【紅葉賀 11】源氏と藤壺、歌の贈答

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原文

わが御方《かた》に臥したまひて、胸のやる方なきほど過ぐして、大殿《おほとの》へと思す。御前《おまえ》の前栽《せんざい》の、何となく青みわたれる中に、常夏《とこなつ》のはなやかに咲き出でたるを、折らせたまひて、命婦の君のもとに、書きたまふこと多かるべし。

「よそへつつ見るに心は慰まで露けさまさるなでしこの花

花に咲かなんと思ひたまへしも、かひなき世にはべりければ」とあり。さりぬべき隙《ひま》にやありけむ、御覧ぜさせて、

「ただ塵ばかり、この花びらに」と聞こゆるを、わが御心にも、ものいとあはれに思し知らるるほどにて、

袖ぬるる露のゆかりと思ふるにもなほうとまれぬやまとなでしこ

とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、喜びながら奉れる、例のことなれば、しるしあらじかし、とくづほれてながめ臥したまへるに、胸うちさわぎて、いみじくうれしきにも涙落ちぬ。

現代語訳

源氏の君はご自分の部屋でお休みになられて、もっていきようのない胸の内がしずまるまで待って、左大臣邸を訪ねようと思われる。

御庭先の植え込みが、何となくあたり一面青みがかっている中に、常夏(撫子)がはなやかに咲きだしているのを、お折らせになって、命婦の君のもとに、藤壺宮宛のお手紙をお書きになる、そこにはさまざまな思いがあられたことだろう。

(源氏)「よそへつつ…

(撫子の花…若宮を貴女様にこと寄せて見ていていても、心は慰められず、そればかりか、撫子の花をぬらす露よりもいっそう、私は涙にくれています)

花と咲いてほしいと思っておりましたのに、そのかいもない私たちの仲でございますから」とある。

命婦は、この文を、しかるべき暇でもあったのだろうか、藤壺宮に御覧に入れて、(命婦)「ただ塵ほどの御返事だけでも、この花びらにお記しになってください」と申し上げるのを、藤壺宮ご自身も、しみじみと深い情けを実感なさっている時であったので、

(藤壺)袖ぬるる…

(貴方の袖をぬらした露のゆかりと思うにつけても、やはりこの大和撫子…若宮を疎むことはできません)

とだけ、かすかに書きさしたような御返事を、命婦は喜びながら源氏の君に差し上げた。

源氏の君は、いつものことだから、今日も御返事はないだろうと、ふさぎ込んでぼんやり物思いに沈んで横になっていらっしゃるところに、この御返事が届いたので、胸がさわいで、たいそう嬉しくて涙がこぼれ落ちた。

語句

■よそへつつ… 「よそへつつ見れど露だに慰まずいかにかすべきなでしこの花」(新古今・雑上 恵子女王)。「よそふ」はこと寄せる。 ■花に咲かなん 「わが宿の垣根に植ゑしなでしこは花に咲かなむよそへつつみむ」(後撰・夏 読人しらず)。「撫子の花」に「若宮」を重ねる。 ■

朗読・解説:左大臣光永

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