【夕顔 15】源氏、惟光の案内で東山へ

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原文

日暮れて惟光参れり。かかる穢らひありとのたまひて、参る人々もみな立ちながらまかづれば、人しげからず。召し寄せて、「いかにぞ、いまはと見はてつや」とのたまふままに、袖を御顔に押し当てて泣きたまふ。惟光も泣く泣く、「今は限りにこそはものしたまふめれ。長々と籠りはべらんも便なきを、明日なん日よろしくはべれば、とかくの事、いと尊き老僧のあひ知りてはべるに、言ひ語らひつけはべりぬる」と聞こゆ。「添ひたりつる女はいかに」と、のたまへば、「それなんまたえ生くまじくはべるめる。我も後れじとまどひはべりて、今朝は谷に落ち入りぬとなん見たまへつる。『かの古里人《ふるさとびと》に告げやらん』と申せど、『しばし思ひしづめよ、事のさま思ひめぐらして』となん、こしらへおきはべりつる」と語りきこゆるままに、いといみじと思して、「我もいと心地なやましく、いかなるべきにかとなんおぼゆる」とのたまふ。「何か、さらに思ほしものせさせたまふ。さるべきにこそよろづのことはべらめ。人にも漏らさじと思うたまふれば、惟光下《お》り立ちてよろづはものしはべる」など申す。「さかし、さみな思ひなせど、浮びたる心のすさびに人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが、いとからきなり。少将命婦《せうしやうのみやうぶ》などにも聞かすな。尼君ましてかやうのことなど諫めらるるを、心恥づかしくなんおぼゆべき」と、口がためたまふ。「さらぬ法師ばらなどにも、みな言ひなすさまことにはベる」と聞こゆるにぞ、かかりたまへる。ほの聞く女房など、「あやしく、何ごとならん。穢《けが》らひのよしのたまひて、内裏にも参りたまはず、またかくささめき嘆きたまふ」と、ほのぼのあやしがる。「さらに事なくしなせ」と、そのほど作法《さほう》のたまへど、「何か、ことごとしくすべきにもはべらず」とて立つがいと悲しく思さるれば、「便《びん》なしと思ふべけれど、いま一《ひと》たびかの亡骸《なきがら》を見ざらむがいといぶせかるべきを、馬《むま》にてものせん」とのたまふを、いとたいだいしきこととは思へど、「さ思されんはいかがせむ。はやおはしまして、夜更けぬさきに帰らせおはしませ」と申せば、このごろの御やつれにまうけたまへる狩の御装束着かへなどして出でたまふ。御心地かきくらし、いみじくたへがたければ、かくあやしき道に出で立ちても、危ふかりし物懲《ものご》りに、いかにせんと思しわづらへど、なほ悲しさのやる方なく、ただ今の骸《から》を見では、またいつの世にかありし容貌《かたち》をも見む、と思し念じて、例の大夫随身を具して出でたまふ。

道遠くおぼゆ。十七日の月さし出でて、河原のほど、御前駆《きさ》の火もほのかなるに、鳥辺野《とりべの》の方など見やりたるほどなど、ものむつかしきも何ともおぼえたまはず、かき乱る心地したまひて、おはし着きぬ。

あたりさへすごきに、板屋のかたはらに堂建てて行へる尼の住まひ、いとあはれなり。御燈明《みあかし》の影ほのかに透きて見ゆ。その屋には、女ひとり泣く声のみして、外《と》の方《かた》に法師ばらのニ三人《ふたりみたり》物語しつつ、わざとの声立てぬ念仏ぞする。寺々の初夜《そや》もみな行ひいはてて、いとしめやかなり。清水《きよみず》の方ぞ光多見え、人のけはひもしげかりける。この尼君の子なる大徳《だいとこ》の、声尊くて経うち読みたるに、涙の残りなく思さる。

入りたまへれば、灯《ひ》取り背けて、右近は屏風《びやうぶ》隔てて臥したり。いかにわびしからんと見たまふ。恐ろしきけもおぼえず、いとらうたげなるさまして、まだいささか変りたるところなし。手をとらへて、「我にいま一度《ひとたび》声をだに聞かせたまへ。いかなる昔の契りにかありけん、しばしのほどに心を尽くしてあはれに思ほえしを、うち棄《す》ててまどはしたまふがいみじきこと」と、声も惜しまず泣きたまふこと限りなし。大徳たちも、誰とは知らぬに、あやしと思ひてみな涙落しけり。

