【若紫 22】源氏、紫の上を連れ出す

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原文

君は大殿におはしけるに、例の女君、とみにも対面したまはず。ものむつかしくおぼえたまひて、あづまをすが掻《が》きて、「常陸《ひたち》には田をこそつくれ」といふ歌を、声はいとなまめきて、すさびゐたまへり。参りたれば、召し寄せてありさま問ひたまふ。しかじかなど聞こゆれば、口惜しう思して、かの宮に渡りなば、わざと迎へ出でむも、すきずきしかるべし、幼き人を盗み出でたりと、もどき負ひなむ、その前《さき》に、しばし人にも口がためて、渡してむ、と思して、「暁、かしこにものせむ。車の装束さながら、随身《ずいじん》一人二人仰せおきたれ」とのたまふ。うけたまはりて立ちぬ。

君、いかにせまし、聞こえありて、すきがましきやうなるべきこと、人のほどだにものを思ひ知り、女の心かはしける事と、推しはかられぬべくは、世の常なり、父宮の尋ね出でたまへらむも、はしたなうすずろなるべきを、と思し乱るれど、さてはづしてむはいと口惜しかべければ、まだ夜深《ぶか》う出でたまふ。女君、例のしぶしぶに、心もとけずものしたまふ。「かしこにいとせちに見るべき事のはべるを、思ひたまヘ出《い》でてなん。立ちかへり参り来《き》なむ」とて、出でたまへば、さぶらふ人々も知らざりけり。わが御力にて、御直衣などは奉る。惟光ばかりを馬に乗せておはしぬ。

門《かど》うち叩かせたまへば、心も知らぬものの開けたるに、御車をやをら引き入れさせて、大夫《たいふ》妻戸を鳴らしてしはぶけば、少納言聞き知りて、出で来たり。「ここに、おはします」と言へば、「幼き人は御殿籠《とのごも》りてなむ。などか、いと夜深うは出でさせたまへる」と、もののたよりと思ひて言ふ。「宮へ渡らせたまふべかなるを、その前《さき》に聞こえおかむとてなむ」とのたまへば、「何ごとにかはべらむ。いかにはかばかしき御答《いら》へ聞こえさせたまはむ」とて、うち笑ひてゐたり。

君入りたまへば、いとかたはらいたく、「うちとけて、あやしきふる人《びと》どものはべるに」と聞こえさす。「まだおどろいたまはじな。いで御目さましきこえむ。かかる朝霧を知らでは寝《ぬ》るものか」とて入《い》りたまへば、「や」ともえ聞こえず。

君は、何心もなく寝たまへるを、抱《いだ》きおどろかしたまふに、おどろきて、宮の御迎へにおはしたる、と寝おびれて思したり。御髪《ぐし》掻《か》きつくろひなどしたまひて、「いざたまへ。宮の御使にて参り来つるぞ」とのたまふに、あらざりけり、とあきれて、おそろしと思ひたれば、「あな心う。まろも同じ人ぞ」とて、かき抱きて出でたまへば、大夫少納言など、「こはいかに」と聞こゆ。

「ここには、常にもえ参らぬがおぼつかなければ、心やすき所にと聞こえしを、心うく渡りたまへるなれば、まして聞こえがたかべければ。人ひとり参られよかし」とのたまへば、心あわたたしくて、「今日はいと便《びん》なくなむはべるべき。宮の渡らせたまはんには、いかさまにか聞こえやらん。おのづから、ほと経てさるべきにおはしまさば、ともかうもはべりなむを、いと思ひやりなきほどのことにはべれば、さぶらふ人々苦しうはべるべし」と聞こゆれば、「よし、後《のち》にも人は参りなむ」とて、御車寄せさせたまへば、あさましう、いかさまに、と思ひあへり。若君も、あやしと思して泣いたまふ。少納言、とどめきこえむ方なければ、昨夜《よべ》縫ひし御衣《ぞ》どもひきさげて、みづからもよろしき衣《きぬ》着かへて乗りぬ。

現代語訳

源氏の君は左大臣邸にいらっしゃるが、いつものように女君(葵の上)は、すぐには対面なさらない。源氏の君は、なんとなくおもしろくなく思われて、東琴(あずまごと)を清掻いて、「常陸には田をこそつくれ」という歌を、声はたいそう艷やかに、口ずさんでおられる。

惟光が参上すると、源氏の君は召し寄せて状況をお尋ねになる。惟光がこれこれなどと申し上げると、源氏の君ははがゆく思われて、あの父宮(紫の上の父=兵部卿宮)のもとに女君(紫の上)移ってしまえば、わざわざ迎え出ようにも、色めいたことに思われるだろう、幼い人を盗み出したと、非難をあびるだろう、その前に、しばらく人にも口止めして、二条院に移してしまおうと思われて、(源氏)「明け方、あちら(紫の上邸)に参上しよう。車の支度はそのままに、随身一人二人に供せよと申し付けよ」とおっしゃる。惟光は承って立った。

