【末摘花 05】源氏と頭中将、左大臣邸で遊びつつ、末摘花を想う

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原文

おのおの契れる方《かた》にも、あまえて、え行き別れたまはず、一つ車に乗りて、月のをかしきほどに雲隠れたる道のほど、笛吹きあはせて大殿におはしぬ。前駆《さき》なども追はせたまはず、忍び入りて、人見ぬ廊に、御直衣《なほし》ども召して着かへたまふ。つれなう今来るやうにて、御笛ども吹きすさびておはすれば、大臣、例の聞き過ぐしたまはで、高麗笛《こまぶえ》とり出でたまへり。いと上手におはすれば、いとおもしろう吹きたまふ。御琴召して、内にも、この方《かた》に心得たる人々に弾かせたまふ。

中務《なかつかさ》の君、わざと琵琶《びわ》は弾《ひ》けど、頭の君心かけたるをもて離れて、ただこのたまさかなる御気色のなつかしきをば、え背ききこえぬに、おのづから隠れなくて、大宮なども、よろしからず思しなりたれば、もの思はしくはしたなき心地して、すさまじげに寄り臥したり。絶えて見たてまつらぬ所にかけ離れなむも、さすがに心細く、思ひ乱れたり。

君たちは、ありつる琴《きん》の音《ね》を思し出でて、あはれげなりつる住まひのさまなども、様《やう》変へてをかしう思いつづけ、あらましごとに、いとをかしうらうたき人の、さて年月を重ねゐたらむ時、見そめていみじう心苦しくは、人にももて騒がるばかりやわが心もさまあしからむなどさへ、中将は思ひけり。この君の、かう気色《けしき》ばみ歩《あり》きたまふを、まさにさては過ぐしたまひてむやと、なまねたうあやふがりけり。

現代語訳

源氏の君と頭中将は馴れ合って、それぞれ約束している所にも訪ねて行く気になられず、同じ車に乗って、月が趣深く雲に隠れている道中を、笛をご一緒に吹きながら左大臣邸にいらした。

前払いなども声を出させないようになさって、こっそりと左大臣邸に入って、人が見ていない廊屋に入って、御直衣などを取り寄せて、お召し替えになる。

素知らぬふうに、今来たようにして、御笛どもを思いのままに吹いていらっしゃるので、左大臣は、いつものことでお聞き過ごしになられず、高麗笛を取り出しなさる。

たいそうお上手でいらっしゃり、とてもおもしろくお吹きなさる。御事をお取り寄せなさって、御簾の内でも、この方面に心得のある女房たちに弾かせなさる。

中務の君が、ことに上手く琵琶を弾くが、頭の君(頭中将)が言い寄っているのをつき離して、ただ源氏の君がたまに見せてくだれる御愛情が慕わしいので、源氏の君をお避け申し上げることができないでいると、自然と隠すことができず、大宮なども、よくないことに思われるようになったので、中務は、憂鬱でいたたまれない気持ちがして、つまらなそうに物に寄りかかって横になっている。

そうはいっても完全に源氏の君を拝見しない所に離れてしまうのも、さすがに心細く、思い乱れている。

君たちは、さっきの琴の音を思い出されて、しみじみと哀れ深い住まいのさまなども、風変わりで面白いと思いつづけ、中将はまさかの話として、たいそう趣深く可愛らしい姫君が、そうやって年月を重ねてお過ごしになっているような時、自分が見初めてたいそう心苦しがっていると、世間の人に騒がれるほど、自分の心も普通と違うようになってしまうかもしれない、などということまで、中将は想像するのだった。

この源氏の君が、このように意気込んでお通いになるのを中将はご覧になって、まさかこのまま何もせずにお過ごしになるはずがないと、何となく妬ましく、落ち着かなかった。

語句

■あまえて 「あまゆ」は馴れ馴れしくする。本来の語順は、「おのおのあまえて、契れる方にも、え行き別れたまはず」。 ■前駆 前駆は貴人の車の前を声を出して進むもの。車に乗っている貴人の立場からみると「追う」となる。 ■高麗笛 普通の横笛より短く、穴は普通の横笛が7つであるのに対し6つ。 ■中務の君 葵の上つきの女房。 ■わざと 取り立てて。 ■大宮 左大臣の北の方。桐壺帝の妹。頭中将と葵の上の母。 ■様変へて 風変わりで。 ■あらまし事 ありえない事であるが、以下は仮定の話として、妄想をたくましくしている。 ■まさに 下に反語を伴って「どうして」。

朗読・解説:左大臣光永

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