった。

語句

■見たまへあつかひて 「見あつかふ」は世話をするのに九郎する。「たまふ」は謙譲。 ■なむ 下に「えまうで来ざりける」などが省略された形。 ■五月のころほひよりものしたまふ 「箒木」雨夜の品定めに頭中将の話の中に出てきた夕顔であることが後にあかされる。 ■家の内の人にだに知らせず 夕顔は頭中将の妻の実家=右大臣家から嫌がらせを受けているため、身をかくしている。 ■褶 袴の上にまとう裳のようなもの?合わせ?詳細不明。 ■かごとばかり 「託言《かごと》」は申し訳。口実。 ■人の承け引かぬほどにてだに 人が世間の人が承知しないような低い身分においてさえ、複数の女のもとに通うということはあるのに。低い身分は基本的に一夫一婦制だったらしい。 ■さりぬべき 「さありぬべき」は、思いを寄せるのも当然だという女性。 ■口とく 返歌を作るのが早いこと。 ■かの下下と 「箒木」雨夜の品定めで頭中将が「下のきざみといふ際になれば、ことに耳立たずかし」といったのを受ける。

朗読・解説:左大臣光永

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