> 【源氏物語】【末摘花 11】源氏、行幸の準備にかまけて末摘花邸から遠のく 命婦、恨み言を言う【原文・現代語訳・朗読】

【末摘花 11】源氏、行幸の準備にかまけて末摘花邸から遠のく 命婦、恨み言を言う

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大臣《おとど》、夜に入りてまかでたまふに、ひかれたてまつりて、大殿におはしましぬ。行幸のことを興ありと思ほして、君たち集まりてのたまひ、おのおの舞ども習ひたまふを、そのころの事にて過ぎゆく。物の音《ね》ども、常よりも耳かしがましくて、方々いどみつつ、例の御遊びならず、大篳篥《おほひちりき》、尺八《さくはち》の笛などの、大声を吹きあげつつ、太鼓をさへ、高欄のもとにまろばし寄せて、手づからうち鳴らし、遊びおはさうず。御いとまなきやうにて、せちに思《おぼ》す所ばかりにこそ、ぬすまはれたまへ、かのわたりには、いとおぼつかなくて、秋暮れはてぬ。なほ頼みこしかひなくて過ぎゆく。

行幸近くなりて、試楽《しがく》などののしるころぞ、命婦は参れる。「いかにぞ」など問ひたまひて、いとほしとは思したり。ありさま聞こえて、「いとかうもて離れたる御心ばへは、見たまふる人さへ心苦しく」など、泣きぬばかり思へり。心にくくもてなしてやみなむと思へりしことを、くたいてける、心もなく、この人の思ふらむをさへおぼす。正身《さうじみ》の、ものは言はで思《おぼ》し埋《うづ》もれたまふらむさま、思ひやりたまふもいとほしければ、「暇《いとま》なきほどぞや。わりなし」とうち嘆いたまひて、「もの思ひ知らぬやうなる心ざまを、懲《こ》らさむと思ふぞかし」と、ほほ笑みたまへる、若ううつくしげなれば、我もうち笑まるる心地して、わりなの、人に恨みられたまふ御齢《よはひ》や、思ひやり少なう、御心のままならむもことわりと思ふ。この御いそぎのほど過《す》ぐしてぞ、時々おはしける。

現代語訳

左大臣は、夜に入って宮中を退出なさる。それに誘われなさって、源氏の君も左大臣邸にいらっしゃる。行幸のことを若君たちは興あることに思われて、集まってお話になり、めいめいさまざまな舞をお習いになることを、その頃の仕事として日々は過ぎてゆく。

さまざまな楽器の音が、いつもよりも耳にうるさく、それぞれ技を競いあい、いつもとは違う管弦の遊びのご様子で、大篳篥、尺八の笛などの大きな音を吹きあげ吹きあげ、太鼓までも、欄干の下に転がし寄せて、君達ご自身の手でうち鳴らして、みなで合奏していらっしゃる。

源氏の君は御ひまがないご様子で、特にご熱心な通い所にだけは、こっそりとお通いになっていらっしゃるが、あの姫君の所には、すっかりご無沙汰のままで、秋は暮れてしまった。姫君は、それでもやはり源氏の君の訪れを期待していたのだが、そのかいもなく日が過ぎてゆく。

行幸が近くなって、舞楽の予行演習などでやかましくしている時に、命婦は参った。

(源氏)「姫君はどうしていらっしゃるか」などご質問なさって、気の毒だとは思っておられるのだ。

命婦は姫君のご様子を源氏の君にお伝え申し上げて、(命婦)「ほんとうに、ここまでお見捨て置きなさる御気持ちは、姫君のおそばで拝見している女房たちまで心痛くなるほどです」などと、泣かんばかりにつらく思っている。

姫君のことは奥ゆかしい人という程度に見せて終わりにしようと思っていた命婦の心遣いを、源氏はみずから台無しにしてしまった。それを思いやりのないことと、この命婦は思っているだろうとまで源氏の君は思われる。

姫君ご本人が、物も言わずふさぎこんでおられる様子を想像するにつけてもお気の毒なので、(源氏)「隙のない時期なのだ。どうしようもない」とため息をつかれて、(源氏)「姫君の、物の道理を思い知らぬようなお心を、懲らしめてやろうと思ってな」と微笑まれる、そのご様子が若く美しげなので、命婦は自分も自然に微笑みがもれる気持ちがして、「人に恨まれる、困ったお年頃なのだ。思いやりが少なく、御心のままに勝手をなさるのも道理だ」と思う。この忙しい頃を過ぎてからは、源氏の君はときどき姫君のところにいらっしゃった。

語句

■大篳篥 大きな篳篥。篳篥は竹製の縦笛。穴は表に七、裏にニある。 ■尺八 唐代の縦笛。唐の単位で一尺八寸あったため尺八という。穴は表に五、裏に一ある。 ■おはさうず 「おはしあひす」の音便。みな~していらっしゃる。 ■ぬすまはれたまへ 「ぬすまふ」はこっそりと行為をすること。 ■試楽 舞楽の予行演習。 ■くたいてける 「腐(くた)してける」の音便。台無しにしてしまった。

朗読・解説:左大臣光永

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