【若紫 26】源氏、紫の上を愛玩する

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原文

やうやう人参り集りぬ。御遊びがたきの童《わらは》べ児《ちご》ども、いとめづらかに今めかしき御ありさまどもなれば、思ふことなくて遊びあへり。君は、男君《おとこぎみ》のおはせずなどしてさうざうしき夕暮れなどばかりぞ、尼君を恋ひきこえたまひて、うち泣きなどしたまヘど、宮をばことに思ひ出《い》できこえたまはず。もとより見ならひきこえたまはでならひたまへれば、今はただこの後《のち》の親を、いみじう陸びまつはしきこえたまふ。ものよりおはすれば、まづ出でむかひて、あはれにうち語らひ、御懐に入りゐて、いささかうとく恥づかしとも思ひたらず。さる方《かた》に、いみじうらうたきわざなりけり。

さかしら心あり、何くれとむつかしき筋になりぬれば、わが心地もすこし違《たが》ふふしも出で来やと、心おかれ、人も恨みがちに、思ひのほかのこと、おのづから出で来るを、いとをかしきもてあそびなり。むすめなどはた、かばかりになれば、心やすくうちふるまひ、隔てなきさまに臥し起きなどは、えしもすまじきを、これは、いとさま変りたるかしづきぐさなり、と思《おも》ほいためり。

現代語訳

西の対にはだんだん女房たちが参り集まった。御遊び相手の女の子や子供たちは、たいそうすばらしく今めいたお二人(紫の上と源氏)のありさまなので、無心に遊びあっている。姫君は、男君がいらっしゃらないなどして心細い夕暮れなどばかりは、尼君を恋い申し上げて、泣きなどなさるが、父宮のことはとくに思い出し申し上げなさらない。

もともと父宮とご一緒にお暮らしではいらっしゃらなかったので、今はただこの後の親(源氏の君)に、たいそう親しくつきまとい申し上げなさる。源氏の君がよそから帰っていらっしゃると、まっ先に出迎えて、しみじみと親しく話して、御懐に入って座って、すこしも避けようとも恥ずかしいとも思っていない。遊び相手としては、たいそう可愛らしいことであった。

小賢しい心があり、何くれとややこしい関係になってしまえば、こちらの気持ちにもすこしは違うふしも出てくるのではないかと、気遣われ、女もこちらのことを恨みがちになり、思いのほかのことが、自然と出てくるものだが、(今の紫の上はそのような面倒な存在ではないので)源氏の君にとって、たいそう面白いもてあそびものである。

娘などというものは、やはり、これくらいの年齢になれば、安心してふるまい、隔てのないようすで寝たり起きたりすることなどは、できないものだろうに、この姫君は、たいそう風変わりな愛玩物であると、源氏の君は思われているようだ。

語句

■さる方に 無邪気な遊び相手という方面において。まだまだ妻として愛でるにはほど遠いが、愛玩する相手としては素晴らしいの意か。 ■すこし違うふしも 紫の上のことを嫌になって疎ましく思うような場合を想定している。 ■思ひのほかのこと 離婚したり、ぎくしゃくした関係になること。 ■かしづきぐさ 「ぐさ」は種、材料。愛玩すべき対象。

朗読・解説:左大臣光永

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