【夕顔 10】源氏、中秋の夜、夕顔と契る

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原文

八月十五夜《はづきとをかあまりいつかのよ》、隈なき月影、隙《ひま》多かる板屋《いたや》残りなく漏り来て、見ならひたまはぬ住まひのさまもめづらしきに、暁近くなりにけるなるべし、隣の家々、あやしき賤《しづ》の男《を》の声々、目覚まして、「あはれ、いと寒しや」、「今年こそなりはひにも頼む所すくなく、田舎《ゐなか》の通ひも思ひかけねば、いと心細けれ、北殿こそ、聞きたまふや」など、言ひかはすも聞こゆ。いとあはれなるおのがじしの営みに、起き出でてそそめき騒ぐもほどなきを、女いと恥づかしく思ひたり。艶《えん》だち気色ばまむ人は、消えも入りぬべき住まひのさまなめりかし。されど、のどかに、つらきもうきもかたはらいたきことも、思ひ入れたるさまならで、わがもてなしありさまは、いとあてはかに児《こ》めかしくて、またなくらうがはしき隣の用意なさを、いかなる事とも聞き知りたるさまならねば、なかなか恥ぢかかやかんよりは罪ゆるされてぞ見えける。ごほごほと鳴神《なるかみ》よりもおどろおどろしく、踏みとどろかす唐臼《からうす》の音も枕上《まくらがみ》とおぼゆる、あな耳かしがましと、これにぞ思さるる。何の響きとも聞き入れたまはず、いとあやしうめざましき音なひとのみ聞きたまふ。くだくだしきことのみ多かり。

白朽《しろたへ》の衣《ころも》うつ砧《きぬた》の音も、かすかに、こなたかなた聞きわたされ、空とぶ雁《かり》の声、とり集めて忍びがたきこと多かり。端《はし》近き御座《おまし》所なりければ、遣《や》り戸を引きあけて、もろともに見出だしたまふ。ほどなき庭に、されたる呉竹《くれたけ》、前栽《せんざい》の露はなほかかる所も同じごときらめきたり。虫の声々乱りがはしく、壁の中のきりぎりすだに間遠《まどほ》に聞きならひたまへる御耳に、さし当てたるやうに鳴き乱るるを、なかなかさまかへて思さるるも、御心ざしひとつの浅からぬに、よろづの罪ゆるさるるなめりかし。

白き袷《あはせ》、薄色《うすいろ》のなよよかなるを重ねて、はなやかならぬ姿、いとらうたげに、あえかなる心地して、そこと取り立ててすぐれたることもなけれど、細やかにたをたをとして、ものうち言ひたるけはひ、あな心苦しと、ただいとらうたく見ゆ。心ばみたる方《かた》をすこし添へたらばと見たまひながら、なほうちとけて見まほしく思さるれば、「いざ、ただこのわたり近き所に、心やすくて明《あ》かさむ。かくてのみはいと苦しかりけり」と、のたまへば、「いかでか。にはかならん」と、いとおいらかに言ひてゐたり。この世のみならぬ契りなどまで頼めたまふに、うちとくる心ばへなど、あやしく様《やう》変りて、世馴れたる人ともおぼえねば、人の思はむところもえ憚《はばか》りたまはで、右近を召し出でて、随身を召させたまひて、御車引き入れさせたまふ。このある人々も、かかる御心ざしのおろかならぬを見知れば、おぼめかしながら頼みかけ聞こえたり。

明け方も近うなりにけり。鳥の声などは聞こえで、御嶽精進《みたけさうじ》にやあらん、ただ翁《おきな》びたる声に額《ぬか》づくぞ聞こゆる。起居《たちゐ》のけはひたへがたげに行ふ。いとあはれに、朝《あした》の露にことならぬ世を、何をむさぼる身の祈りにか、と聞きたまふ。南無当来導師《なもたうらいだうし》とぞ拝むなる。「かれ聞きたまへ。この世とのみは思はざりけり」と、あはれがりたまひて、

