【末摘花 15】源氏、末摘花の生活を援助、空蝉を思い出す

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原文

世の常なるほどの、ことなる事なさならば、思ひ棄《す》ててもやみぬべきを、さだかに見たまひて後《のち》は、なかなかあはれにいみじくて、まめやかなるさまに、常におとづれたまふ。黒貂《ふるき》の皮ならぬ絹綾綿《きぬあやわた》など、老人《おいびと》どもの着るべき物のたぐひ、かの翁《おきな》のためまで上下《かみしも》思しやりて、奉りたまふ。かやふのまめやか事も恥づかしげならぬを、心やすく、さる方の後見《うしろみ》にてはぐくまむと思ほしとりて、さまことにさならぬうちとけわざもしたまひけり。「かの空蝉《うつせみ》の、うちとけたりし宵《よひ》の側目《そばめ》には、いとわろかりし容貌《かたち》ざまなれど、もてなしに隠されてロ惜しうはあらざりきかし。劣るべきほどの人なりやは。げに品《しな》にもよらぬわざなりけり。心ばせのなだらかにねたげなりしを、負けてやみにしかな」と、もののをりごとには思《おぼ》し出づ。

現代語訳

世間並なていどの、特にどうということもないことならば、このまま姫君を忘れ捨てて終わってしまうだろうが、源氏の君は、姫君をはっきりご覧になつて後は、かえってしみじみと深く情がわかれて、色恋沙汰としての関係ではなく、常にご訪問される。

黒貂の皮ならぬ絹・綾・綿など、あの老人たちの着ることのできる着物のたぐい、あの翁のためにまで、身分の高い人のことも低い人のことも源氏の君は思いやりなさって、差し上げられる。

このような実際的な生活の援助についても、姫君は恥ずかしそうではないので、源氏の君も気が楽で、そういう方面の世話役として姫君をかばってやろうと源氏の君はご決心なさって、ふつうはそういうことはしないような、立ち入ったことまでもなさるのだった。

「あの空蝉が、くつろいでいた宵の姿を横目に見ると、あまりよくない見てくれだったが、立ち居振る舞いに隠れされて、そう捨てたものではないと思えたな。この姫君はあの空蝉より劣るようなご身分方だろうか。まったく、女の良し悪しは、身分にもよらないことだったのだ。それにしてもあの女(空蝉)は気立てが穏やかで、いまいましいほどだったが、私が負けた形で終わってしまったことよ」と、何かの折ごとに空蝉のことを源氏の君は思い出される。

語句

■世の常なるほどの… 姫君が世間並に美しいのであれば、他に保護する男もあらわれるだろうが、姫君はそうではないので(とことん醜いので)、自分が保護するしかないの意。 ■まめやか事 風流や色恋の事ではなく、実際的な生活の援助に関すること。 ■さる方の 生活を援助するという方面の。 ■劣るべきほどの人なりやは 末摘花は親王の娘。当然、空蝉よりずっと身分が高い。にも関わらず末摘花の器量の悪いことを言っている。空蝉も見てくれはよくなかったが洗練された立ち居振る舞いによって欠点がカバーされていた。対して末摘花は、見かけも悪く、立ち居振る舞いも悪い。まったくいくら身分が高くてもダメな女はダメだなの意。意はそうでも、そこまでズバズバ言わないところに源氏のやさしさがある。

朗読・解説:左大臣光永

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