【紅葉賀 06】源氏、三条宮に藤壺を訪ねる 兵部卿宮と慣れ親しむ

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原文

藤壺のまかでたまへる三条宮《さんでうのみや》に、御ありさまもゆかしうて、参りたまへれば、命婦《みやうぶ》、中納言の君、中務《なかつかさ》などやうの人々対面《たいめ》したり。けざやかにももてなしたまふかなと、やすからず思へど、しづめて、おほかたの御物語聞こえたまふほどに、兵部卿宮《ひやうぶきやうのみや》参りたまへり。この君おはすと聞きたまひて、対面《たいめ》したまへり。いとよしあるさまして、色めかしうなよびたまへるを、女にて見むはをかしかりぬべく、人知れず見たてまつりたまふにも、かたがた睦ましくおぼえたまひて、こまやかに御物語など聞こえたまふ。宮も、この御さまの常よりもことになつかしううちとけたまへるを、いとめでたし、と見たてまつりたまひて、婿になどは思しよらで、女にて見ばや、と色めきたる御心には思ほす。暮れぬれば御簾《みす》の内に入りたまふを、うらやましく、昔は上の御もてなしに、いとけ近く、人づてならでものをも聞こえたまひしを、こよなう疎みたまへるも、つらうおぼゆるぞわりなきや。「しばしばもさぶらふべけれど、事ぞとはべらぬほどは、おのづから怠りはべるを、さるべきことなどは、仰せ言もはべらむこそうれしく」など、すくすくしうて出でたまひぬ。命婦もたばかりきこえむ方なく、宮の御気色《けしき》も、ありしよりは、いとどうきふしに思しおきて、心とけぬ御気色も、恥づかしくいとほしければ、何のしるしもなくて過ぎゆく。はかなの契りや、と思《おぼ》し乱るること、かたみに尽きせず。

現代語訳

藤壺宮がお下がりになっていらっしゃる三条宮に、源氏の君は、藤壺宮のご様子を知りたく思って参られると、命婦、中納言の君、中務などといったような女房たちが源氏の君に応対した。

他人行儀にもてなすものだと、源氏の君は穏やかでなく思われたが、気持ちを鎮めて、当たりさわりのない世間話をなさっているうちに、兵部卿宮が参られた。

兵部卿宮は、この源氏の君がいらっしゃるとお聞きになって、対面なさる。

兵部卿宮は、たいそう風情ある様子で、色めいた感じで物柔らかでいらっしゃるのを、源氏の君は、この御方を女として見れば面白いに違いないと、人知れず御覧になるにつけても、この御方は紫の上の父であり、藤壺宮の兄であり、どちらにしても親しみ深く思われて、親密に御物語などなさる。

兵部卿宮も、この君のご様子がいつもよりも格別に親しげでうちとけていらっしゃるのを、とても素晴らしいと御覧になって、婿になっていることなどは思いも寄られず、この君を女として見たいものだ、と色めいた御心に思われる。

日が暮れると、兵部卿宮が藤壺宮の御簾の内にお入りになるのを、源氏の君はうらやましく、昔は帝の御もてなしとして、たいそう藤壺宮の御そばちかく、人を仲介しないでものをも申し上げたのに、今は藤壺宮がひどく他人行儀でいらっしゃるのも、つらく思われるが、どうしようもないことだ。

(源氏)「たびたび参上すべきなのですが、別段の用事がございません時は、自然と怠ってございました。ですが、しかるべきことなどは、仰せ言をいただきますことはうれしく存じます」など、きまじめに申し上げて、源氏の君はお下がりになった。

命婦も取り持ち申し上げるすべもなく、藤壺宮のご様子も、以前よりも、いっそう源氏の君のことを悲しい因果と思い定められて、うちとけないご様子も、こちらが気詰まりするほどで、お気の毒なので、何のかいもなく月日が過ぎていく。

はかない縁であるよと、思い乱れていらっしゃることは、源氏の君も、藤壺宮も、お互いに尽きることがない。

語句

■けざやかに はっきりした。ここでは他人行儀であること。 ■かたがた 兵部卿宮が紫の上の父であることと、藤壺の兄であること。 ■すくすくしう 「竦々し」はきまじめであること。 ■たばかりきこえむ方 源氏と藤壺を引き合わせるよう、段取りをつけること。 ■何のしるしもなくて 命婦が源氏と藤壺の逢瀬を段取りづけないので、源氏は藤壺に逢えず、何もできないということ。

朗読・解説:左大臣光永

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