優婆塞《うばそく》が行ふ道をしるべにて来《こ》む世も深き契りたがふな。

長生殿《ちやうせいでん》の古き例《ためし》はゆゆしくて、翼《はね》をかはさむとはひきかへて、弥勒《みろく》の世をかねたまふ。行く先の御頼《たの》めいとこちたし。

前《さき》の世の契り知らるる身のうさに行く末かねて頼みがたさよ

かやうの筋なども、さるは、こころもとなかめり。

現代語訳

八月十五日の夜、欠けたところもない月光が、隙間の多い板屋に残り無く漏れそそいで来て、源氏の君は、ふだん見慣れない住まいのようすもめずらしいが、暁近くなったらしく、近所の家々から、卑しい下民の男の声々がする。目を覚まして、「ああ、ひどく寒ぃや」、「今年は商売も頼りにまるで頼りにならんし、田舎通いの行商も期待できねえから、ひどく心細いやな、北にお住まいのあんたよ、お聞きかい」など、言い合っているのも聞こえる。たいそうわびしい各自の営みに、起き出してがやがや騒ぐのもほど近いことを、女はたいそう恥ずかしく思っている。

風流ぶって気取っているような人は、消え入ってしまいそうな住まいの様子であろう。しかし、女はのんびりと、辛いことも悲しいこともばつが悪いことも、深く思いつめたようすではなく、自分のふるまい、様子は、たいそう育ちがよさそうで子供っぽくて、他になく騒がしい隣の無作法を、どんなこととも聞き知ったようすでもないので、恥ずかしがって赤面するよりもかえって罪がゆるされると源氏には見えた。

ごろごろと雷よりもおどろおどろしく、踏みとどろかす唐臼の音も枕のすぐそばと思われる、ああうるさいと、これには閉口なさる。

何の響きとも聞いてもおわかりにならず、たいそう酷く不愉快な音とお聞きになるばかりである。ごたごたしたことばかりが多かった。

衣を打つ砧の音も、かすかに、あちらこちら一帯に聞こえ、空を飛ぶ雁の声も加わり、たまらなく、しみじみとあはれ深いことが多い。

縁近い御座所なので、引き戸を上けて、いっしょに、外を御覧になる。狭い庭に、しゃれた呉竹、植込みの葉にかかった露は、やはりこのようなな所も、同じようにきらきら光っている。

虫の声々が入り乱れて、壁の中のこおろぎさえいつもは遠くに聞いていらっしゃる源氏の君の御耳に、耳に押し当てたように鳴き乱れるのは、かえって変わっていて面白いと思われるのも、ひとえに、この女(夕顔)に対するご愛情が並々でないことで、あらゆる欠点もゆるされるからだろう。

女(夕顔)は、白い袷に、薄紫の柔らかい上着を重ねて、はなやかというわけではない姿が、たいそう可愛げで、弱々しく美しい感じがして、これといって取り立ててすぐれた所もないけれど、細やかになよなよとしていて、ちょっとものを言うようすも、ああ気がかりだと思われるほど、ただひたすら可愛らしく見える。

源氏の君はこの女に、気取った面をすこし加えたらと御覧になるが、やはりうちとけて御覧になりたく思われるので、(源氏)「さあ、ただこのあたり近い所に、安心して夜を明かしましょう。このような場所にばかりいてはとても苦しいですよ」とおっしゃると、(夕顔)「どうしてそんな。急すぎましょう」と、たいそうおっとり言って、座っている。

源氏の君が、この世の縁の契りだけでなく、来世の契りなどまで頼みにするように女に言うと、うちとけてくる心のようすなどは、ひどく風変わりで、男ずれしているとも思われないので、源氏の君は、人がどう思うかということをお憚りになることもできず、右近を召し出して、随身をお呼ばせなさって、御車を邸内に引き入れさせなさる。

この家にいる人々も、このような君(源氏の君)の女に対する御心が、浅くないのを見知っているので、君の正体は不確かながら、ご信頼申し上げている。

夜明けも近くなった。鳥の声などは聞こえないで、御嶽精進《おんたけしょうじん》だろうか、ただ年寄じみた声で仏前に額づく声が聞こえる。

立ったり座ったりという様子もつらそうに、お勤めをしている。源氏の君は、たいそうしみじみと哀れに思われて、朝の露と同じはかないこの世を、何を欲張ってわが身のことを祈るのかと、聞いていらっしゃる。南無当来導師《なむとうらいどうし》と拝んでいるようだ。

