【夕顔 14】源氏、二条院にて頭中将に事の次第をぼかして伝える

人々、「いづこよりおはしますにか、悩ましげに見えさせたまふ」など言へど、御帳の内に入りたまひて、胸を押へて思ふに、いといみじければ、「などて乗り添ひて行かざりつらん、生きかへりたらん時いかなる心地せん、見捨てて行きあかれにけりと、つらくや思はむ」と、心まどひの中にも思ほすに、御胸せき上ぐる心地したまふ。御《み》ぐしも痛く、身も熱き心地して、いと苦しく、まどはれたまへば、かくはかなくて我もいたづらになりぬるなめり、と思す。日高くなれど、起き上りたまはねば、人々あやしがりて、御粥《かゆ》などそそのかしきこゆれど、苦しくて、いと心細く思さるるに、内裏より御使あり。昨日え尋ね出でたてまつらざりしより、おぼつかながらせたまふ。大殿《おほとの》の君達《きんだち》参りたまへど、頭中将ばかりを、「立ちながらこなたに入りたまへ」とのたまひて、御簾《みす》の内ながらのたまふ。「乳母にてはべる者の、この五月《さつき》のころほひより、重くわづらひはべりしが、頭剃《かしらそ》り戒《いむこと》受けなどして、そのしるしによみがへりたりしを、このごろまた起こりて、弱くなんなりにたる、いま一たびとぶらひ見よと申したりしかば、いときなきよりなづさひし者のいまはのきざみにつらしとや思はんと思うたまへて、まかれりしに、その家なりける下人《しもびと》の病しけるが、にはかに出あへで亡くなりにけるを、怖《お》ぢ憚《はばか》りて、日を暮らしてなむ取り出ではべりけるを、聞きつけはべりしかば、神事《かむわざ》なるころいと不便なることと思ひたまへかしこまりて、え参らぬなり。この暁より、咳病《しはぶきやみ》にやはべらん、頭いと痛くて苦しくはべれば、いと無礼《むらい》にて聞こゆること」などのたまふ。中将、「さらば、さるよしをこそ奏しはべらめ。昨夜《よべ》も、御遊びにかしこく求めたてまつらせたまひて、御気色《けしき》あしくはべりき」と聞こえたまひて、たち返り、「いかなる行き触《ふ》れにかからせたまふぞや。述べやらせたまふことこそ、まことと思ひたまへられね」と言ふに、胸つぶれたまひて、「かくこまかにはあらで、ただおぼえぬ穢《けが》らひに触れたるよしを奏したまへ、いとこそたいだいしくはべれ」と、つれなくのたまへど、心の中《うち》には、言ふかひなく悲しきことを思すに、御心地もなやましければ、人に目も見あはせたまはず。蔵人弁《くらうどのべん》を召し寄せて、まめやかにかかるよしを奏せさせたまふ。大殿などにも、かかる事ありてえ参らぬ御消息《せうそこ》など聞こえたまふ。

現代語訳

女房たちは、「源氏の君は、どこからお帰りになったのかしら。ご気分がお悪そうでいらっしゃる」など言うが、源氏の君は、御几帳の内にお入りになり、胸を押さえて考えるに、まったくひどいお気持ちなので、「どうして一緒に乗って行かなかったのだろう。もし女(夕顔)が生き返ったら、その時どんな気持ちがするだろう。自分を見捨てて、別れて行ってしまったと、私のことを酷い男と思うだろう」と気持ちが混乱する中にも思われるにつけても、、御胸の内がこみ上げてくる気持ちがなさる。

御頭も痛く、体も熱もあるようなかんじがして、ひどく苦しく、混乱なさっているので、こうしてあっけないことで、自分もきっと死んでしまうのだろうと、思われる。

日が高くなったが、源氏の君は起き上がりなさらないので、女房たちはあやしがって、御食事などをおすすめ申し上げるが、源氏の君は苦しくて、たいそう心細く思われていたところ、帝から御使がある。

昨日、源氏の君を探し出し申し上げることができなかったので、帝はご心配されている。

左大臣家の公達が参上申し上げるが、源氏の君は、頭中将だけを、「立ったまま、こっちへお入りください」とおっしゃって、御簾の内にいらっしゃるままで、お話になる。

(源氏)「乳母でございます者で、この五月のころから、重い病を患っていました者が、髪を剃り受戒などして、その効果でしょうか、病が癒えましたが、最近また病が起こって、弱っておりましたのを、もう見舞ってほしいと申したので、幼い頃からなじんでいる者の最期の時に薄情なことだと思うだろうと思いまして、出かけましたところ、その家にいる下人が病にかかったのが、急に容態が悪くなって、家を出る余裕もなく亡くなったのを、私をはばかり遠慮して、日が暮れてから遺体を取り出しました。そのことを耳にしましたので、宮中で神事が多い時期でよくないことと思って遠慮して、参内するわけにはいかないのです。今朝の明け方から、風邪でございましょうか、頭がひどく痛くて苦しくございますので、ひどく失礼な形で申し上げるのです」などおっしゃる。

中将、「それならば、その事情を帝に奏上しましょう。昨夜も、管弦のお遊びにしきりにお探しあそばされて、ご機嫌がお悪うございました」と申し上げなさって、引き返して、「どんな行きがかりで穢れをおかぶりになったのですかね。ご説明なさったことは、本当とも存ぜられませんね」と言うので、源氏の君はどきりとして、(源氏)「こんなに詳しくではなく、ただ思いがけない穢れに触れたことを奏上なさってください、まったく、もっての他のことでございます」と、源氏の君は、そしらぬふうにおっしゃるが、心の中では、言ってもかいのない悲しいことを思われて、御心も苦しいので、人に目もお見合わせにならない。

蔵人弁をお召し寄せになって、まじめそうにこうしたことを奏上させなさる。左大臣などにも、このような事があって参上できない旨のお手紙などを差し上げなさる。

語句

■大殿 左大臣家。 ■立ちながら 源氏は死の穢れをまとっている。穢れた者のいる家に参上した者は、穢れが移らないように着座せず御簾の外に立ったまま用事をすませて立ち去る。 ■出であへで 召使いが死にそうな場合、主家に穢れがうつることを遠慮して、退出するものだが、急に容態が悪くなったのでその余裕もなかったという話。源氏の作り話。 ■怖ぢ憚りて 家の者が源氏の君に穢れが移るのを遠慮して。 ■神事なるころ 神事の多い時期。九月は宮中で神事が多い。 ■かしこく 「かしこし」は程度がはなはだしい。非常に。 ■行き触れに 行きがかりで穢れに触れること。頭中将は源氏の話は嘘で、実は女がらみであることを見抜いている。 ■胸つぶれたまひて 「胸つぶる」はどきりとする。はらはらする。図星をつかれたので。 ■たいだいしく 「怠怠し」は不都合である。もってのほかである。 ■蔵人弁 頭中将の弟。蔵人と弁官を兼任。 ■まめやかに まじめそうに。

朗読・解説:左大臣光永

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