【末摘花 06】源氏と頭中将、末摘花に文を贈りあう

原文

その後《のち》、こなたかなたより、文などやりたまふべし。いづれも返り事見えず。おぼつかなく心やましきに、あまりうたてもあるかな。さやうなる住まひする人は、もの思ひ知りたる気色、はかなき木草《きくさ》、空のけしきにつけても、とりなしなどして、心ばせ推しはからるるをりをりあらむこそあはれなるべけれ。重しとても、いとかうあまり埋《うも》れたらむは、心づきなくわるびたりと、中将はまいて心いられしけり。

例の隔てきこえたまはぬ心にて、「しかじかの返り事は見たまふや。こころみにかすめたりしこそ、はしたなくてやみにしか」と愁みれば、「さればよ。言ひ寄りにけるをや」とほほ笑まれて、源氏「いさ。見むとしも思はねばにや、見るとしもなし」と答へたまふを、人分きしけると思ふに、いとねたし。

君は、深らしも思はぬことの、かう情なきを、すさまじく思ひなりたまひにしかど、からこの中将の言ひ歩《あり》きけるを、言《こと》多く言ひ馴れたらむ方《かた》にぞなびかむかし。したり顔にて、もとの事を思ひ放ちたらむ気色こそ愁はしかるべけれと思して、命婦を、まめやかに語らひたまふ。「おぼつかなくもて離れたる御気色なむ、いと心うき。すきずきしき方に、疑ひよせたまふにこそあらめ。さりとも、短き心ばへつかはぬものを。人の心ののどやかなることなくて、思はずにのみあるになむ、おのづからわがあやまちにもなりぬべき。心のどかにて、親兄弟《おやはらから》のもてあつかひ恨むるもなう、心やすからむ人は、なかなかなむらうたかるべきを」とのたまへば、いでや、さやうにをかしき方の御笠宿《かさやどり》には、えしもやと、つきなげにこそ見えはべれ。ひとへにものづつみし、ひき入りたる力はしも、あり難うものしたまふ人になむ」と、見るありさま語りきこゆ。「らうらうじうかどめきたる心はなきなめり。いと児めかしう、おほどかならむこそ、らうたくはあるべけれ」と思《おぼ》し忘れずのたまふ。

瘧病《わらはやみ》にわづらひたまひ、人知れぬもの思ひのまぎれも、御心のいとまなきやうにて、春夏過ぎぬ。

現代語訳

その後、源氏からも頭中将からも姫君に文などを送りなさるのだろう。しかしいづれも返事が見えない。どうなっているかわからず面白くないので、(頭)「あまりにもひどい話ではないか。あのように住まってる人は、ものの情緒を知った様子で、なんということはない木や草、空のけしきにつけても、情緒をを感じ取ったりして、その人の心の具合が自然と思われる折々もあるようなのこそ、しみじみと味わい深いものであるよ。いくら重々しい性格の姫様だからといって、このようにあまりに引っ込み思案でいらっしゃるのは、面白くないし、よいものではない」と、源氏の君にもまして、中将はいらいらしている。

中将は例によって隠し立てなさることがおできならない性分で、「これこれの返事はご覧になりましたか。試しにちょっと私の気持ちをほのめかしてみたんですが、きまりの悪いことになって、それきりにしましたよ」と中将が残念がると、(源氏)「案の定。姫君に言い寄ったのだな」と微笑まれて、(源氏)「さあどうでしょうか。姫君を見たいとも思わないからでしょうか、見たというわけではないですね」とお答えになるのを、頭中将は、あの姫君は人によって対応に差をつけたなと思って、たいそういまいましい。

源氏の君は、それほど深くも思っていないことだったが、このように相手の仕打ちが情け知らずなので、興ざめなことに思われていたところ、こうしてこの中将が姫君に言い寄り続けているのを、姫君は、言葉数が多くてうまく近づいた方になびくのだろう。すると中将が、してやったりという顔で、はじめに言い寄っていた自分の事を、振り切ったようなそぶりをするのは、嫌な気分になるに違いないと思われて、源氏の君は、命婦に、真剣に相談される。

(源氏)「はっきりせず、突き離しているご様子なのが、ひどく辛いのだ。私の事を、浮気者とでも疑っているのだろう。しかし、私はいい加減な性分ではないのに。相手の女がのんびりと構えるということをしないから、予想外のことばかりが起こるので、自然、私の落ち度ということになってしまうのだ。心がのんびりして、親兄弟が、干渉したり恨み言をいったりすることもなく、安心できる人なら、かえってそういう人は可愛らしいに違いないのに」とおっしゃると、(命婦)「さあどうでしょうか。そのように趣深い方面のお通い所としては、まさかなれますまい。釣り合わないように見えます。姫君はひたすら遠慮がちで、控えめであることにかけては、滅多にいらっしゃらない方です」と、命婦は見たとおりの姫君のありさまを源氏の君に語り申し上げる。

(源氏)「物慣れて、才気ばしった心はないようだ。ひどく子供っぽく、おおらかであるのは、可愛くあるに違いない」と、夕顔のことをお忘れにならずおっしゃる。

源氏の君は、おこりをお病みになって、人知れぬ物思いにさいなまれたりして、御心のお暇がないようなようすで、春夏が過ぎた。

語句

■心やましき 「心病む」は面白くない。腹立たしい。 ■とりなし 「とりなす」は受け取る、みなす。 ■言ひ寄りけるをや 「を」も「や」も感動詠嘆の間投助詞。 ■人分きしける 人によって差別をしたな。姫君が源氏の君に対するのと頭中将に対するのとで差をつけたことを頭中将は恨んだ。しかし実際は姫君は源氏にも頭中将にも返事をしていない。 ■言い歩く 「歩く」は動詞の後について、しきりにその行為をするの意。 ■もてあつかひ怨む 干渉をして、恨み言を言う。 ■笠宿り 木の陰などで雨宿りをすること。転じて通う所。「妹が門、夫(せな)が門、行き過ぎかねて、や、わが行かば、肱笠の、広笠の、雨もや降らなむ、しでたをさ、雨やどり、笠やどり、宿りてまからむ、しでたをさ」(催馬楽 妹が門)による。(【若紫 19】)。 ■えしもや 「え」は可能の副詞。「しも」は強意の副助詞。「や」は疑問の助詞。ありうるだろうか、いや、ありえない。 ■らうらうじう 「らうらうじ」は物慣れている。洗練されている。 ■思し忘れず 「らうらうじう…」のくだりは、夕顔のことを思い出している。

朗読・解説:左大臣光永

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