右近を、「いざ二条院へ」と、のたまへど、「年ごろ幼くはべりしより片時《かたとき》たち離れたてまつらず馴れきこえつる人に、にはかに別れたてまつりて、いづこにか帰りはべらん。いかになりたまひにきとか人にも言ひはべらん。悲しきことをばさるものにて、人に言ひ騒がれはべらんがいみじきこと」と言ひて、泣きまどひて、「煙にたぐひて慕ひ参りなん」と言ふ。「ことわりなれど、さなむ世の中はある。別れといふもの悲しからぬはなし。とあるもかかるも、同じ命の限りあるものになんある。思ひ慰めて我を頼め」とのたまひこしらへても、「かく言ふわが身こそは、生きとまるまじき心地すれ」とのたまふも、頼もしげなしや。

「夜は明け方になりはべりぬらん。はや帰らせたまひなん」と聞こゆれば、かへりみのみせられて、胸もつとふたがりて、出でたまふ。道いと露けきに、いとどしき朝霧に、いづこともなくまどふ心地したまふ。ありしながらうち臥したりつるさま、うちかはしたまへりしが、わが御紅《くれなゐ》の御衣《ぞ》の着られたりつるなど、いかなりけん契りにかと、道すがら思さる。御馬《むま》にもはかばかしく乗りたまふまじき御さまなれば、また惟光添ひ助けて、おはしまさするに、堤《つつみ》のほどにて御馬《むま》よりすべり下《お》りて、いみじく御心地まどひければ、「かかる道の空にてはふれぬべきにやあらん、さらにえ行き着くまじき心地なんする」とのたまふに、惟光心地まどひて、わがはかばかしくは、さのたまふとも、かかる道に率《ゐ》て出でたてまつるべきかは、と思ふに、いと心あわたたしければ、川の水に手を洗ひて、清水《きよみず》の観音《くわんおん》を念じたてまつりても、すべなく思ひまどふ。君もしひて御心を起こして、心の中《うち》に仏を念じたまひて、またとかく助けられたまひてなん、二条院へ帰りたまひける。

あやしう夜深《よぶか》き御歩きを、人々、「見苦しきわざかな、このごろ例よりも静《しづ》心なき御忍び歩きのしきる中にも、昨日の御気色《みけしき》のいと悩ましう思したりしに、いかでかくたどり歩きたまふらん」と、嘆きあへり。

現代語訳

日が暮れて惟光が二条院に参った。このような穢れがあるからと源氏の君がおっしゃって、参る人々もみな着座せずに立ったまま退出するので、人気は少ない。

源氏の君は惟光をお召し寄せになって、(源氏)「どうだ。もはやこれまでと見るほかないか」とおっしゃるままに、袖を御顔に押し当ててお泣きになる。

惟光も泣く泣く、(惟光)「もはや御最期のようでございます。長々と寺に籠もっていますのも不都合ですから、明日は日がよろしゅうございますので、あれこれの事は、たいそう尊い老僧を知ってございますので、頼んでおきました」と申し上げる。

(源氏)「付き添っていた女(右近)はどうなった」とおっしゃると、(惟光)「それがまた、もう生きていられないようにしてございますようです。自分も死に遅れまいとうろたえておりまして、今朝は谷に身を投げてしまったかと私は思いました。(右近)『あの御方のもとの住まいの人に知らせましょう』と申しますが、(惟光)『しばらく落ち着きなさい、事のようすをよく思案して』と、なだめすかしておきました」と語り申し上げるにつれて、源氏の君は、たいそう酷いことになったと思われて、(源氏)「私もひどく心苦しく、どうなってしまうのだろうと思う」とおっしゃる。

(惟光)「何をいまさら、あれこれと考え込んでいらっしゃるのです。万事はそうなるような前世からの定めでございましょう。人にも漏らすまいと思いますので、惟光が直接手を下して、万事、とりはからってございます」など申す。

(源氏)「そのとおりだ。そのように万事思うようにはしているが、自分の浮気心の行き過ぎのために人を死なせたかのような評判を負うかもしれない。それが、とてもつらいのだ。少将命婦などにも知らせるな。尼君(惟光の母)には、ましてこのような女通いなどは諌められていたのに、もしばれたら、私は気がひけていたたまれない思いがするにちがいない」と、源氏の君は惟光に口止めなさる。