源氏の君は、どうしたものか、噂が立って、好色じみた騒ぎになるに違いない。女君(紫の上)の年齢さえ、分別がついていれば、女のほうから合意したのだと、世間が当然推量するぐらいの年齢になっていれば、そういう事は世間に普通にあることだし、連れ出した後で父宮が尋ね出しなさっても、みっともなく、好きがすぎるということになるだろうと、思い乱れなさるが、そうはいってもこの機会を逃すのは、ひどく残念であろうから、まだ夜が深いうちからご出発になる。

女君(葵の上)は、いつものように気がすまず、心もうちとけずにいらっしゃる。

(源氏)「あちらに本当に、ぜひ見なければならぬ用事がございますのを、思い出しました。立ち返って、また参上いたしましょう」といってご出発になるので、お仕えする女房たちもわからなかった。源氏の君はご自分のお部屋で、御直衣などをお召しになる。惟光だけを馬に乗せてお出ましになった。

(紫の上邸の)門を叩かせなさると、わけも知らない者が開けたので、御車をそっと引き入れさせて、惟光が妻戸を叩いて合図の咳払いをすると、少納言が聞き知っていて、出てきた。

(惟光)「ここに、源氏の君がいらっしゃいます」と言えば、(少納言)「幼い人はお休みになっておられますよ。どうして、たいそう夜が深いのにおいでになりました」と、女のもとに行ったついでだろうと思って、言う。

(源氏)「姫君が、父宮のもとへお移りになられるとお聞きしましたので、その前に、一言申しおこうといたしまして」とおっしゃると、(少納言)「何事でございますか。姫君はどんなにしっかりした御答えを申し上げなさるでしょう」と、笑って控えている。

源氏の君が奥へお入りになるので、たいそう決まりが悪く、(少納言)「行儀が悪い格好をして、みっともない古女房たちがございますので」と申し上げさせる。

(源氏)「まだお目覚めになられないのですな。さあ私が御目をさましてさしあげましょう。こんなすばらしい朝霧を知らずに寝ていてよいものですか」とおっしゃって奥にお入りになるので、「もし」といってお止め申し上げることもできない。

姫君は何心もなくおやすになっているのを、源氏の君が抱いてお起こしになるので、目が覚めて、父宮が御迎えにいらしたと、寝ぼけてそう思われている。

御髪をなでつけなどなさって、(源氏)「さあいらっしゃい。父宮の御使で参上しましたよ」とおっしゃると、女君は、父宮ではなかった、と途方にくれて、怖がっているので、(源氏)「ああ情けない。私も宮と同じ人ですぞ」とおっしゃって、抱いてお出でになると、惟光、少納言など、「これはどうしたことですか」と申す。

(源氏)「ここには、私がいつも参れるわけではないのが気がかりなので、安心できる所にお移しようと申し上げたのに、情けなくも別へお移りになるならば、ましてお話しにくくなるだろうから。女房ひとり参られよ」とおっしゃると、少納言はじめ女房たちは気が動転して、「今日はほんとに都合が悪うございますのですよ。父宮がいらっしゃったら、どのように申し開きいたしましょう。自然と、時が経って、そのような関係になられるのであれば、どうにもこうにもなりましょうが、まったく準備も整ってないほどの事でございますので、お仕えしている女房たちも、困ってしまいましょう」と申し上げると、「まあよい。後からでも誰か参るがよい」といって、御車をお寄せになるので、人々は仰天して、どうしようと、心配しあっている。姫君も、わけがわからず思ってお泣きになる。少納言は、引き留めようがないので、昨夜縫ったお召し物数枚をひきさげて、自身も見苦しくない衣に着替えて車に乗った。

語句

■ものむつかしく 「もの」は「なんとなく」を意味する接頭語。「むつかし」は不快である。煩わしい。 ■あづま 東琴。六弦の琴。和琴(わごん)とも。 ■すが掻きて 琴の奏で方。内容は不明。 ■常陸には田をこそつくれ 「常陸にも、田をこそ作れ、あだ心、や、かねとや君が、山を越え、雨夜来ませる」(風俗歌「常陸」)。私は常陸で田をつくっているが、浮気していると貴女は疑って、山を超えて、こんな雨夜にやってきたの意。 ■もどき 非難。 ■御殿籠りて 「御殿籠る」はお休みになる。「大殿籠る」とも。 ■もののたより 女のもとに行ったついでに寄ったのだろうと少納言は推測したが、それにしてはまだ夜が深いのでいぶかしく思っている。 ■べかなる 「べかんなる」の「ん」の無表記。「なり」は伝聞。 ■うちとけて 行儀が悪い格好をしていること。 ■君は 源氏の君とする説と、紫の上とする説がある。 ■寝おびれて 「寝おびる」は眠りの中でぼんやりする。寝ぼける。 ■同じ人ぞ 父宮と同じく、紫の上をかわいがることのできる存在という意味。 ■西の対 寝殿造の西の対屋。寝殿の西側の建物。

朗読・解説:左大臣光永

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