【末摘花 01】源氏、夕顔はじめ女たちの面影を想う

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原文

思へどもなほあかざりし夕顔の露に後れし心地を、年月経れど思《おぼ》し忘れず、ここもかしこもうちとけぬかぎりの、気色《けしき》ばみ心深き方の御いどましさに、け近くうちとけたりし、あはれに、似るものなら恋しく思ほえたまふ。

いかで、ことごとしきおぼえはなく、いとらうたげならむ人の、つつましきことなからむ、見つけてしがなと、懲りずまに思《おぼ》しわたれば、すこしゆゑづきて聞こゆるわたりは、御耳とどめたまはぬ隈《くま》なきに、さてもやと思《おぼ》し寄るばかりのけはひあるあたりにこそ、一くだりをもほのめかしたまふめるに、なびききこえずもて離れたるは、をさをさあるまじきぞ、いと目馴れたるや。つれなう心強きは、たとしへなう情おくるるまめやかさなど、あまりもののほど知らぬやうに、さてしも過ぐしはてず、なごりなくくづほれて、なほなほしき方に定まりなどするもあれば、のたまひさしつるも多かりけり。

かの空蝉《うつせみ》を、もののをりをりには、ねたう思《おぼ》し出づ。荻《おぎ》の葉も、さりぬべき風の便りある時は、おどろかしたまふをりもあるべし。灯影《ほかげ》の乱れたりしさまは、またさやうにても見まほしく思す。おほかた、なごりなきもの忘れをぞ、えしたまはざりける。

現代語訳

どんなに思っても思い足りなかった夕顔の女が、露のように先立ってしまった気持ちを、源氏の君は年月が経ってもお忘れにならず、こちらもあちらも、うちとけない方ばかりで、気取って、思慮深さで張り合うというようすだったので、親しくうちとけた夕顔の女のようすが、しみじみと愛着が持たれ、似るものもなく恋しいと思われる。

どうにかして、仰々しい世間の評判がなく、たいそう可愛らしげな人で、遠慮する必要がないような女性を、見つけたいものだと、源氏の君は、性懲りもなく思いつづけていらっしゃるので、少しでも事情があると噂されているあたりには、聞き耳をお立てにならないことはないのだが、もしやこれはと思い寄られるだけの様子がある女こそ、一行の御文でもちらりとはお送りなさるようだが、そうするとその女が、源氏の君に従い申さず、離れていくことは、滅多にあることではなく、(女はすぐに源氏の君になびいてしまう。その展開が、)たいそう見慣れた展開であることよ。

冷淡で強情な女は、たとえようもなく情に欠ける実直さで、あまり物事の程を知らないようだが、そうはいっても最後までその調子で押し通すのではなく、後に何も残らないほど気持ちが崩れてしまって、平凡な男の妻として落ち着いたりするのもあるので、源氏の君は、言い寄っても途中でおやめに女も多かった。

あの空蝉をなにかの折々には、恨めしく思い出される。軒端荻も、しかるべきついでがある時は、気を引きなさる折もあるようだ。軒端荻の、灯火に照らされたくつろいだ姿は、もう一度あのような状態で見てみたいと思われる。

大方、源氏の君は、すっかり女を忘れてしまうということが、おでにきならないのであった。

語句

■気色ばみ 「気色ばむ」は気取る。 ■心深き方 思慮深さ。 ■御いどましさ 争う気持ち。女たちが源氏の君をもとめて張り合っていること。 ■ことごとしきおぼえ 「ことごとし」は仰々しい。ここでは高貴な家柄であること。「おぼえ」は世間の評判。 ■懲りずまに 性懲りもなく。「なほ懲りずまにまたもあだ名立ちぬべき御心のすさびなめり」(【夕顔 18】)。 ■をさをさ 下に否定の語をともなって「滅多に~ない」。 ■いと見慣れたるや 作者の物語展開についてのコメント。「源氏がいつもモテモテで女がすぐに源氏になびく展開がワンパターンで、飽き飽きですよね」と言っている。 ■なほなほしき方 平凡な男。 ■のたまひさしつる 「さす」は途中でやめる。 ■荻の葉 空蝉の継娘。夫の伊予介の前妻の娘。源氏は空蝉とまちがって軒端荻と契った。今は蔵人少将の妻となっている(【夕顔 18】)。 ■灯影の乱れたりしさま 中川の家で軒端荻を垣間見たこと(【空蝉 02】)。

朗読・解説:左大臣光永

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