(源氏)「あれをお聞きなさい。あの人達も、この世だけの契りとは思わないのだよ」と、しみじみ哀れがりなさって、

(源氏)優婆塞が…

(優婆塞がお勤めしている御仏の道に導かれて、来世でも私たち二人の深い契りを違えないようにしてください)

長生殿の古い例は不吉なので、「翼(はね)をかはさむ」の代わりに、弥勒菩薩が世にあらわれなさることを源氏の君は想定なさっている。遠い将来の御約束は、たいそうおおげさなことである。

(女)前の世の…

(私の前世での約束事はこんなものと知られるような辛い人生ですから、来世のことを今から頼みにするのは難しいですね)

このような仏教の方面なども、女はそのような歌を読みはするが、実際にはそれほど知らないらしい。

語句

■八月十五夜 中秋の名月の夜。 ■そそめき騒ぐ がやがや騒ぐ。 ■女いと恥づかしく思ひたり 直後の「思ひ入れたるさまならで」などの記述と矛盾するようだが、前者は女の内面で、後者は源氏の観察。女は心の内に恥ずかしい思いを秘めているが、それを表に出さず、何もわからないようにふるまっている。源氏にはそれが見たまんま、「聞き知らぬさま(わかっていない様子)」と見えた。 ■艶だち 「艶だつ」は風流ぶる。様子ぶる。 ■らうがはしき 「乱がはし」は、騒がしい。 ■用意なさ 無作法。 ■恥ぢかかやかん 「恥かかやく」は恥ずかしがって顔を真っ赤にすること。  ■鳴神 雷。「天の原ふみどろかし鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは」(古今・恋四 読人しらず)による。 ■くだくだしきこと ごたごたしたこと。下層社会のありさまをさす。 ■白栲の 栲の繊維で編んだ白い衣。後には白妙の字を当てる。衣にかかる枕詞。 ■砧 「衣板」の略。木槌で衣を打って柔らかくしたり光沢を出したりする時に、下にしく台。砧打つ音は秋の風物詩として多くの漢詩に詠まれる。 ■呉竹 中国渡来の竹。葉が細く、節が多い。 ■かかる所も このような見すぼらしい下層の庭でも、御所や貴族の邸宅と同じように露はきらめいている、の意。 ■たをたをとして なよなよとして。 ■心ばみたる方 気取った面。 ■いかでか 下に「参らむ」などが省略されている。 ■おいらかに おっとりと。 ■頼めたまふ 「頼む」は相手に信頼するように言う。 ■心ばへ 心のようす。心づかい。気立て。 ■おぼめかしながら 「おぼめかし」は不確かである。源氏の君の正体を、この家の人々も、夕顔も知らない。 ■御嶽精進 吉野の金峰山(御嶽山)にのぼる前に行う1000日間の精進潔斎。 ■額づく 立って念仏し、座って額づくことを繰り返す。 ■南無当来導師 南無は「すべてを任せてすがる」の意。当来導師は弥勒菩薩。弥勒菩薩は釈迦入滅後五十六億七千万年後にあらわれて衆生を救うという。金峰山の金剛蔵王は、弥勒菩薩出生のとき、その守護をするという。 ■優婆塞 在俗の男子の仏教者。 ■しるべ 導き。案内。 ■長生殿の古き例 「七月七日長生殿、夜半人無く私語の時、天に在りては願はくは比翼の鳥と作(な)り、地に在りては願はくは連理の枝と為らむ」(長恨歌)。長生殿は唐の太宗が築いた宮殿。楊貴妃は殺されたので不吉といっている。 ■こちたし 「言痛し・事痛し」。おおげさである。ぎょうぎょうしい。 ■かねたまふ 「かぬ」は将来を予定する。 ■さるは 夕顔の歌を受けて、「そのような仏教臭い歌を読んではいるが、しかし実際には仏教方面のことはよく知らないようだ」の意。

朗読・解説:左大臣光永

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