(惟光)「それ以外の僧侶たちなどにも、みな実際とは違うように言いつくろっております」と申し上げる惟光の言葉を、源氏の君は頼みになさる。

かすかに話を聞いている女房など、「変ね、何ごとでしょう。穢れのことをおっしゃって、参内もなさらず、その一方で、このようにひそひそと話してお嘆きになっているのは」と、うすうすあやしがる。

(源氏)「引き続き、うまくやってくれ」と、葬儀の作法をおっしゃるが、(惟光)「いやいやそんな、大げさにすべきではございません」といって惟光が出発するのが、源氏の君はひどく悲しく思われるので、(源氏)「不都合と思うだろうが、もう一度あの女の亡骸を見ないと気持ちが晴れないだろうから、馬に乗って葬儀の場まで行こう」とおっしゃるのを、惟光はひどくとんでもないと思うが、(惟光)「そのように思われるなら仕方がありません。はやくお出かけになって、夜が更ける前にお帰りください」と申し上げると、この頃の忍び歩き用にこしらえなさった狩衣のご装束に着替えなどしてご出発なさる。

源氏の君は真っ暗なお気持ちで、とても我慢がおできにならないので、どうしようかと戸惑われるが、やはり悲しさをどこへ持っていきようもなく、この時に亡骸を見ないでは、どの来世で生前の姿を見るだろうと、じっとこらえて、いつもの大夫(惟光)と随身を連れてご出発なさる。

道は遠く感じられる。十七日の月が出て、鴨河原のあたり、御先払いの火もほのかに見えるところ、鳥辺野のあたりなどを遠くごらんになったときなどは、源氏の君は、気味が悪いのも何とも思われず、かき乱れるお気持ちがなさって、ご到着なさった。

そのあたりさえ恐ろしい感じなのに、板屋のそばに堂を建てて修行している尼のすまいが、たいそうあわれである。燈明の灯影がほのかに透けて見える。

その家には、女ひとり(右近)が泣く声だけがして、外に方に法師たちが二人三人、話しながら、意識して声を立てない念仏をする。

寺寺の初夜《そや》のお勤めもみな終わって、たいそう静まりかえっている。清水寺の方は光が多く見え、人のけはいも多い。この尼君の子である僧が、声は尊く経を読んでいると、源氏の君は、涙が流れ尽くすようなお気持ちになられた。

板屋にお入りになると、灯火が亡骸にそむけて置いてあり、右近は屏風を隔てて横になっている。

源氏の君は、どれほど心細いだろうとお思いになる。恐ろしい
かんじもせず、たいそうかわいらしい様子で、まだ少しも変わったところはない。

手をとらえて、(源氏)「私にもう一度、声だけでもお聞かせください。どれほど昔の契りにあったのでしょうか、短い間に心をつくして愛しいと思えましたものを、私のことを棄てて途方に暮れさせるのは酷いことだ」と、源氏の君は声も惜しまずいつまでも泣かれる。

僧侶たちも、これが誰とは知らないながら、奇異なことに思って、みな涙を落とした。

源氏の君は、右近に、「さあ二条院へ」とおっしゃるが、(右近)「長年、幼くございました頃より片時も離れ申し上げないで親しく馴れ申し上げてきました方に、急にお別れ申し上げて、どこに帰りましょう。(夕顔の女君は)どうなられたとか人にも言いましょう。悲しいことは、それはそうなのですが、人に言い騒がれるだろうことがたまらないことです」と言って、泣き騒いで、(右近)「煙といっしょになって、後をお慕いして、わが君のもとに参りたい」と言う。

(源氏)「あなたの悲しみは無理もないが、世の中はそういうものだ。別れというもので悲しくないものはない。どうあろうと、こうあろうと、同じく寿命のあることなのだ。思いを慰めて私を頼りにせよ」と源氏の君がおっしゃってなだめても、(源氏)「こう言うわが身こそ、生きてこの世にとどまることのできない気持ちがする」とおっしゃるのも、頼もしげのない感じである。

惟光、「夜は明け方になりましたようです。はやくお帰りください」と申し上げると、。後ろを振り返られるだけで、胸もひしとふさがって、ご出発された。

道中はたいそう露が多く、いつもよりいっそう深い朝霧に、どこへ行かれるともなく道に迷うお気持ちになられる。

生前そのままの姿で横になっていた姿や、うちかけてあったご自分の御紅のお召し物が、夕顔の遺骸に、着せかけてあったことなど、どんな前世からの契りだろうかと、道中、源氏の君は思われる。

御馬にもしっかりとはお乗りになれないご様子なので、また惟光が付き添い助けて、行かれるに、鴨川の堤のあたりで御馬からすべり落ちて、たいそうご気分が悪くなられたので、(源氏)「このような道の途中で野垂れ死にするのだろうか、とても行き着けない気がする」とおっしゃるので、惟光はうろたえて、このような道に連れ出し申し上げるべきだろうかと思うが、自分がしっかりしていたら、源氏の君がああおっしゃったとしても、このような道にお連れ出し申し上げるべきだっただろうかと思うにつけても、たいそう心あわただしいので、鴨川の水で手を洗って、清水の観音に祈り申し上げても、どうしようもないほど、途方にくれている。

源氏の君も無理に気を取り直して、心の中に仏を念じられて、またあれこれ惟光に助けられなさって、二条院にお帰りになる。

源氏の君の不可解な深夜のお忍び歩きを、女房たちは、「見苦しいことですよ、このごろはいつもよりもそわそわと御忍び歩きを頻繁になさっていますが、中でも、昨日のご様子はたいそうご気分が悪そうにしていらしたのに、どうしてこのようにうろうろお出かけになるるのでしょう」と、嘆きあっている。

語句

■いまはと もはやこれまでと。本当に死んでもう生き返られないのだと。 ■日よろしく 葬儀を行うのに暦上、問題がない。 ■とかくの事 葬儀。 ■谷に落ち入りぬと 谷に身を投げてしまったかと。東山の鳥辺野あたりは谷が多い。 ■古里人 もとのすまい(五条の夕顔の家)の同居人たち。 ■こしらへおきはべるつる 「こしらふ」はなだめすかす。 ■思ほしものせ 「思ほしものす」はあれこれと考え込む。 ■さるべき そうなるべきだという、前世から決まった宿縁・宿命。 ■下り立つて 直接手を下して。下人に命じるのではなく、惟光みずからが死体の処理をすることで、源氏の悪名が立つことをふせぐということ。 ■浮びたる心のすさび 浮気心の行き過ぎ。 ■少将命婦 惟光の姉妹。 ■尼君 惟光の母。こあたり、源氏の身勝手さと惟光の優秀さの対比が際立つ。 ■さらぬ 「さあらぬ」の約。それ以外の。 ■かかりたまへる 「かかる」は頼りにする。 ■そのほどの作法 葬儀の作法。 ■何か 間投詞。どうして。いやいやそんな。 ■便なし 不都合だ。感心しない。よくない。 ■いぶせかるべき 「いぶせし」は気持ちが晴れない。気がかりだ。 ■たいだいしき 「怠怠し」はとんでもない。もっての他だ。 ■いかがせむ 私にはいかにしようがあるだろうか。何もできない。反対しようがない。お言葉に従うほかありませんということ。 ■このごろの 夕顔のもとに通うときにまとっていた見すぼらしい狩衣。 ■十七日 「たちまち」「じふしち」の両方に読む。 ■鳥辺野の方など 鳥辺野は清水寺のあたり一帯。昔の葬送の地。源氏は五条鴨河原あたりから東に鳥辺野を眺めている。 ■板屋 板葺き屋根の家。粗末なすまい。 ■女ひとり 右近。 ■初夜 夜の時間を三区分して、初夜・中夜・後夜とする。 ■清水 清水寺。興福寺一条院の末寺。坂上田村麻呂の創建。 ■大徳 高徳の僧。 ■まだいささか変わりたるところなし 死後の腐敗が始まっていないということ。 ■誰とは知らぬに 僧侶らは源氏の君と惟光の正体を知らない。秘密裏に葬儀は行われている。 ■煙にたぐひて 夕顔の遺骸を焼く煙といっしょになって。「母北の方、同じ煙にのぼりなむと…」(【桐壺 05】)。 ■露けきに 「胸もつとふたがりて」を受けて、源氏が涙にくもっていることを掛ける。 ■いとどしき 「いといとし」は、いっそうはなはだしい。いつもよく濃く深く霧が立ち込めているさま。 ■おはしまさするに 「おはします」は「行く」の敬語。東山から二条院へ行くのである。 ■道の空 道中。 ■はふれぬ 「はふる」は放ち棄てる。野垂れ死にすること。 ■さのたまふ 源氏の君が、夕顔の遺骸を最後に見たいとおっしゃったこと。 ■手を洗ひて 神仏に祈願するにあたって身を清める。 ■清水の観音 清水寺の本尊、千手観音。あまねく衆生を救うとされる。

朗読・解説:左大臣光永

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